第14話 曼珠沙華の花
与えられた客室は広く必要な者や従者もおりさすが七妖の中でも力のある鬼の里というだけある。
天鼓は部屋に着くとさっそく式を飛ばし妖狐の里の屋敷の方へと何か連絡をとっているようだった。
「月天、探し物を探しに行くのはいいけどよーく周りに気を付けるんだよ。特に蛇の里の当主の月夜見様にはあまり近づかないほうがいい、彼は神格持ちの中でも一等神に近い存在だからね」
月天はいつも通りやる気のない様子で部屋でくつろぐ天鼓を見て返事も返さず廊下へと出ていく。
(ちッ!こうしている間も紫苑は泣いているかもしれない……早くこの屋敷から連れ出さねば)
客室を出て周囲を調べていると前方に何者かの気配を感じた、この離れにいるのは来客ばかりだから先ほどいた当主か世継ぎの誰かだろう。
あまり他の者と関わり合いになりたくないと思いその場で来た道を戻ろうとするが、月天が行動に移すよりも早く声がかけられる。
「そこにいるのは天鼓の世継ぎですね?こちらにいらっしゃい」
声の主はまさに先ほど天鼓にあまり関わるなと言われた相手の月夜見様だった。
立場も力も月夜見にはかなわない月天はしぶしぶ月夜見の方へと出ていく。
月夜見様は縁側に腰かけて庭を眺めていたようだった、その肩ほどの長さで真っすぐ切りそろえられた艶やかな黒髪とすべての光を吸い込み黒く塗りつぶすような底知れぬ瞳を見ると、何事にも動じない月天でさえひやりとしたものが背を伝うのが分かる。
「私はこのような行事がない限りは里の外へは出ることがないから、できるだけ各里の者と交流を持つようにしているんだよ」
穏やかな雰囲気を纏い人畜無害そうな笑顔で月天を手招きする月夜見を見て、月天の中の野生の感が一刻も早くこの場を去るようにと警報を鳴らす。
月夜見と距離をとったまま動かない月天をみて月夜見はやれやれといった風に小さなため息を一つ吐くと左手を月天の方へ差し出しくいッと指先を動かす。
月夜見が指先を手招くように動かしたかと思うと月天の体は有無を言わさず月夜見の側まで引き寄せられる。
(馬鹿な!何も気取られずに術をかけるなんて)
月夜見の側まで引き寄せられると月夜見に隣に座るように促される。
月夜見は自分の隣にいやいやながらも座る月天の瞳を見ると不思議なことをつぶやいた。
「名は月天と言うんだね……そう、探し物はこの屋敷の奥にあるのか。けどその探し物は君の手には入らないだろうね、探し物のそばにはいつだって強い守りがついているから。その授かった力を失いたくなければこの屋敷にいる間は何もせず大人しくしていることだね」
月夜見は光の灯さない黒い瞳で月天を見つめ何を考えているか分からない表情で告げた。
「あ、あの、そろそろ自室へ戻ります」
月天はこの場から一刻も早く離れたい衝動にかられ月夜見への返事もしないままその場を逃げるように走り出す。
廊下を曲がるときに一瞬月夜見の方を振り返ると月夜見は穏やかな笑みを浮かべて手をふっていた。
こんなに全速力で走ったのはいつぶりかというくらい必死に走って客間まで戻るとそこに天鼓はおらずがらんとした部屋だけがあった。
月天は部屋に入るとその場にごろんと横になり先ほど会った月夜見のことを思い出す。
(月夜見様は何か得体のしれない力を持っている……蛇の里にはあまり関わらないのがよさそうだな。しかし、紫苑の住んでいると言っていた桜華殿は屋敷のどこにあるのだろうか)
客室のある離れや母屋の周囲を見て回ったがどこにもそのような建物はなかった。
それどころか紫苑の気配さえどこからも感じられないのだ。
(鬼の一族が持つという術か……)
鬼の一族は蛇、天狗に並ぶ神通力の強さを持つ妖の一族で特に何かを隠したり見つけたりする術に長けていると聞く。
特に鬼の当主やその直系のものが使う鬼隠しの術はかけられると、いかに大妖怪と言えども見つけ出すのは至難の業だ。
(仕方がない、この術はあまり使いたくなかったが……)
月天は自分の尾から毛を一本引き抜き何やら術をかけると空に向けてふーっと毛を飛ばす。
空に舞い上がった白銀の毛は何かを探すように宙を舞いふわふわと母屋の方へと飛んでいった。
◇◇◇
夜になると天鼓が部屋に戻ってきて母屋の方で宴会をやるから行かないかと誘われたが月天は少しでも紫苑の手がかりを見つけたくて断った。
天鼓が母屋へと消えると昼に飛ばした術が発動するのを感じた。
(!やはり何かの術で建物ごと隠しているのか……場所は当主のいる部屋を通り過ぎたさらにおくか……)
日中に屋敷中歩いて地図を頭に入れておいたので大体の位置はつかめる。
月天は側使えとして連れてきた極夜というまだ幼い妖狐の少年を呼びつけると手紙を渡し指示する場所までもっていくように命令する。
極夜は人姿から子狐の姿になり背手紙を入れた筒を背負い月天に言われた場所へと向かう。
極夜が庭の中へと姿を消すと月天はこの屋敷にいるであろう紫苑のことを想って月を見上げるのだった。
◇◇◇
翌朝起きると極夜は無事に戻ってきており、話を聞くと紫苑らしき人物に手紙を渡すことができたようだ。
極夜の話では何か周りを警戒しているような素振りだったというので、すぐに側に行って力になれない自分の非力さを恨めしく思う。
極夜とこそこそと廊下で話していると天鼓に呼びつけられた。
「月天、分かってはいると思うけど無茶な真似だけはよしてくれよ。君は大事な跡取りなんだから」
天鼓は月天がこれからするであろう行動を知っているのか改めてくぎを刺す。
「黒丸はああ見えてキレると手に負えないんだ、今日は他の里の当主たちもいるから何とかなるだろうけど面倒はよしてくれよ」
天鼓はそう言うと夕刻から始まる襲名披露の宴まで鬼の里の町を見て来ると屋敷から出て行った。
◇◇◇
日が沈み始め夕刻に差し掛かると母屋から従者が来て宴の間まで案内される。
天鼓と披露宴が行われる大広間まで行くとそこには当主らと白と緋色の二色を使った礼服を纏った白桜の姿があった。
部屋には当主たち以外にも多くの妖たちがおり改めて次期当主の襲名というのがどれほど大切なことなのかと感じる。
席に着くと宴が始まり粛々と次期当主の襲名披露が行われた。
月天は白桜の襲名披露が正式に行われるとあたりの様子を見て席を外した。
席を立つときに天鼓にあまり遠くまで行かない様にと言われたがそんなこと知ったことか、紫苑さえここから連れ出せればあとはどうなろうとどうでもいいのだ。
昨晩、極夜に持たせた
糸を手繰っていくと当主の部屋を過ぎたあたりに術によって道が隠されていることに気づく。
特殊な札を使って術を見破るとそこには長い渡り廊下があり先にはこじんまりとした離れがあった。
渡り廊下を渡って離れに入るが誰の気配もなく無人のようで、月天の足音しか聞こえない。
極夜から紫苑らしき人物に会ったという庭におりてあたりを見回すが紫苑はおろか従者の姿すら見えない。
「……紫苑?ここにいないのか?」
小さめの声で紫苑の名を呼ぶが闇に吸い込まれていくばかりで返事はない。
庭から屋敷の中へ戻ろうとしたときに植木のところに何やら布が落ちていることに気づく。
(ッ!もしかしたら紫苑からの合図かもしれない)
布に包まれたそれを拾い上げて中を見るとそこには月の光に反射して輝くガラス細工のような美しい赤い曼殊沙華の花が一本包まれていた。
自分の手にある赤い曼殊沙華の花からは紫苑の妖力が強く感じられる。
赤い曼殊沙華の花言葉は「思うはあなた一人」というものが有名だが実は他にも「また会う日を楽しみに」というものもある。
二人の思い出の赤い曼殊沙華はくしくも二人を分かつ別れの花となってしまったのだ。
月天は紫苑が自力でこの屋敷から逃げ出したことを悟ると手辺り次第部屋を開け放ち誰もいないか確認する。
「紫苑!紫苑!いないのか?」
離れにある部屋をすべて見て回ったが紫苑はおろか誰もいない、このままでは紫苑と二度と会えないと思った月天は自分がここにいるとバレるのも厭わず大きな術を使う。
月天が使った術は妖狐の当主とその世継ぎにだけ受け継がれる秘術の内の1つ千里眼だ。
千里眼を使うには膨大な神通力を使うため気配を隠しながら紫苑を見つけるのは不可能だ。
千里眼の発動によって月天の周囲5キロ以内の者の様子が分かるようになる。
(きっと逃げるなら宴の中でも重要な時間帯を狙うはずだからまだそんなに遠くへは行ってないはず)
自分のいる近くを中心に気配を探ると屋敷の敷地を超えた塀の向こうにある山の頂上付近から紫苑と人間らしき者の気配を見つける。
(そうか!紫苑は母と二人でこの屋敷を逃げ出そうとしていたのか……だから私にこの花をおいて……)
紫苑が自分が来るのを待たずに一人で逃げ出したと最初は思ったが事情が分かれば、優しい紫苑らしいとさえ思う。
とにかく神通力を使ってしまった以上早く紫苑たちと会ってこの里を出なければ紫苑も紫苑の母も再びこの屋敷に閉じ込められてしまう。
月天は妖力を開放し獣化するとそこには白銀の毛と七つの尾を持った妖狐が現れる、妖狐は高く飛ぶと紫苑たちいる方へと向かったのだった
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