第34話 お見合い
神聖騎士としての年が始まりは南西都市ニールでの事件の報告を受けてから始まった、そしてこの事件は公に語る事は早々に禁じられた。
反体制的事件であったこと、被害者も多かったことが理由だと語られた。
それからすぐにリルー家の使者がやって来た、いよいよその時が近づいて来たのだ。
「日程は――」
■
帝都アルルアから、少し離れた場所にリルー家の屋敷がある。
リルー家は他の貴族にも引けを取らないほどに立派なお屋敷を持っている、神官の家がそんな豪華で良いのかといった不満もあったらしいが、現状はそのままだった。
「ウレイア様はもうすぐ参ります」
庭まで案内されて用意された椅子に座る。
マリアの護衛騎士として働いた経験があるが、やはり貴族の様式美というのはよくわからない、この屋敷を建てるのにどれほど金がかかったのかとか、そういったものに興味が湧くくらい。
白い屋敷、小さいとはいえ噴水に色とりどりの花々、上位貴族の屋敷では使用人でさえどこか華やかさを覚えさせるものだが、ここでも同じだった。
ウレイアもここで生まれ育った、何不自由なくそれでいて自分で清貧を求めていた、そう考えると一部の騎士による不満も実感できる。
『何を言ってやがるこの箱入り娘、今日を生きるのに必死な俺らを明日を保証されている奴が語るな』
『コネで神聖騎士になった娘め』
『箱入り娘のまま過ごしていればいいのに』
「......」
色々と考えているとウレイアが歩いて来る、普段の騎士姿とは打って変わり白いドレスを見に纏っている。
非常にぎこちなく歩いて来る。
「どうも、ごきげんよう......ガルアン=マサリー様......」
がちがちとしながらカーテシーをする姿、普段のウレイアを知る者からしたら滑稽に思うだろう、ルーグとかは面白がるに違いない。
「お元気そうで何よりで......」
「ウレイア=リルー、相も変わらずお綺麗で」
と、護衛騎士時代に覚えた見様見真似な貴族さまの言葉を使う。
「――」
ウレイアは目を真ん丸としている。
「......形式上、キチンとしないと不味いだろう?」
「え、えぇ......」
真面目にやろうが不真面目にやろうが既に決まっている事、ラトフの釈放の為にも一応はしっかりやる気だった。
「他に誰もいないし、意味はないか」
「......ちゃんとしたスーツ着てるなんて、ガルアンのスーツって新鮮かも」
「一応......サートナとかイワンがそこらへん詳しくて頼らせてもらった」
サートナからスーツを借りさせてもらった、買うのは高すぎる。
「じゃ、じゃあ椅子に座らせていただきます」
「......」
「......」
「......どうぞ......」
自分が言われるはずなのに、なんで自分が言っている。
■
「......」
「......」
沈黙が続いた、ウレイアは柄にもなく緊張しているのだろう。
こっちは別に好いてこういう状況になっている訳ではない、相手への興味がない、価値観も合わない。
「ウレイアは「――ッはい!?」
自分が言い切る前にウレイアが返事をしてしまった所為でまた変な沈黙を生んでしまった。
「......えへへ、ごめんなさい」
舌を出し照れ笑いをしている。
「......ウレイアは俺と見合いをすることをどう思った?」
「そんなこと聞きたいの?」
「気にはなるだろ、いきなりだったろうし」
ウレイアは紅茶をゆっくりと飲むと、静かに微笑んだ。
「ちょっちょっと驚いたかなァ、でも嬉しかった」
「嬉しい?」
「えっと......だってさ、ほら知らない人と結婚するってなったら不安でしょう?」
「そりゃそうだな」
「でも貴方の事は良く知ってるから、それにガルアンってお父様に少し似てるし」
とはいえ、その知ってるというのは表の自分だ、彼女は真の自分を知らない。
「お前、確か夫の力を使ってでも国を良くしたいとか言っていたが、俺は生憎そういう精神は持っていない、それは良いのか?」
「それは......うん......」
「いや......お前に拒否権がある事じゃなかったか、悪い」
「あはは、良いよそんなこと」
駄目だな、こういう雰囲気はやっぱり苦手だ。
「ねぇ、少し歩かない?」
ウレイアからの提案を承諾した、このまま座ったまま話していても固いままだ。
「......ドレスとか着慣れてないのか?」
「......実は......」
「はぁ」
庭で芝生は歩きにくいというのもあるだろうが、ウレイアのそれは単純に着慣れていないのだろう、ハッキリ言って心配で目を離せない。
「私、元々貴族社会に合わないって思ってて仮病とか使ってたら......練習する機会逃しちゃって......」
「良く周りは許したな......リルー家は実質貴族、色々と付き合いもあるだろうに」
「御当主は兄様がなるからって、私もそれに甘えちゃった」
お兄様?初耳だ。
「ウレイア、兄なんていたのか?」
「あれ、話してなかった?」
「俺は全く知らなかった」
「......兄様は聖務院の裏方にいてあまり目立たない所為かも」
あのハウレンだ、後継者の教育はしっかりとやっているのだろう。
「春になるとここの御庭は綺麗なのよ、お父様とも一緒に遊んで......また機会があったら紹介――」
となると、ウレイアへの甘さがより目立つ気もするが......
「――っと、おっとっと――とっ?」
転びそうになったウレイアの右手を掴む。
「――こんな姿を昔から見ていたのなら、まぁ心配もするな......」
「あ、ありがと......」
「ドレスとかそういう装飾はお前には重すぎたか」
「?」
ウレイアはきょとんとしている。
「そういえば、良く神聖騎士になるのをハウレン様は許したな、反対しただろ?」
そう、ウレイアに甘いハウレンが良く神聖騎士になるのをよく許したな、とは思う。
「多分許してなんかないわ、お爺様はお母様と同じように神官になって欲しかったのよ」
「あれ、ルランはハウレン様の息子じゃないのか?」
「お爺様の娘オリナ、それが私のお母様、もう早くに死んじゃってるけど......」
「......そうか、お前の父ルランはリルー家に婿入りしたのか」
「そう、それで神官にしたかったみたいだけど私は実際に魔性と戦う力が欲しかった、それに昔からお父様みたいになりたいって思ってたし、入団する前からずっと特訓してたのよ?」
「あぁそれはわかってる、他の誰が何と言おうと、お前は間違いなく見習いの頃から腕だけは一人前だったよ」
腕だけは、だが。
「ねぇ?」
「なんだ?」
「右手......いつまで掴んでる?」
「っすまない」
ずっと掴んでた、さっと離す。
「右手はもう大丈夫か?」
「うん大丈夫、ありがとう」
「なら良い、神聖騎士なんて危険な仕事だ、何かあったら不味いからな」
「そうよね......」
しかし、お見合いなんて実際なにをすればいいのかわからない、ましてこれは形だけでウレイアと自分は結婚するという結果は変わらない。
「......ガルアン?」
それに変わらないと言っても、ここでウレイアを殴れば、きっと破談に出来ると思う、ただそこまでする勇気はないしそれにラーチカとも約束してしまったのだ、もう来るところまで来てしまった、後戻りはもうできない。
「ねぇ」
ウレイアが袖を掴む、そしてどこか儚げな声でそう言って来て。
「ガルアンは私を裏切らないよね」
「......?」
「お父様みたいに裏切らないかなって」
「......努力する」
「じゃあ貴方はずっと見ていてくれる?」
「......」
悪いが、俺はお前をそこまで意識できない。
「......ガルアン?」
お前がそうやって見つめたって、祈ったって、俺は清廉でもなく信仰心もない、まして俺は仕方なくお前と結婚するんだ。
だからお前がすべきことというのは、俺という人間を見誤った愚か者を恨む事だ。
「私は信じてるからね?」
彼女のその言葉に、俺は決して答える事はしなかった。
ある騎士の憂鬱 村日星成 @muras
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