第19話 終話~物語の終わり~

二人が眠る小屋に朝日が差し込む。




鬼の里と違いここでは朝になると眩しいほどの日の光が差し込み紫苑はその明るさに目を覚ます。




辺りを見回して昨晩、母と二人で鬼の里を逃げ出してきたことを思い出す。




「紫苑、おはよう」




紫苑が起きると母も目覚めたようで隣で優しく微笑み挨拶を交わす。




母は起きると手早く身支度を整え今日これからするべきことを順序だてて説明してくれる。




「今日は日が落ちてから封印の儀を行います、それまでは食料の確保だったり近くの夜鳴村の様子などを見てきましょう。紫苑の今の姿は人に見られたらちょっとまずいからこの布で顔を隠しましょう」




そう言って母は薄絹のような大きな布を紫苑に渡しすっぽりと頭から髪、そして顔が分からない様に被せる。




母に連れられて森の中に入るとそこは朝日に照らされて木々のみずみずしい香りに満ち溢れていた。




どの風景も初めて見るものばかりで紫苑はついついキョロキョロと忙しなくあたりを見回してしまう。




「ふふふ、紫苑にとってはどれも初めて見るものばかりで興味津々よね」




紫苑が初めて見せる年相応の反応に母は顔を綻ばせあたりにはえる木々のことや動物のことについて教えてくれた。




森で果物など食料を採ると母と一旦小屋に戻り今度は夜鳴村という近くの村の様子を見に行くことにした。




村に向かう道中、母に自分の近くからは絶対に離れない様にと念を押された。




考えてみれば、鬼の里の大鳥居を使って異界渡りをしたのだから、行きついたこの場所は鬼の里と何らかの関りがある土地なのではないだろうか……。




紫苑がそんなことをぼんやりと考えていると母に村が見えてきたと声をかけられる。




「あれが夜鳴村よ、私が昔に住んでいた村の二つ隣の村なの。この村は鬼神信仰が残る土地だからあまり目立ったことはしないで様子だけ見て戻りましょう」




「母様が昔住んでいた村には戻らなくていいの?」




「私の住んでいた村も鬼神信仰が残っていて、それこそ私を鬼の嫁として差し出したような村ですもの……それに大鳥居が修繕されれば私の昔いた村に追手が来るかもしれないわ」




母はそう言うと話はここまでと言い夜鳴村の様子がよく見える高台へ歩いていく。




紫苑はなるべく目立たぬように母の後をついていくが、高台まで登ってみると目の前に広がる光景に息を飲む。




「……すごい!」




驚く紫苑を見て母は少し切なそうな笑顔を向けた。




「母様、こんなに生きた人間がいるんなて!みんな自由にここで生活しているのですか?」




「そうよ紫苑、ここでは皆自由に生活してお互い助け合って生きているのよ」




紫苑は初めて見る人里に瞳を輝かせて食い入るように眺める。




幽世にも人間はいるのだが多くは貢物として献上された者たちで末路はどれも悲惨なものばかりだった。




特に鬼の里は一族以外の者はみな奴隷と同じような扱いを受けることが多く献上された人間は牛鬼の餌になることもあった。




高台から村の様子を見ているとどうやら村人は百人にも満たない小さな村らしく、医者も術者もいないようだった。




「この様子だと夜鳴村は安全そうね、この村の外れによさそうな家を見つけてそこに住んで術者として暮らせそうだわ」




母はそう言うと今日の偵察はここまでと言い元来た道を紫苑の手を引き戻る。




小屋まで戻り一息つくと妙に改まった母が重い口を開く。




「紫苑、これからあなたの中にある鬼の力を封印します。この術をかけると鬼の力とともに今までの記憶も失われるでしょう、本当にいいのね?」




紫苑は黙って頭を縦に振り肯定の意を伝える。




母はそんな紫苑に抱き着きぎゅっと力強く抱きしめる。




「何があってもこれからは私があなたを守るわ」




そう言ってしばらく抱きしめると意を決したように封印の儀の準備を始めた。




(これでよかったんだよね……)




紫苑は生まれてから今日までのことを走馬灯のように思い出しながらその時を待つ。




(最後に月天にもう一度だけ会いたかったな……)




やはり思い出すのは月天のことばかりで、自分でもこの感情をどうしたらいいのか分からずただただ小屋の古ぼけた壁を眺めるだけだ。




「紫苑、準備ができたわ。こしらにいらっしゃい」




母に連れられて床に不思議な円陣や呪印が施されたその中心に立たされる。




「では、はじめるわよ」




そう言うと母は祝詞のような不思議な言葉を紡ぎ神通力を開放する。




紫苑の身体は淡い光に包まれて肩まで伸びる白髪が毛先から徐々に黒く染まり始める。




自分の変化に驚いて紫苑が己の手を目の前に出し見るとなぜかいつもより小さく見える、そして気のせいか目線もどんどん高さが下がっていくようで……




「かあさま……」




母に自分に起きている異変を伝えようと声をかけるが発された声はたどたどしく今までの自分のものとは違った。




そのままどんどん紫苑の身体は幼く若返っていき、そして術が終わると紫苑が立っていた場所には一人の幼い人間の赤子がいた。




「ごめんなさい、紫苑。あなたをすべての者から守るには力を封じて時を戻さねばならなかったの……」




母は床の上から赤子となった紫苑を抱き上げると急いで布でくるむ。




赤子の背には緋色の痣が痛々しく浮かび上がる、それは流水模様に桜の花が散ったようなどこか魅入ってしまいそうになる怪しくも美しさを秘めた呪印となって刻まれたのだった。




◇◇◇




こうして鬼の里で忌子として嫌われていた幼い姫は、妖狐の里で自分と似た境遇の少年と出会い淡くも切ない恋をするが結末はただただ無情なもの。




姫を失った妖狐の少年は再び姫をその手にするその目的だけに心血をそそぎ、姫の兄鬼もまた自分の手のひらから零れ落ちてしまった大切な宝物を再び取り戻すその時を想い手ぐすねを引いて待ち構えるのだった。




人となった姫と神にも近しい大妖怪となった少年が再び出会うのは季節が何度も何度も巡り、幽世の七里の当主たちが代替わりをした先のお話……。








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訳あって妖狐の里に行ったら運命の出会いをはたしました 猫はち @0721y

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