勝ったのは俺

 その後は一枚も撮れないまま、二週間が過ぎた。「家でもお前がいるつもりでやってる」赤く腫らした目でそう言っていた。

 期末試験は終わった。目の前には結果が貼り出されている。


「すげぇな、雪朗…」


 並べられたA4の紙の前に人だかりができていた。頭越しに覗いて唸る。

 二位、渡辺雪朗とあった。進学クラスをまるごとごぼう抜きだ。

 一位は桐谷ではなく坂崎龍一郎と書いてあった。胸を撫で下ろす一方、肩すかしでもある。喧嘩ふっかけんなら王者でいろよ。

 隣では雪朗が奥歯を噛んでいた。


「完敗だ」


「桐谷には勝ったぜ」


「桐谷だよ。親が離婚した。おふくろさんの名字だ」


 家の事情。校門でそう言っていたのを思い出す。





 校門前に立っていると、桐谷がやってきた。パンパンに膨らんだ手提げとリュックが重そうだ。


「学期末みてぇなだな」


「今日が最後なんだ。…両親が離婚してね」


 聞いたよ、という言葉は飲み込んだ。


「特待制度がある学校にいく。で…最後に彼と勝負したくなった」


 桐谷は頭を下げた。


「そのために彼を焚きつけた。身勝手な理由だ。申し訳ない」


「俺に謝ることじゃねぇだろ」


「そうじゃない。…僕は君を侮辱したんだ」


「え?」


「赤星とつるむようになってダメになった。彼にそう言った。おかげで戦えたけど、君にとってはいわれのない侮辱だ。心から詫びるよ」


 雪朗は赤星の名誉のため戦ったのだ。


「赤星のおかげで俺は変われた。だがそれは長所をスポイルする変化じゃない。そう言ってたよ。実際、見事だった」


「お前の勝ちだろ。イヤミだぜ」


「選択問題を二問迷った。どっちも勘だ。ラッキーだったよ」


 桐谷は赤星の横をすり抜けた。


「雪朗、来るぜ」


「君に詫びを入れたかったんだ。勝負を受けてくれた礼だけ伝えてくれ」


 去っていく横顔はさばさばしていた。

 ラッキー? 嘘つけ。赤星は小石を蹴った。家庭が大変だったお前の方が、ずっと不利だったはずだぜ。

 雪朗はすぐに来た。桐谷とは会話を終えていたのか、伝言を伝えると「そうか」とだけ答えた。


「悪かったな」


 荒い息の合間に言う。


「おかげで集中の仕方を思い出した。苦手な科目とも向き合えた。敗れたものの、得たものは大きい。だがお前は…」


 写真はろくに撮れていない。こっちのゲームは赤星の負けと言える。

 しかし…と赤星は思った。俺とお前が何かを得るゲームで競っていたなら。


「また委員会サボる気ーっ?」


 校舎の窓で委員長が両手をメガフォンにしている。軽く応じながら桐谷の言葉を思い出した。

 俺の名誉のため…か。ほら、二つも手に入れてるぜ。


「勝ったのは、俺だ」


 赤星は空を見上げた。雪朗は怪訝そうな顔をしている。

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赤星雪朗のゲーム @kageotoko

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