episode16 end

 五年後、世界は変革の兆しを見せていて、しかしそれだけで、やっぱり僕らのしていることは、同じだった。

 スノウ・レンは死に、アレックは悩み、スチュアートは退屈していた。アレックはスチュアートに会った。話し合いをしたけれど、何一つとして、価値観がそぐわなかった。かといって、殺しあおうとも思わなかった。ため息だけがこぼれ、スチュアートはギザギザの牙の隙間から臭い息を吐くだけだ。

 庭園にクラシカル・ピアノが置いてあった。アレックはその人工知能と機械の五指でピアノを弾いた。ベートーヴェン、ホルスト、ショパン、ドヴォルザーク、そういっためちゃくちゃな流れを好み、変則的な音楽性で、世界を作ろうとして、失敗していた。誰がクリエイターだ? 誰が人間だ? 僕はただのサイボーグだ。

 ここは宿舎だった廃屋。時折、首のない亡霊が徘徊している。スチュアートはその庭園で暮らすようになったアレックにコンタクトをとってから、会いに来た。

「お前は何がしたい?」

「僕は何もしたくない」

「お前は何がしたい」

「死にたい」

「殺してやることはできるぞ」

「消失したい。全ての概念から、取り払われたい。もう誰とも何とも関わり合いになりたくない。終わっていい。それだけなんだ」

 アレックはそう一息に言うと、アレックのからだは紙片のように、ハラハラと崩れ始めた。「これがお前の終わりだ」「わかった」

「受け入れるのか?」とスチュアートが言うと、アレックは「僕らしい終わり方だろう?」と言った。「そうかもしれない」と言うと、スチュアートの苛立ちが伝わった。「誰も、誰一人として、お前を被害者だなんて思わないんだぞ」

「自己満足だとでも?」「それ以外の何でもない。お前は死ぬことで、誰かがお前のことをどこかで思ってくれるような気がしているだけだ。お前のことなんて、お前以外どうだっていい。みんな暇だから、戦う。争う。そこに喚起する感情に酔っているだけだ。こいつが嫌いだ、あいつが嫌いだ。そういう感情は人間が人間らしく生きるの必要なことで、お前は軍人として、そのフィールドに属していくことを決めたんだ。おれはそんなこと最初からごめんだった。だから、ドラゴンとして生きることを決めた。結局、みんな生きたいように生きている。ただ単純に、器用なだけだ。わかるか、器用。関係性に特化しようとすれば、誰だって、そうなれる。自己犠牲に取り込もうとすれば、誰だってそうなれる。ばかばかしい人間を演じていると、いい気持ちになれる。そういう連中だっている。社会がどうとか、世界がどうとか。どうだっていい人生に、どうだっていい付加価値をつけて、そんなことを繰り返して、勝手に押し付けられた関係性に浸って。なあ、お前、『気持ちいい』ってわかるか?」

「……」

「今からお前の心臓を止める。お前は、終わる。望みどおりに。ずうっと遊ばれてきたお前の終着点は、ただひたすらに馬鹿にされて、馬鹿にされて、馬鹿にされて、そして終わるんだ。くだらないくそ野郎が、お前をありとあらゆる手段で利用して、なあ、エンドはお前じゃない。だからお前は簡単に終わり、その残り火は、別のオルタナティブに変換される。泣くなよ。お前に優しくしているつもりはこれっぽちもない。単純にお前が哀れなだけだ」

「さよなら」

「そうだな。さよなら」

そしてアレックは死んだ。

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エンド・ペヴェンシーの人生 真希波 隆 @20th

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