第15話 花が散る


月天が宴の席を離れてしばらくすると白桜があいさつ回りに天鼓の元へやってきた。


「本日はありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願い致します」


白桜は天鼓にそう言うと天鼓の隣にいるはずの月天の姿がないことに気づく。


「天鼓様、月天君はどうしたのですか?」


「あぁ、月天はこのような宴は初めてだから妖の多さに酔ったみたいで少し休んでいるよ」


天鼓はいつもの張り付けた笑みを浮かべ答える。


「それよりも白桜君、見事だったよ!月天が襲名披露するときはぜひ白桜君も来ておくれ」


天鼓は白桜を褒めたたえるとそのまま周りの妖たちと白桜がいかに素晴らしかったか話し出す。


(このタイミングで月天が姿を消すなど……嫌な予感がする。一度紫苑たちのいる桜華殿へ使いを出したほうがよさそうだな)


白桜は天鼓たちの元を去ると廊下に出て従者に桜華殿へ行って紫苑たちがいるか確かめるように指示を出す。


従者が桜華殿へ向かったのを確認すると白桜は再び大広間へと戻るがいつまでも戻ってこない月天のことばかりが気になってしまう。


白桜はしびれを切らし父に少しこの場を離れると告げに行こうと席を立つと同時に桜華殿の方から強力な神通力が発せられるのを感じる。


この宴に参加していた各里の当主たちも気づいたようでそれぞれ面白そうにニヤニヤ笑う者もいれば無表情にいつもと変わらずただ酒を飲む者など態度も様々だ。


白桜はいち早く父の元へ行き父に月天がしばらく席を外していることと桜華殿に使いの者をやったことを話す。


父は怒りを含んだ眼で天鼓を見ると白桜に桜華殿へ行き紫苑と紫苑の母を母屋の当主の部屋へ連れてくるように命じた。



◇◇◇



白桜が急いで桜華殿に向かうと途中で先ほどやった従者と出会う、従者によると桜華殿はすでにもぬけの殻で紫苑の部屋にこれが置かれていたと包みを渡された。


そこにはガラス細工でできたような美しい桜の枝が1本包まれていた。


その桜は紫苑と白桜が初めて出会ったときに咲いていた狂い桜を思い出させる。


桜からは紫苑の妖気が漂っており、白桜は紫苑が母と一緒にこの屋敷を抜け出てのを悟った。


「私は紫苑達の後を追う、お前は父上の元へ行き事情を説明せよ」


従者にそう告げると白桜は鬼化して紫苑の妖気の後をたどり裏山の方へと向かった


◇◇◇


紫苑は母と神社の裏手にある見上げるほど大きな七つの鳥居が居並ぶ場所まで母とやってきた。


鳥居の奥には不思議と何もなくただ暗闇だけが広がっている。


母は七つの鳥居の1つ目の前まで来ると、持っていた風呂敷から何やら札や筆などを取り出し異界渡りの準備を始める。


「紫苑、これから術を行うから何者かの気配を感じたらすぐに残りの札を地面に貼って私の側まできて」


紫苑は小さくうなずくと鳥居の前に何やら不思議な模様を描き始めた母を背に来た道の方へ視線を集中させる。


母が術をかけ始めてから少し経つと自分たちが先ほど上ってきたけもの道の方から何者かの気配を感じた。


その気配は紫苑の知る鬼のものではなく妖狐の里で感じた月天の気配を思い出させる。


(……まさかだよね、まだ披露宴の最中のはずだから来客である月天がこんなところに来るはずないもの)


屋敷にいるであろう月天のことを一瞬思うが、そんなわけがあるはずがないと思いなおし母に言われた通り残りの札を取り出し地面へと貼る。


この札は鬼の一族の当主筋のみが使用できる鬼隠しの札だ、この札を使うと神隠しにあったようにその物や姿そのものが隠されるので見つけ出すのが非常に難しくなる。


地面に札を貼り終えると母に言われた通りに母の側までいき母に何者かの気配が近づいていると伝える。


母の側に行くとちょうど術が完成して人間の里がある現世へとつながる大きな穴が大鳥居の向こう側にぽっかりと開いていた。


「紫苑、では行きましょう」


母が手を差し伸べ紫苑がその手をとろうとすると背後から聞こえるはずのない月天の声が響く。


「紫苑!僕だ、月天だ!君を迎えに来た!」


神社の方を見ると白銀に輝く豊かな毛皮を持つ大きな妖狐がそこにはいた。


「……月天……」


紫苑の口から小さな声で月天の名前がこぼれ出る。


目の前の大きな妖狐はその声が聞こえたようで紫苑と母の方へ顔を向ける。


「紫苑!そこにいるのか?……一人ではないんだろう?大丈夫、君も君のお母さんも一緒にこの里を出よう」


紫苑が思わず月天の方へと走り出そうとすると後ろから母に強く手を引かれる。


「ダメよ紫苑、月天君がここにいるということは白桜や黒丸も私たちが逃げ出したことに気づいているはず……」


涙を浮かべて月天の方を見る紫苑の手を母は強く握ったまま離さない。


「紫苑、つらいでしょうがこのまま向こうの世界へ渡りましょう」


母は紫苑を引き寄せるとすべての視界と音を遮るように紫苑を抱きしめる。


「紫苑!そこにいるのか?」


月天が大鳥居をくぐろうとすると先ほど紫苑が張った札の影響で大きく空間がゆがむ。


「ここにも術がかけられているのか?……紫苑、お願いだ早くしないと白桜も追ってくる」


月天は紫苑のほんの数メートル前にいるにもかかわらず紫苑や紫苑の母の姿をハッキリ見ることができない。


「母様、お願い……私は月天と一緒に行きたい」


紫苑は強く自分を抱きしめて離さない母の体を押しどうか自分を月天の元へ行かせてほしいと願う。


母が悲し気な表情を浮かべ紫苑を抱きしめるその両手の力を緩めた時、月天の背後から地を這うような怒りに満ちた声が響く。


「……随分と舐めた真似をしてくれる」


そこには鬼化し怒りで瞳が燃え滾るように紅く輝く白桜の姿があった。


紫苑達の前にいた月天は白桜の方へ振り返り紫苑たちを背にして大鳥居の前に立ちはだかる。


「ちッ……ずいぶん早いな」


月天はそう言い捨てると白桜に向けて雷撃を放つが、白桜は月天から放たれた雷撃を腰に下げた刀で正面からたたき切る。


「やめてーー!」


紫苑が思わず大きな声で叫ぶと地に貼られた札の一枚が真ん中から二つに割け燃え上がる。


「そこにいるのか……では、まずその結界から壊させてもらおう」


白桜はそう言うと目の前に立ちはだかる月天に向かっていき良いよく刀で切り込む、刀からはどす黒い鬼火が剣先まで包むように燃え上がり触れるものを焼き尽くす。


(ッ、くそ!)


月天はその身を翻し高く飛び上がると、その下を白桜は勢いよく駆け抜け一つ目の大鳥居の歪んだ空間めがけ太刀を振るう。


白桜が大きく刀で空間を切り裂くと大鳥居の一つ目と二つ目の間にしゃがみ込む紫苑と母の姿が現れる。


「雪華様、こんなことをしては紫苑の立場が悪くなるだけとなぜ分からない?」


白桜は紫苑の母に向けて怒りを含んだ声で話しかける、そしてそのまま紫苑の元へ行こうと一歩踏み出すが背後から月天の一撃が飛んでくる。


「獣は獣らしく強者の前では尻尾を振っておればいいものを……」


「紫苑!早くこの場を離れるんだ、こいつは僕が足止めする」


月天と白桜は激しくぶつかり合うがどちらも一歩も引かない、しかし、やはり白桜の方が一枚上手の用でじりじりと月天は追い込まれていく。



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