不解言語
紙季与三郎
第1話 不解言語
一、言葉ではない言葉。
曙光都市エルジオン、ガンマ区画をアルドは歩いていた。
異変は、突如として訪れる。
ポlmポイjpそじゃぴjgヴィdmklmふぉいえjKMClkmMD伊vンmIDVKDNMkンvpIDNP+IDおⅯんpoidmnvpkIMC+PLDSKmvポイdv歩インDOIVNOIDクふぁいうほいdjンkjンclkdジョイFジョイgジオdvンOUheogiuhp;お栄jヴィdjンvlkンinCKNklcnLFKODインV;院+knCKkdIOFODIGHOIUHおんCKMNjbFVUROGPainKXN
世界を崩壊へと導く時空間の揺れ——時震。
それは幾度もアルド達、時空を超える者たちが経験してきた世界の危機。
時震は直ぐに収まったものの、これまでの経験から事の重大さを理解するアルドは叫ぶ。
アルド「Bヴぉい合うJGンKJ⁈」
アルド「⁉⁉」
しかし、自分の思い描く叫び声とは違う声が耳に響き、戸惑うアルド。
すると、そんなアルドの前に白衣を着た男が一人、近づいてきていた。
???「……世界の終わりとは、突然やってくるものだ」
???「やぁ、喉の調子はどうかな、アルドくん」
アルドの目の前を横切った白衣の男は、全てを知っているように空を見上げ、或いは何の気なしに天気の話をするが如くアルドの立つ方へと振り返る。
アルド「⁉ CKJbfajじうえふHjshujUIEHF‼」
男の言葉が、アルドには理解出来ていた。自分の言葉は少しも理解できないままなのにも関わらず。それだけで、アルドは直感する。
この男は、何かを知っているのかもしれない、と。
???「おや、僕の言葉は平気なのかだって? 真っ先に私の心配してくれるとはアルドくんらしいね。まぁ私としては、君がこのまま誰とも会話することなく一生を終えても構わないのだが」
更に不思議な事に、アルドの言い放つ意味不明な言葉の一つ一つを白衣の男は理解している。加えてアルドの感じている不安を嘲笑する男の態度に、ますます先ほどの時震と言葉の異変について、この男の関連性をアルドは確信する。
アルド「KJSDなヴぉH⁉」
それは白衣の男の嘲笑を片手で振り払い、理解の出来ない言語の語気を強めるには十分すぎる理由だった。
???「ふむ。君のその素晴らしい博愛に対し、僕は拍手の代わりにヒントを綴ろう」
しかし男は、尚も平静。むしろアルドの怒りを聞き流し、顎に手を当て一人で思考ばかりを進めていく風体。
???「ルート99に行こうか。君も周りの人から白い目で見られたくはないだろう?」
そして男はルート99の方向に体を向き、歩き始める。
アルド「ZC+fnjInfEJCOihUEiPZ⁉」
しかし当然、納得のいかないアルド。彼は周りの様子をキョロキョロと観察し、他に困っている人は居ないかと事態の把握に努めようとした。
すると、白衣の男がアルドに告げる。
???「ああ。異変に気付いているのは君だけだよ」
???「いや……異変が起きているのは君だけ、と言うべきか」
アルド「……」
そうして、二人は廃道ルート99へと向かった。
————。
二、言葉を求めて
ルート99に辿り着く二人。徐に、白衣の男がアルドに話しかける。
???「君は人が良いね、アルドくん」
???「僕のような正体不明な人物の語る言葉を素直に聞き入れて大人しくついてこられる人間が何人いるだろうか」
男の言葉は質問であるようで質問では無い。問い掛けであるようで問い掛けでもない。
ただ、己の思考を明確に整理する為だけにあるような言葉だった。
アルド「KZんcukHiuCkhcOwuKXpcxjO」
???「ははは。街にいた友人に相談するという選択肢もあっただろう」
アルドは、そんな男に対し「他に事情を知っていそうな人間は居なかった」と男に言葉を投げ捨てる。すると男は高らかに笑い、足を止めて後方のアルドに振り返る。
???「君の友人たちは、そうそうたる顔ぶれだろ。この程度の異常事態は片手間で解決してくれるだろうに」
???「さもすれば命を賭けても君を助けてくれるだろう」
アルド「CNukdfULK、いあSJふぉH、JSびEILうえい」
アルドは男に言葉を返す。それを受け、男は感慨に耽るが如く顎に手を当てる。
???「……僕が悪い人間に見えない、か……興味深いね。それが君の処世術という奴か」
豪胆に笑いながらアルドの言い放った言葉を反芻し、頷く白衣の男。
???「まぁ、僕にどんな感情を持とうが僕は君の自由意志を尊重しよう。しかし、それは裏返し。僕の自由意志を君が尊重するなら、という条件付きだがね」
そして笑う。
アルド「JbeIUF;LkjcjuF」
アルドも頷き、また笑う。アルドは男の言葉を肯定したようだった。
???「ふふ。では、本題に入ろう。これから君には三つの試練を受けてもらう」
白衣を翻し、男は再びアルドに背を向け数歩だけ前に進み、足を止めた。
そして指を鳴らし、用意していたのだろう機械兵器を駆動させる。
四体のレッド・サーチビット。
???「要するに僕は君たちの戦闘データが欲しいのさ」
???「ああ、君の推察は間違ってはいない。君の異常は、僕の意志に起因する。僕の機嫌次第で、君や世界の今後は決まるという訳だ」
白衣の男はレッド・サーチビットを周囲に飛行させ、高らかに宣う。
そしてアルドに向けて手を伸ばし、尋ねる。
???「どうかな。僕が黒幕だと確定して、君は何を思った?」
アルド「DKJしあZるZLCK」
そんな男に対し、剣を抜き、戦闘態勢を整えるアルド。
???「御託は良い、か。君が言葉という物をどう考えているかが良く分かる解答だ」
???「言葉は流暢でなくてはならない。仲間との連携に、コミュニケーションは必須なはずだ。その言葉が失われ、乱戦の只中、君は何を想うのかな」
白衣の男の周囲で暴れ始めるサーチビット達は、男の意味深な号令と共に一斉にアルドへと襲い掛かった。
——レッド・サーチビットとの戦闘。
跳び上がったアルドの頭上から剣一閃を受け、火花を散らし、サーチビットは墜落する。
アルド「JbiuFkjbcUEl<DjeOI‼」
???「……言葉がなくても想いは伝わる、か」
それを見届けた男は、神妙な面持ちで考え込み、やがてアルドに答えを吐いた。
???「僕はそれを、傲慢と呼ぶ」
???「さぁ次の試練だ、用意が出来たら声を掛けるといい」
——。
三、会なき話。
ルート99の道中、白衣の男は空を見上げていた。
アルドは男に近付き、決意の瞳を向ける。
すると、男は振り返りアルドに言った。
???「些か短気だね。もう少し異変を楽しむ気概を持つのも一興ではないかな?」
アルド「JZんりぐLKZこいえK!」
顎に手を当て、白衣の男はアルドの意志を確かめる。
そして腕を大きく振って男の言葉を否定したアルドの覚悟を受け、呆れたように首を振る。
???「言葉は味わうものだ。噛めば噛むほど味が出てくる」
???「まぁしかし、だからと言って世界中の人に訳の分からない言語を話して回っても意味は無いのだけれど」
それでも男は悩んだ様子を見せた末、アルドに背を向けて。
???「……もう少し歩こうか、これからの言葉に味が出るには些かの時間が必要だ」
言葉を重ねてルート99の道を進み始めた。
***
道を歩く道中、男は神妙な面持ちで語り始める。
???「君は、大切な人を言葉で傷つけた事があるかい?」
???「僕には……ある」
アルド「……」
白衣の男の後悔の問いに、アルドは答えられなかった。ただ男の背負う哀愁と解答を許さない雰囲気に圧されていた。この時間に事件の根幹に関わるような深い意味もあるのだと、思わされていた。
???「そんな顔はしなくていい。よくある些細な表現さ」
しかし、足を止めた男は振り返ってアルドの元に向かい、彼の周囲をぐるりと回る。
???「何のことは無い言葉、不意に零れる意思、悪意なき想い、素朴な疑問」
???「人は常に影響を受け合う。言葉を通じて」
そして足を止めた位置に戻ると腕を掲げ、指を鳴らす。
すると、
???「傷ついたり、救われたり。怒らせたり、笑わせたり」
アルド「⁉ JBCKIUEm+oiaf??」
男の言葉に呼応するが如く数体のサーチビットが空を舞い、それぞれ共食いのように戦いを始めて。思わず剣を取るアルド。
???「針のように突き刺さり、ふとした条件下で痛みを思い出す呪いのようだ」
???「果たして世の中に、傷の無い心を持つ人間など居るのだろうか」
次々に衝突し合い、墜落していく機械たちの狂宴の中、素知らぬ顔で男は尚も言葉を続ける。
???「言葉など無ければ良かったのに、人間になど生まれてこなければ良かったのに」
???「そう思ってしまう人間は多いのではないだろうか」
そうして激しい火花が廃道ルート99の朽ちかけの路面に響き、男は言葉を締めくくる。
アルド「KLZDJんぐRCんZJFふ‼」
アルド「LkjshUALKCAMI‼」
アルドは男に反論した。突然の悪趣味な演出に憤慨しつつ、腕を大きく身振り手振りも交えながら。しかし、
???「ふふふ、そうだね。言葉によって救われた人も多くいる」
???「悪い面ばかりでは決してない。人も科学も歴史も夢も」
男はアルドの怒りなどなんのその、少し身を揺らして笑った後、顎に手を当て頷くばかり。
そして再び、指を鳴らす。
???「君も、多くの人を言葉によって救ってきたのだろう。救われてきたのだろう」
???「では、二つ目の試練だ。君は君のこれまでの言葉と向き合うんだ」
アルド?「……」
男の合図とともにルート99の道の向こうから歩いてくる影、それは見紛う事無くアルドと同じ容姿をしている。
アルド「――⁉」
もう一人の自分の登場に驚くアルド。アルドに似た何者かは、白衣の男の傍らに立ち、剣を鞘から引き抜く。そして男が告げた。
???「鏡の前じゃなくて驚いたかな? これはこれまでの君を基にしたアンドロイドだ」
二つ目の試練、それを実感しアルドも剣を引き抜き、覚悟を決める。
???「君に君の言葉と向き合って欲しいと、僕はそう言ったよ」
——偽アルドとの戦闘。
アルドの一太刀を浴び、膝を屈し、消滅する偽物のアルド。
その光景を眺め、思考を捗らせる男。
???「自分と似た他人。しかし君が、君自身が様々な敵に向けて吐いた言葉に違いない」
アルド「……zkijfgI」
自らと姿の同じものを倒す。アルドは釈然としない想いを引きずり、俯く。
???「さぁ最後の試練に進もうか。とはいえ、気付いているとは思うが超えることを想定している試練を試練と呼ぶのかは疑問だがね」
四、言もなく。
???「ここまでの御足労、今いちど感謝するよ。アルドくん」
男は不意に、そう語る。廃道から見える荒廃した景色に寂しげに想いを寄せる男の眼差しは、もはや見慣れた物になり掛けていて。
アルド「LKjdsFHAJCNUD」
???「ああ。この試練を突破した暁には、君の言葉は元に戻る」
まだ馴染みない言語ではあったが気の慣れた様子で放たれたアルドの問い掛けに、男は素っ気なく答える。
???「いや……世界中の言語も元に戻ると安心させておこうか」
しかし省みて、男は言葉を改めた。
???「それで、どうだったかな?」
そして振り返り、今度は男からアルドへと尋ねる。
???「短い時間ではあったろうけど、言葉を失って思う所はあったかい?」
その問いに対し、アルドは少し考える。
普段、意図せずに気にも留めず話していた言葉。伝えたい想いを形に出来なくなって改めて分かった言葉の大切さ、重要性。それらを噛みしめるように、そしてその先も想像するように、可能性を想い、
アルド「KjehFIULEIWHFOKIDCOいHふぁおいH」
アルド「Leh、FlksJIFdoいHぉERP9UAO」
アルドは、アルドなりに男の問いに対する答えを口にする。
???「……ふふ。僕がいて良かった、か……そう言ってもらえると嬉しいね」
???「君をその状態にしたのは僕だというのが、些か皮肉めいた話だ」
答えに対し、堪え切れぬようにクスクスと笑った白衣の男。
???「では名残惜しいけれど最後の試練と行こうか」
そうして、ひとしきり笑い終えた後で男は指を鳴らす。
廃道ルート99の向こう側から、ガシャリ、ガシャリと歪な鉄の足音が聞こえた。
???「最後の試練は、彼を倒す事だ」
アルド「⁉」
アルドが見たものは作られた機械の人間。巨大な斧を引きずり歩く合成人間の兵士の成れの果てだった。
これまでのレッド・サーチビットが玩具と思えるような禍々しい気配を放っている。
???「安心したまえ。この合成人間は道に壊れて廃棄されていたのを僕が少し改造したものでね。君が想像したような勢力には属していないよ」
剣を構えながら、尻込みするアルドを男は嘲笑った。どうやら今回は、アルドに危機感を与える戦力になり得るとの、十分な確信があるようだ。
???「まぁ君や君の仲間が怒るかもしれない表現を使えば、彼の魂は既に無く只の死体を動かしただけの物言わぬ人形とさして変わらない。遠慮なく戦うといい」
男に従順な合成兵士の眼前に近付き、彼らを愛しい恋人を見るかのように見上げる。
???「しかし、不思議な感じはしないかアルドくん。もはや自分の意志も無く、ただ操られるだけの人形にも関わらず、かつての恩讐が未だに滲んでいる気さえする風格を」
或いは畏敬、羨望、喝采。
アルド「……」
男が滲みだす猟奇的な雰囲気にアルドは息を飲む。しかし、戦わなければならない。その覚悟を示すべく改めてアルドは剣を強く握り締めた。
???「言葉。それは手段であり、結果でもある」
???「君は何故、語らうのか。その意味を知っているかな」
アルド「……」
???「沈黙もまた、言葉だ」
???「君が、いつか答えを出すことを楽しみにしている」
???「全力で彼らと君の言葉を聞かせておくれ」
恩讐漂う兵士は、男の言葉を機に、激情に任せてアルドへと暴虐の斧を振り上げる。
——復讐の兵士との戦闘。
合成兵士の最後の一体を斬り抜いたアルドは、剣を鞘に納める。
アルド「ふぅ……何とか勝てたな……」
アルド「あ、声が、戻った……‼」
勝利の結果、白衣の男の言葉通り、言語が元に戻り、驚きながらも安堵するアルド。
その歓喜も束の間、アルドはある事に気付く。
あの白衣の男が、何処にも居ない。
ルート99の荒廃した周囲を見渡しても、その現状は変わらず、戸惑う。
アルド「……あの男は何処に……ん?」
思わず漏れた疑問の末、アルドはある物を見つける。一番初めに倒した合成兵士の傍らに紙切れが落ちていたのだ。
何かの手掛かりかと、それを拾うアルド。
そこに書かれていたのは、白衣の男からのメッセージだった。
???『オメデトウ。エアポートで待っている。興味があるなら来るといい』
???『追伸、次元の狭間から来ることを勧めるよ』
アルド「次元の狭間……いったい、何者なんだ」
そのメッセージに謎は深まるばかり、幾つかの疑問を胸にアルドは白衣の男が時折そうであったように終末の近そうな荒廃した世界の赤い空をジッと眺めた。
五、言葉の意味。
そこは、かつてアルドが初めて時空を超えて未来に辿り着いた際に立っていた場所。
曙光都市エルジオンのエアポートの果て。
白衣の男は遠くの空を眺めながら、静かに佇んでいた。
アルド「見つけた……こんな所に居たのか」
???「……」
男は、そこを訪れたアルドの言葉に応えぬまま、ただ振り返り、アルドの姿をジッと見つめる。そして俯き、目を閉じて。
まるで、アルドに真実を問われる瞬間を待つように。
アルド「アンタは一体、何者なんだ」
アルド「どうして俺にあんな事を」
アルド「どうして次元の狭間の事を知っているんだ、それに最初に会った時に起きた時震……アレを起こしたのもアンタなのか?」
アルド「答えてくれ‼」
アルドは沈黙に務める男に矢継ぎ早に問いを投げかける。徐々に込み上げてくる感情を表すように語気を強めていきながら。
すると、男はようやく口を開く。それは、信じ難い言葉であった。
???「LjhiUclkjdnFUELKEじょいFMXぉおあい」
白衣の男が口にしたのは先程までアルドが強いられていた理解不能な言語。
いや、男だけが唯一理解出来ていた言語である。
アルド「⁉ 言葉が‼ ふざけるな‼」
初めは、当初は、直感的には、言葉の通りの憤りを弾けさせるアルド。
悪趣味な白衣の男の冗談かと、軽口を並べ立て意味深長に人を嘲り笑う男の嘲りだと、アルドはそう思っていた。
しかし、
???「ふふふ。JKRしふぁなCじうえうJんせうFか」
男は意味不明な言語を尚も続け、アルドの怒りを意にも返さずにクスクス笑いながらアルドの横へと歩み、背中に何かあると示唆する。
アルド「……背中? 俺の背中に何が、あ!」
アルド「なんだ、これ……」
それはとても小さい箱上の物体で、ほんのりと淡い光を放っていた。
白衣の男は、アルドというよりその箱に向けて何かの機械を操作する。
……ピ。唐突に響く機械音。
その刹那の後、
CbiufjncUJHAUEHFAKKLHV;UARKnFIUEUHJKAんC;うえHWGふは;えおn;JNDEF;ANUOFNF;EAおうKDFN;OIEWHF;EWOHGOAO
白衣の男とアルドが出会う少し前に起きた世界崩壊の予兆、時震が再び同じ規模で巻き起こる。世界そのものが揺れ、やがて歪み、弾け、砕け、散り、あらゆる未来が失われる。
アルド「‼」
そんな二度と起こすまいと思っていた世界の異変が、ボタン一つで行われる。
それも相まって、アルドは驚く。しかし、
???「……それは、翻訳装置だよ。私の言語を理解してもらう為の、ね」
アルド「LK、cjeioJFLKEH⁉」
アルド「‼」
白衣の男に対する憤りは、再びそれを放つアルド自身にも理解の出来ない言語となって時震の納まった世界にこだました。
???「そう、それが起動している間なら、君は僕の言葉を理解でき、君の言葉を僕は理解できるという訳だ」
対して、逆に白衣の男の言葉は正常に意味を成し、アルドの耳に響く。
翻訳装置、まさしく男の言葉の通り。
???「デメリットとして、君は僕以外の人間と意思疎通が出来なくなる仕様だ」
???「さて君の問いに応えようアルドくん。僕の名前は、グリモア」
そうして流暢になった男は枷が外れたが如く一方的な会話を始めた。
グリモア「君と同じくと言えば間違いではあるけれど、時を超えた迷い人だ」
アルド「……」
グリモア。そう名乗った男にアルドは黙す。そこには様々な感情が複雑に絡み合っていた。
初めて聞いた名、深まっていく謎、解けていく疑問。
過去を振り返り、知ってか知らずか時震を起こした事への怒りも無論ある。
それでも、男の言葉には力があった。聞かせる力、相手に是非を言わせぬ的確な射撃の如き弁舌の迫力である。理路整然と一から紐解くような言葉の数々を、アルドは只、聞き耽る。自らの疑問や感情もまた、整理しながらに。
そして男は、現状の説明を締め括り、自らについても語り始めた。
グリモア「先ほどの時震の件だが、その装置を使う事によるもう一つのデメリットでね」
グリモア「どうやら私の言語の存在自体が世界に悪影響を及ぼすらしく、独り言ではない言葉のやり取りを長く続けると、時空の歪みが大きくなっていくようだ」
アルド「……」
男も時震の被害者の一人なのだと、解からずとも悟るアルド。恐らくアルドの瞳には彼の感情が余りあるほどに映されていたのだろう。
それらを掬い取るが如く、男は少し笑みを溢し言葉を続けていく。
グリモア「君も僕を責めるかなアルドくん。既に滅びた時空の言葉を捨てて、新たな世界で他人の邪魔をせずに過ごせ、と」
グリモア「僕はね、お喋りをしたかっただけなんだ。昔から愛着のある言葉で、思い出に溢れ、仲間や友人や恋人と語らってきた言葉で……久方ぶりに会話をしたかった」
グリモア「自らの言葉を禁忌とし、己に沈黙を強いる日々の中で様々な場所や時代を流れ、物を語れぬ壊れた者たちの声なき想いに思いを馳せながら切実に願っていた」
グリモア「言葉の大切さ、後悔、会話の意味、素晴らしさ、愛おしさ」
グリモア「そんな時、君を見つけたんだ。時空を超える君を次元の狭間で見掛けた」
グリモア「君ならば、語らえるのではないかと……そう思ったんだ」
男は言葉を並べ立て、最後に肩を落とす。
アルド「GURIMOA……」
罪悪感。切実なる願い、人との繋がりへの渇望。今はもう帰ることの出来ない崩壊した故郷への想い。男が狂おしいほどに長い時の中で抱えていたであろう様々な感情の一端に触れ、アルドは最早、男が犯した罪に対する怒りを失う。
すると白衣の男は慎ましやかに微笑んで、
グリモア「ここの風は……故郷の風に少し似ている。いや、これ以上は喋り過ぎだな」
グリモア「……もう行きたまえ。君には君の旅がある……邪魔をしてすまなかった」
再び天高い曙光都市エルジオンエアポートからの景色に思いを馳せるべくアルドに背中を見せて穏やかに呟いた。天候は快晴、廃道ルート99で見た景色が趣味の悪い嘘であるかのように美しい青と緑、ときどき白い晴れ模様。
僅かばかり、男の背も晴れやかなようである。
アルドは、徐に男の横に立ち、しばしその景色を共に楽しむ。
すると、男が言った。
グリモア「私はもう、その装置は使わない。いや、使えないと言うべきか」
けれど、
グリモア「その装置のエネルギーも、そして私のじゅMNAuHFLKSAIFH」
アルドは男の言葉を最後まで理解する事は出来ない。言葉がまた、アルドにとって理解できない言語に戻り、そして、
アルド「⁉ グリモア‼ うわっ⁉」
翻訳装置が壊れ、アルドの言葉もまた普段の言語へと戻ってしまったからである。
グリモア「……」
アルド「……」
終末を直感し見つめ合う二人の男。もはや会話は成り立たない。
しかし、男は紙を取り出し、何やら文字を書いてアルドに最後の言葉を贈った。
グリモア『どうやら先に装置に限界が来たようだ』
『身勝手な話だが、君との会話も楽しかったよ』
『君が、これから誰かに贈る言葉の一つ一つを大切にすることを切に祈る』
『さようなら。そしてアリガトウ』
アルド「……グリモア」
白衣の男、グリモア。手渡されたメッセージに対し、アルドは彼の名を呼ぶ。
グリモア「……」
言葉を返すことも出来ない男の名を呼ぶ以外に、アルドには掛けられる言葉が無かった。
男は、もうアルドには振り返らない。ただ、終末を待ち侘びるように空を眺めるばかり。
アルド「…………」
歩き出すアルド。一度グリモアに向けて振り返りはしたが、やはり言葉は出なかった。
もはや彼とは言葉を交わせない。そんな寂しさが、アルドの胸に込み上げて来ていた。
しかし……アルドが去って暫く。
グリモア「……君は本当に人が良いね、アルド」
白衣の男グリモアは、つらつらとアルドが歩いて行った方角とは逆方向に歩を進める。
グリモア「君の質問を聞いたのは装置の起動前だったし、そして君に手渡したメモもまた、君たちの理解できる言語だったろうに」
グリモア「更に君は知らないだろうが、僕は君を知り過ぎていた。ヒントは散りばめたつもりなんだがね……」
アルドとの会話を思い返しグリモアはクスクスと笑う。
そして、
グリモア「ふふふ。さて……lkcjehfLCKsOCIUCMOSCけFH」
またしても不解の言語を用い、掌を空中にかざす。
すると不可思議な事が起きた。バチバチと雷鳴ほどでは無い静電気が空中に現れ、空間を歪ませ蒼白い渦を作り出す。
次元の歪み、時空の穴。まさしくアルド達が旅をする中で幾度となく目にしてきた偶然の産物を、或いは運命の所業をグリモアは人為的に作り出したのである。
グリモア「この次に会う事があるのなら、それは君に真なる試練を与える時だろう」
グリモア「fuiiufNKXusHの為に」
宙を浮き、時空の穴に吸い込まれていくグリモア。彼は最後に、こんな言葉を残した。
グリモア「早く言葉の虚構に怒れる君と魔言の夜にて語り明かしたいものだ」
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