第47話 未来の行方

 ゴムボートは海岸に着くと、そこには男が二人居る。こちらからは、バッグを持った男が二人、車から降りてゴムボートに近づく。

 車からゴムボート側に行く方は車のライトが逆光になるので、人相は良く分からないから、相手は朴だと思っているだろう。

 その距離が5mとなった時だ。船から降りてきた男たちが何か言うが、ハングル語なので分からない。

「お前たちは、何者だ!」

 ミイが通訳する。

「……」

 それに対し、車から降りた男たちの方は何も言わない。例えハングルが話せる人が来てもアクセントとかあるので見破られるだろう。

 ゴムボートから降りた男二人が、拳銃を取り出した。

 車から降りた男も拳銃を取り出し、構える。

「拳銃を捨てろ」

 日本語で言うが、恐らく通じていないだろう。

「ミイ、撃ち合いになるかもしれない、向こうへ行って手助けしてくれ」

 俺の隣に居たミイがゴムボートと車の男の方に向かうが、ここからはちょっと距離がある。

「パンパン」

 ミイが着く前に銃撃戦になった。見ると、相手側の男たちは倒れている。

 しかし、それは沖合に停泊していた母船からも見えている。沖合の船のエンジン音が、こちらまで聞こえてきた。

「ミイ、あの漁船のスクリューを破壊出来るか?」

「分かりました。破壊します」

 ミイが海岸に到着すると、海に飛び込むとそのまま海中を進みだしたようだ。大きな船は走り始めると速いが、それまでには若干の時間がかかる。

「ボン」

 船の後方から水柱が上がった。ミイが船のスクリューを破壊したようだ。エンジン音は更に高くなるが、船は前に進まない。

 すると、沖合に居たさらに大きな船がライトを照らしつつ近づいて来る。その数3隻、恐らく海上保安庁の監視船だろう。

 すると、不審船の方から海上保安庁の船に対して銃撃してきた。これは普通の拳銃ではない。恐らくマシンガンか何かだろう。

「パンパンパンパンパン」

 すさまじい音が夜の海に響く。

 それに呼応するように、海上保安庁の船からは放水が行われるが、この水圧もかなりのものだ。水圧で船の方向さえ変わってしまう。

 ミイに乗組員を確保して貰うために、海上保安庁の船からの放水攻撃を一時中断して貰う。

 その頃には不審船の周りには海上保安庁の船が停泊し、強力なライトで不審船を照らしている。

 放水攻撃が納まったのを見て、俺がミイにスマホで指示を出す。

「ミイ、あの船の乗組員を確保するんだ」

 ミイが船に乗り込み、拳銃で撃って来る男たちを相手にするが、別の男たちはその船から小さな小型艇を出して、その小船に乗り込む。

 何人かはミイが対応したようだが、小型艇の男たちまでは対応出来ていない。

 銃撃が止むと、海上保安庁の船から小型のボートが出て、不審船の方に乗り込むようだ。

 しかし、不審船から降ろされた小型艇は岸の方に向かって来る。すると、待機していた刑事たちと機動隊員が一斉に躍り出た。小型艇は岸辺に乗り上げると、3人の男が出て来て、各々の方に向けて逃げ出す。

 それを刑事たちが追うが、男たちは拳銃を撃ちながら、逃げていく。しかし、その包囲網は徐々に狭まり、とうとう一人の逃げ場が無くなった。

 すると、その男は自らの頭を撃って自殺した。

 二人目の男も同様だ。周囲を囲まれ、最後には自殺した。しかし、最後に残った男は、彩芽たちが乗っている車の方に逃げた。

 それを見た俺や刑事たちが追い駆ける。

「彩芽、車をロックして直ぐにそこを離れるんだ」

 俺がスマホで指示するが、男が車の前に立つ方が早かった。男は車を見つけるとそのドアを開けようとする。しかし、ドアはロックされて開かない。

「문을 열어 라」

 男がハングルで何か叫んでいるが分からない。恐らく、ドアを開けろと叫んでいるのかもしれない。

 車の中では、彩芽と三倉巡査が拳銃を出している。

 男は車のドアを拳銃で撃つ。

「パンパン」

 車内からは彩芽が拳銃を取り出し、ドアの前に居る男に向かって銃口を向けた。

「パンパン」

 その瞬間、男の頭から血が噴き出し、車の車体を赤く染めた。

「キャー!」

 三倉巡査が叫んだ。そこに刑事と機動隊員が駆け寄るが、男は既に息はしていないだろう。

「彩芽、大丈夫か?」

 俺もその場所に来たが、車の側面は拳銃で撃たれた後と、ドアに付着した血痕の後が生々しい。

「あなた、日奈子が…!」

 彩芽に抱かれていた日奈子を見ると胸の所が赤く染まっている。

「日奈子!」

 日奈子はまだ息はあるが、そう長くない事が直感として分かった。

「日奈子!」

「日奈ちゃん」

 俺と彩芽が叫ぶ。ドアの所に彩芽が撃ったのとは別に一発弾が貫通した穴があった。恐らくこの弾が日奈子に当たったのだろう。

「パパ!」

 不審者を確保したミイが来た。

「ミイ、日奈子が、日奈子が、ミイ日奈子を助けてくれ」

 ミイは以前、森田刑事が撃たれた時に手術をして命を救った事がある。もしかして、ミイなら日奈子の命を救えるかもしれない。俺は、一途の望みを持ってミイに助けを求めた。

「私が救います。日奈子は私の妹なのです。私がどうにかします」

 ミイはそう言うと、姿を変えて、日奈子の傷口から体内に入って行く。

 すると、徐々に傷口が塞がっていく。

「おおっ!」

 周りに居た刑事や機動隊員も感嘆の声を上げる。

「ミイ、どうだ?日奈子は助かりそうか?」

「……」

 ミイは何も言わない。もしかしたら、体内の傷は思ったより深くて、その修復に時間を要しているのかもしれない。

 俺と彩芽は、日奈子の様子を祈るような気持ちで見ている。

「おぎゃーおぎゃー」

 どれくらいの時間が経ったのだろう。日奈子が泣き出した。

 その声に俺と彩芽は安堵する。

「日奈ちゃん、ごめんね。ママが、もっとしっかりしていれば良かったのに。ミイちゃん、本当にありがとう。

 ミイちゃんは、私たちの大事な家族よ」

「ポン、愛情1ポイントアップ」

 俺のスマホに、愛情ポイントのアップが表示された。

「ははは、ミイ、スマホで答えなくて良いから、日奈子から出てきてくれ」

「ポン、パパ、ママ、ミイが日奈ちゃんから出て行くと、日奈ちゃんの心臓が破れ、死んでしまいます。私は元の姿で、パパとママに会う事は出来なくなりました。

 でも、日奈ちゃんの中で、日奈ちゃんが死ぬまで、一緒にいます。これからは本当の娘としてパパとママに可愛がって貰います」

「な、何を言っているんだ。嘘だろう。さっさと外に出て来てくれ。そして、パパとママに姿を見せてくれ」

「パパ、それは無理です。でも、私は死んだ訳ではありません。これからは、荷電粒子融合体として、日奈ちゃんと一緒です」

 スマホには、ミイのメッセージが表示されていく。

「嘘でしょ、ねぇ、そうよね。ミイちゃん、嘘だと言って!」

 彩芽が半分泣きながら言う。

「ママ、今までありがとう。ミイはパパとママの子供として育てて貰って嬉しかったです。私は、嬉しいという事は分かりませんが、今のこれが嬉しい事だと理解出来ます。

 私はパパとママの子で良かった」

「ミイ」

「ミイちゃん」

「私は死んだ訳ではないので、これからはずっと日奈ちゃんと一緒です。だから、悲しまないで下さい。これからも、パパとママの子供で居ても良いですか?」

「何、言ってるの。当たり前でしょう。ううっ」

「彩芽の言う通りだ。これからもミイはパパの子供だ」

「ああ、日奈ちゃんが私を取り込んで行きます。これからは私は日奈ちゃんと一緒に生きます」

「ミイ!」

「ミイちゃん」

 スマホのメッセージはそれで終わった。

 彩芽は、スマホを抱き締めて泣いている。

 俺の目からも涙が出て来る。

「おぎゃーおぎゃー」

 日奈子は元気よく泣いている。日奈子は自分の身体の中にミイが入った事が分かっているのだろうか。大きくなったら、日奈子に今日の事を話して上げないといけないだろう。

 日奈子の中にはお姉さんが居て、そのお姉さんが日奈子を救ってくれたのだと。

「桂川くん」

 いつの間に来たのか、佐竹警視が俺たちの後ろに居た。

「話は聞いていた。あのミイちゃんが、その子を救ったんだな」

「ええ…」

 俺もそれだけ言うのが精一杯だ。

「桂川くん。私が日奈ちゃんを庇っていれば、こんな事には…」

「いや、三倉さんの責任じゃない。これは運が悪かっただけだし、そもそも、日奈子を連れて来た俺たちに責任がある」

「そうよ、三倉さんが責任を感じる事はないわ」

「桂川警視…」

「あなた、日奈子をお願い」

 俺は彩芽から日奈子を受け取った。すると、彩芽が車から出て来たが、フラついて車にもたれ掛かる。

 見ると、彩芽のスカートに傷があり、白い足から一筋の血の後がある。

「彩芽!怪我をしているのか?」

 俺の言葉で、後方に居た機動隊の服を着た人物が赤い十字が書かれたバッグを持って走って来る。

「すいません、失礼します。スカートを上げて貰って良いですか?」

 恐らく医療班だろう。彩芽がスカートを上げると、そこには弾が掠った跡があり、その傷口から血が出ている。

 医療班の男性は傷口を消毒すると止血剤を塗り、包帯で足を巻いて行く。

「恥ずかしい思いをさせて申し訳ありません。取り敢えず応急措置はしておきました。今晩は痛むと思いますが、帰りましたら、正式な医療機関で手当てをされる方が良いでしょう」

「ありがとうございます。帰ったら、ちゃんと手当をします」

「しかし、良く掠っただけで済んだと思います。もし、動脈か静脈を貫通していたら、足の1本は無くなっていたかもしれません」

「もしかしたら、わたしは日奈子に助けられたのかもしれないわね」

「そうだな。俺たちは日奈子に助けられ、ミイにも助けられ、子供に助けられているようじゃ、親としては失格だな」

「そうね、私たちはダメな親ね」

 そんな話をしていると、俺たちの周辺には更に沢山の車両が来て、現場を封鎖している。

「佐竹警視、これは…?」

「これから、鑑識が入る。銃痕とか薬莢とか採取するのさ。不審船だって、爆破したと言っても、証拠は何かしら出て来るだろう。

 もっとも、あっちの国にそれを言っても、知らんぷりするだけだろうが、国際的には非難されるだろうし、制裁だって更に厳しくなるだろう。いずれにしても、我々が出来るのはここまでだ。さて、帰ろうか」

 見ると、鑑識の車に変わって、機動隊の車はどんどん走り去って行く。刑事たちが乗って来た車も同様だ。

 俺たちの車を見ると、彩芽が座っていたシートの所に穴が開いている。恐らく、この穴の中には日奈子を貫通し、彩芽を傷つけた弾があるのだろう。

「ミイがいないから、帰りは俺が運転しよう」

「なら、助手席には私が座るわ。思えば、いつも助手席にはミイちゃんが座っていたから、あなたの隣に座るのは初めてね」

 日奈子は三倉巡査が抱いている。泣き疲れたのか、日奈子も今は眠ってしまっている。

 俺が運転する車は、石川県警に帰って来た。

 彩芽は緊急病院に行き、傷の手当をしたが、奇跡的に掠り傷で済んだようだ。しかも手当が早かったので、傷痕も残らないらしい。

 彩芽が手当をしている間、俺は日奈子にミルクをあげ、おしめを替えた。

 日奈子は今は俺の腕の中でぐっすりと寝ている。

 俺はその顔を見ていたが、ミイの顔とタブった。

「ミイ、ありがとう。ミイが居たから、彩芽と知り合えて、結婚して、そして日奈子も授かる事が出来た。

 ミイには何とお礼を言って良いか分からない。ミイ、今度は俺と彩芽の娘として生まれて来てくれ」

「ポン、愛情1万ポイントアップ!」

 スマホに愛情ポイントが表示された。

「えっ? ミイ、聞こえたのか?」

「勿論です。日奈ちゃんの中に居ても私は私です。ただ、声は出せないので、スマホへ表示するだけですが」

「もしかして、ネットワークを経由しての検索とかは、出来るのか?」

「勿論出来ます」

 すると、俺が持っているタブレットに麻薬の密輸の情報が表示される。

「え、ええっー? なら、今までのミイと違うのは?」

「音が出せませんので、スマホかPCを介してのコミュニケーションなら可能です」

「うっうっ、俺はてっきり、ミイと話が出来なくなると思ってた。良かった、これからもミイよろしくな」

「えっと、そこは違います。これからは日奈子です。日奈ちゃんと私は同一体ですから」

「ちょっと待て、それはお腹が空いたとか、おしめを替えて欲しいとかもスマホで分かるのか?」

「はい、可能です」

「なら、今、日奈子が何を考えているのかとか分かるか?」

「今は、寝ていますから。でも、夢を見ています。頼もしいパパと優しいママに抱かれて嬉しい感情でいっぱいです」

「そうか、そうか…。うっうっ」

 何故か涙が出て来る。

 そこに治療を終えた彩芽が治療室から出て来た。

「あら、どうしたの?」

 俺が泣いている姿を見て、彩芽が聞いてくる。俺はミイとの会話が残されたスマホを彩芽に見せた。

 彩芽の目が次第に大きくなっていったと思ったら、彩芽の目からも涙が落ちてきた。

「ミイちゃん…」

「ポン、ママ泣かないで。ミイは、これからもずっと一緒だよ」

「うっうっ」

 彩芽がスマホを抱き締めたまま、泣き出した。

「彩芽、行こうか」

 俺は日奈子を抱いて彩芽と三人、夜の病院を出た。月のない夜空には星だけが煌めいている。


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AIスピーカを買いました 東風 吹葉 @ikkuu_banri

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