全ての部位が・・・臓器型生物に置き換えられている
私は結菜に手を引かれ、彼女の家にやってきた。
割と大きくて立派な一軒家。
結菜って結構いいところのお嬢様だったんだなってそんなことを考えた。私みたいな安月給の万年平社員の父親を持つ貧乏家族の賃貸とは大違いだ。
「さ、入って」
結菜はぶっきらぼうにそう言う。
「・・・お、お邪魔します」
そこに広がるのはやっぱりご立派な内装。私は結菜との間に軽い身分違いを感じ、憂鬱になった。
と、そこに一人の女性が現れる。
「ママ」
結菜がそう呼ぶその女性。確かに結菜に顔が似ている。
ふと、先ほどの結菜の光景が目に浮かぶ。
もしかしてこの人も?
って言うか私、本当に連れられてきて大丈夫なのか?
今更ながら不安になってきた。
「・・・あの子が電話で言っていたお友達?」
「うん、そうだよ。後ろの席の子」
「・・・あー、よく結菜の話に出てくる子ね。いつも構ってくれて嬉しいって–––––––」
「言ってない!!!そんなこと!!!!」
結菜は顔を真っ赤にして怒った。あ、そんな風に知られてるんだ。ってか、そうか。そんなに嬉しかったのか。可愛い奴め。
私は軽く会釈して自分の名前を名乗る。
「あらあらご丁寧に。私は結菜のママです」
そう言って顔の辺りでピースする結菜ママ。見た目も若いけど行動もめっちゃ若い。うわ、なんて可愛いんだ。この人。
「・・・結菜の秘密、知っちゃったんだって?」
いきなり、そう確信をついてくる。
私はなんと答えていいか分からず、こくんと頷く。しばらく結菜ママは無言で私を見つめ、そして小さく息を吐いて結菜を見る。結菜は不安げな表情を浮かべていた。
結菜ママはふっと微笑んで、
「とりあえずご飯にしましょっか。あなたもご飯食べてく?」
そう問いかけられる。
「・・・お、お願いします」
断る雰囲気、もっといえば断れる雰囲気でもなかったので、食卓を共にすることになった。
出てくる食事は至って普通だ。いや、むしろ豪華だ。
人間が食べる普通の食事。
考えてみたらそりゃそうだ。今までだって結菜とは一緒に食事して来たじゃないか。それをたった一度変な光景を見たからって・・・・
(でも、あれは一体なんなんだろうか?結菜は一体何者なんだ?)
「色々と戸惑ってると思う。だからちゃんと説明させてもらうね」
そう話を始めたのは結菜ママだった。
ことの発端は20年近く前。
まだ20歳になったばかりの結菜ママはとある複合ショッピングモールの大火災に巻き込まれ全身を覆う大きな火傷を負った。彼女の皮膚は焼け爛れ、さらには内部である臓器さえも焼け、その命は残り僅かとなっていたのだが、彼女には運命的な出会いが訪れ、一命を取り留めた。
「氷室 恭一郎、って人なんだけどね」
彼はとある大学の研究に携わる研究者だった。氷室が研究していたのは
もちろん、最初結菜ママ一家は気味悪がった。
人間の臓器を移植するならまだしも、人工生命体である
「まずは肺、それに気管全て。その次は大腸、小腸・・・・手術は何回も繰り返され、そして見る見る内に私はもとの元気な身体を取り戻していった。最初は氷室先生に感謝したわ。でも、ある時気づいたのね。私の身体はこの脳を除く全ての器官、全ての部位が・・・
そう言った時、結菜ママの髪が意思を持つかのように動き出した。髪の毛一本一本が別の意思を持つ生物であるかのように、私を見ていたのだ。
「私はあの人を・・・氷室先生を恨んだ。こんな化物みたいな体にされたんだもの。仕方ないでしょう?でも当の氷室先生は私が怒る理由を全く理解できないって感じだったわ」
「え?」
「『何が不服なんだ?身体の部位が全くの別種になったからどうだと言うのだ。そもそも人間それ自体だって多くの細胞同士の共生によって成り立っているんだ。いわば人類は皆、
なんてサイコなやつなんだろう。
典型的な
「そんな私は心底自分の運命に絶望した。でも、なんやかんやあってこんな身体の私を受け入れてくれる人がいて・・・その人との間に生まれたのが–––––」
そう言って結菜の頭を撫でる。
「それがこの子・・・私の天使。結菜なの」
その姿は普通の人間の親子のそれだった。
「氷室先生が言っていた事は間違ってなかったのかもしれない。人間は病気をやっつける際、免疫細胞に働きかけ、体に悪影響を働く細菌やウイルスを退治する。それは体内に棲む微生物との共生よね。でも、あなたは私や結菜を、それと同じだと・・・一緒だと言う目で見れるかしら?」
空気が変わった。
張り詰めた重い空気。息苦しいほどの威圧感。結菜ママの目は真剣だった。
「・・・今、あなたには選択をしてもらわなきゃいけない。想いを口に出して言葉にしてもらわなければいけない。
あなたは、私たち二人を人間として見ることができる?それとも人間だとは・・・そう思う事はできないかしら?」
正直・・・即答なんてできない。
そりゃ無理だよ。
だってつい数時間前まで結菜のこと普通の人間だと思っていたし、それを突然
それでいきなり人間だと思うか、そう思わないか、それを選択しろって言われても・・・。私まだ16歳の女の子だし、そんな重い決断今すぐしろって言われたって無理だよ。そんなの無理。
でも・・・
「・・・わかんないですけど、どっちであっても結菜は結菜。友達です。それじゃダメですか?」
別にどんな身体だとか関係ない。
私の数少ない友達。まあ、突然襲いかかってくるようになるとかそーゆー特殊事情があるなら考えるけど、そうじゃないなら関係ない。
ラノベじゃ人外なんてよくある話だし。
全然余裕。むしろ人外の友達とか願ったり叶ったり。それもこんな美少女の友達だよ?人には言えないけど優越感半端ない!
「・・・そう。よかった」
そう言う結菜ママの顔は晴れやかだった。
結菜の方は顔をプイっとそっぽ向いてる。
なんだあれ。
「あら、結菜。何照れてるの?嬉しくて涙出ちゃった?」
「違っ!!!泣いてない!!!」
あ、そう言うこと。
「泣くほど嬉しかったの?そんなに私のことが好きなんだ?」
「・・・違うし。なわけないし」
そして私はそのあと食事と談笑を楽しんで、この家を出るのだった。
見送りに結菜はいなかった。
「ごめんねー。結菜照れちゃって。部屋から出てこないの」
「大丈夫です!いつものことですから」
それじゃ。そう言って帰ろうとしたときだ。
ふと、結菜ママに名前を呼ばれる。
振り返ろうとする私の身体を押さえ、そして彼女の髪から生えた触手の先端を私の顔面に向けてくる。
その先端からは何か透明な液体がポタポタと滴っていた。
身体に突き刺さったらと思うと背筋が凍った。
これは間違いなく、明らかな威嚇だ。
結菜ママはギュって私を後ろから抱きしめるように力強く拘束し、そして耳元で小さな声で囁いた。
「私はね。人間ってものをそんなに信じてないの。だって私は少なくとも人間だったことがあるから。だからよく知ってる。だからね、そんなに信用できないの。でもね。あの子は純粋だから。ううん。あなたを信じてないわけないじゃない。あなたが口にしたのは多分本心なんだろうし、その気持ちをこれっぽっちも疑っちゃいないの。でもね。私にとって、あの子は本当に、本当に大切なの。それはわかって。だからもし、あなたが私の大切なあの子を傷つけるようなことがあったなら・・・・私は鬼でも悪魔でも、いや、文字通り化物にだってなってやる」
これは娘への愛ゆえの、子を思う母だからこその脅しなのだ。
「お願いだから。私を・・・化物なんかにさせないでね」
そう言って彼女は手の力を緩め、触手は髪に戻る。
振り返ると結菜ママはにっこりと微笑んでいた。
私は無言でその場を立ち去った。その場を逃げるように。
あの食卓での出来事を振り返る。
これはああやって念押ししなけりゃならないほどの重要なことだったってことだ。その質問に私は明確な答えを出してしまったんだ。
私は立ち止まり、そして振り返って結菜の家を見た。
自分の言葉に対して後悔などしてはいない。
恥じるつもりもない。
けれど、本当の意味でそれを証明していくのは多分、これからなんだ。
なんにせよ、どちらにせよ、もう後戻りはできない。
私はそのことをしっかりと噛み締めていた。
キメラの子【短編】 三神しん @secretcat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。キメラの子【短編】の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます