4 かえらず
古戦場跡上空には、虹色の光の柱が立っていた。
光の柱を支えるように、ミグランス大陸全土から無数の光の柱が伸びてきている。
澄んだ虹色の光に溢れている上空とは対照的に、地上は澱んだ禍々しい闇色のモヤに侵されている。
赤茶けた大地に浸潤する闇が、黒々と艶やかだ。
光と闇のモヤの境目には、人ぐらいの大きさ程もある大きな砂時計があり、中の砂は、上へ流れては、下へ流れ、この世のものとは思えぬ動きをしている。
だが、どちらかと言えば上から下へ流れている砂の方が多いように見える。それに伴って、少しずつ闇のかさが増しているようだ。
空気が、異質な魔力に反応して、ビリビリぶるぶると震えている。
「なんだ、これは!? 」
アルドは素っ頓狂な声をあげて、固まった。
「砂時計に見えマス。中の砂からは、時空を跨ぐ穴同様の波長のエネルギーを感知シマシタ。」
リィカの隣で砂時計を睨んでいるソイラの顔が青ざめている。
「……あの砂時計から、何か良くないものを感じます……」
ソイラの声が、珍しく硬い。
空を見上げていたマイティが、コクン、とひとつ頷いた。
「早くあれを止めないと。あれからは、夢魔の魔力と似ているけど、それよりもっと古い力を感じるよ。古い力が、どんどん増してきている。」
「そうか。ぼんやりしちゃいられないな。みんなを助けるために、早くあの砂時計を止めよう。」
アルドの言葉に、皆は頷く。
暫く走ると、砲台遺物の横に来た。
砲台の前に、1人のノポウ族が居た。
「ポポポウ、ポウ。ポポポポウ、ポポポポウ、ポ、ポポポポ!(もううんざりだ。闇が濃すぎて思念の味がしない! 何とかしてくれ! )」
「……やっぱり、なんて言っているか分からないぞ……」
アルドの言葉に、ソイラが応える。
「何となくなのですけど〜、お腹いっぱい〜、って言っているみたいですよ〜。」
「ポポポウ。ポウ! ポポポポウポポ、ポウポウ。(その通りだ。イカしてるじゃねぇか、姉ちゃん! コイツは、そこら辺で拾った古代のレンズだが、何かの役に立つはずだ。)」
ノポウ族が、ソイラに手を差し出す。
「うーん? くださるのですか? これは……レンズですかね〜? 」
「ポウ。ポポウ。ポポポポウ、ポポポポウ!! (当たりだぜ姉ちゃん、見込みあるな。ちょっと商売手伝ってくれねぇか!!)」
ソイラは、優しくノポウ族に微笑む。
「何かよく分からないですけど、今はお断りしますね〜。」
「ポウ。(ちぇっ。)」
「ありがとうございます〜、ノポウさん。」
「ありがとな。」
アルドの言葉を背に受けて、ノポウ族は、テクテクと濃霧の中に消えて行った。
ずっと砲台を見つめながら沈黙していたラナンが、口を開いた。
「からくりは分かりました。あの砂時計は、『
ラナンは、古い手鏡を取り出す。
「これは、『救いの手鏡』。夢魔族の神話に、救いを求める者に神が与える、という記述があります。その者に手を差し伸べようとするものの数だけ、増える手鏡です。」
ラナンの言葉に呼応するように、手鏡は七枚になった。
「そして、この手鏡で集めた光を、古いレンズに集めて、その光を『理返しの夢時計』に当てます。まず、夢時計の周囲の魔法障壁に当てて、魔法を破るのです。次に、無防備になったところを、武具を使って夢時計本体を破壊します。」
マイティが、首をかしげる。
「あれは、それぐらいで壊れないんじゃないかなぁ。強力な魔法障壁が貼ってありそうだよ。」
「大丈夫です。あの魔法障壁は、人間の魔法と物理攻撃に特化してる分、夢魔の魔法が大きな弱点となっています。『救いの手鏡』で反射された光は、夢魔の光魔法に変換されるので、この作戦は、有効でしょう。ただ……」
「何か問題が? 」
エムスの合いの手に、ラナンは頷く。
「鏡の数が、少なすぎるのです。人々がまだ、眠っているであろう今、助っ人の当てなど……」
肩を落としたラナンを、ソイラが突く。
ラナンが顔を上げると、リィカが、ユニガンの方向から伸びてくる、無数の光の尾を指していう。
「まだ……諦めるには早いデス、ノデ! 」
光は、あっという間に闇に侵されし不毛の大地に達した。
次の瞬間。
アルド達の目の前に、無数の手鏡がクルクルと回りながら浮かんでいた。
「まぁ……。」
一瞬、ラナンも、年相応のおさなごの顔に戻る。
空から、手鏡から、無数の暖かい小さな声が聞こえてくる。
「ぼくたちの呪いを解いてくれてありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
ルイスが気を失ったことによって、呪いが解けた夢魔たちが、アルド達を追いかけてこの地までやってきたのだ。
「あなたたち……協力してくれるのね……無力な夢皇族に……」
ラナンは、泣きそうな顔で数多の同胞たちを見つめる。
「当たり前。誰かが困っていたら、助けてあげるのは、当たり前。そう言って、ラナンとオンシとルイスは、ぼくたちを守ってくれた。生かしてくれた。昔なら、餌食にされてたぼくたちに、命をくれた。」
「恩返し。恩返し。」
「ありがとう。ありがとう。」
「わたしたちも、ぼくたちも、力になりたい……」
と、そこに禍々しい声が響いた。
「五月蝿い、五月蝿い……! 何故このようなむしけらどもが、誇り高き夢魔を名乗っておる!? 」
ずしん、ずしんと派手な音をさせて、魔人の宿ったゴーレムがやってきた。
風圧で、小さな夢魔たちが吹き飛ばされていく。
「くっ……! 早く! 」
エムスの声に我に帰ったラナンが、魔法で、素早く無数の鏡を、レンズを取り囲むように配置した。
「小さきものどもや、よく来たな……」
魔神の注意がアルドに向いた瞬間に、鏡面がくるりとレンズの方に向き、鋭い光が夢時計に注がれる。
「アルド達は、魔神を引きつけて! 」
ラナンが叫ぶ。
「承知イタシマシタ!!」
リィカが、素早くアルドを肩車した。
「わわっ! こんな時に、何やってんだよ! リィカ! 」
「東洋の秘技、サボテン、デス! 」
魔神が、どとらどとらと笑う。
「感心。肝が座っておるな。だが、お前達は遅かった。」
「まだ終わってないよ! 」
マイティが、そう言って魔神を睨む。
「アルド、リィカ、砲台の中に入って! 僕とソイラ、エムスの力で2人を発射する。リィカは、ジェット噴射でさらに加速して、魔法障壁が破壊されたらアルドを投げるんだ。アルドは、ありったけの力で夢時計を破壊して! 」
「分かった! 」
リィカは、アルドをサボテンした状態で砲台の中に入る。
魔神は、喜んだ。
「クハハハハ、玉砕する気か。だが、お前達の力では、どうあがいてもアレには傷一つつけられないだろうな。」
「そうかな〜? 」
マイティがニヤリと笑った。
ソイラ、マイティ、エムスは力を合わせて言った。
「「「闇の
リィカとアルドが発射される。
そしてその瞬間。
呼吸を合わせたかのように、ピシリ、と何かが割れる音がした。
魔法障壁が破れたのだ。
「なーっ!? 」
魔神の叫びを置き去りにして、アルドとリィカは飛んでいく。
リィカがアルドを投げる。
アルドは、オーガベインで夢時計を叩き割った。
理が正され、闇は光に戻り、ミグランス全土に降り注ぐ。
「がああああ……!! 」
その美しい光景に似つかわしくない悲鳴が響いた。魔神のものだ。
「ユルさん、許さん、許さん、許さん!! 消えろ! 」
たけり狂った魔神が、アルド達に襲いかかった。
「よいしょ! こっちですよ〜ぉ。」
ソイラは魔神を挑発する。
「うおおおおおおお!!! 」
「おやすみ〜」
マイティが、死角から鋭い水魔法を撃ち込む。
「お眠りなさい! 」
ラナンも、水魔法で援護する。
「とーう! 」
背後から、エムスが魔神に拳を叩き込む。
「3.2.1……」
リィカのカウントダウンが終わるとともに、アルドはリィカに投げ上げられる。
「これで……とどめだ! 」
オーガベインは、正確にゴーレムの核を貫いた。
「グハァあああああ!!!! 」
断末魔を遺して、ゴーレムは動かなくなった。
古戦場跡は、晴れていた。
夢の跡は、アルド達の側に転がるゴーレムの残骸と、もぬけの殻の鳥籠ぐらいのものだろう。
今頃、眠っていた人々も、目覚めた頃だろうか。
未だ目を覚さぬルイスの側に、アルド達と、オンシの姿があった。
「……事情は、分かったよ。」
アルドは、オンシに頷く。
「夢魔は、うつつに生きる者を助けてはならない、という禁を破ったから、オンシはルイスに触れることも、声を届けることも出来なくなったんだな。」
「そうなんだ。」
オンシは、辛そうな顔でルイスの頬を撫でる。撫でられなくても、撫でる。
ルイスは、まだ目を覚さない。土気色の顔は、生者のモノではなかった。
そんなルイスの頬に朱を挿そうとするかのように、オンシは、ルイスを撫で続ける。
「何も言わずにいなくなって、君を苦しめた。出会わなければ、君はこんな苦しみを味わわずに済んだのだろうか、と何度も思った。」
たとえ、その声が聞こえないと分かっていても。オンシは、優しくも熱を帯びた声で語りかける。
「ごめんね、ルイス。君に会えなくても側にいられたあの日々さえ、僕には嬉しいモノだった。ただ、君のそばにいられるだけで。……君が好きだ。君に触れられなくても、俺は君と一緒にこれからも生きていくから……」
ルイスは、応えない。
オンシの涙が、止めどなくルイスのかんばせを潤す。
リィカが、静かに告げる。
「バイタル値……拍動……検出されマセン。脳波も、同様デス。」
『理返しの夢時計』が破れても、返らない理が、この世にはあるのだ。
それから、数百年後。
苔生した石碑に寄りかかるオンシの姿があった。
見た目は変わらぬものの、その命の灯火は、今にも消えかかろうとしていた。
オンシは、手にした鍋を石碑に添える。
「君が好きなキノコウメの参鶏湯だよ。」
オンシは、石碑を優しく撫でる。
「ルイス……教えてあげるね、君が守ったたくさんの笑顔。君が愛した人々の、数多の笑顔の物語を。」
優しく石碑に口付ける。
「ずっと、一緒だよ。」
微笑みを浮かべたまま、オンシは、動かなくなった。
「その石碑は、月影の森のどこかにあるそうじゃ。
周りには、今でもたくさんのオンシジウムが咲き乱れ、キノコウメが実っていると言う。
見てみたいかね?
月影の森でお昼寝してみなされ。
運が良ければ、妖精達が、楽園に、お前さんを導いてくれるかもしれないのぉ。
ふぉっふおっふぉっふぉっ。」
Quest Complete
サファギンの包丁は、戻らない 陽だまりに居座る雁芙 @karisan75
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