第17話 決裂
紫苑がこの鬼の里から逃げてから2日後、蒼紫によって運び込まれた月天は客間の一室で目覚めた。
(ここは……確か紫苑を迎えに行って、白桜とやり合うことになったはず)
布団から体を起こしあたりを見回すとちょうど廊下から天鼓が部屋に入ってくるところだった。
部屋に入ってきた天鼓は月天が起きたのを見るとひどく安心したような泣きそうな笑みを浮かべて近くまでやってくる。
「月天、体の方は大丈夫かい?」
天鼓に調子を聞かれ改めて自分自身の身体に意識を向けると以前より神通力の力だけがひどく弱くなっているのを感じた。
妖力の方は依然と変わらず有り余るほど感じるのだが、神通力の方は秘術が1回使えるか使えないかというくらい弱っていた。
「月天、どうしたんだい?どこか痛むのかい?」
心配そうにのぞき込む天鼓に神通力が以前よりも減っていると教える。
すると天鼓は一瞬驚いた表情をしたかと思うとすぐに恐ろしいほど怒りを含んだ眼差しを廊下のほうへ向けたのとほぼ同時に廊下から声がかけられる。
「天鼓様、月天様、当主がお呼びでございます」
戸が開けられるとそこには蒼紫がおり一瞬月天の方を見たがすぐに視線を足元に落とした。
「ちょうどいい、私も黒丸に話がある。月天、体に障るようだったら君はここで寝ていてもかまわないよ?」
「いいえ、一緒に行きます」
月天は痛む身体を布団から起こし天鼓の後に続いた。
廊下を歩いているとつい先日まで来客でにぎわっていたのが嘘かのように屋敷は静けさに包まれている。
どうやら他の里のご当主たちは一足先に自分の里へ帰ったようだ。
天鼓と鬼の当主の部屋まで行くとそこには白桜の姿もあった。
「なぜ呼ばれたか分かっているな?」
天鼓と月天が部屋に入るなり黒丸は冷えた声色でそう言った。
「月天の神通力が元に戻らないようだが……そこにいる白桜の仕業か?」
いつもは飄々として誰に対しても本心を見せない天鼓が珍しく怒りをあらわにして黒丸にかみつく。
「責められるいわれはない、まさか客としてもてなした相手がこのような事を起こすなど前代未聞だ……分かっているな天鼓?」
黒丸は天鼓の話など歯牙にもかけず今回の紫苑の脱走劇を月天一人に背負わせようと責め立てる。
「白桜の七妖参りの際にお前の世継ぎである月天が紫苑をえらく気に入っているようだとは聞いていたがまさかここまでするとは……紫苑は我が里でも貴重な女鬼、しかも白桜の妻となるかもしれない大事な娘だったというのに」
黒丸はわざとらしくため息をついて天鼓と月天の方へ憂い顔を向ける。
月天は黒丸と白桜が今まで紫苑にしてきたことを棚に上げてぬけぬけと被害者面するこの二人を今すぐにでもどうにかしてしまいたい衝動に駆られる。
「妖狐の里はいつからこのように野蛮なことをするようになったのだ?これからは妖狐の里とは付き合いを考えさせてもらう」
「確かに今回の件は不運が重なった、月天のしたことに関しては謝罪しよう」
天鼓は怒りを抑え頭を下げる。
「しかし、紫苑とその母の脱走劇は鬼の一族の問題、たまたま月天がその場に居合わせたにすぎない」
「確かに、ただ居合わせたに過ぎなければこちらも何も言わなかったが、月天は白桜に牙をむいた。月天が邪魔をしなければ紫苑らは異界渡りを成功させることはできなかったはずだ、違うか?」
月天と同じく白桜もまた裏山の神社から帰ってくるとその身に無数の傷があり何もなかったでは済まないのは天鼓も十分承知している。
「白桜君にも申し訳ないことをした」
天鼓はまだ若い白桜にも謝罪する。
「しかし、月天の神通力を封じるなど報復というにはいささか過激すぎるのではないか?月天は正式な私の世継ぎ、その世継ぎに呪詛を行うなど妖狐と鬼の一族で争いが起きるぞ」
天鼓はその怜悧な目で目の前に座る黒丸と白桜を睨みつける。
「呪詛をかけた覚えはない、紫苑も鬼の一族の端くれ逃げる際に追われぬようにと呪詛したのではないか?」
黒丸はあくまでも白桜は何もしていないと白を切るが、その言動に誰よりも怒りを露わにしたのは月天だった。
「……黙って聞いていれば紫苑を何だと思っている!紫苑が私に呪詛をかけるなどありえない!貴様らはいつもそうやって都合の悪いことは紫苑になすりつけていたのか!」
月天は怒りのあまり我を忘れて黒丸に掴みかかろうとするが天鼓によって畳に押し付けられてしまう。
「離せ!こいつらをこの手で殺さなければ気が済まん!」
暴れる月天を天鼓は後ろから術をかけて眠らせると部屋の中は再び静けさが戻る。
「失礼したね、もうここで話すことは何もないようだから私たちはこれで失礼するよ」
天鼓は眠りに落ちた月天を抱えあげると部屋を後にしようと立ち上がる。
「あぁ、そうそう今後は妖狐の里への鬼の一族の出入りは完全に禁止とする。大切な跡取りを殺されたらたまったものじゃないからね」
天鼓は最後にそう言うと振り返ることもなく月天を抱えて部屋を後にした。
◇◇◇
鬼の当主との面会を終えるとすぐに天鼓は呼びつけておいた華車に月天と一緒に乗り込み鬼の里を後にする。
天鼓は花車の中で眠る月天を見ながら物思いに耽る。
今回の事件は双方痛み分けということで手を引いたが、月天と白桜の溝は今後埋まることはないだろう。
月天が呪詛によって神通力が抑え込まれるなど想定外だった……しかし、妖力は依然として衰えずに神通力だけが抑え込まれたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
神通力であれば蛇の里の月夜見あたりに頭を下げれば何とか鬼の呪詛もほどいてくれるだろう。
しかし、月天が紫苑にかける思いを想像以上に強いらしい……紫苑が異界渡りをしてこの幽世にいないとなると月天は妖狐の里を出て行ってしまうかもしれない。
「鎖は早めにつけるにこしたことはないか……」
天鼓は未だ眠り続ける幼い月天を見てほくそ笑むのだった。
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