第12話 秘密2
翌朝はいつもどこか薄暗い鬼の里全体が嘘のように晴れ渡り明るさに満ち溢れていた。
昨晩は月天から手紙を受け取り、その後母が無事に帰ってきて計画通りに実行すると話があった。
母に月天のことを伝えようかと思ったが、これ以上母に心配はかけたくないと思い手紙のことは黙っていた。
(いよいよ今日でこの里ともお別れか……)
正直この里にも屋敷にもいい思い出などないけど、今まで自分の世界の中心だったこの場を離れるのは何とも言えない気持ちになる
紫苑は最後に白桜と月天にだけは何か残していこうと思っていた。
なんだかんだ言っても白桜は自分の兄として屋敷の者の中では1番紫苑を気にかけてくれた、月天は誰よりも紫苑のことを一番に想ってくれるせめて何か紫苑の気持ちを形にして残していきたい。
紫苑は悩んだ結果、自分の髪を依り代に妖力の結晶で花を作って置いていくことにした。
妖は力の強い者ほど髪に妖力が宿ると言われ、長く美しい髪は力の証でもある。
紫苑も当主の力を受け継いでいるため今まで髪を切ることは許されず伸ばし続けていたのだ。
長く伸びた白髪を母からもらった守り刀で肩くらいの長さまで切ると、髪を二房に分け術をかける。
一つは月天へ残す赤い曼殊沙華、もう一つは白桜に残す紅桜だ。
紫苑の妖力と神通力の一部を結晶化した花はどちらも光に当たると輝くガラス細工のように美しく出来上がった。
紫苑はそれぞれを布に包むと白桜への花は紫苑の自室にある机の上に、もう一つの月天への花は昨晩子狐が現れた庭の植木のところに置いていくことにした。
まだ夕刻まで時間があるためひとまず布に包んだ花は部屋の小物入れに入れておき、ここを出る際に持っていく護符や守り刀などを確認しておく。
こうして改めて自分の部屋を見返してみても本当に何もない。
普通であれば紫苑ほどの年齢だと玩具や着物など色とりどりの物で溢れかえっていてもおかしくはないのだが、この部屋には必要最低限の物以外何もない。
部屋を見渡してここであった色々なことを思い出してみるが大半は白桜や母と過ごした日々だった。
自室で物思いに耽っていると母がやってきた、母は短く切られた紫苑の髪を見るとひどく驚いた様子だったが理由を言えば安心したようだった。
「紫苑、あと数時間でこの屋敷の敷地を出て山にある神社まで行きます。神社に着いたら朱色の大鳥居が7つ連なっている場所があるからそこまで行き異界渡りを行います」
鬼の里には里を創り治めたと言われる初代の当主、鬼神様を祀った神社が裏山に建てられている。
その神社の奥に七つの大鳥居が並ぶ場所があり実はそここそが人の世とこの幽世をつなぐ場所でもあった。
「紫苑は私が術を編んでいる間に誰かこないか見張っていてね、万が一誰か来た場合は守りの護符を地に貼って足止めをしてちょうだい」
母はそう言うと少し大きめの護符を紫苑に手渡す。
この護符は何者から存在が見えなくなる守りの護符よ、最後の手段として大切に持っていてね。
母と今日この後にたどる道順を簡単に教えてもらい、出立の時に備えて目立たない色の服へと着替えその時を待った。
◇◇◇
日が暮れ始めて母屋の方からは様々な声や楽器が鳴り響くのが聞こえてくる。
どうやら襲名の披露宴が始まったらしい。
今日は珍しく朝から澄み渡るような明るい空模様だったため夕刻になってもまでほんのり明かるく屋敷を照らしている。
紫苑は小物入れに入れておいた白桜と月天への花を取り出すと決めておいた場所に置く。
二つとも置き終わり自室に戻るとしばらくして見たこともない巫女装束を纏った母がやってきて紫苑の手を引いた。
母は自分と紫苑に姿くらましの術をかけると少し早足に屋敷の裏庭へと出る。
ここまでは来る間に桜華殿に誰もおらず紫苑たちは計画通り順調に屋敷の敷地を出ることに成功した。
鬼の屋敷は高い塀に囲まれており何重にも結解張られているが事前に母が呪符を使い人一人通れるくらいのわずかな隙間を塀に開け逃げ道を用意してあった。
塀を潜り抜け裏山に入るとそこは夕刻だというのに明かりもさしこまずひんやりとしたそら恐ろしくなるような雰囲気を漂わせていた。
「紫苑、大丈夫よ。このままけもの道をたどると神社まで行けるからあと少し頑張って」
母は森の異様な雰囲気を感じ怯える紫苑の手を優しく握りしめ険しいけもの道を進む。
神社まではそこそこ距離があるようで時々休憩を入れつつ進むがなかなかたどり着かない。
日がとっぷり沈み辺りがより一層暗くなり始めたころになりようやく先に神社らしきものの影が見えた。
神社が見えると母はより足を早め紫苑の手を引き急いで鳥居をくぐる。
「ここまでくればほとんど成功したようなものね、紫苑護符と守り刀はちゃんとある?」
神社の鳥居をくぐると母は少し安心したようで表情を緩ませ紫苑に何も落としてきていないか確認する。
「大丈夫みたい、護符も守り刀もちゃんとあるよ!」
紫苑が懐から護符と守り刀を取り出すと母はそれを見て表情を強張らせた。
「ッ!紫苑、守り刀についていた赤水晶はどうしたの?」
紫苑の持たされていた守り刀には柄に赤い房と赤水晶の珠が飾りとしてつけられていた。しかし、今紫苑の手にある守り刀には赤い房も赤水晶もついておらず無機質な柄だけがある。
「え!本当だ……屋敷を出るときはついてたのに……」
紫苑が血相を変えてきた道を振り返るがすっかり日が暮れてしまった森の中はどこも暗く小さなものなど見つけることは難しい。
「紫苑、大丈夫よ。早く七つの鳥居の元まで行って異界渡りを行いましょう。念のためこの入り口の鳥居に一枚護符を貼ってちょうだい」
紫苑は母に言われた通り護符を一枚取り出すと今しがたくぐった神社の入り口の鳥居の目立たない場所に護符を貼った。
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