第13話 曼珠沙華

(月天視点)


紫苑をめぐって白桜とやりあってから数日後私は目覚めた。


目覚めた場所はいつもの暗くしけった蔵ではなく、調度品も整えられた母屋の一室だった。


目覚めるとまず今まで感じたことのないほどの強い妖力と神通力が自分の体の中にあるのが分かった。


そして驚いたのが今まで人間のようだと侮蔑されていた黒い瞳と黒い髪が白銀の髪と黄金の瞳へと変わっていたことだった。


白桜と対峙して死にかけた私は、紫苑の時渡りの力を使うことで時間を巻き戻して白桜の術を受けるそれよりも前の状態に戻してもらったのだ。


しかし、紫苑の時渡りの力も今までよりも大きく強大になりすぎていたため月天の中に流れる当主の血を遡って初代の当主の力まで月天の中で目覚めさせてしまったのだ。


寝具から身を起こし庭の方を見ると障子越しに天鼓が来たのが分かった。


「失礼するよ」


天鼓はそう言うとニコニコと上機嫌で月天のいる部屋へと入ってきた。


「具合はどうだい?その様子じゃ妖力も神通力も定着したようだね」


天鼓がやってきても表情一つ崩さない月天を見て天鼓は益々嬉しそうに月天の側へと近寄る。


「まさか先祖返りの力を得るとは夢にも思っていなかったよ!紫苑ちゃんには感謝しないとね」


喜々として語る天鼓を見て月天は初めて言葉をかける


「あれから紫苑はどうなりました?」


「あぁ……心配はいらないと思うよ、すぐに黒丸が迎えに来て白桜君が連れて帰ったからね」


「そうですか」


月天は白桜に抱かれてぐったりとしたままの紫苑の姿を思い出して唇を噛む。


その様子を見ていた天鼓は続けて話しかける


「月天、どうだろう先祖返りの力を得た今この妖狐の里の中で君は群を抜いた存在となった。今までのようにみすぼらしい蔵で隠れて住むよりこの天鼓の跡継ぎとして正式に因を結ばないか?」


それぞれの妖の里では当主の世継ぎとして正式に認められたものは当主との繋がりを深くする因を結ぶことになっている。



因を結ぶと眉間の間ほどの位置にそれぞれの一族の家印が刻まれそれは正式に当主として後を継ぐまで消えない。



天鼓の提案にピクリとも反応を返さない月天を見て天鼓は畳みかけるようにつげる。


「このままいけば間違いなく紫苑ちゃんは白桜君の妻としてあてがわれることになるだろうね。鬼の一族はあまり女鬼が生まれないし、紫苑ちゃんは半分は人間の血が流れているとは言うがその人間の母も神人だというじゃないか。見方によっては誰よりも神に近い血脈ともいえる。こんないい条件を持った娘を野放しにしておくほど黒丸も馬鹿じゃないだろう」


紫苑の名を出すと月天はその鋭い目で天鼓の方を見る


「まだ話は来ていないがそう遠くない内に白桜君の次期当主襲名披露が行われるはずだよ。もしかしたらその場で婚姻の発表もあってもおかしくない」


天鼓がそこまで言うと月天は怒りを含ませた瞳で天鼓をみて言う。


「お前は私に何をのぞむ?」


天鼓は月天の禍々しい雰囲気を感じると魅入られたよな恍惚とした表情で月天を見返す。


「私はただ、私の後を継いでこの妖狐の里を修めてくれればそれ以外何も求めないよ。鬼の少女を嫁に取ろうがこの屋敷の者を皆殺しにしようが好きにするといい」


「なぜそこまで世継ぎにこだわる?」


「この代り映えのしない里をもう一度昔のようにするには絶対的な力をもった当主が必要なんだよ。私のようなちっぽけな存在ではなく他の六つの里にも引けを取らないほどの強力な力を持った当主がね」


「……お前の世継ぎなってやる、そのかわり紫苑はこの里に連れてくる。もう誰にも傷つけさせない」


「もちろんいいとも!では早速正式に因を結んで各里に知らせなければ!」


天鼓はそう言うと嬉しそうに部屋を出て行った。


その後は異例の速さで天鼓と月天は世継ぎの印を結び正式に妖狐の里の跡継ぎとして周知されることとなる。


◇◇◇


月天が正式に天鼓の世継ぎとして認められると今までいた世継ぎ候補たちはすべて殺された。


世継ぎが決まればそのほかの子息たちは余計な争いを生む原因にしかならない、こういった面倒なこともすべてこれからは目を背けてはいられない。


世継ぎとして認められると周りの態度も変わりすべて一流のものが与えられた、妖術や神通力に関しても天鼓から直々に教わり妖狐の里にのに伝えられる秘術も習得した。


そんな新たな生活に慣れてきたころ鬼の屋敷より一通の手紙が届く。


手紙には白桜の次期当主襲名の披露宴を行うこととなったため出席の有無を確認したいというものだった。


天鼓が言った通りに事は動き出した、天鼓に一緒に行くか?と聞かれて月天はすぐに了承した。


鬼の里は鬼の一族以外の者を滅多に里の中に入れないことで知られている。


この好機を逃せば紫苑に会うことは難しくなるだろう、しかも白桜がいるとなれば一刻も早く鬼の里から離したい。


出立は三日後ということだったのでその間に紫苑をこの妖狐の里まで安全に連れてくるため念入りに用意することにした。



◇◇◇


鬼の里へ着くとそこは昼間であるにもかかわらずどこかどんよりと暗い雰囲気が漂っていた。


屋敷に着くと従者たちが客間へと案内する、客間で待っているとしばらくしてすらりとした細身で容姿の整った蒼紫いう男が迎えに来た。


蒼紫に案内され当主との面会の場へ着くとそこには他の六つの里の当主と世継ぎがおり、今まで感じたことのないピリピリとした雰囲気がそこにあった。


上の国にある七つの里は妖狐・鬼・天狗・蛇・妖猫・獅子そして現世の人の里の七つが存在している。


人間の里は正確に言うとこの上ノ国内にあるのではなく、上の国にある各里の神社の鳥居から繋がっているだけなので実際は六つ里と言える。


月天は天鼓後に続き部屋へと上がる、部屋に上がると白桜と一瞬目が合ったように思ったが次の瞬間にはもう白桜はこちらを見てはいなかった。


「へぇー天鼓もやっと世継ぎに恵まれたわけだ。これでどこの里も安泰だ」


張りつめた空気をものともせず陽気な声で声をかけてきたのは獅子の里の当主である九嵐様だった。


「白銀の髪に黄金の瞳とは初代の先祖返りという噂は本当のようですね」


抑揚のない単調な声色で話に続くのは蛇の里の当主の月夜見様だ。


他の当主の方々も興味深そうに月天のことを見るが鬼の当主の一声でその場は再び静まり返る。


「今日は息子、白桜のためにお集まりいただき感謝申し上げます。明日の夕刻に披露宴を予定しておりますのでそれまではどうぞごゆっくりお過ごしください」


鬼の当主は礼をとるとそれに続き白桜も頭を下げる。


「ここにはもう一人童がおったと思ったがもう一人はどうした?」


白桜と当主を見てそう告げたのは上ノ国の中でも一際高いお山に里を構える天狗の当主の夜摩様だ。


「そう言えば、白桜に似た童がいたような気がするなぁ~」


夜摩の問いかけにすかさず乗ったのは妖猫の里の当主である楽々様だ。


「まあまあ、皆さま今回は白桜君の襲名披露のために集まったのですからいいではないですか」


部屋に入ってから一言も発さずにいた天鼓が皆をとりなすようにいうと頃合いを見計らったように控えていた蒼紫が前に出る。


「では、ご当主様方の顔合わせはすみましたので客間の方へとご案内させていただきます」


蒼紫が手を二回たたくと廊下に数名の従者が現れご当主様たちの案内を申し出る。


ご当主様方は従者についてこの場を後にした、天鼓も後に続いて部屋を出ようとすると鬼の当主に呼び止められる。


「何を企んでいるか知らぬが、ここは鬼の里無用な騒ぎは起こさぬことだ」


鬼の当主は天鼓を見、続いて月天に視線を向けるとそう言って反対側の戸から出ていく。


鬼の当主に続いて部屋を出ていく際に白桜は誰にも気づかれぬような一瞬月天に鋭い殺気を放ち部屋を出て行った。

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