スマホスナイパー
横ざまに腰かけて二つ先の席を眺める。本当に勝つつもりか? 授業中、雪朗は向こう隣の女子に話しかけられてポーカーフェイスで応じている。お前は確かに頭がいいが、進学クラスのトップじゃ相手が悪い。
ーーだったらこっちも本気でやらなきゃな…
カシャリ。
「おい、誰かスマホ使ったな」
教師の声に、赤星は素早く袖口に隠した。授業中はスマホ禁止だが、取り締まる具体的な規則はない。しらを切り続けて休み時間まで逃げ切る。
「授業中はやめろ」
「楽しくお喋りしてたじゃねぇか。ゲームは勉強してないところを撮る、だろ?」
雪朗は不服そうにボタンを弾いてよこすと、教科書を開いた。
すぐに愛用のクルトガがせわしなく動き出したから、好きな数学か物理だろう。
委員長が近くに来たので赤星は話しかけた。
「親父のハゲ頭で反射した光を虫眼鏡で集めて黒い紙を燃やしたときの話、今度聞きたくねぇ?」
「なにそれ」
委員長は笑い、雪朗も顔を上げる。
「曲面反射か、面白いな。人間の頭なら凹凸があるから接線は…」
カシャリ。
「毎度」
雪朗はまた目を丸くした。どんな話で釣ればいいかはよくわかっている。
「桐谷とは小学生のころ同じ塾で首位を争っていた」
雪朗は焼きそばパンをおかずに白飯をかき込み、赤星はおにぎりをおかずにフランスパンを食いちぎっている。二人とも弁当だけでは量が足りない。
「志望校に合格して中学は別だったが…ここで再会した」
どちらも高校受験では失敗したのだ。当時の雪朗の生気の無さを思い出す。
赤星と雪朗が知り合ったのはフィールドワークの授業だった。進学クラスの「わ行」渡辺雪朗と普通クラスの「あ行」赤星将太。結びつけたのは出席番号順によるグループ分けだ。
行事予定の確認ですでに退屈した赤星が、ボールペンのバネで消しゴムを弾いていると、雪朗と目が合った。
「ガキの頃やってた?」
「いや…やれなかった」
受験勉強で友達とふざける暇などなかったという。赤星はボールペンを渡して消しゴムを指した。
「隣の机に乗ったら勝ち」
「できるかな」
「やって見せろ」
雪朗が赤星とのゲームに夢中になるのは、小学生時代のリベンジなのかもしれない。
桐谷もきっと同じだ。塾生時代を未だに引きずっている。
「ライバルだったお前と競うのはわかるが、なんで今だ?」
答えない。何か知っているのかもしれない。
カシャリ。
弁当を片づけた後、伸びをしながら自然に撮った。雪朗のこんな表情を何度も見た日は今までない。
「撮りますって顔しろ。埴輪みたいな顔しやがって」
「埴輪はお前だろ」
送信された画像を見て「本当だ」と雪朗は笑った。
翌日からゲームは激化した。
赤星がスマホの早撃ちを練習してくると、雪朗は単語帳の早抜きで対抗した。
フェイントをかけながらの背面撮りや跳躍撮りを、袖口に隠した細長い参考書やスマホのスタディサプリでさらりとかわす。
鏡を利用した「反射撮り」は間一髪でよけられてただの自撮りとなり、仲間の背に隠れて近づき突然しゃがませて撮る「ジェットストリームアタック撮り」はエビ反り姿勢の「マトリクスかわし」によりフレームアウトされた。
一見互角の戦いだが、赤星は一枚も撮れていない。
赤星は雪朗の机にスマホを置いた。
「なんだ?」
撮るつもりが無いという意思表示に、雪朗が顔を上げる。赤星は雪朗の鞄から勝手に世界史の教科書を出すとひらひらさせた。
「ムハンマドの後継者は誰だ?」
雪朗は答えられない。世界史は苦手分野だ。
「桐谷は数学と物理の申し子だ。歴史や地理の不利をそこで補ってる」
ポケットからノートの切れ端を取り出す。桐谷のテストの点数がずらりと並んでいた。代数、幾何、物理が異様に高い。
「どこからこんな情報…」
教室の隅で委員長が手を振っている。真面目で素直な委員長は、教師たちのお気に入りだ。
「得意分野が同じなら苦手をやるしかねぇ。ーー曰く、大剣に頼る者がより大きな剣と戦うなら、勝機は剣ではなく戦略にこそある」
「誰の言葉だ」
「ゲームの達人、アカボーシ・ショウータだ」
「巻き舌なのにファミリーネームが先か」
雪朗は仕方なさそうに世界史の教科書を受け取った。
さっきの言葉が効いたのか、次の休憩時間も歴史を続けている。眉間に深い皺。嫌いなのだろう。
赤星は委員長と雑談しながら少し離れたところでページの進み具合を伺っていた。もうすぐだ。
「舌が長過ぎてthの発音がテュッてなる話、今度聞きたくねぇ?」
「英語の授業で発音の言い訳にしてたじゃない」
「長えのは本当だ。ちょっと比べてみようぜ」
委員長と身を寄せてフレームに収まり、二人で舌を出して自撮りのポーズを取る。
カシャリ。
カメラはディスプレイ側ではなく背面側が起動していた。画面には虚ろな目をした雪朗が写っている。シャッター音に顔を上げた。
「見え透いてるぞ。今のはカウント外だ」
「開いてるだけで、読んでねぇ」
「ちゃんと…」
読んでる。そう続けようと掲げた教科書に目をやり、言葉が止まった。
「…あ・か・ぼ・し~…」
手をわなわなと震わせる。あまり見ない雪朗の様子に、何事かと注目が集まる。
マリー・アントワネットにメガネとヒゲが描き足されていた。それが余白にいくつも模写され「サブリミナル」と吹き出しが付いている。
さっき取り出して見せた教科書は、赤星のものだった。
「ちゃんと読んでりゃ気づくはずだぜ」
委員長が笑い転げている。鼻歌まじりの赤星と雪朗の対比が面白いのだろう。
「雪朗って、赤星といると本当に楽しそう」
「どこがだ!」
雪朗は叫んで赤星に教科書を投げた。
赤星は対面の校舎から雪朗を見ていた。参考書が乱雑に開かれ、机の上は戦場になっている。凄まじい速さでクルトガが走り、筆圧でノートの端がめくれ上がる。さっきの一件で火がついたのだ。
遠距離からの狙いに作戦を変えるつもりだったが、それも難しそうだ。
赤星はあきらめてその日の写真を見返してみた。成果は無いに等しい。
ーーおや…
全ての写真に、委員長が写り込んでいる。
いつも雪朗のそばにいるということか。といっても雪朗の方は見ておらず、何かを探して視線をさまよわせていた。
スクロールしていくと答えがあった。連写したときのものだ。
他の写真と同様、探し顔の委員長が写っており、連続した写真の中で求める何かを見つけている。
ぱっと笑顔が咲き、そちらの方に寄っていく。いや、寄ってくる。フレームいっぱいに委員長の顔が広がった。
ーー探してたのは、俺か…
並んで舌を出したときの写真もある。見る者の胸を疼かせる表情だった。
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