最終話「告白」
「まなもこのオムライスが食べたいの?」
「んっ!」
一応尋ねてみると、まなは大きく頷いた。
そのため、小さく切って熱くないようにふーふーと息をかけた後、俺はゆっくりとまなの口へと入れた。
「――羨ましそうな目をして見ないの」
「そ、そんな目はしてないよ……!」
なんだか後ろでは春野先輩たちがまたじゃれ始めたけど、今はもぐもぐとオムライスを噛んでいるまなに集中する。
まなはゴクンッと飲み込むと、パァッと笑みを浮かべた。
「おい、しい」
どうやらまなも味がお気に召したらしい。
まなの言葉を聞いて春野先輩は満面の笑みを浮かべる。
きっとまなは春野先輩の料理が手を付けられていなかったから、自分も食べると言ったのだろう。
だけど味に関しては、お世辞抜きに本当においしいと思ったから言った言葉だ。
「んっ」
そしてまなは、隣にいた一年生組二人にも食べるように促す。
二人は焦げている部分が気になるのか一瞬目を合わしたけど、せっかくまなが言ってきた事と、みんながおいしそうに食べた事で食べる事にしたようだ。
俺が二人のスプーンを用意して渡すと、自分たちが食べやすいよう小さめに切ると二人はいっせいのーで、とでも言うかのようにタイミングを合わせて口に含む。
そして――
「「おいしい……!」」
――二人は、満足げに頬を緩ませた。
「おねえちゃんおいしい!」
「おいしいよ!」
まるで春野先輩がおいしいみたいな言い方だけど、二人がはしゃぐくらいにオムライスはおいしかったようだ。
「よかった……!」
みんなにおいしいと言ってもらえた事で、うっすらと春野先輩の目に涙が浮かぶ。
安堵したように口元に手を当てて、心の底から喜んでいるようだった。
そして、まなたちの様子を注目していた子たちがおり、その子たちによって残されたオムライスの皿三つの争奪戦が始まる。
人間誰かがおいしいと言えば欲しがるもので、まなたちがあまりにもおいしそうに食べるものだから自分たちも食べたくなったんだろう。
ましてや数が少なかった事もここで効果が出てしまったのかもしれない。
実際は他の人たちの料理に比べて数段落ちる料理ではあったのだけど、子供たちみんなが欲しがったせいでちょっとした騒動になってしまい、事を収めるのに少し苦労した。
――そんなこんなで、まなのお誕生日会は成功で終わったと思う。
まぁ途中でまなへの誕生日プレゼントとして俺がみんなの前で結構豪華なパンケーキを作らされ、まなが特等席から見学するという催しも美優さんの無茶ぶりによって行われたのだけど、それも周りからの反響はよかった。
その後女子生徒たちからサインを求められ、春野先輩が拗ねてしまったので手を焼いたけどね。
もう俺が雑誌やテレビに出ていた料理人だって事はここにいる女生徒たちにバレてしまったらしい。
「――冬月君はモテモテ……」
会場の後片付けをしていると、同じく手伝いをしてくれていた春野先輩がいつの間にか俺の隣に来て頬を膨らませていた。
どうやらまだ機嫌は直っていなかったらしい。
「さっきも説明しましたけど、あれは違いますよ。ただ、珍しい物に群がっていたようなものです」
「でも、デレデレしてた」
「いやいや、戸惑っていただけですって。ですよね、白雪先輩?」
頬を膨らませている春野先輩から逃げるように白雪先輩に視線を向けてみる。
俺一人だと春野先輩の機嫌を直すのは苦労するため、よく知っている人に助けを求めるのがてっとり早かった。
だけど――。
「私に話を振られても困るわ」
先輩は味方になってくれなかった。
酷い。
「すぐいちゃつくバカップルの相手なんてしてられないもの。ですよね、夏目さん?」
「そうだね。おっと、あっちが人手足りなさそうだから一緒に行こっか」
「はい、喜んで」
そして近くにいた美優さんを捕まえて二人して何処かに行ってしまう。
人手が足りなさそうなところなんてないのに、二人で逃げたというか……めんどくさくてほっとかれたようだ。
酷い。
「むぅ……」
美優さんたちが歩いて行ったほうを見ていると、頬を膨らませた春野先輩にグイグイと服を引っ張られてしまった。
その目からは『構え』と言われているように感じる。
本当にこの人は、俺といる時は子供というかなんというか……。
しかし、こんな先輩を俺はかわいいと思ってしまっているんだよね。
これが惚れた弱味という事なのかも知れない。
だけど、俺は未だに春野先輩に有耶無耶にしていた事について自分の気持ちを伝えていなかった。
今が丁度いいタイミングなのかもしれない。
「あの、春野先輩……ちょっといいですか?」
俺は優しく先輩の手を引っ張りながら、物陰に行きたい事を伝える。
すると何を想像したのか、春野先輩は顔を真っ赤にしてコクコクと頷いた。
……いや、うん。
本当に何を想像したんだろう?
気にはなるけど、なんだか聞いてはいけないような気がしたので気にしない事にした。
「それで、どうしたの?」
他の人から見えないところに移動すると、春野先輩が恥ずかしそうにしながらも、何かを期待したような目で俺の顔を見上げてくる。
しっかり腕を組んできているのはここ数週間のたまものなのか。
「あの、元々俺たちの関係ってお試しというような関係だったじゃないですか?」
「――っ!」
お試しの関係だった、そう言うと春野先輩は何かに気付いたように俺の腕をギュッと自分の胸へと抱え込んだ。
いったいどうしたのだろう?
「先輩……?」
「やだ! 今更別れるなんてやだ!」
あれ、なんだろう?
凄く勘違いを生んでないかな……?
春野先輩は目に涙を浮かべながらブンブンと首を横に振っている。
なんで別れるなんて話になってるんだろう?
「他の女の子が好きになったからって――」
「あ、あの、落ち着いてください! そうじゃないです! 誰も別れ話なんてしようとしてませんよ!」
「……えっ、違うの……?」
コクンッ――。
俺は上目遣いで聞いてきた春野先輩に小さく頷く。
すると、勘違いをしてしまったからかまた春野先輩の顔が赤くなってしまい、俺から顔を背けられてしまった。
この人は思い込みも激しいのかもしれない。
「はい、違います。別れ話をしたいんじゃなくて、先輩に俺の気持ちをちゃんと伝えたいんです」
「えっ……?」
俯いた顔が、再度俺のほうへと向く。
その瞳にはかなりの期待の気持ちが込められていた。
全く……あれだけ一緒にいて、無意識とはいえ周りからはバカップルと言われるくらいいちゃついたりもしていたのに、春野先輩の中にはまだ不安があったようだ。
やはり気持ちは言葉にしないときちんとは伝わらない、そういう事なのだろう。
「前までは違いましたが、今ははっきりと言えます。俺は春野先輩の事が好きです。だから――正式に、付き合ってください」
緊張しながらも声を絞り出すと、春野先輩の目からは涙が流れ始めた。
先程みんなから手料理がおいしいと言われた時のように両手を口に当て、心の底から安堵した様子を見せる。
そして、俺の胸へと飛び込んできた。
「本当に、私でいいの……?」
「俺から言ってるんですから、当たり前じゃないですか。それに先輩、何があっても別れないみたいな事をさっき言ってたのに、俺が正式に付き合いたいと言うと確認をしてくるのですか?」
くっついてきておきながら不安そうにする先輩の態度がかわいくて、笑い話をするかのように先程の事を持ち出してみた。
すると先輩は抗議するように俺の胸を優しくポンポンと叩いてくる。
完全にじゃれてる時の先輩だ。
「これから先苦労をかける事は多いと思います。ですけど、俺は先輩と一緒にこれからもいたいと思いました。それで、返事は……?」
先輩の気持ちはわかっているけど、ほんの少し不安を覚えて一応聞いてみる。
あんな事を言っておいてなんだけど、俺も人の事を言えなかった。
というよりも、先輩にも言葉にしてほしかっただけかもしれない。
俺が尋ねると、春野先輩は満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「もちろん、こちらこそお願い致します、だよ! これからよろしくね、冬づ――うぅん、優君……!」
冬月君ではなく、優君。
まるで今まで言いたかったのに我慢していたような、元気がよくて嬉しそうな呼び方だった。
お互いの気持ちがちゃんと通じあった今からが本当の恋人としての関係がスタートしたんだろう。
少し恥ずかしいけど、彼女に合わせて俺も呼び方を変えようと思った。
「これからもよろしくお願い致します、美琴さん」
俺が下の名前で呼ぶと、春野先輩――いや、美琴さんはとても嬉しそうに頬を緩めた。
ただ、呼び捨てがいいという事を後で言われもしたけど、それはまだ慣れるまで勘弁してほしいところだ。
きっとこれから、一緒にいるうちにもっと仲は深まっていくのだから。
――俺たちの恋人生活はまだ始まったばかり。
多分これから先いろいろな困難が待っているのだろう。
だけど、美琴さんと一緒ならなんだって頑張れる気がした。
そして幸せな家庭を築けたらいい、そんな気持ちを俺は抱いている。
これから二年後――俺は卒業と同時にまなを引き取り、美琴さんとの同棲も始めて三人暮らしをしていくのだが、それはまた別の話。
今は腕の中にいる美琴さんの体を優しく抱き締めながら、この幸せな一時を噛みしめようと思うのだった。
【完結】高嶺の花である美少女先輩が狙っているのはイケメンの親友かと思ったらどうやら狙っていたのは俺の事だったらしいです ネコクロ @Nekokuro2424
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