第2話 【2021年版】誰にも祝って貰えないなら自分の生み出したキャラ達に祝って貰おう!
木枯らしも吹き、紅葉が世界を包みし頃。
人々は風情と非日常を求め、森に、谷に、川にと足を運ぶ。
そこに純然たる意志はない。人の遺伝子の中に、秋は紅葉を楽しむものだと刻み込まれている。
この年は世界的に流行した感染症による外出制限も、一応の明けていた。
町を歩く人々の口元には未だにマスクは欠かせない。
ジャケットから薄手のコートを羽織っている人もちらほら目立ち始めていた。
ひと月も前であれば、まだ半袖の人もまばらに存在していたが、季節は一気に加速する。
そんな中でもぬくぬくと暖かい日は訪れる。
小春日和の11月のある日。
ちょうど1年前にこの道を通った午後の街道。
人は個人差こそあれ、可愛いものを愛でる習慣にある。
そこに悪意も雑念もない。
人々は集う。現実では得られないものを得るために。
【ないものねだり。】
ここはそんな非日常の中に安息と萌えを提供する。
今日もまた、日常に疲れし企業戦士が一人その扉を開いた。
「いらっしゃいませにゃ。ご主人様。」
今年もこの時期にねこみみメイド喫茶「アニスミア」の誕生日イベントを予約した、萌えに取りつかれた愚民が聖なる扉を潜った。
17時の予約時間に合わせてねこみみメイドさん達は慌ただしく動いている。
誕生日イベントを行う時には大抵忙しくもなるのだけれど、この日だけは違った。
昨年も同じように忙しかった事を覚えているメイドさん達も多く在籍している。
この1年でメイドさんの入れ替わりも当然あるのだが、ほとんどが残っていた。
そして新人もそれなりに増えている。
これからくる予約のご主人様は特別だという事を数人のメイドさん達は知っていた。
通常誕生日イベントといえば、特別な音楽、特別なケーキ、特別なサービスなんてのが一般的だ。
人によっては貸し切りにして利用する人もいる。
決して安くない金額ではあるけれど、逆に言えば払えない金額でもない。
演出についても、無謀な事でなければ客のリクエスト通りに行う事が出来る。
どれだけお金を積んでも性的なサービスは行われない。その場合は「GO TO 警察!」である。
予約時間の少し前に到着した
話が終了すると、先払いとして現金の入った封筒をレジで話をしていた最長老……最古参……店長でありオーナーでもあるカレンに手渡していた。
店内は既に飾り付けが終了している。紙テープで作られたカラフルな飾り付けは、昨年同様に夏祭りやクリスマスパーティを彷彿させる。
一般客もその様子は既に確認しており、今日も誰かがやるのか……と特には気にしていないようだった。
客も既に常連と化しており、特に物珍しいわけではないと理解していた。
ファミレス等でも店内が暗くなって花火を噴き出したケーキを運んでくる事があるだろう。
それを見ても、「おぉ、誰か誕生日ケーキ頼んだな。」とか「おぉ、すげぇ誰だこんな事やったの。」とか思う事はあるだろう。
そういったものを頼むのは大抵が家族かカップルではあるが。
今年も店内が暗くなると、一人のねこみみメイドがカートに乗せたケーキを持って出てくる。
厨房から出てきたのは、今年もスボ手牡丹とカラースパークの花火と共に、太いのと細いのと合計〇〇本(年齢の数)の蝋燭が灯されたケーキが運ばれてきた。
流石に火玉がケーキに入ってはいけないという事で、花火はケーキの横に別途セットされている。
持ち運んできたのは元ヤンキー、こういうのは得意な恵ことめぐにゃんである。
昨年と違うのは暗くなってから店内に鳴り響いた曲が「クライスラー作曲 愛の悲しみ」に変わっていたことである。
そしてもう一つ違うのは……
ねこみみメイドさん達の衣装が普段のモノと違うものになっていた事である。
ミニスカートは数人しかいない。あんなのは邪道だという本ご主人様の意向により、このイベントのためだけに衣装替えしていたのである。
アニスミアの元になった、今は幻のメイド喫茶をリスペクトしたご主人様により、過去の写真と記憶を元にほぼ再現された衣装であった。
カートにより運ばれてきたケーキをテーブルに置くと、音楽は音を極小に落とされ、スボ手牡丹の綺麗な模様が風情を感じさせる。
流石300年の歴史。これが本当の線香花火である。それは昨年も同様の感想を抱いたものだろう。
ぱちぱちと花火のダンスが終わらぬままねこみみメイド達はクラッカーを両手に持ち続々と客席へと集まってくる。
「¡Feliz cumpleaños!」
ファンファーレ!の音楽と共に、ねこみみメイドさん達が声を揃えて一斉に祝福した。
パンパーンとクラッカーの音が鳴り響き、中に詰まっていた色のついたテープが虹の川のように飛び出してくる。
拍手が鳴りやむと音楽は変わり、「はじまりのかね」が流れる。
この曲を知っている人は超コア、超マニア、超ご主人様である。
当ご主人様が親交を深めたいと言い出すかもしれない。
「琉水 魅希様お誕生日おめでとうございますにゃ。」
メイド長兼オーナー兼店長のカレンから祝福の言葉が舞い降りる。
先程札た……を受け取ったカレンである。
「みきるんおめでとー。」
「みきにいおめでとう。」
「みきさんおめでとう。」
その場に集まった他の客、つまりは友人達も祝福の言葉を次々に発していく。
この辺りは昨年と変わりがない。当ご主人様は交友関係が狭いのだ。
当然友情出演として霊界から3年前に他界した父親も降臨している。
「まだ一人モンなのか。」
うっせぇわっ
17時20分。あっという間にその時間はやってくる。
めぐにゃんによってケーキにぶっ刺さされた太いのと細いの合わせて合計……本の蝋燭を一息でかき消した。
決してモルボルの臭い息ではない。モンダミンはきっちりと使っていた。
カレンを始めねこみみメイドである恵、七虹の古株を始め、かつて働いていた友紀、三依、忍、音子、光恵、苺、真希、夏希、秋希達……
新人としてメイドさんとなった茜(数少ないミニスカメイド)、璃澄、瑞希、環希、咲来、百合子、鰻屋の帰蝶、雛罌粟(渚嬢、現在まだ未公開。)、ミニモニサイズの浪漫と小串(現在まだ未公開)とが参戦している。
今日だけの臨時としてメイドの身内という事で手伝ってくれている月見里瑞希・環希姉妹もメイド服を着用していた。普段のナース服も良いがメイド服も良いと数人の客から声があがっていた。
病院にも通ってるこの店常連もいるようだった。
そしてこれだけのメイドさんがいるにも関わらず、巨乳が誰一人としていない。
採用基準に胸のサイズでもあるかのようだった。
店内に飾ってあるスタンドフラワーや花束は、駅前にある「ロイヤルガーデン・しろやま」から仕入れたものだ。
今日は当然の如く、店員である白山菊理には臨時でねこみみメイドさんになって貰っていた。
護衛として執事服を着た咲真真糸も控えている。臨時とはいえ、数少ない男性スタッフでもある。
本編ではまだ触れられていないが、真糸は恵や七虹達の後輩にあたる。
本日臨時で菊理がメイドになる事と、護衛で執事をやる事になったのはこのパイセン達の影響が大であった。
世間は狭い、田舎は交友関係が狭いというのは仕方がない。
誰と誰が実は知り合い……なんて事はそれなりにあるのだった。
本年も昨年に倣い、祝福の拍手と……
琉水 魅希聖誕祭の歌を歌った。
それはもう昨年以上に痛々しい歌詞であったが、昨年に続きメイドさん達は嫌な顔一つせず合唱していた。
ついでに……友人たちもそれに続いた。
ぐろ~りあ~ぐろ~りあ~と何が栄光なのかは分からないのは相変わらずであった。
萌え~萌え~とかもう本当に誰得だよと。どうやら昨年の唄にアレンジが加えられたようだった。
聖歌が終わると、カレンはもう一度蝋燭に火を灯し、三脚にセットした一眼レフカメラをタイマーセットする。
「それでは改めまして~」
「¡Feliz cumpleaños! 〇〇回目の誕生日おめでとうございま~~す!……にゃ」
思い出したかのような「にゃ」はあざと可愛かった。
カシャカシャカシャ……
今年もやってきた霊体となった親父の連れてきた他の霊が、タイマーでは生ぬるいと代わる代わる連写していた。
そこには本人を中心に友人達、ねこみみメイドさん達、数体の霊体が納められた記念の写真が撮影されていた。
キャラ達に愛されるのなら本望だ。だからこれからも変わらず自分もキャラ達を愛そう。
「特別サービスです。」と言って数少ないミニスカねこみみメイドの茜が、唐突に腿の上に座ってくる。
客からの強制ではないのでおまわりさんは出動しない。
「ちょ……」
その異質に気付きはしたけれど、その先は健全な人達のために口にはしなかった。
ちなみに他の御主人様達からは見えないようになっている。
メイドさん達が壁となって見える事はなかった。
この時、半ズボン穿いてくれば良かったと後悔していた。
「はっぴーばーすでーとぅ、みー!」
独り者であれば一度以上は言った事のある言葉であろう。
自分チョコとか自分プレゼントとか一人旅とか、世間で流行る何年も前から行っていたので痛くも痒くもない。
今年は少しだけアルコールが混じっているため、それなりに騒がしくなっていた。
メイドさん達が順番にカードと持ってきて、ご主人様とチェキ写真を撮る。これも誕生日イベントの一環だった。
そのカードには様々な要望(主に自分が出演している作品)が書き連ねられていた。
参考までに開示すると……
「もっとエロエロしくして欲しい!」
誰とは言わないが、候補は絞られるだろう。こいつ……ノクターンに完全移籍でもしたいんだろうか。
せめてもっといちゃいちゃしたいくらいに落ち着けないのだろうか。
茜、咲来、璃澄……
「早く日の当たる場所に出たいです。」
これは未公開の誰かだろう。
このような感じで様々な意見や要望が書かれていた。普通に誕生日おめでとうメッセージを書いてるメイドもいるのだが、インパクトとしては低かった。
やがてカレンがやってきて耳打ちする。
「名誉会長、職権乱用にゃ。イロ付きでお金は払って貰ってるけど。」
これだけの人数を本日のためにねこみみメイドとして集めたのだ。
安い金額なはずもない。
店内飽和状態になりそうな面子も入れ代わる事で解消していた。
挨拶が済めば、一般業務に戻るメイドさんもいるわけで、他のご主人様の対応もしなければならない。
他のご主人様達からは、「そのメイド服初めてだよね、今後着る事はあるんですか?」
などと問い合わせが殺到していた。
余談ではあるが、ともえや佐迫真理子は収監中であるためねこみみメイドにはなれなかった。
ツーショットチェキ以上の密着は当然ありません。
最後に大玉の久寿玉が運ばれてきて、伸びている紐を手渡される。
「ご主人様思いっきり引くにゃ。」
カレンが催促をしてくる。引かない事には先に進めないというか終われないので思いっきり引いた。
【生誕おめでとうございます。来年もまた誕生日イベントでお待ちしております!】
キャラ達に愛されて(半ば強制的に)生きて行くのも倖せと知った。
いつか、この括弧書きの中が【祝・書籍化決定】となる事を夢描いて、前へ進もうと決意したご主人様であった。
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