食欲の亜紀
しゃるれら
第一章
第1話 食欲の亜紀
「ごめんねー、ブロッコリーはねー」
城下町にある装備屋のおばさんは困っていた。無理もない、ブロッコリーに合う装備品というのは塩属性やマヨネーズ属性と言った人気のものばかり、強いものはより強い奴らに取られてしまう。
「いいですよ、また来ます」
そう言って俺、ブロッコリーは店を後にする。マヨネーズ国に来たのは失敗だったかもなー、手元に残った銀貨少しをポケットにしまう。
「これを売ったら楽にはなるけど…」
手には砂糖属性の亜種、ハチミツ属性の魔法石。ハチミツ属性の装備はとても貴重で強力だが、俺に魔法適性はない。俺に甘さが少しでもあればなー、そう考えながら天を仰ぐ。
「いただきっ!」
その声が聞こえた時、すでに俺の手に魔法石は無かった。
「待てええええええ」
逃げる影を追いかけるが、みるみる内に離されていく。かなりの素早さ、強い酸味を持つ奴か。これほどの奴が何故盗みなんか…。こんなこと考えてたら見失っちまう!
「ふー、あいつしょぼかったなー」
ハチミツ属性の魔法石を持ってるもんだからてっきり強いのかと思ったわ。とれるか五分五分かなって思ったんだけどなー、ま、いいか。
改めて魔法石の輝きを太陽にかざして確かめる。見とれてる内に、後頭部に強い衝撃を感じた。
「これに懲りたらもう盗みなんか辞めるんだな」
昼間から盛況な酒場で、俺は盗人とテーブルを挟んで向かい合っている。
「もう反省したってー、この縄といてくれよー、なー」
黙れ盗人、そう言って俺は水を飲む。
「俺は盗人じゃないっ、グレープフルーツのラピスラズリだ!」
ラピスと呼べ、そう言って顔を背ける。グレープフルーツか、なるほど。それならあの素早さも頷ける。さしずめ、甘味が少なく、極端に酸味があるタイプか。強いグレープフルーツは闘技大会で見た事があるが、甘味と酸味のバランスが良かったもんなー。
「盗んで何に使うつもりだったんだ?」
「いちごさんのパーティがここに来てるんだよー、ハチミツ属性の装備があれば取り入れるかなーって」
浅はかな奴め、いちごならハチミツ属性なんて何個も持ってるだろ。いちごは闘技大会の覇者だ、殿堂入りもしている。俺たちが敵うような相手じゃない。それよりも問題はこの後だ…。
「お前だな、違反者は」
噂をすれば、だ。鎧を身にまとった2人の騎士、胸には黄色の紋章、マヨネーズ国の兵隊だ。
「そうだ、後こいつも共犯だ」
俺は立ち上がって、ラピスを指さす。ラピスは目を見開いて首を横に振る。腕も動かそうとしているが、椅子に縛り付けているため、暴れているようにしか見えない。
「よし、連れて行くぞ」
俺とラピスは縄で縛られ、連行された。逮捕者は珍しくない、俺達が連れていかれるのをまじまじと見つめるのは冒険心溢れる小さな子供達だけで、他の奴らは見向きもしない。ここ、マヨネーズ国は法律の厳しい国で、知らず知らずの内に違反してしまうものが後を絶たないのだ。そのおかげか治安は他の国と比べても良く、今通っている道も両脇に商店が立ち並び賑わっている。
しばらく歩くと、マヨネーズ国の城までたどり着いた。立派な門には細かい装飾が施され、ところどころ黄色い魔法石が輝いている。その輝きから魔法障壁も強力なものなのだと分かる。
俺達は門の前を素通りし、横の勝手口のような場所から城の中に連れていかれた。そこは、軽犯罪から重罪まで幅広く罪に問われたもの達の収容される場所へと繋がっていた。
「どうするつもりだよ」
ラピスは檻越しに話しかけてくる。
「正直に話すしかない、俺は悪くないからな」
実際、ラピスが盗みを働いたから悪い。追いつくには装備を使うしか無かった。例え禁止されていたとしても…。
「この魔法石は預かり物なんだ、また会う時までは無くせない」
俺はハチミツ色の透き通った魔法石を握りしめた。ラピスは、はいはいそうですか、と言いたげな顔でこちらを見る。反省の色が全く見えない。そこに、コツコツと近づいてくる足音が聞こえる。
「わぁ、本物の冒険者様だわ!」
そこには、身なりの整った可愛らしい女の子がいた。歳は19かそこらだろうか。身に纏うドレスには肌触りの良さそうな質のいい糸が使われていて、首から提げた魔法石は淡い黄色をしている。
「私、タルルと申します」
お、俺は、ブロッコリーのアルガだ。少女の勢いに押されて思わず答える。向こうの檻で自分の名前を叫びながら身を乗り出すラピスが見える。身なりを見て、金持ちだと思い、取り入ろうとしているのだろう。タルルは向こうに振り向き、会釈をしている。
「姫様、困ります……!」
奥から40代かそこらの男が走ってきた。身に纏う鎧は先程の騎士とは違って目立たない装飾が施されていて、書かれている紋章も大きく、威厳のある形だ。顔をよく見ると、見覚えがあることに気づいた。
「いいじゃないの、ガルダ、そんなのだから堅物とか言われるのよ」
タルルの言葉に少し狼狽しながらも、ガルダはジェスチャーを交えながら少女相手に説得を試みている。ガルダ、マヨネーズ国の国王の親衛隊長だ。闘技大会にもたびたび参加し、その腕前は相当なもの。だが、今はお姫様のお守りか。少し前にあった国王暗殺騒動が関係しているのは知っているが、一体何があったのだろうか。
「嫌です!、私は王女である前に、1人の人間です!」
考え事をしている内に、なんだか会話がヒートアップしているようだ。ガルダも困り果てている。気の強いお姫様の相手は大変だな。
向こうにいるラピスもやらやれと言った表情でこちらを見ている。俺も同じ気持ちだよ、とラピスを指さす。さて、これからどうなるのやら。足を伸ばして両手を腰の後ろの床につき、天井を眺めた。
その時、大きな揺れが起きた。
天井から小さな砂や石が落ちてくる。石の壁には所々に亀裂が走り、廊下にいたタルルはバランスを崩し、ガルダが咄嗟にそれを支える。5秒ほど続いた揺れが収まると、次は檻の鍵が空いた。高度な魔法が掛けられているはずだ、衝撃で開くような代物ではない。飛び出す俺とラピスにガルダは剣に手をかけ、警戒心を露わにする。辺りには凶悪犯を含めた多くの罪人。何人かはタルルの方を向いている。
「ここでお姫様守れば俺達英雄だろ」
ラピスは冗談交じりにそう呟き、ダガーを構える。
「そうだな」
俺も拳を握り、タルルに背を向けた。
食欲の亜紀 しゃるれら @syalulela
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