終わりの先の君へ
*
あの頃と同様に、彼女は保健室のベッドの上に教科書の類を広げている。
住処を追われた
彼女の居場所はそこだけだ。
そしてそんな居場所に入ってこれる誰かも、自分以外には一人だけ。
「どうも、未来から来ました」
そう挨拶をすると、彼女は読んでいた教科書から顔をあげて目を丸くしていた。
そんな彼女に、軽く自己紹介。
そして簡単に、説明した。
未来には、過去に戻ることができるナニカがあるってこと。
そのナニカを使って、過去の自分に会いに来たってこと。
会いに来たのには理由があるってこと。
「こういうのって、顔を合わせても大丈夫なの?」
タイムパラドックスとか、そういうの。
と彼女は心配そうに私にたずねた。
我ながらちょっとずれた反応で、可笑しくて笑ってしまう。
「大丈夫だよ。そういうのがありきな時系列にすればいいんだもの」
最初からそれが必然だった未来になる。
未来が変わる。
そこに大した意味なんてない。
古い未来が消えて、新しい未来が再構築されるだけだ。
でもそこまで細かいことを彼女に話すつもりはなかった。
「それでね、お願いがあってきたの」
「なぁに?」
「彼に、自分の気持ちを伝えちゃだめ」
短いその言葉だけで、どういう意味か伝わっただろうか。
たぶん、伝わるはずだ。
「どうして?」
彼女は悲しい顔をしていた。
その気持ちが痛いほどわかるから、ついつい泣きそうになってしまうけれど、でも私は涙を堪えて答えた。
「彼が死んじゃうから」
ただ伝えたいこと、中学生の彼女にもわかる言葉で。
「幸せになれないから」
彼女は押し黙った。
それはそうだろうと、私も思う。
すでに彼女は、今日このあと顔を出す彼に、告白する言葉まで用意していたんだから。
いつも一緒にいてくれてありがとうって。
これからもずっと一緒にいてほしいって。
それを聞いた彼は、戸惑いながらも受け入れてくれる。
二人は幸せを手に入れる。
でもそれは、決して叶えてはいけない願いだと、私は知っている。
*
薄暗い高架下の空間で、私は彼女と二人きりだった。
「これはあなたにしか見えない端末」
手渡したのは旧式のガラパゴス携帯。
それは私と彼女にしか見えない。
変わり果ててしまった彼女は、私が思っていたよりもずっと繊細な人だった。
予想外のことがあって一人の人間を死なせてしまったと気づいたとき、きっと彼女の中で何かが変わってしまったんだと思う。
そんなことを引き起こしてしまった私は、罪深い人間だ。
「これが何よ……」
「やり直したいことがあるなら、これを使って」
だからこれは、せめてもの私の罪滅ぼしだった。
彼女の幸せを、今は心から祈っている。
*
白い壁に覆われたカウンセリング室で、私は彼女と二人っきりだった。
「これはあなたにしか見えない端末」
手渡したのは旧式のガラパゴス携帯。
それは私と彼女にしか見えない。
カウンセリングを受け続けても、彼女の容態は回復しなかった。
誰もが彼女を狂人だと罵った。彼女を正常だとは認めなかった。
それはまた別の、私の罪。
この端末は、そんな彼女へのせめてもの贈り物――
「納得するまで、ずっと持っていて」
「これであの人が戻ってくるんですか……?」
「それを決めるのは、たぶんあなた自身」
電話をかけてみればいい。
つながって、それから起こったことを咀嚼して、そして納得のいく結論にたどり着いてくれれば――。
彼女の幸せを、今は心から祈っている。
*
私は住み慣れた一軒家のリビングで、ゆりかご椅子に揺られている。
別に足腰が悪いわけじゃないけれど、何となくここから見える景色が好きなのだ。
庭先の、今はいない空っぽの犬小屋の寂しい感じとか。
日当たりが良くて暖かい西日の光とか。
何もかもが愛おしいんだ。
そしてなにより、そこからは一番、壁にかかった彼の写真が良く見える。
私に微笑んでいる、若いころの彼の遺影の写真だ。
それは、あの頃のままの笑顔を私に向けてくれる。
私って何者なんだろうってたまに考える。
今ここに、わずかでも存在できている自分は、何者なんだろう。
「終わったよタケルくん」
写真に向かって声を発した。
というより、時間切れというやつだ。
これから起こることには、多分責任はとれない。
「なかなか、誰かに迷惑かけずにってのは、難しいんだね……」
難しかった……。
最初に彼と結ばれるはずの過去をいじった。
ここで世界はAからBに再構築される。
するとBでは私が自殺してしまって、それだけならまだ良かったのだけれど、水戸瀬秋沙がその煽りを受けて不幸をたどることになってしまった。
だから彼女に過去に戻れる端末を渡したのだけれど、Bで幸せを得ていたはずの夕霧理が不幸をたどることになってしまった。
夕霧理にも端末を渡し、今に至る。
今となっては、これが正解なのかもよくわかんないや。
でも、少なくとも、今の私は何もかも終わったんだと思う。
六条タケルの妻をやってたちひろはこれでお終い
昔やったゲームで、こういうシーンがあった。
過去が変わって、そこにいる誰かが存在できない状態に陥った時
その人は、消える前にこう言うの。
心がバラバラになっちゃうって。
今の私はたぶん、そんな感じ。
きっとそのうち記憶は再構成されて、私じゃない誰かになるんだ。
それがたまらなく怖いけれど、それでも君が生きていける未来に私が存在できるなら――
これほど幸せなことはないよね?
FIN
元カノにフラれたと思ってたら、全部僕の勘違いだったの? 人間二(仮) @hainuwele4989
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