第16話 鬼哭啾啾~きこくしゅうしゅう~

紫苑は白桜によって月天がどんどん傷つけられているのを見ていられず母の腕を振り払い月天の元へと行こうとするが母に強く抱き寄せられ思うように動けない。


「母様、お願いこのままじゃ月天が……」


紫苑の母は強く唇を噛みしめ紫苑の手を引き大鳥居の奥に開いた異界への入口へと歩を進める。


紫苑は必死に抵抗するが母の手はびくともせず引きずられるように月天と白桜の元から遠ざかる。


「母様お願い……」


紫苑は寝きながら母に縋るが母は一切紫苑の方を見ずにただ先を目指す。


白桜と月天の戦いは白桜が優位に立ったようで大きな妖狐姿の月天が勢いよく一つ目の大鳥居にぶつかり大鳥居が崩れ落ちる。


一つ目の大鳥居が音を立ててゆっくりと崩れ始めると異界と繋がる大きな穴が少し歪み小さくなり始めた。


「紫苑……ごめんなさい」


母は紫苑にそう言うと紫苑を抱き上げ走り出す、紫苑は目の前でどんどん傷ついていく月天を見ていられず白桜に縋る。


「白桜兄さま、月天をこれ以上傷つけないで!お願いします……」


泣き叫びすっかり声も枯れ果てても紫苑は月天の名を叫ぶ。


「どうか神様、月天をお助けください」


紫苑が最後に強くそう願うとあたり一面が強い光に一瞬包まれた。


その光があたりを包むのと紫苑の母が異界渡りの大穴に入るのはほぼ同時で光が消えると大鳥居の先にあった大穴は姿を消した。



「うそ……だろ……紫苑……そこにいるんだろう?」


白桜は呆然とした面持ちで紫苑と紫苑の母が消えた大鳥居の奥を見る。


白桜は力ない足取りで一歩ずつ紫苑が消えたところへと歩くが、重傷を負い地面に横たわる月天の大きな尻尾が飛んでくる。


鞭のように飛んできた尾をよけると白桜は力なく横たわる月天にとどめを刺そうと近寄る。


「お前さえいなければすべては上手くいったというのに……この代償はお前の命だけでは済まさぬぞ」


白桜が怒りに任せ刀を月天に振り下ろそうと持ち上げると、いつの間にか後ろまで来ていた蒼紫に刀を止められる。


「白桜様……この方は妖狐の里の正式な世継ぎです。ここで殺しては妖狐の里と争いが起きます」


蒼紫は冷静にそう言うと壊れた大鳥居とすでに何もなくただ暗闇が広がるだけの鳥居の奥を見る。


「雪華様と紫苑様は異界渡りをしたのですね……この状況だと探し出すのは難しいかと……」


白桜は怒りを押し殺し刀を腰に差すと大鳥居の奥をじっと見つめる。


「蒼紫、こいつに呪詛を……」


「しかし……」


「ここまでのことをしたのだ、代償は払ってもらわねばな」


蒼紫は白桜を見るがそこにはすべての感情が抜け落ちたかのような人形のような端正な顔があるだけだった。


「では、どのような呪詛を?」


「こいつの持つ妖力と神通力をすべて奪え。もう一度何も持たぬ非力な身になって今日のことを一生後悔して生きるがいい」


白桜はそう言うとその場に地に伏してピクリとも動かない月天と蒼紫を残し屋敷へと戻っていった。



蒼紫は白桜に言われた通りに月天に呪詛をかけるが、鬼の一族の中で呪術に長けた青鬼の蒼紫でも月天に呪詛をかけるのは一筋縄ではいかなかった。


それはまるで何かに守られているよで月天に危害を加えるものを弾き飛ばす。


どうにか、蒼紫の呪詛が完成すると月天は大きな獣の姿から本来の少年の姿に戻り、倒れている月天の右肩には赤い桜の呪印が静かに浮かび上がる。


蒼紫は呪詛が月天にかかったのを確認すると月天を抱き上げ屋敷へと戻ったのだった。


◇◇◇



屋敷に戻ると宴は終わっており先ほどまでの騒ぎなどなかったような静けさが広がっていた。


白桜は屋敷に戻るとすぐに父である当主の部屋に向かう。


「失礼します、白桜です」


部屋の前で声をかけると部屋の中から低い声が聞こえ入室を促される。


部屋に入るとそこにはいつもの毅然とした態度ではなくどこか物憂げな表情を浮かべた父がいた。


「雪華様と紫苑は大鳥居を使い異界渡りをして逃げました、途中妖狐の里の世継ぎである月天が邪魔に入ったため戦闘となり死なない程度に相手をしておりました」


「そうか、雪華は帰ったか……」


「……大鳥居の修繕後に雪華様と紫苑の捜索をする許可をいただけますか?」


父は空に浮かぶ欠けた月を眺めたまま白桜の申し出を拒否した。


「いや、雪華と紫苑のことはもういい。きっと異界渡りの際に時渡りの力も使ったに違いない、人の世に逃げただけであれば探すこともできようが時代を渡ったとなると時渡りができる能力者がいない我が里では探し出すことは無理だろう」


「でしたら、蛇の里の月夜見様にご協力願えば……」


「月夜見に借りを作るのは危険だ、白桜これは命令だ。雪華と紫苑のことは忘れなさい」


「はい……」


白桜は未だに自分の中に燃えたぎる怒りを押し殺し、今はただ父の命令に従うふりをした。

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