第2話 未解言語

一、再解。

次元の狭間。時の忘れ物亭、入り口前。

時の忘れ物亭に向かっていたアルドは、以前出会った事のある人物の後姿を目撃する。

アルド「アレは……」

その男の姿にアルドは驚いていた。もう二度と会う事は無いかも知れないと、その人物に対して思っていたからだ。

するとそんなアルドに対し、傍らで共に道を歩んできた仲間の一人、汎用型アンドロイド『リィカ』が首を傾げる。

リィカ「ドウシマシタカ、アルドサン。アノ人ガ、ナニカ?」

アルド「ああ……少し前に知り合った人で、その……ずっと気になっていた人なんだ」

素朴なリィカの問いにアルドは意味深長に答える。すると、

リィカ「気ニナル……? 不確定な表現デスネ。そう聞くと、ワタシも気ニナリマス」

リィカ「恋バナの気ニナルデシタラ、特ニ興味シンシンデス‼」

その意味深長さの意味を誤解したリィカが、アンドロイドらしからぬが彼女らしい乙女な我欲を滲ませながら語気を強めて。クルリ、彼女の感情を表すように機械仕掛けのツインテールが回る。

アルド「ち、違うよ‼ そういう気になるじゃなくて」

リィカ「デハ、どういう気ニナル、ナノデスカ?」

が、すぐにリィカの誤解に慌て、戸惑いながらも桃色の感情を否定したアルド。

リィカは、改めて先ほど見掛けた男との関係を尋ね直す。

アルド「うーん、なんと説明したらいいか……」

しかし、いつまでたっても要領を得ないアルドに痺れを切らし、

リィカ「迷った時は、行動アルノミ‼ 追イカケマショウ‼」

アルドの苦悩を他所に投げ捨て、リィカは男の歩いて行った方向へと走り出す。

アルド「あ! おい、待てよリィカ‼」

リィカの勢いのある暴走に、アルドは考える暇もなく追い掛ける事しか出来なかった。


二、解志。

オレンジの光を淡く放つ街灯は、常に夜に等しい次元の狭間では虚しいばかり。

終末の後に残った街路の静けさが如き色合いの果てに、白衣の男は静かに佇む。

グリモア「……」

そこに駆け付ける、機械仕掛けの桃色足音。

リィカ「ターゲット発見‼ 追イ詰メマシタ!」

リィカ「恋のオ悩み無敵カイケツ、アナタの隣のアンドロイド、リィカ見参デス‼」

グリモア「……」

白衣の男は、物思う空気を騒々しく切り裂いた機械人形に、平静と振り返った。

けれど、言葉一つも反応は無く、ただ己の思慮を深めるばかり。

リィカ「オヤ、無反応デスネ。最近入手した、対人用コミュニケーション資料では、これを見た観衆は大盛リ上ガリだったのデスガ……」

グリモア「……」

そんな白衣の男の反応に異議を唱えつつ、リィカは腕を組んで首を傾げる。自分の踏んだ手順を一つ一つ検証し、自分に不手際があったのかと己の行動を省みて。

すると、ようやくリィカに追いついたアルドが如何ともしがたい空気に状況が沈む前に声を上げる。

アルド「待てってリィカ……その人は理由があって喋れないんだ」

そして以前、アルドがグリモアから知り合った際に知った事実をアルドは端的に伝えると、

リィカ「シャベレナイ……オヤ、ソウデシタカ。では、ワタシのユーモアが通じなかった訳デハ無イノデスネ」

リィカ「失礼シマシタ。スミマセン」

グリモアの物言わぬ沈黙の容姿を改めて確認し、納得した様子で謝罪するリィカ。

グリモア「……」

グリモアも、謝罪を受け入れたように静かに頷く。

アルド「俺からも謝るよグリモア。それから久しぶり」

グリモア「……」

久しい再会のぎこちなさ、アルドとグリモアは見つめ合い頷き合う。けれど、アルドにとっては、久しぶりだけではない感情が垣間見えていた。

それを察してか、

リィカ「良ケレバ、シャベレナイ理由ヲ聞カセテ頂ケマセンカ?」

リィカ「ワタシが何か、チカラに成れるカモ知レマセン」

二人の男の間に割って入り、リィカは誇らしく機械仕掛けのツインテールを回して見せた。

しかし、辛い過去が絡む事情を他者に話すことは、彼を傷つける事になるかもしれない。

アルドは腕を組み悩んだ。

アルド「……良いか? グリモア」

そして結論付いたアルドは、そうグリモアに尋ねる。

仲間であるリィカに対する信頼と、グリモアの問題を放っては置けない性分がアルドの瞳に覚悟として燦爛と輝いて。

グリモア「……」

そんな意図を察してか、しばしアルドの目を見つめ、了承の意、深く頷くグリモア。

そしてアルドは、グリモアの了承を得た後、深く呼吸をして一歩前に進み、リィカに顔を向ける。

アルド「実はグリモアの故郷の言葉で誰かと話を続けると、どんどん時空が歪んで時震が起こるらしいんだ。初めて会った時、俺も体験した。その時はグリモアが翻訳装置を俺に使って色々と大変だったんだけど」

グリモア「……」

アルドの思い出話に、グリモアはクククと思い出し笑い。

そんな最中にも話は進む。

リィカ「……ナルホド。ソノ翻訳装置というのは、アリマスカ?」

アルド「いや、もう壊れて爆発した」

リィカ「フム……言葉を喋るだけで時空に歪みを与える干渉力があるとは信じ難いデスネ」

アルドの説明を受け、思考を巡らすリィカ。

リィカ「モシカシタラ、その翻訳装置に問題が有ると思ったのデスガ……」

様々な事柄を模索する中で、一つの可能性が検証できない事を知り、少し肩を落とす。

リィカ「……グリモアサン、少シ喋ッテミテ下サイ‼」

そして、彼女は別の方法を思案し、意を決した様相で提案した。

アルド「リィカ⁉ だからグリモアが喋ると時空が……‼」

その突拍子もない提案に驚いたのはアルドだけだった。一方のグリモアは顎に手を当て深く考え込み始めて。

リィカ「ワタシなら時空の歪みを感知デキマスノデ、危険だと判断したら直ぐに中止デキマス。ソレニ、ワタシのデータベースにある言語なら、お喋りも可能かもシレマセン」

アルド「……で、でも」

リィカ「問題の把握の為に情報を集めなければ、解決などデキマセン」

リィカ「迷った時ハ、行動アルノミ‼ サア!」

理路整然と言葉を並べ立てていくリィカに戸惑いながら確実に押されていくアルド。

やがて、アルドは申し訳なさそうにグリモアに振り返り、呼吸を整える為に一旦、肩を落とす。

グリモア「……」

アルド「……」

再び、言葉なく見つめ合う二人。

すると、会話を終えたようにグリモアが了承の頷きを見せ、リィカの一歩前へと歩みを進めた。

そして、

グリモア「……KかRぬいMんCDFしうんCDSHF;xljeFIO」

ゆっくりと口を開いたグリモア。

語られるのは以前アルドがグリモアの持っていた翻訳装置を使用しなければ理解することの出来なかった耳慣れない言葉。

更には、

リィカ「ピー。言語プロトコル検索、該当言語ナシ、類似スル言語ナシ、解析不能」

リィカ「軽微な時空の歪みの発生を確認、直ちに原因ノ究明を求メマス」

機械の心に様々な情報を蓄積し続けるリィカにすら理解できず、世界を壊しかねない危険な言葉である。

アルド「……」

グリモア「……」

リィカ「……」

やがて自然と訪れた沈黙の中、またも彼らは己らの目のみで会話を交わす。

だが、一人。彼女は怒りに震えていた。

リィカ「納得デキマセン‼ 少し、エルジオンで調ベテ来ルデス‼」

沈黙を爆発させる巨声を張り上げ、桃色の足音で地団駄を踏む機械仕掛けの少女。

彼女は次の瞬間、意を決したのか或いは諦めの拒絶をしたのかの曖昧な境界で別れの言葉を放ち、アルドらを置いてきた時の勢いより遥かに大きな勢いで暗がりの街路を走り去っていった。

アルド「リィカ⁉ ごめん、グリモア‼ ちょっと待っててくれ‼」

彼女の仲間であるアルドも、リィカの行動に唖然としつつもグリモアにそう言葉を告げ、桃色の足音を追っていく。

やがて残るのは、静寂と一人静かに佇み白衣の男。彼は悩ましそうに顎に手を当てた。

グリモア「……待っていてくれ、か。時間の流れに言い訳は効かないというのに」

やがて放つアルド達と同じ言葉。

グリモア「困っては居ないが、少し困ったな……ふむ」

組んでいた腕を解き、瞼を閉じて、

グリモア「しかし、どんな言葉を紡いでくるのか……些か楽しみではある」

くくく、と笑う。


三、解孝。


曙光都市エルジオン、ガンマ区画。未来の高度に発展した世界にてアルドは、追い掛けていたリィカにようやく追いつく。

アルド「あ、居た‼ おいリィカ‼」

行先を決めずに飛び出した仲間の途方に暮れる背に、彼は今、並び立ち寄り添おうとしている。

リィカ「アルドさん……」

アルド「どうしたんだよ、いったい」

機械仕掛けの身ではあるが何処となく落ち込んでいる様子のリィカ。アルドは少し語気を極め、一息を突いてから穏やかに尋ねて。

すると溜息を吐くような間合い、リィカが思う所を吐露する。

リィカ「ワタシハ、今日ホド、自分をポンコツだと思った事はアリマセン」

ガクリと肩をすくませて、彼女はそう言った。ポンコツ、恐らくは機械にとって一番の侮蔑を自虐として口にする。

アルドは、らしくない、とそう思いつつ、グリモアの件を気にしての事だろうとキッカケを作ってしまった自分に対して後悔の念が同時に押し寄せて。

アルド「リィカ……そんな事ないって‼ リィカは、いつだって頼りになる仲間だ‼」

自分の情けなさを白状するように、己自身に変化を求めるように威勢よく彼女を励ましたアルド。

だったのだが、

リィカ「モチロンデス‼ デスカラ、グリモアサンノ言語ノ謎ヲ必ズ解明シテ見セマス‼」

見当違いも甚だしく、リィカは語気を強めて自己解決を既に済ませているようである。

アルド「お、おお……その意気だ‼」

頼もしく思っていた。いつだって想定を超えてくる彼女の反応に戸惑いながらも、仲間としてこれほど心強い者は居ないと、やがてアルド自身も彼女の意志の強さに触発され、グッと握った意気込みを己の拳に滾らせる。

しかし、

アルド「それで、これからどうするんだ?」

皆目といって良い程にアルドには当てがなかった為に、さっそく腕を組み、頼れるリィカとの相談の構え。すると、リィカは既に考え付いていたアイディアを口にする。

リィカ「トリアエズ、セバスちゃんに会いに行きマショウ」

セバスちゃん。彼女はリィカの友人の一人であり、科学技術の発展した未来の世界、こと曙光都市エルジオンにおいて名を知らぬ者がいない程の若き天才発明家。

リィカ「ソコデ、すーぱーバイリンガルな、ワタシに生マレ変わるのデス‼」

アルド「うん……言っている意味は良く分からないけど、確かにセバスちゃんならグリモアの言語について何か手掛かりを見つけてくれるかもしれないな‼」

かつて、というより現在進行形でアルドやその仲間たちと数々のトラブルを乗り越えたり巻き込んだりと中々に縁の深い人物。

その名を聞き、納得の様相で首を縦に振るアルドであった。

アルド「じゃあ、シータ区画のセバスちゃんの所へ行こう‼」

そうして目的地を決めた二人は走り出す。

通りがかった一人の女性の目も気に留めずに。

???「グリモアの……言語?」

アルド達が路地を去った後の静寂に、女性の疑問がポツリと灯る。

***

シータ区画、セバスちゃん宅にて

セバスちゃん「最近起きている時震……微弱だけど間違いない。原因は……」

コンプレックス気味の低身長の体を動かし、モニターに映る幾つもの数式と波打つ線を眺めながら、先の話に出てきたセバスちゃんは神妙な面持ちで思考を巡らしていた。

そこに飛び込むは、やはり桃色の足音である。

リィカ「セバスチャン‼」

セバスちゃん「うわあ⁉ えっ、なに⁉ びっくりした‼」

ノックもせずに部屋に走り込んできたリィカの大声に驚き、跳び上がる寸前で体を硬直させたセバスちゃんは、慌てて背後に振り返る。

するとそこには、

リィカ「ワタシのバージョンアップを申請シマス‼ 今スグに‼」

尚も勇み足で迫ってくるリィカの姿。

セバスちゃん「リィカ⁉ バージョンアップ⁉ ぜんぜん話が見えないんだけど⁉」

気遣いもなく止めどなく波打つが如く押し寄せてくる勢いに、それでも泳ごうと小さな体をアタフタさせて状況を把握しようとするセバスちゃん。

アルド「お、落ち着けってリィカ……セバスちゃん、実は——」

混乱を極めかねない状況に、またしても遅れて到着したアルドは、興奮する機械仕掛けのリィカをなだめつつセバスちゃんに事の成り行きを説明し始めるのだった。

***

そうして暫しグリモアの事情を含む、これまでの出来事をアルドが話し終えると、セバスちゃん宅の状況は一転して落ち着きを取り戻し、

セバスちゃん「へぇ、リィカにも分からない言語で、しかも時震を誘発する言葉、か」

各々が思いを走らせているような静やかな雰囲気に包まれていた。

ことセバスちゃんに至っては、少し前にエルジオンで多発していた原因不明の軽微な時震を調べていた為か、好奇心を口にしながらもパズルのピースが次々に解けていくような納得の面持ちである。

アルド「そうなんだ。時震で滅んだ世界の、故郷の言葉で誰とも話せないのは、すごく寂しいだろうなって……思ってさ」

一方のアルドは、グリモアが常に纏う郷愁の背中を思い出し、何とか彼の憂いを晴らせないものかとセバスちゃんに願いすがるように言葉を呟いて。

すると、そんな辛気臭いアルドの顔色に対してセバスちゃんは、

セバスちゃん「分かった。少し考えてみる、解決できるかの保証は出来ないけどね」

「お人好し」との言葉の滲んでいそうな溜息を吐き、肩の力を抜いた。

アルド「‼ ありがとうセバスちゃん‼」

セバスちゃん「いいわよ……最近起きた時震の原因も解りそうだしね」

心強い仲間がまた一人、アルドは声を明るくし未来の展望もまた、明るくする。

そして面倒気を気取りながら室内に備えられている機械に向き合いカタカタと作業を始めるセバスちゃん。恐らくは計測機械の初期起動を開始した少し後で、彼女は背後で待機していたリィカに振り返る。

セバスちゃん「じゃあリィカ、そのグリモアって人の言葉を再現できる?」

セバスちゃん「まず言語そのものに問題があるのか、グリモアって人に何か別の問題があるのか、時空の歪みを計測してみるから」

リィカ「了解シマシタ。記憶データから類似する音を生成シマス」

ようやく出番かとツインテールを回し、一歩前に出るリィカ。

アルド「大丈夫なのか……?」

アルドは、二人を信頼しつつも一抹の不安を抱えていた。

かつて彼は、時震によって破壊された世界、消滅した未来をその目で見てきていた。

時震という災害の怖さを最も知る人物だと言って差し支えは無いだろう。

しかし、

???「ダメよ! そんな事をしてはダメ!」

そんな彼よりもヒステリックに恐怖を口にした女性が一人。

突然と部屋の中に飛び込んできて。

彼女は先ほど、通りがかりでアルド達の会話を偶然に聞いていた女性だった。

或いは、運命という名の必然だったのかもしれない。

アルド達「「「⁉」」」

謎の女性の突如の登場に、室内に居た誰もが驚いていた。セバスちゃんが研究開発中の試作機の機械すらもと思える程に。

???「……ごめんなさい。でも、お願い。その言語を口にしてはダメなの。グリモアの言語は、決して口にしてはいけない物なの」

そんな彼らの戸惑いに、謎の女性は声を落ち着かせ、改めてアルド達が今にも行おうとしていた所業を止めるように乞う。

セバスちゃん「誰なのよアンタ、勝手に人の家に入ってきて‼」

しかし、常識として願うように懇願した女性の次の願いを聞く前に、小さな身ではあれど勝ち気も負けん気も強い家主が声を荒げる。

すると、今にも食って掛かりそうなセバスちゃんを抑えてアルドが一歩前に出た。

アルド「……君は? グリモアの言語について何か知っているのか?」

穏やかな口調ではあったが彼もまた、願いを聞く前に疑問を返す。

すると女性は、僅かに息を飲み、答える。

???「私の名前は……カリクラ。あなた達が話しているグリモアが私の知っている人なら、私はグリモアと同じ場所からココに流れ着いた人間」

アルド「グリモアと同郷⁉」

女性の口から放たれた答えに、アルドは驚く。グリモアの故郷は、かつて時震によって滅び、生き残った人間はグリモア以外に居ないと思っていたからである。

グリモアが願ってやまない同郷の者との再会を叶えられるかもしれない、そんな想いがアルドを前のめりにさせる。

しかし、

セバスちゃん「待ってアルド。話が胡散臭くなってきたわね……なんでグリモアの言葉を口にしたら行けないのか説明してもらえる?」

次に話を急こうとした人物を諫めたのはセバスちゃんだった。彼女はとても訝しげにカリクラという女性を見つめ、遠回しに疑いの様相を匂わせた。

セバスちゃんからしてみれば、カリクラは自宅に不法潜入した怪しい犯罪者であり、そして心の傍らに僅かに抱いていたグリモアの言語に対する好奇心からの探究欲を阻害する科学者にとっての敵であるならば、当然といえば当然の話。

なにより、カリクラの様子からセバスちゃんは顔も見た事も無いグリモアという人物についても疑いをも強めていた。

そんなセバスちゃんの問いに、カリクラは俯き、心を迷わせる。

カリクラ「……その言葉は『魔言』というの。科学ではなく、魔法に近い代物よ」

そして意を決し、真実を告げ始める。

アルド「魔言……?」

聞き慣れない言葉だった。魔術と呪法の過去、魔法と剣の現在、科学と化学の未来、数々の世界、時代を旅し、迷い、語ってきたアルド達ですら、その言葉は聞いた事の無いもの。

カリクラ「私も多くを知っている訳じゃないけれど、私はあの男がそう呼んでいたのを見たことがあるの。アナタ達が彼とどう知り合って、何を聞かされたかも私は知らない。けど断言するわ……グリモアって男にアナタ達は絶対に騙されているって」

しかし、真剣にソレについて語るカリクラは架空の御伽話を聴かせるような嘘を吐いているとは到底思えない。アルドは戸惑い、腕を組み眉根を寄せた。

アルドにとっては、グリモアもまた、嘘を吐いているようには思えないのである。

思い出すのは、故郷を想い遠い目で景色を眺める横顔。翻訳装置を使った際に楽しそうに会話をする朗らかな雰囲気。

けれど、そんなグリモアを知るのはアルドだけなのである。

リィカ「嘘デスカ……ハッ‼ デハ先ほど聞かされた言語も全てが、デタラメ‼」

セバスちゃん「……その可能性は無いと思う。だってリィカの言語アーカイブに一つも似たような言語が無かったんでしょ?」

リィカとセバスちゃんの二人は、そこにあるだけの情報のみで状況の分析を続けていき、

セバスちゃん「そんなのは有り得ないわ、無理よ。何百通り、何千通りもある言語の中から似た発音の言葉を一つも見つけられないなんて」

リィカ「ウッ……ソノ通リデスネ。ワタシノ敗北ハ、揺ルギマセン」

アルド「敗北って……」

感傷的に陥りかけたアルドの意識を話に引き戻す。

そうして負けず嫌いなリィカをも論破したセバスちゃんは新たな情報を求め、自宅に不法侵入された怒りを傍らに起きつつカリクラと向き合い始める。

セバスちゃん「それで、その魔言っていうのは、いったい何なの?」

的確な問いを、物おじせずに投げつけた声は、怒り心頭を滲ませる棘のある強い口調。

小さい身ながらも迫力のあるそんな問いに対し、罪悪感のせいもあってカリクラは少し家主から目線を逸らし、問いに応える。

カリクラ「……魔言は、かつて私の故郷を破壊した忌まわしい言葉よ。正直、私にもその正体は解らない。あの日、突然にあの魔言が街に響き渡り全てが壊れていったから……」

カリクラ「けど、そうね……一つ確実に言えることがあるとしたら、それは」

カリクラ「あの人の怨念と狂気が生み出してしまった呪いの力」

痛ましい過去の記憶を振り返る苦痛もあった事だろう。カリクラの絞り出したような儚げな口調は、アルド達一行にそう感じさせていて。まさに真実のように聞こえさせ、疑いの余地を削り取っていく。

そして、彼女は更にアルド達に衝撃を与える言葉を、これまでを省みて言葉にする。

カリクラ「ごめんなさい、ちゃんと言うわ。グリモアは……私の父なの」

アルド達「「「⁉」」」

カリクラ「父は、とある事件で母や多くの友人たちを失い、世界を恨み、どうしようもない怒りの中で狂い、叫んだ」

カリクラの口から語られたグリモアの過去らしきもの。大した論拠も無く抽象的に言葉にされたソレではあったが、カリクラの悲痛な表情が相まって真実味を増していく。

カリクラ「その時、生まれたのが魔言。故郷が滅び、生き残った私は父と離れ離れになった。私は、父を探して旅をしている」

カリクラ「父はもう、正気じゃない。お願い、父の居場所を知っているなら教えて‼」

カリクラ「私は家族として、母の代わりに父を止めないと‼」

そうして彼女は改めて、乞うように、すがるように願いを口にする。

アルド達「……」

思考するアルド達、少なくとも嘘を吐いている様子は見受けられない。それは、カリクラに怒りを感じていたセバスちゃんですら、そうであった。

カリクラ「上手く説明は出来ないけど、魔言は全てを壊してしまう。人との繋がりも、想いも、バラバラに引き裂いて世界の理すらも狂わせてしまう」

カリクラ「お願い……」

けれど、彼女の願いは叶わない。一人、ただ一人、

アルド「……ダメだ。君をグリモアの元には連れていけない」

グリモアという人間も信じている男が一人、その場に居たからである。


四、魔言。


セバスちゃんの研究室兼自宅には、既にカリクラの姿はない。

リィカ「……良かったのデスカ、アルドさん。カリクラさんと、グリモアさんの、再会を邪魔してシマッテ」

カリクラの頼みに対し、首を横に振ったアルドにリィカが話しかけ、今一度アルドの決意を問うていた。

すると沈黙に腕を組み、考え込んでいたアルドも口を開き始める。

アルド「ああ。俺は、カリクラさんの言うようにグリモアが故郷を怒りに任せて破壊するような狂った人だとは、どうしても思えない」

アルド「それに……もしグリモアがカリクラの言う通りの人なら尚更、カリクラをグリモアに合わせるわけには行かないよ」

二人の人物の再会によってアルドが恐れていたのは、復讐劇。彼は、切なげで儚げなカリクラの言葉と表情に、使命感にも似た頑なな決意を感じていた。

幾つもの熾烈な旅の中、彼女のような過去を持つ人間と多く知り合い、そしてその結末の虚しさに常に如何ともしがたい暗く苦い想いを味わってきたアルドにとって、出来ればそれは避けさせてあげたい悲劇。

セバスちゃん「……まぁ、カリクラが嘘を吐いているという可能性も消えてないもんね。それにアレだけ危険だと言っていた魔言に対する策があるようにも思えなかったし」

そんなアルドの寂しげな背に、セバスちゃんは共感するように言い訳を並べる。

アルド「うん。だからまず、俺がグリモアと話をしてくるよ」

セバスちゃん「やっぱりそうなるか……もう止めないけどさ」

小さな体から小さく零れた溜息は、彼女の優しさとアルドに対する敬意であろうか。

はたまた、負けん気の強い彼女にしては珍しい諦めの境地か。

アルド「いつも心配かけてゴメン。行ってくるよセバスちゃん」

リィカ「ワタシも、アルドさんに、お付き合いシマス‼」

セバスちゃん「次は、私の用事も手伝ってもらうからね」

戦わずして根負けしたようにセバスちゃんは呆れ、腰に手を当て威勢を張る。

アルド「ああ、モチロンだ‼」

そしてアルドとリィカは、セバスちゃんが温かく見送る中、グリモアが待つ次元の狭間へと向かっていくのだった。

***

次元の狭間、

グリモア「……」

時の破片が星のように煌く黒い闇の世界を眺めながら、静かに佇む男が一人。

そこへ鐘が来訪を知らせるが如く響き渡る、ポツリポツリと寂しげな淡い光を放つ終末の街路の向こうから聞こえた二つの足音。今度は、足並みが揃っている様子。

やがて、

アルド「グリモア‼」

終末に佇む彼の名を呼んだアルドの声が、いよいよとコダマする。

グリモア「……」

ようやくか、と待ちかねていた様子で静かに振り返り身に着けている白衣の裾をはためかせるグリモアは、腕を組みつつ顎に手を当て思考を始めた。

いや、既にこの瞬間、彼は結論を出していたのだろう。

アルド「実は、アンタの言葉を調べている時、アンタの……」

グリモア「……語る必要は無いよ、アルド」

自らに課していた設定を軽々に覆し、ほくそ笑むグリモア。

アルド達「「⁉」」

アルドは刹那、初めてグリモアの声を聞いた気さえして。同時に酷く心を引き裂かれたような想いも感じる。しかし、騙されていた、或いは隠していた陰謀を呆気なく披露するグリモアに対し、驚く以外の感情が押し寄せてくる気配すら未だ無い。

グリモア「どんな答えを持ってくるのか楽しみにしていたが……いやはや」

そんなアルドを嗤い、やはり平然としたままのグリモアはアルド達の驚きを他所に話を進める。

そして、もう一人。

グリモア「久しぶり、という事になるかな、カリクラ」

アルド「えっ、あ‼」

アルドの立ち位置から少し遅れて忍び寄っていた影。街灯の真下に辿り着き、その存在はアルドを再び戸惑いのるつぼへと落とし込む。カリクラ、グリモアの娘だと名乗った女性。

カリクラ「ごめんなさい……後を付けさせてもらったの」

カリクラ「そして……久しぶりって事になるのかもね、父さん」

感慨深く、親しみを込めてグリモアの呼称を血縁らしいソレにするカリクラ。

グリモア「後を付けてきた、か……ダメだな、アルドくん」

しかしグリモアは、久しいという娘との再会に想い更ける事もなく、早々にカリクラを眺めるのを止め、アルドに笑い掛ける。

グリモア「状況を整理する為に彼女を置いてくることを選んだのなら、尾行されないよう細心の注意を払わなければね」

アルド「……普通に喋れたんだな、アンタ。じゃあ、これまでの事は全部、本当に嘘だったのか……?」

ここでようやく、アルドの心の内に驚き以外の感情が込み上げ始めて。アルドもまた、後を付けてきたカリクラの事は脇に起き、本題であるグリモアについて問う。

すると、グリモアはとても楽しそうだった。

過去を想い、思い出し笑いが込み上がるような面持ち。

グリモア「ふふふ……ふふふふ……、そうだね、これまでの事も、全て嘘だね。そして、これからの事も、きっとそうなのだろう」

クスクスクス、クスクスクスと、微笑ましく子供に教鞭を振るうように彼は宣う。

或いは、真剣さを茶化す無邪気な子供のように言葉を並び立てた。

そして、彼は放つのである。

リィカ「‼ アルドさん、グリモアさんの周囲から、強力な、エネルギー反応を感ジマス」

アルド「ああ、分かってる……俺が騙されていた……」

これまで隠していたアルドとリィカに武器を持たせるだけの禍々しい邪気を、その白衣の上から纏わせ始めて。

剣の柄をギュッと握るアルドの頬に、伝う冷や汗一筋。

アルド「でも……まだ俺は信じている。エルジオンで空を眺めていたアンタの言葉を‼」

グリモア「……‼」

心の奥底では未だ疑っていた。グリモアが本性らしき戦闘態勢を見せても尚、ちらつくのはエルジオンエアポートの風に煽られる哀愁の横顔。

グリモア「……不思議な事を言うね。騙されたと放ったその口で、僕をまだ信じていると」

カリクラ「父さん……もうやめて。母さん達は、父さんの言葉に呪われたから一緒に居たんじゃない……」

そして、カリクラ。彼女の願いの真剣さを。

カリクラ「あの頃の……お喋りが好きな父さんに戻って‼」

カリクラ「私たち家族や、友達と……楽しく笑い合える話をしてくれた父さんに‼」

アルドは両方、未だに信じている。

しかし、グリモアは嗤うのである。

グリモア「楽しい話、か……ふふふ」

グリモア「では、楽しい話を始めよう」

グリモア「KLndUIFRA+oiehLKoi+EO」

掌をカリクラに向け、唱えるは他者には理解の及ばぬ言語、魔言。

すると、その本領を発揮するが如く起こり始める異変。

アルド達「「「‼」」」

カリクラ「ううっ……‼」

アルド「カリクラ⁉ どうした⁉」

突如としてグリモアの魔言を聞いてしまったカリクラが胸を抑えて苦しみ始め、

グリモア「kJDOISV+KNDS;んcII+EC+」

恐らくその後に続けられた魔言をキッカケに意識を失ったようにカリクラの体が宙に浮く。

アルド「なんだ……⁉ これが魔言の力か‼」

グリモア「……アルド、君との最後の物語を紡ぎたい。その為に相応しい場所へと君を誘うとしよう」

宙に浮くカリクラを引き寄せながらグリモアは言った。アルドに背を向け、歩き出す方向には先の無い街路の果て。

アルド「グリモア‼」

当然、未だグリモアの真意を確かめられず、カリクラを連れ去ろうとするグリモアをアルドが追わぬはずも無い。

しかし、グリモアは少し振り返り、微笑みながら更に別れの言葉を紡ぐのである。

グリモア「トト・ドリームランドの最奥……仮想劇場で待っている」

直ぐに来る再会を夢見て、街路の果てのその先に飛び込み、

グリモア「CMijhfoi+ohuHNCuHRU」

魔言による力で開きたる時空の穴。バチバチと雷鳴のような音が木霊した。

アルド「グリモアぁぁぁ‼」

リィカ「アルドさん‼ 時震の予兆を感知‼ 危険デス‼」


CiuehfiuciujhrIUHkjNHFUIEUIuiEIBiujEHIUBDCIJbeiubdjkbckjhdbviuewiubCJnvijueiuhiuj;lskiJC


アルド「……」

リィカ「……」

アルド「……グリモア。お前の目的は一体……」

唐突で作為的な時空震の余韻は、あまりにも静かであった。

故に、アルドの行き場の無い問いがポツリ、虚しくも強い光を放ったように見えたのである。


五、瓦解言語。


子供らの遊び声が決して聞こえる事の無い、錆びに満ちた廃退のテーマパーク。

トト・ドリームランド。

蔓の繁栄に彩られた場所をくぐり抜け、アルド達はそこに辿り着く。

かつて大勢の人間達が夢を語り、夢を紡ぎ、笑い合い、涙した偽りにして真実の舞台。

仮想劇場。

偽りを紡いできた男もまた、

その中央にて皮肉を溢すように、やはり寂しげに佇んでいた。

アルド「来たぞグリモア‼ 彼女を今すぐ解放しろ‼」

グリモア「……随分な物言いだね。御覧の通り、カリクラは無事だ」

劇場内に踏み入り、グリモアの姿を見つけて早々、威勢よく要求を吐いたアルドに対し、不粋だと言わんばかりに首を振るグリモア。一方、傍らのカリクラはアルド達に反応を示さず意識の無いままに俯いてばかりで明らかに様子がおかしい。

グリモア「少しくらい世間話をしようじゃないか、アルド」

しかし、それすら気に留めず、いつもの調子で朗らかに微笑みかけるグリモアに対し、いよいよとアルドは憤慨した。

アルド「なんでこんなことをするんだ‼ その人は、アンタの娘なんだろ⁉」

アルドは、アルドが信じるグリモアの良心を信じた。血も涙もない狂人だと思いたくはない。何より、家族。アルド自身の生い立ちから生じた家族を大切にしたいという切なる願いが、性分が、祈りが、約束が、決意が、グリモアの蛮行に歯止めを掛けたがっている。

グリモア「ふむ……アルド。時に君は、グリモワールという書物を知っているかな?」

それでも、アルドの悲痛な願いも他所にグリモアは止まらない。ふと思い馳せたグリモアは唐突に優しげに狂気的に、とあるアイテムの認知について尋ねる。

アルド「グリモワール……?」

グリモア「いや……知らなくても構わないよ。いずれ目にする機会もあるかもしれないが」

アルド「その話と今の状況に、何の関係があるんだ‼」

もどかしい想い、アルドは耐えきれずに逸れた話題を腕で振り払い、話を急く。

すると、グリモアはこう答えるのだ。

グリモア「ふふふ。私と、その本は全く関係ないという話かな」

嗤いながらにクスクスと。通じない話、有耶無耶に先送りされる回答、繋がらない会話。

アルドの怒りは、頂点を極め掛かり、沸々と業炎の如き感情が湧き上がってくる。

けれど、

リィカ「アルドさん、彼のペースに飲まれてはイケマセン」

アルドの横に立つリィカが、これはグリモアの罠だと冷静に警告を匂わせ、アルドの理性に力を添えた。頼もしい仲間。

アルド「ああ……分かってる」

リィカの進言により、一転して落ち着きを取り戻しての深呼吸。アルドは心を整え、改めてグリモアと向き合う。

アルド「理由を聞かせてくれ、グリモア。アンタは一体、何がしたいんだ」

グリモア「何がしたい……か。そうだね、どう答えたものか……」

アルドの改めての問いに、ようやくグリモアは真摯に応え始めた。

顎に手を当てた思考、散々に込み上がる単語を組み立てていくように。

グリモア「ひとつずつ、整理していくことにしよう」

そして彼は、より効果的にアルドにも伝わりやすい方法を思いついたようだった。

それは、

グリモア「kcNEUFkNDCIUE+UJcぬりv;kDJIFjKCN」

目視の証明。徐に吐き出した魔言。

アルド「な、何を……⁉」

アルドの戸惑いを尻目に楽しげに語られたソレが起こす異変は、

未だに無反応のカリクラの体に起こるものだった。

カリクラ「う……うう……うやあああああああああsea;oiikcね;うc;うehbfuehjnc;jknecsんc;j‼」

アルド「カリクラ‼」

突如として、これまで意識を失っていると思えていたカリクラが胸を抑えて苦しみだし、彼女の周囲から魔力に似たドス黒い気配と陰湿な風が溢れ出して。

カリクラ「……‼」

やがて、全てが爆風の如く、弾けて消える。

アルド「‼ そ、そんな……」

リィカ「カリクラさんが……消エタ」

ドス黒いエネルギーは塵となり、眼前のアルド達を驚愕させる。

カリクラが、消え失せたのだ。もはや何一つ、彼女の痕跡は無い程に。。

グリモア「いやいや人形ちゃん。消えたのではないよ、そもそも彼女は世界に最初から存在しなかったのさ」

しかし、得意げになる事もなく悲壮に暮れる事もなくグリモアは普段の如く平静に、何事もなかったかのようにリィカの現状把握を嗤う。

何故ならば、

グリモア「kcN+Inv;AVCUNAU;kcn;OIHU」

グリモアは何時でも何処にでも、カリクラを作ることが出来たから。

アルド「……⁉ カリクラ⁉」

カリクラ「……」

リィカ「……生体反応アリ。アレは間違いなく、先ほどのカリクラさんと同じ個体です」

再び世界に響く魔言の余韻が残る中で改めて現れた、消えたはずのカリクラに戸惑うアルド。リィカもリィカなりに現状の理解不能な出来事を把握しようとするが、信じ難いと言わんばかりに戸惑いが声色に表れていた。

その様子を観察するグリモアは、クククと悪戯を成功させた子供が如く彼らを嗤った。

グリモア「彼女の存在自体が虚言。僕の魔言の力で形を成した虚偽」

そして白衣を揺らめかせ、種明かしを始めるべく両腕を広げたグリモア。

アルド「虚言……虚偽?」

グリモア「そう、全てが嘘だったんだよ。因みに僕の、この姿もまた偽りだ」

グリモア「君と、こうして向き合う為のね」

今では不気味に感じてしまうカリクラの俯く姿と、グリモアの流暢な会話劇とを交互に見渡しても尚、アルドは未だに心の乱れたまま。

リィカ「狙いはアルドさん……アナタはアルドさんに何をするつもりデスカ‼」

そんなアルドを気遣ったのか、リィカはアルドより一歩前に進み、自分なりに事を整理しながらもグリモアを問い詰める。

それが、グリモアの琴線に触れたのかもしれない。

グリモア「……不愉快な人形だな。僕らの楽しい会話の邪魔をするなよ」

突如として不機嫌に、冷淡に言葉を呟き、グリモアは片腕を水平に伸ばす。

グリモア「kmnC+IORNjadnuCMLKOIE+NCKJ‼」

リィカ「⁉ ⁉ ウワッ‼」

唱えられた魔言。今度は突然とリィカの体が浮き上がり、まるで吹き飛ばされたように舞台から強制的に降ろされる。

アルド「リィカ‼ 大丈夫か‼」

グリモア「はは、僕の本来の姿は自分で言うのもなんだが胡散臭くてね。とても人に話を聞いてもらえるような風体じゃないんだ」

リィカの身を案ずるアルド。それでもグリモアは彼との会話を進めて。

アルド「グリモア‼ お前……‼」

沸々と湧き上がる。沸々と湧き上がる怒り。アルドは剣を抜き、その切っ先をグリモアへと向ける。その様を尚も嗤うグリモア。すると、グリモアの前にカリクラがアルドに前に立ちふさがるように動き出す。

アルド「どいてくれ、カリクラ‼」

カリクラ「……」

アルドの叫びは悲痛だった。けれどカリクラには届かずの無反応。

グリモア「君は人形にも優しいね。それに、まだまだ怒る時間じゃないよ、アルド。会話を楽しもうじゃないか」

そして、その悲痛はグリモアの求めている物でもない。

アルド「もうウンザリだ‼ なんなんだよ、お前は一体‼」

言葉の通り、アルドはグリモアとの会話に辟易としていた。遠回しで目的も解らない人間との会話、暗闇の中で首筋に息を吹きかけられ続ける感覚。

するとアルドの切実な問いに、ようやくとグリモアは本題へと進んだ。

グリモア「グリモアさ。魔言収集家、グリモア」

アルド「魔言……収集家?」

聞き慣れないが、その言葉が酷く重要に思えた。偽られざる真実の答えに聞こえたからだ。

グリモア「そう……悲劇の舞台に狂い咲く一輪の華。美しき魂の叫び、魔言」

グリモア「僕……いや、私はそれを集め、使役する為に様々な人間に怒りを、憎しみを、悲しみを、絶望を、あらゆる負の感情の種を植え付け……」

グリモア「或いは養分を供与して、狂気を育む」

一人称を「僕」から本来の物であろう「私」にまで変え、

グリモア「今回は君が植木鉢という事だよ、アルド」

彼は、顎に手を当て陰謀をさらけ出すが如く妖しく笑った。

アルド「そんな事の為に……‼」

グリモアの口からから初めて明確に漏れた答えに、アルドは憤慨し、剣の柄を改めて握り直す。グリモアもまた、数多くの許されざる敵の一人なのだと、決意するアルド。

グリモア「ああ、因みに君が私と思って見ている姿をした男は、かつて魔言の華を咲かせるために苗木になってもらった人間の一人でね」

グリモア「カリクラも彼の娘で間違い無いよ。真実の混じる虚言だったという訳だ」

アルド「……‼」

その後、つらつらと語り始めた真実にアルドの怒りは気配となって湯気を立てたよう。

グリモア「私が育てた中でもアレは、とても質の良い悲劇だった。ふふふ」

グリモア「事が終わった後に紙芝居にでもしてあげよう」

グリモア「もし君が望むならユニガン国立劇場に脚本を進呈するのもやぶさかでは無いね」

アルド「……グリモアぁ‼」

この男を、放置しておく事など出来ようものか。義憤に駆られ、先々に彼の被害を受ける事になるだろう人間達の、仲間たちの、友人たちの、大切な者たちの顔を思い浮かべたアルドは、決死の覚悟でグリモアに切りかかろうとした。

しかしその時、背後から飛び出す影が一つ。

リィカ「ダ、駄目です‼ アルドさん……怒りに囚われてはグリモアの思うツボ……」

アルド「リィカ‼」

彼女もまた、武器である大槌を用い、アルドの行く手を阻む。激情に駆られ武器を振るうアルドを諫める為に、何よりグリモアの目的を危惧しての事だ。

グリモア「うん。今のは正しい判断だ、そのまま君は君の役目を果たしたまえ、人形」

その様を楽観的に眺め、頷くグリモア。更に挑発めいた侮蔑を再び漏らす。

眼前のカリクラの傍らに進む彼は今も尚、劇に興じる芝居人の如く。

アルド「っ……‼ 人形なんて呼び方をするな‼ リィカは、俺の大切な仲間だ‼」

グリモア「人形は人形だ。魔言で直接操れるという事は、つまりそういう事になる」

アルドは、いやリィカすらもが彼の仕立てた脚本に踊る人形。そう言わんばかりではあるが、アルドに対しては興味深いアドリブを求めているような節がある。

しかしそれを悟られまいとするように燦爛と煌く瞳を閉じ、

グリモア「まぁ……人の趣味を、とやかく言うのは止めておこう。それに……だからこそ壊しがいがある訳だし。その子の次は、あのセバスちゃんという子にするつもりでね」

グリモアは、自身を諫めるように首を振った。

とても遠回しに悲劇のシナリオを示唆しながら。

アルド「……な、何を言っているんだ」

その言葉を聞き、青ざめるアルド。何故、彼の口から彼が出会った事の無い「セバスちゃん」の名前が出てくるのか、考えるまでも無く、カリクラが出会ったからだと直感した。

そしてグリモアはセバスちゃんを「次」だと言った。

グリモア「素晴らしい人間である君には、安い暗躍や策略は通じなさそうだからね」

グリモア「気軽に僕を恨み、狂えるように私が直接……手を下そうと思っている」

グリモア「安心していい。君の命は保証するよ、君の手を借りるつもりも無い」

延々と長い独り芝居を聞かされる道中、アルドはグリモアの今後を考える。答えは出ていた。しかしながらに、考えたくはない脅迫を今、現在、グリモアが口にし、口にし続けてくる。悟らずには居られない。

グリモア「君が……己の無力を噛みしめて伏す眼前で、君の仲間の死体で作った人形劇を披露でもすれば、さぞ美しい言葉を僕に聞かせてくれるに違いない……」

アルド「……そんな事は、絶対にさせない‼」

グリモアを絶対に止めなければ、今、ここで。現実味を増していく想像、徐々に姿を現してくるグリモアの狂気に、手に汗を掻くアルド

そんなアルドの感情を追い詰めるべく、またもグリモアは妖しく、せせら嗤う。

グリモア「けれど……君は少なくとも、大切な仲間を一人……失う」

グリモア「RV;おあいhヴぁkじゃjvkfヴいんcjkddぅrヴぁkfv」

アルド「今度は何を‼」

グリモアが勢いよく広げた両手、唱えられる解読不能の魔言。

後手後手に回るしかないアルドは、本能的に周囲の警戒を強める。

だが、彼は気付くのに一歩遅れたのである。

リィカ「‼ ウウ……エマージェンシー‼ 思考演算に外部からの干渉を確認。直ちに起動を停止……して、下サイ……」

まさか、信頼する仲間に、いとも容易く異変が起ころうとは思えなかったのだ。

アルド「リィカ‼ しっかりしろ‼」

リィカが苦しむ声を聞き、ようやくアルドは漠然と理解する。信じ難い仲間との決別、バチバチと漏れる電力の音と、カリクラが攫われたように見えた際に感じたドス黒い禍々しい気配に不吉な予感を禁じ得ない。

リィカ「あ、アルド……さ……ん……ゴメ、ゴメンナサ……‼」

リィカ「KJNDEFUINLCDkDHNFIUNUL‼」

そして、無慈悲に振り下ろされる凶兆の大槌。語られた魔言は、間違いなくリィカの声そのもの。

アルド「‼ リィカ‼」

最悪な状況、リィカの大槌をかろうじて躱したアルドではあるが、その内なる思考は痛みを伴う絶望の一幕。叫びに無情、哀しき音にしか成れずに。

グリモア「さぁ……カナシイカナシイ、人形劇の開幕だ」

ただ白衣の男一人だけが白衣の裾をたなびかせ、その朽ち果てた舞台で喜劇に興じていた。


——魔言リィカ、カリクラ、グリモアとの戦闘。

 ***

リィカの大槌を避け、グリモアの魔言に操られたカリクラと岩石を躱し、アルドはグリモアに強烈な一太刀を浴びせつける。

グリモア「……ぐぅ……やるね。けれど、まだだ……」

しかしそれも致命打とはならず、直ぐに立ち上がるグリモア。

そして、

リィカ「ckdhsぅふjkヴcjんぁうxKLM」

アルド「くっ……リィカ、目を覚ましてくれ‼」

リィカ「……」

仲間であるはずのアルドに向け躊躇いなく大槌を振り下ろしてくるリィカも尚、グリモアの魔言によって操られたままである。

アルド「リィカ……お前は、そんな意味も分からない言葉に負けるようなポンコツじゃないんだろ⁉」

剣で受け止めた大槌に抑え込まれながら、すがるようにリィカに語り掛けるアルド。

グリモア「おかしな……激励だ。素敵な奇跡を、信じているのかな?」

アルド「信じているのは、俺達の絆だ‼ 奇跡なんかじゃない‼」

一太刀を浴びた腹を抑えつつ横から茶化すグリモアに、怒りと希望を交えながら言い放つ。

すると、ここから狂い始めるのはグリモアの脚本である。

リィカ「mxKSDF;いmxcIS……モチロン、デスmmcKJHUID」

グリモア「⁉ ……へぇ」

歪な魔言に混じり、灯るような言葉。バチリ、バチリと回路がショートしていくような音がリィカの体内から響き始める。

リィカ「ワタシハ、kCNUFI……コンナ、言語ksんd……ナンカニ」

魔言の支配に抗い、紡ぎ出される確固たる意志、

「負けマセン‼」

やがてそれは、数々の弾ける光芒となりて、黒き魔言の闇を振り払う。

アルド「リィカ……良かった‼」

幾つもの折り重なる時の中で共に戦ってきた頼もしい仲間の帰還。アルドは、心の底から安堵する。しかし、再会の感動も安堵も束の間、

リィカ「ワタシは、確かにアンドロイド、デス……人間ではアリマセン」

未だ、グリモアとの戦いの胸中。アルドの心配を余所にリィカは、今度はリィカがグリモアと真っ向から向き合う。

リィカ「しかし、グリモアさん……アンドロイドのワタシには、ワタシにも……」

リィカ「タマシイが、あるの……デス‼」

リィカ「誰に、何度、言われようと‼」

機械仕掛けの彼女は、実に高らかに、誇らしげに、誠実に語る。

言葉。言葉。言葉。彼女の言葉を。

すると、初めて彼は己を省みながらも、ようやく彼女と言葉を交わすのだ。

グリモア「……魂、か。これは驚いた」

グリモア「私が、求めてやまぬ物を、人形が持っていると宣う。そして現実……魔言を打ち破った、か……妬ましい事この上ない」

グリモア「リィカくん……君の言葉は、まさに狂気に満ちた魔言だよ。ふふ」

アルド達「……」

グリモア「くくく……面白いね……言葉とは……おかしな魔言があったものだ」

アルド「グリモア……?」

グリモア「ああ……仮に、機械の君の胸を裂けば、私にも……その魂とやらの理論が解明できるのかな……どういう仕組みなのか、分かるものかな」

リィカ「……アナタの胸を裂いても答えは無いのと同じデス」

終末の空に似た天井の無い廃墟の劇場。当時のその場所と変わらぬ静けさで声が響く。

グリモア「ふふ……いいね。とても気持ちのいい答えだ。確かに、私の胸にそれは無かったよ……懐かしい」

悔恨と苛立ちと虚無と無気力のブレンドされた虚脱感のある言葉の呟き。それが、やけに鮮明に耳に残る。アルドは、グリモアに対し感じた違和感に、無意識に剣を握る手の力を弱めてしまう。

その隙を狙ったものだったのだろう。

グリモア「mnCKJHUIBCLIえUjcjlN」

アルド「また……‼」

不意を突いて唱えられた魔言。

バチバチと雷を鳴らし、グリモアの背後に現れたる時空の風穴。

アルド「逃げる気か、グリモア‼」

グリモア「アルド……私は君よりも、もっと興味を引く題材を見つけてしまった」

グリモア「タマシイを持つ機械人形に魔言の華は咲くのか……ふふふ」

よろめきながらも後ずさるグリモアの瞳は、野心に満ち満ちていた。

とても致命的な攻撃を受け退こうという男とは思えぬほどに。

グリモア「ふふ……ふははは。良い……君たちは実に良い‼」

グリモア「楽しみだ……」

時空の穴が吸い込む風の軌道に乗り、グリモアの体が宙に浮きあがり始める。

グリモア「リィカ、リィカ……ああ、愛すべきリィカ‼」

最中、グリモアは狂気じみた一人芝居の如く言葉を並べ、嬉々として謳う。

グリモア「ふふ、傷が癒え……やがて私が呼び起こす魔言の夜を夢見て今は……眠ろう」

アルド「行かせない‼」

アルドは、グリモアを逃がすまいと追おうと走り出す。

けれど、

グリモア「lkcJDOI+NIDVNk;clIn;c」

アルド「くっ……‼」

グリモアの絞り出したような冷淡な魔言に操られたカリクラに邪魔をされ、すんでの所で彼の倒す為の、救う為の手は届かない。

音を立て、弾けて消える時空の穴。如何に時空を旅するアルド達と言えど閉じてしまった行先も分かっていない時空の穴の行き先を辿る事は出来ないのである。

アルド達「……」

敗北。或いは痛み分け。残ったのは、徐々に消えていく物言わぬカリクラの体と後味の悪さばかり。

そして、

リィカ「……‼」

グリモアが消えた矢先、崩れるように膝を落とし項垂れたリィカの疲労。

アルド「リィカ‼ 大丈夫か‼」

アルドは居なくなったグリモアから咄嗟にリィカに意識を向け、不調が極まって居そうなリィカに駆け寄り彼女の体を気遣った。

すると、リィカは答える。

リィカ「大丈夫デス……少しカラダに魔言の余波が残っていただけ、デスカラ……」

リィカ「魔言に操られている間……恐らくワタシは夢を見てイマシタ」

アルド「……夢?」

リィカ「トテモ、カナシイ……夢ダッタと、思イマス」

寂しげに未だかつての薫りを残す廃墟の劇場にて、とある物語の一幕が降ろされた。


QUEST COMPLETE

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不解言語 紙季与三郎 @shiki0756

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ