第18話 ただ想うは貴女

妖狐の里に帰ってきた月天は目覚めた後も自室に引きこもりがちになりただの人形のようだった。




しばらく月天の様子を見ていた天鼓だったがこのままでは世継ぎとしての修行や勉強にも支障が出ると判断し二人きりで改めて話し合いことにした。




月天の部屋に入るとそこは明かりもつけずすべての戸が閉め切られていて月天が以前住んでいた蔵の中を思わせた。




「月天……今後について話しておきたいことがあるんだ」




天鼓は布団にもぐりこんで反応のない月天に話しかける。




「このままでは何も変わらないのは君も分かっているだろう?紫苑ちゃんのことは残念だったね、けどもう二度と会えないというわけではない」




天鼓がそういうと今まで何を話しても無反応だった月天が布団から顔を出して聞き返す。




「どういうことだ?異界渡りの際にきっと紫苑たちは時渡りも使ったはずだ……時渡りを使えるものなど他にいないはずだろ」




月天が想像通りに話題に食いついてきて思わず天鼓は笑みを浮かべる。




「紫苑ちゃんとそのお母さんは確かに時渡りを使えるけど、紫苑ちゃんはまだ時代を駆けることができるほど術を扱いきれていないし、紫苑ちゃんのお母さんは紫苑ちゃんを生んだ時にその力の大半を紫苑ちゃんに引き継いでいるはずだ。そうなると紫苑ちゃんのお母さんが残された時渡りの力を使うことが考えられるけどせいぜい遡ったとしても5年前後がいいところだろう」




確かに紫苑は鬼の力と神通力を妖狐の里の一件で覚醒させたが、まだ力を得てから日も浅くまともな修行もつけてもらえていなかったので自由自在に術を使うのは無理だろう。




異界渡りと時渡りを同時に行われて何百年も時代を飛ばれてはなすすべもないが数年程度であれば十分に探し出すことは可能だ。




「私が思うに、紫苑ちゃんのお母さんはもともと巫女として仕えていた人間だから、人間の里に逃げ込んだあとはその巫女の力を使って細々と生きていくに違いないだろう。そこで提案なんだけど、君が無事に私の後を継いでくれるなら毎年我らが守護している人間の里から貢物として娘を差し出すようにもできる。毎年ある程度の娘たちが集まるだろうからそこから紫苑ちゃんの手がかりを探すこともできると思うよ、どうだい?」




それぞれの里は昔から現世の人間の里に守護という形で力を与えることがあった。




守護を与えた土地からは貢物として様々な物が神社を経由して届けられる、その中にはもちろん若い娘などもあった。




「私たちが現世に降りて紫苑ちゃんを探すのは難しいが、毎年守護を与える里から人を召上げればいつか情報の1つや2は手に入るんじゃないかな?」




天鼓は月天の瞳に光が戻ってきたのを見て畳みかけるように提案する。




「それにもしかしたら紫苑ちゃん自身が貢物として捧げられる可能性も十分にある、人間は自分達と異なるものは排除したがるからね」




「……あんたの後を継ぐまで待てない、早急に人里から供物として献上させろ」




月天は先ほどまでの死人のような瞳ではなく、そこには自分の願いを叶えるためには何者にも容赦しない残酷で狡猾な妖狐らしい瞳があった。




「それはできない、最低限次期当主として襲名披露を無事に終えることができれば考えよう、それまでは世継ぎとしてやることが山ほどあるからね」




天鼓は月天がようやく元の生意気さを取り戻したことで嬉しそうに月天の反応をまつ。




「……分かった、それまでお前の言うことに従おう。これから最短で次期当主の襲名までこぎつけてやる」




こうして月天は天鼓の後を継ぎ妖狐の里の次代の当主となることを選んだ。




月天が実際に妖狐の里の当主として立つのはこの出来事からずいぶん先のことになる。




◇◇◇




<紫苑視点>






母に抱きかかえながら異界渡りの大穴へ身を投げ込むとただただ暗い空間をひたすらさまよったように思う。




気づいた時には見慣れない森の中で母と二人で倒れこんでいた。




「母様……母様おきて」




隣で倒れている母をゆすり何とか起こそうとする。




しばらくゆすったり声をかけているとようやく母が目を覚ました。




「し……おん?……ここは……」




母はあたりを見回しここがどこか察すると紫苑を抱きしめた。




「紫苑、やったわ!ついに現世に戻ってこれたのよ!」




抱きしめる母にここがどこだか聞くと母が昔住んでいた里の近くにある山の中だろうといった。




この山には桜の木がたくさん生えていて他の森とは少し違うらしい。




目覚めた母に従って山の中を歩いていると一軒の山小屋が見えてきた、山小屋は誰も住んでいないらしく家の中は埃がたまっていた。




「紫苑、しばらく落ち着くまではここで暮らしましょう」




母はそう言うと紫苑に家の中の掃除を任せて自分は何か食べれそうなものを探してくると出て行った。




母が出ていくと家の中にあった箒で掃除していくがどうしても鬼の里を出るときに最後に見た光景が頭にこびりついて離れない。




(月天……)




紫苑は自分たちを逃がすために白桜と激しくぶつかり合っていた月天の姿を思い出し無意識のうちに手に力が入る。




バキッ




木の折れる音で我に返ると手に持っていた箒の柄が紫苑の握力に耐えきれず音をたてて折れた。




(そっか、ここは人間の住む世界。鬼の血を半分しかひいていない私でも十分に脅威になるんだ……)




改めて自分が今おかれている状況を理解する。




今までは鬼の里で過ごしていたから何も不自由なく暮らしていたがここはもう鬼の里ではない、人に紛れて人と同様に暮らす必要があるのだ。




紫苑が何とか家の中を片付け終えるころに母は果物や魚を持って帰ってきた。




「紫苑!ありがとう、すっかりきれいになったわね」




母は嬉しそうに紫苑の頭をなでると囲炉裏に向かって術を使い火をともす。




母が持ってきた果物や魚を食べていると母はこれからのことについて話してくれた。




「紫苑、あなたにつらい思いをさせてしまってごめんなさい、辛い思いをたくさんした分これからは二人で幸せになりましょう。まずは明日あなたの鬼の力を封じます、鬼の力を封じると今までとは違って鬼の一族に伝わる術は使えなくなるわ。けどあなたの場合私から継いだ神通力は残るはずだから巫女や呪術師のようなことはできるはずよ」




母は人間の里のことやこれからどうやって生きていくかなど鬼の里にいたころには想像もつかないほどてきぱきと紫苑に教えてくれた。




「ざっとこんなものね、あとはおいおい覚えていけばいいわ。一番大事なのはこれからは人間の速度で時間が過ぎていくということね、私も鬼の里では止められていた時間が動き出したことでこれからはどんどん年をとっていくわ。いつか私にも死が訪れることになる、その時に紫苑は一人で生きていけるようにこれからたくさんのことを覚えなくてはね」




母はそう言うと今日はこれくらいにして寝ましょう、と紫苑を抱きしめて二人で身を寄せ合い眠った。


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