ゲーム開始

 桐谷は知り合った頃の雪朗に似ていた。勉学以外の全てを削ぎ落とした禁欲的な雰囲気。

 何を言われた? 口にしなかった問いがむずがゆい。雪朗が教室に入ってきたのを見て手を挙げた。


「昨日の件、不問になったぞ」


 壁に大穴を空けた本人が断り続けたラグビー部への入部を決めた。指導部の教師はラグビー部の顧問でもあるため、そこで手打ちとなった。壁より頑健な体は試合でも活躍するだろう。

 雪朗は応えない。五百円玉を音を立てて置いた。


「ゲームだ」


 メガネのブリッジを中指で押さえる。


「これから俺は期末の勉強をする」


「挑発に乗んのか」


「ああ。で、お前は俺が怠けていたらスマホで撮る」


「あん?」


「サボらないよう見張れと言っている」


 五百円玉を目の前にかざした。


「手付けだ。一枚撮るごとにくれてやる」


 赤星は腕組みした。


「金はダメだ。目的はゲームの勝利、それだけじゃねぇと」


 不正をしない。副次的な目的や代替目的を作らない。たった二つのゲームのルールだ。


「今回は特別だ。じゃあ、こういうのはどうだ」


 ポケットからYシャツのボタンを十個ほど出した。どれもマジックでマークが描かれている。指で弾いて飛距離を競ったときの駒だ。


「こいつを流用する。仮装通貨だ。労働力と交換できる。掃除当番を代わるとか、ノートを見せるとか」


「…赤星雪朗コインってわけか。いいだろう。何枚でどんな労働と交換できるか値段表を作ろう」


 赤星はスマホを取り出し数字を入力していく。


「で、ゲームはいつからだ?」


「今からだ」


 カシャリ。

 言った瞬間、カメラアプリの撮影音が重なった。スタンバイしていたらしい。


「毎度」


 ニヤリと笑う。雪朗は呆気に取られた後、ボタンを一つ指で弾いた。

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