3-2
『やあ、××。急に呼び出してごめんよ』
『いいえ。殿下のお呼びですから。それにしても、どうしたんですか? 急に学園の樹に来てくれって』
『ああ……。実は、一つ、君に言わなくてはいけない事があるんだ。ごらん、この樹を』
そこでヒロインは初めて知る。この樹がもう長くはなく、新たな枝を持った妖精がそろそろ現れるだろうと。
その枝を、この樹の根元に埋める事で樹は息を吹き返すそうだ。
だが、事は単純ではなかった。
『……この樹の中、地中の奥底。そこには、歴代の巫女が眠っている。そして今代の巫女には、彼女……オルテンシアが選ばれたんだ』
『えっ……?』
『神殿に居る巫女だけが呼ばれるとは限らない。愛を持っている人間を、ユグドラシルは求める。その時、声に応え、波長が合った人間が巫女として捧げられるんだ』
つまり、この樹の中に彼女が生身のまま入り、一生そこから出られないということになるらしい。
それを聞いたヒロインは、オルテンシアを助け出そうと樹の幹を持っている短剣アイテムで突き刺す。
『嫌、ですっ。そんな、オルテンシアさんは、いつも、優しくて、強くて、一人で頑張ってきて! 周りが、私もっ、それを気付けなくて! だからでしょう!? オルテンシアさんだけ『悪者』になって、都合よく、この樹に捧げられたんですよね!?』
泣きながら罪を犯す新たな婚約者を止めようとする王子だが、今やステータスカンスト状態のヒロインに敵うはずもなく、振り払われて遠ざけられる。そして樹の幹に穴が開いた時、転機が訪れるのだ。
『オルテンシアさんっ!! 諦めないで!! 私が助けますっ! 誰も犠牲にならない未来を、一緒に、もう一度……っ!』
その声が反響したかのように、樹が緑色の光に覆われて、そして、樹が割れるのだ。枝だったものがふわふわ浮いて、声を発する。
『ああ、愛が注がれてくるよ! 愛を、もっともっと愛を! その為には、世界の針を戻さないと!』
少年の声。そして、枝だったそれは、まっすぐヒロインの胸を突き刺し、画面は暗転。
目覚めたヒロインは、その日が学園入学式前日だと気付き、そこでやっと、悪役令嬢救済ルートが開かれるのだ。
『待ってて、オルテンシアさん! もう、あなただけ一人にしないから……!』
そこからも苦難の連続。何しろヒロインはこれまでの周回の記憶を全て引き継ぎ、ステータスもカンスト。選択肢も完全に変化する。格下の平民だった令嬢から、公爵令嬢と対等のそれに。
新たな選択肢を全て選ぶ事で、イベントも変化。オルテンシアは次第にヒロインに心を許し、そして同時に王子含めた全員との好感度も上がるという美味しいおまけつきだ。
一つでも選択肢を逃したら失敗ルートだ。
『そんな名誉な役回り、喜んで引き受けるにきまっているでしょう?』
そう言って彼女は結局樹に取り込まれ、少年の笑い声と台詞が流れる。
『足りない。足りないよ、愛が。針は戻る、世界は廻る。何度だって、救いに来て。僕のエストレリア』
タイトル回収はここで出来る。あと、令嬢救済が無事に済んでも回収は可能だけど、スチルは埋まらないので注意だ。
ここまでしないとならないのは、世間の「悪役令嬢」への強い偏見が理由だ。乙女ゲームというジャンルを巻き込んだ以上、本家が黙ってるわけがない。彼らにとって、世間の認識する悪役令嬢など、歯牙にもかからないモブ程度の存在。対等であるには、相応の実力と理由と精神が備わっていなければならない。何より「役」でなければ。
だから、このゲームはいわば世間へのアンチテーゼだ。今回の裏ルート開示で、果たしてどこまでの人間が気付いてくれるか。楽しみにしながらの帰路。
あたしの運命は、そこで大きく転換した。
赤信号を無視するトラック。よほど急いでいるのか、確認もせずに青信号の横断歩道を歩く少女。大事そうに抱えた何かの為だろうか。
何にせよ、体は咄嗟に動いていた。
「危ないっ!!」
彼女を引っ張ろうとしたけれど、もう、手遅れで。
強い強い光の中、あたしは見た。
――あたし達二人を殺した、居眠り運転をしていたトラック運転手を。
絶対にシナリオ通りにしたい悪役令嬢 VS 絶対にシナリオを書き換えたいヒロイン 宮原 桃那 @touna-miyahara
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