3 もえる
「うーん……? 」
マイティは、まどろみの海の中で目覚めた。
夜に夢魔狩りを行い、昼にIDAに通うマイティは、常に寝不足気味だ。睡眠不足は、授業の合間やサボった授業時間に補填することになる。
彼は、仕事で他人の夢を見ることが多い。しかし、泥沼のような深い彼の眠りの中には、夢が嘴を差し込む余地など無い。
マイティの眠りの海は、暗く何も無いものの、穏やかだ。
マイティは、彼めがけて、ひとすじの強い光が差し込んでくるのを感じていた。
(アルドが、僕に会いにきたみたいだね。)
マイティは、うつつ目掛けて浮かび上がっていく。
「……マイティ、熟睡してるのかな。起こすのは、悪いけど……。」
アルドはマイティの顔を覗き込む。
スヤスヤと鼻ちょうちんまでくっつけて眠る寝顔は、穏やかだ。
「うーん? アルド? おはよう〜。」
「わっ! 起きてたのか、マイティ。」
「うーうーん。今起きたところだよ〜。おはよう、アルド〜。」
マイティはグーっと伸びをすると、起き上がった。
「何か僕に用事があるみたいだね〜? 」
アルドは、マイティの言葉に頷く。
「ああ、そうなんだ、実は……」
アルドの説明を聞いたマイティは、興味深そうに首を傾げながら言った。
「僕は、それほど大規模な呪われた夢魔を駆除したことはないけど……依頼主の話だと、駆除じゃなくて呪いを解くだけで良いんだね。それも、おそらく依頼主は呪者を知っているってことだよね? 」
アルドは頷く。
「うん。そうだ。依頼主は夢魔の小さな女の子でさ。夢魔族のお姫様なんだって。」
「夢魔族の話は伝説として聞いたことがあったけど、実際に存在していたとは思わなかったなぁ。それより、夢魔が現実世界で人型をとっているのは厄介だ。」
アルドは腕を組む。
「どうしてだ? 」
「夢魔が現実世界に人型で顕現する為には、人の夢を通して膨大な量の生気を供給し続ける必要があるんだ。早く夢魔達から人々を解放しないと、お年寄りや小さな子供は、生気を吸われすぎて、最悪死ぬこともある。」
「そうなってはダメだ! みんな、今すぐユニガンに戻ろう! 」
アルド達は、A.D.300年のユニガンに向けて時空を飛んだ。
一方、その頃、ユニガンでは……
「何故だ。 何故だ? 何故だ! なにゆえ、其方が私の邪魔をする! 」
ユニガンの大通りの中央、ちょうどミグランス城の門前に、無機質な白い鳥籠と、その鳥籠の中に囚われた白髪で長髪の若い男、その鳥籠を守るように立つ1人の騎士がいる。
彼らに相対するは、すみれ色の髪の少女と、小さな女の子。
どす黒い気を纏った1人の騎士が、ラナンに詰め寄ろうとする。
「お兄様! 」
騎士を避けつつ、鳥籠の中の男に、ラナンは呼びかける。
「止めろ、ルイス! ラナン、ここは危ない。お前はこっちに来ちゃいけない! 」
ラナンの前にはソイラが立ちはだかり、鋭い視線を騎士に向けている。
「それ以上近づかないでください! ルイス第五部隊長! 」
ソイラに、ルイスの忌々しそうな視線が突き刺さる。
「なぜっ! お前がここにいるっ! 昼寝ばかりして、武術の腕もからっきし、その手のハルバードがなければ無力な小娘ガッ! 」
ルイスが目にも留まらぬ速さで繰り出す炎の魔槍を、ソイラは的確な手捌きと愛槍に宿し加護をもって捌き、消し、流してゆく。
「聞き捨てなりませんねぇ、ルイスさん。私は、前衛で誰かを守ることには、自信があるのですよ〜。」
こんな時でも、ソイラはおっとりと話し、微笑を絶やさない。
だが、その場から一歩も引かずラナンを守り続けるソイラの額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「ソイラ様……ッ。申し訳ございませぬ、説得に失敗した上、危険な目に遭わせてしまって……っ。」
ラナンがソイラの回復をしつつ、合間にルイスに水魔法による攻撃を仕掛けるが、焼け石に水といった方が良い状態であった。
ルイスの怒声が、地を震わせる。
「何故! お前が起きていられるのだ! この国の者は皆、今や私の掌中で眠っているはずなのにッ! アアアアッ! お前はいつも、いつも、目障りだ! 」
ルイスの魔槍が、さらに加速する。
主人の気持ちに応えるように、魔槍は深く紅く燃え上がる。
「嫌なことがあったのなら〜、誰かに話すと、落ち着くことも、あるかもしれませんよ〜。」
ソイラの言葉に、ルイスはさらに激高した。
「何が! お前に分かる! 誰がお前なんかに話すかッ! 貴族の跡継ぎとして、そのハルバードと精霊の加護を受け継いだお前にっ! 私はっ、加護を貰えなかったばかりか、両親を殺され家から追われたというのに! 」
ルイスのアーマーの継ぎ目から、汗とも涙とも判別のつかぬ雫が飛び散り、紅蓮の炎にキラキラと照らされながら地へ吸い込んでいく。
レンガ道が、ルイスの魔力で赤黒く染め上げられていた。
「貴族なんて、滅んじまえええええ! 」
ルイスの魔槍は、ソイラの風の加護をも引き裂き、肉迫する。
もとより、風属性は火属性に不利なのだ。ソイラといえども、魔槍が直撃すれば無事では済まないだろう。
「きゃあああ……っ! 」
ラナンが悲鳴を上げて、目を瞑る。
ソイラは、唇をきつく噛み締めて、魔槍を睨んだ。
その刹那。
「させないっ! 」
いつの間にか駆けつけたアルドの振りおろしたオーガベインが、ルイスの魔槍をも弾き飛ばす。
次の瞬間には、マイティの水属性魔法のシールドがソイラとルイスを包んでいた。
「アルドさん……! 」
ソイラが、生きているのが不思議だと言わんばかりの顔で、アルドを仰ぎ見る。
「遅くなってごめん! ソイラ、ありがとな! よく耐えてくれた。後は、俺たちが時間を稼ぐから、君は、エムスと一緒に、ラナンを連れて後方まで逃げてくれ! 」
「ソイラさんと、ラナンさんには、指一本触れさせマセン! 」
リィカがテラパワーハンマーを構えて高らかに言う。
マイティは、鋭くルイスを見つめながら呟く。
「本気出すよっ! 」
「ああ、行くぞ! 」
ルイスの魔槍とアルドのオーガベインが、交差する。
強力な強化済みグラスタを搭載したリィカは、マイティの盾代わりになりつつ、アルドの足場になりつつ、デバフをかけつつ、回復する。
リィカに守られているマイティは、シールドを貼りながら次々に詠唱し、強力な水の魔法をルイスに浴びせかける。
アルドは、リィカを足場にしつつ、縦横無尽に飛び回り、ルイスの魔槍を弾き飛ばしながら隙を見てルイスに斬りかかる。
だが……
「クソッ、攻撃が……ほとんど通っていない! 」
顔を顰めるアルドに、後方からマイティが話しかける。
「アイツから、ユニガンの四属性のプリズマの力を感じるよ。僕たちだけでは攻撃は通らなさそうだ。」
「よし、一旦引こう! 」
「逃げるが勝ち、デスノデッ! 」
三人は、全速力で逃げた。
「ハァ、ハァ、ハァ、追ってはこない、みたいだな。」
マイティが汗をぬぐいつつ、答える。
「何かを守っているみたいだった。それが、アイツの呪いの鍵になるのかもしれないな。」
「ワタシのシステムの解析結果にヨレバ、ルイスサンは、ユニガンのプリズマに呪いをかけ、そこからエレメンタルの力を吸い上げているようデス。ルイスサンの背後にあった鳥籠の中の方は、ラナンさんと同じ夢魔族の方のように見えマシタ。」
「その通りなのです……。」
背後からラナンが近づいてきた。
ラナンとエムスとソイラがアルド達に合流する。
「大丈夫か? ラナンとソイラ。」
「私もラナンさんも、大きな怪我はしてないですよ〜。」
ソイラの言葉にエムスは頷く。
「お二人とも元気そうです。あれほどの猛攻を受けつつ無傷とは、流石ミグランス騎士団。」
ラナンは、眉を八の字に下げた。
「申し訳ございませぬ。ご覧の通り、呪者ルイスの説得に失敗しましたの。ルイスは、人々から集めた生気をもとに、我が兄第一皇子オンシジウムを、鳥籠の中に顕現させようとしているの。オンシは鳥籠の中にいるのに、ルイスには彼の姿が見えないみたい。ルイスは、ユニガン中のプリズマも掌握しているみたい。まずはプリズマにかけられた呪いを解き、攻撃が通る状態にする必要があるわ。」
アルドはソワソワしながら言う。
「じゃあ、手早くプリズマの解呪をしようか。どうすれば良いんだ? 」
マイティが答える。
「それぞれのプリズマを、呪われた夢魔が守っているみたいだね。手荒くなってしまうけど、気絶させるのが一番手っ取り早いだろう。時間がないみたいだから。」
ラナンが頷く。
「それでお願いします。呪い自体をとくには、時間が無いので。」
「デハ、みねうちデスネ! 」
リィカが鼻息荒く身構える。
「ああ、急ごう! 」
アルド達は、ひとつめのプリズマに向かった。
「よし、行くぞ……」
アルドが火のプリズマに手を触れると、弾かれたように宙からオタマンダーに似た夢魔が姿を表した。
「悪いが、眠ってもらうぞ! 」
アルド達はサクッと夢魔を気絶させた。
「次もこの調子だ! 」
「今度も……」
水のプリズマにアルドが手を触れると、オンディーヌの眷属に似た姿の夢魔が現れる。ソイラがにっこり笑って言った。
「おやすみなさいませ〜」
次は、風のプリズマ。
シルフの眷属に似た姿の夢魔に、エムスは告げる。
「ちょっと寝てちょうだいね。」
最後は、土のプリズマ。
オームの眷属そっくりな夢魔に、リィカは淡々と言う。
「良い夢を、ご覧クダサイ! 」
「よし、これでユニガンのプリズマは全て取り返したぞ。じゃあ、ルイスにもう一度挑もう! 」
アルド達は、再びミグランス城の門の前に向かった。
「お前達、懲りないな。」
ルイスは抑揚のない声で言う。
「呪いを解くんだ、ルイス。お前がどうしてこんなことをしているのか、オレは知らない。だけど、無関係な人達の命を奪おうとしているお前の行動を、見過ごすことはできない! 」
アルドの言葉に、ルイスは兜を振るわせて笑った。
「ハハハハハ。無関係? 見過ごすことはできない? いったいお前は何様のつもりだ、アルド……」
ルイスは、ふと笑いを収めた。
視線をエムスに向ける。
「懐かしいな、その鎧。」
「懐かしい……? 」
エムスの声にルイスはふっ、と気配を和らげて言う。
「私は昔、女流騎士団フリアレスに誘われていたんだ。入る直前で嫌になって、確か近くの砦で無防備に寝てた地方騎士団の奴に着せつけたんだったな。」
「え……⁉︎ 」
エムスは固まる。
「女流ってなんだよ。男だって女だって実力があるのなら、扱いを変える必要はないし、不当な扱いに甘んじて受け入れる必要もないだろ。どうだ、押し付けられた鎧の味は。湧いてこないか? 不満や後悔、怒りや不安……ハハハハハ。」
ルイスは、壊れた機械のように高らかに笑う。
「味わえ、味わえ、その感情。私は、その感情を味わい続けてきたんだ、その中でもがき続けてきたんだ、そしてその中で生きてきたんだ……! 確かに、多くの国民は、私と会ったこともないかもしれない。だが、彼らが無責任に、笑って平和を享受していたその影で、私は苦しんでたんだ! 」
ルイスは軽く俯く。
「追手を差し向けられたり、虐められ、事実無根の罪をなすりつけられたり。周りの者達は、ただ、それを見ているだけだった。平和に笑っているだけだった。私は辛い思いをしていたのに。」
そこでルイスは華やいだ声で言う。
「そんなある時、オンシが私の夢に現れたんだ。彼は私の話を聞いて、一緒に笑って、一緒に泣いてくれた。いつしか、私は、彼に恋をしていた。初恋だった。」
そこで、ルイスは、唇を噛む。
「あの日、私は、オンシをデートに誘っていた。オンシと私は、いっぱいたくさんおしゃべりして、一緒にいっぱい笑った。楽しかった。なのに……」
ルイスは、カレク湿原の方を睨む。
「運悪く、ユニガンの街にはぐれサファギンが迷い込んできたんだ。騎士団が、サファギンの手から包丁を弾き飛ばした。包丁は、私の方に飛んできた。オンシは、私を守るように素早く前に立ちはだかった……それが、私が、最後にオンシを見た瞬間だった。ズブリという、包丁が何か柔らかいものにささる音がした。」
ルイスは、己の足元に視線を落とす。
兜の隙間から覗く漆黒の髪の毛が、路面にさわさわと繊細な影を落とした。血の気が引いた顔を上げて、ルイスは僅かばかり唇の端を持ち上げて、泣くような表情で、淡々と言葉を綴った。
「私が、目を開けた時……オンシの姿は消えていた。私の少し前には、赤いしみの付いた包丁だけが、落ちていた。私は、オンシを探した。だけどオンシは……ユニガンのどこにも居なくなっていたんだ。」
「私は、夢ならば再びオンシに会えると思ってたんだ……だけど、それ以来、オンシが夢に現れることは、無かった。オンシは……オンシは、私を庇って包丁に……。」
「……それは、何というか……」
気遣わしげなアルドの言葉が、静まり返った王都に、思いのほか大きく散っていく。眉間に影を集めて、悲しそうな顔をしているアルドを、まるで他人事のように眺めてから、ルイスは中空に鋭い眼差しを向けた。
「何か私が悪いことをしたというのか! 嫌、していない。私は強くなった。沢山の魔獣を退け、部隊長まで拝領した。誰かの大切なものを守るために、戦った。なのに……私は、本当に自分が守りたいものを守ることが出来ないんだ。私の強さは全て、いつかまた再びオンシと出会った時、今度は私がオンシを守れるように身につけたものだというのに。」
ルイスは、顔を歪めて笑った。地を這うような声が、過ぎ去りし過去の彼女を糾弾するかのように、何重にも反響する。
「バカみたい。守る人も、守るべきものもない私が、真に誰かを守るなんてこと、出来るはずがないのに。」
ルイスがアルド達の方に何かを放り投げた。
ソイラが、素早くキャッチする。
それは、古びた手鏡だった。
「これは……手鏡か? 」
「ただの手鏡ではないヨウデス。」
リィカの言葉に応えるように、鏡面が曇り、像を映し出し始めた。
そこは、数年前のユニガンだった。
魔獣王ギルドナをアルド達が退けた直後だろう。城はあちこちが壊れているのが、遠目でもわかる。
また、ユニガンの街も、いくさの傷跡が生々しかった。
民たちは疲れた顔をしているものの、戦が終わった安心感からか、多くのものが安らかな表情を浮かべている。その中に一人、青い顔でガクガクと震えながら、歩く女の子がいた。足がもつれて頻繁に転んでいる。彼女は、ひとりぼっちのようだ。
大人達は誰も声をかけない。
そんな女の子に、手を差し伸べるものが居た。
ルイスだ。
「君、一人だけど、お父上とお母上はどうされたのだい? 」
女の子は優しげな声に顔をあげ、ルイスの鎧を見て、あっ、と息を呑んだ。女の子は、ルイスに鋭い視線を向け、後ずさる。
「こ、来ないで……! 」
「何故だい? ……まさか君は」
ルイスがその言葉を口にする前に、女の子はルイスに駆け寄り、ルイスの腰の脇差を引き抜くと、自らの胸に突き刺した。
「やめろっ! 」
ルイスの制止も虚しく、脇差は的確に女の子の心臓を貫いた。
それは、一瞬の出来事だった。
故に、変時に気付いて振り向いた人々の目には、騎士がいたいけな女の子を刺し殺したように映ったのだ。
野次馬が、ざわめいた。
「なんてこと……! 」
「騎士が、女の子を刺した! 」
「何故、人間の子供を? 酷い。」
「可哀想……」
「俺、アイツ知ってる。女で、出自不明のみなしごの癖に、部隊長にまで成り上がったルイスだぜ。」
「ルイスってやつ、血も涙もないのか? 騎士団には感謝しているが、俺はアイツにだけは守られたくないな。」
「私も怖いわ。」
場面が切り替わり、ミグランスの宿屋の2階、王の部屋。
ミグランス王は、平伏するルイスに、申し訳なさそうに告げる。
「悲運な事故だった。あの子は、魔獣と取引していた貴族の家の娘でな。殺されると思ったらしい。そなたは巻き添えを喰らったのだ。私は、それをわかっている。だが、民からの苦情が酷くてな。そなたも、疲れるだろう、ルイス。そこで、そなたには暫く王都任務から離れて、街道の守りを任せたい。」
「承りました。」
ルイスは、優雅に礼を捧げた。
そこには、何の感情も見えなかった。
「悲しい事件だな。」
アルドの言葉に、エムスは頷く。
「ルイス殿が心を病んだことも考えられそうですね。」
ソイラが、ルイスに眼差しを向ける。
「それで、どうしてこんなことをなさっているのですか? 」
しかし、ソイラの問いかけは、ルイスには聞こえなかったようだ。
ルイスは、熱に浮かされたように、ぼんやりと話し続ける。
「……そこで、……」
ルイスの瞳に、生気が宿る。
「私は気づいたんだ。守るべき人がもう世界にいないなら、守るべき人がいる世界に、私が、変えたら良いんだと。そうすれば、全ては、全てが、解決する。」
「私は、あの忌まわしい包丁についていたオンシの残滓と、いにしえの魔神の助けで、オンシをこの世界に呼び出すことにした。……分かってくれるよね、アルド。」
「……何をだ? 」
苦々しげなアルドに、ルイスは、慈悲深そうな声で言う。
「知ってるよ。君の冒険譚。己の信じる正義のために、家族を助けるために戦った話。君なら、私の気持ちがわかるだろう? 」
「違う! 大切な人を守りたいって気持ちなら、オレだって持っている。だけど、お前のやっていることは…… 」
アルドは鋭くルイスに指を突きつけて言った。
「ルイス、お前は自分の大切な人のために、今、オレの大切な家族であるフィーネと爺ちゃん、それに旅の仲間達の命を危険に晒させている。他の人たちだって。お前は、誰かと、誰かの大切なものをいっぺんに奪おうとしているんだぞ! 」
「奪う……? 」
ルイスは、小首を傾げる。
「むしろ、与えているよ? 夢魔達の魔法で。眠っている人々は、皆、その人が一番やりたいことを夢の中でしているのだからね。幸せなものさ。皆、自分の大事なものを失うことなく生きれる。眠れる。それも、永遠に。」
「……」
アルドは、ポカーンと口を開けたままにしている。
「……」
これには流石のソイラも、何も言えないようだ。
マイティとリィカとエムスは、呆れたように頭を振っている。
「お前達がここにいることだけが、計算違いなんだけど、ね……。」
ルイスはゆるりと魔槍を引き寄せた。
「正義の為だ。ここでまとめてお眠りいただこうか。」
ルイスは、勢いよく兜を投げ捨てた。兜の中から溢れ出た豊かな黒髪が、ほむらに映えた。
整った顔の中に漆黒の憤怒を宿した黒い双方が、獲物を狙う鷹のようにギラリ、と輝く。
「私の母は、東国からこの大陸にやってきた隠密の女だった。知ってるか? 忍びは、顔を晒した者の命を必ず奪うんだよ。」
ルイスは、形の良い唇に酷薄な笑みを浮かべた。
「生きて帰さないよ? 正義のためだ、覚悟しな。」
ルイスから一段と禍々しい気が溢れ出す。
「へぇ。これはこれは……まだ夢魔達の方が可愛い気がしてきたよ。」
マイティは正面からルイスを見ながら言い放つ。
「スクールで習ったんだぁ。君の感情、ルサンチマンって言うんだって。」
マイティの周りを星々が巡る。
「正義ってさ。ほんとーに自己中心的なものだよね。」
アルドも、オーガベインを構えつつ言う。
「……マイティみたいに難しいことは分からないけどさ、お前がやってることは、間違っている。みんなを返せ、ルイス! 」
ルイスは、髪を振り乱した。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!! みんなまとめて、滅んじゃえ!!! 」
ルイスが魔槍を構え直した次の瞬間、再び戦闘が始まっていた。
今度は、アルド達の攻撃が通る。
プリズマの加護を前提に無防備に戦っていたルイスの頬を、エムスの拳が切り裂いた。
ルイスは頬に手をやる。ぬるりとしたものが、手に付いた。
「え!? プリズマの加護が、切れてる!? ……い、いや、構わぬ、これほどのことで私の強さは変わらぬ! 」
暫くすると、不利を悟ったのか、ルイスは逃げ出した。
ルイスが向かったのは、ミグランス城前に置かれた白い鳥籠のそばだった。
「ルイス! 頬が切れているじゃないか、それに、そんなにも目を血走らせて……落ち着くんだ、ルイス! 何度も言う。すぐに止めるんだ! そして、夢魔達の呪いを解いてくれ! 」
鳥籠の格子にしがみつき、血を吐くような声で、オンシは、叫ぶ。
だが、ルイスにその言葉は聞こえない。
ルイスの視界を占めるのは、空っぽの鳥籠。
ルイスの耳をなぜるのは、虚しく寂しい風の音。
「どうしてなんだ? ミグランス王国中の人々の生気を集めていると言うのに……オンシ……君は、本当にこの世界から消えてしまったのか……? 」
ルイスは、焦点の合わぬ目で、白い鳥籠を見つめる。
ルイスは、がらんどうな鳥籠を、穴が開くほど凝視する。
鳥籠の格子を、指の長いルイスの手は、食い込むかと思うほど力強く握り込む。
「オンシ……オンシジウムッ。私は、必ず君を再び……今度こそ私が、君を……から……ねえ……ねぇ……」
さらに力強く、ルイスは格子に縋り付く。
ルイスの手に、うっすらと血が滲んだ。
オンシは、そんなルイスの手を、両手で格子から引き剥がそうとする。
「止めるんだ! ルイス、僕なら、ずっと君のそばにいるよ……何故、こんなことをッ! 」
だが、その手は虚しく空を切る。
オンシは、ルイスに触れられない。
ルイスは、オンシが見えない。
オンシは、ルイスに声を届けられない。
目の前に、確かに2人はいるのに、2人の世界は、決して交わらない。
ルイスは、虚な目を地に落とした。
あれほど賑やかだったユニガンの街は、死んだように静まり返っている。
ルイスは、ひとりぼっちだった。
「……私は……」
不意に、走馬灯のようにルイスの頭の中を過ぎ去りし日々の情景が駆け回る。
あれほど嫌なことがあったのに。
思い出す人々の顔は、笑顔ばかりで。
オンシも、ルイスも、みんなみんな、笑っていて……
そんな暖かい情景は、一息に過ぎ去り、ルイスはまた、現実に引き戻される。
再び顔を上げたルイスは、首を巡らせ、冷たい街を見た。
眠りにおかされた街の影は青暗く、まるで街全体が泣いているようだった。
そこに、懐かしい人々の笑顔は、無かった。
『お前は……』
「っっ! 五月蝿い! 」
ルイスは、拳を握りしめ、首を横に振る。
それでも、ルイスの耳を、アルドの言の葉の幻は、見捨てたりしなかった。
『お前は、誰かと、誰かの大切なものをいっぺんに奪おうとしているんだぞ! 』
「あ……え……? 」
ルイスは、真顔になる。
日はまだ高いのに、ルイスには、冷え冷えとした王都が、ルイスの周りをぐるぐると回る感覚がした。
震える膝をつく。
「わ、た、し、は……何てこと、を……? グワッ。」
そして、ポキリと折れるようにルイスはレンガ道に倒れた。
「ルイス! 」
そこにアルド達が駆けよる。
「これで呪いは……」
やるせなさそうに言い、そこで、マイティは口をつぐんだ。
「解けてない!? 」
ラナンが目を見開く。
と、その時、地面が勢いよく揺れた。
「くっ! 」
「きゃあ! 」
「伏せて、ください〜ッ! 」
土埃が濛々と立ち上がる。
やがて、揺れが収まった。
アルド達が顔を上げると、そこには、ルイスと、白い鳥籠及びオンシを担ぎ上げた、禍々しいゴーレムの姿があった。
「ワッハッハッハッハ。人間の囮にしては、中々に良い働きであったぞ、ルイス。準備は整った。さあ、我らが魔神の世の再来じゃ! 」
「止めろ、いにしえの魔神! 」
オンシが鳥籠の中から手を伸ばし、なんとか抵抗を試みるが、頑丈なゴーレムには傷一つ与えられない。
「中々に心意気だけは立派だな、オンシとやら。ルイスの働きに免じて、私の世界創造を傍で見ることを許そうぞ! ハハハハハ! 」
ゴーレムが脚部から魔力を噴射して宙に浮かび上がる。
「待てっ! させない! 」
アルドがオーガベインで斬りつけるが、傷一つつけられなかった。
「ハハハハハ! 」
ゴーレムは、アルド達には目もくれず、彗星のように飛び去っていった。
「クソッ! どこへ飛んで行ったんだ?! 」
リィカが目を点滅させながら答える。
「いにしえの魔神、は、古戦場跡に飛んで行ったモノと思われマス。」
「よし! 急いで追いかけよう! 」
アルド達は、古戦場跡に急行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます