第24話 東へ
【前回までのあらすじ】
一五〇年余り前、突如始まった人類の存亡をかけた大戦争。
戦場で行方をくらませた姉を探すため、スオウ・アマミヤは天使との戦いに身を投じ、彼の「契約悪魔」アザゼルと共に戦いの日々を送っていた。
そんなある日、スオウたちのもとに「コンスタンティノープル陥落」の報せが舞い込んだ。要衝コンスタンティノープルを人類の手に取り戻すため、彼らは出撃を命じられたのである。
現地を管轄する第一師団の部隊と連携しながら進撃するスオウたちは、バルカン半島を抜けるため、本隊と別働隊による攻略作戦を実施するのであった――。
――――
大方の予想通り、ドナルド・マリアン中佐が率いる別働隊はそれほど時間をかけずにエディルネに到着し、それとほぼ同時に陣地を構築した。
「やはり残っている敵は少なかったですね」
ドナルドの近くにいた部隊の一人が言う。
「ああ、そうだな……本隊に連絡はできたか?」
「はい。多少の距離減衰はありますが、通信自体は問題ありません」
仮設天幕の下で地図などを広げ、現在の状況を整理しながらドナルドたちは言葉を交わしていた。
「わかった。向こうは今、どういう状況だ?」
「『現在プロブディフ近郊にて交戦中。そちらに余力があれば、エディルネ占領後に挟撃を頼みたい』、と」
尋ねられた兵士は第一遊撃大隊から伝えられた言葉をそのまま発する。
「プロブディフというと……
ドナルドは地図に目を落とし、バルカン半島に指を置いてそう言った。
「了解した。では、陣地構築が終わり次第二個中隊を以て西に戻ろう。残りの者はエディルネで待機し、東方の警戒だ」
ドナルドは各所に指示を出すと、出発の準備を始める。
その途中で通信機に手をかけ、誰に、という訳では無いが言葉を送った。
「……第二遊撃大隊から第一遊撃大隊へ、こちらドナルド・マリアン中佐。エディルネでの陣地構築が完了した後、すぐにそちらに向かう。もう少し待っていてほしい」
一方で、第一遊撃大隊。
「中佐、そろそろ限界です!」
「よし、後退だ。包囲の中に引き込むぞ!」
予定通りプロブディフ周辺を占領したあと、大隊長カイ・リートミュラー中佐は直属部隊の数班を連れて敵陣に突出していた。
敵集団の一部を引き付けて包囲し、各個撃破するためである。
「スオウ!」
「了解……ッ!」
カイが名前を叫ぶと、スオウは鍔迫り合いを演じていた天使を突き飛ばす。
「はっ……行くぞアザゼル!」
突き飛ばした天使を流れるように横一文字に切り捨てたあと、アザゼルの名前を呼びながら宿天武装の剣を真上に掲げた。
――よし、こっちだ間抜け共!
数秒間だけ、アザゼルが魔力の出力を上げる。
宿天武装からアザゼルの力が漏れ出すと同時に、聞こえるかどうかはともかくアザゼルが挑発するように声を上げた。
アザゼルの魔力に釣り出されたか、天使の集団の一部が離脱してスオウたちに向かってくる。
カイやスオウたちの今の任務は、他の部隊が構築した陣形の内側に天使の小集団を誘導することだ。
『……分断して殲滅しろ!』
第一師団第六遊撃大隊を率いるデアーク・エンドレ中佐の号令が、通信機を介して響く。
およそ戦略というものを持たないように見える天使たちは実際その通りであるようで、スオウたちの誘導にまんまと引っ掛かった集団はあっという間に包囲殲滅された。
「こうなってきたら、そろそろこちらから動いてもいい頃か」
デアークが呟く。
『そうですね……直接叩くなら、密度が小さくなった今がチャンスでしょう』
デアークが携帯する通信機から、彼の言葉に反応する声がした。
言うまでもなくカイであるが、彼の言葉通り、天使の集団は繰り返される誘い込みによって引き伸ばされたような形になっていた。
「だが、問題は数か……第二遊撃大隊が到着すれば、東西から押し潰せそうではあるが」
分断、包囲、殲滅。これを繰り返したとはいえ、未だ天使の残存数は少なくとも三千を超える。
二個大隊約九六〇人で突撃したとして、後に控えるコンスタンティノープル攻略戦のために兵力を温存できるかどうかはかなり微妙なところだ。
『マリアン……第二遊撃大隊からはもう少しで着くという連絡は受けています。多少何かがあっても壊滅することはないでしょう』
カイはそう言うと、一呼吸の間を置いてから再び口を開く。
『第一遊撃大隊は北側、第六遊撃大隊は南側から回り込んで敵集団の密度の低い箇所に突入。集団を分断して少しずつ殲滅する』
それは意見ではなく、作戦の現場指揮官としての命令であった。
「……エルヴィン、スオウ。俺たちを先頭にして突っ込むぞ!」
通信を終えたカイは、近くにいたスオウとエルヴィン・ボスマン軍曹に向かって言う。
「もう囮はよろしいので?」
エルヴィンがうなずきつつ尋ねる。
「ああ。もう大体こっちに釣れてるし、これ以上は何もしなくても
カイが自らが率いる小隊の面々に向かって叫ぶと、エルヴィンやスオウを始めとする隊員たちは一斉に返答した。
「はぁ……ッ!」
誰かが先陣を切って突撃すると、他の者もそれに釣られて動き出すものである。
カイ率いる第一機動遊撃小隊が先頭となり、第一遊撃大隊の統率のとれた――というよりも有機的な動きによる攻勢が始まった。
「第一、第四中隊が包囲、第三中隊が殲滅、第二中隊は射撃支援に回れ!」
接触した天使を相手しながら、カイは追加の指示を飛ばす。
大隊の各員が一斉に返答しながら、カイの指示を実行に移す。
スオウとアザゼルたちが引き寄せた天使たちの勢いは、目に見えて削がれていった。
二時間ほどで天使の数は半分にまで減少し、およそ大勢は決した。
加えてエディルネからの援軍が到着したことで、カイの目論見通り、天使の軍勢は東西から押しつぶされるように
「……天使が撤退を始めました!」
流石にもう耐えきれないと悟ったのか、天使たちが戦場から離脱し始めた。
「手が届く範囲の天使は逃がすな!……だが、まだ先は長い。あまり深追いはするなよ!」
ある兵士からの報告を受けたカイはすぐにそう指示を出す。
体力、魔力的な問題から、カイの指示がなくても大した追撃はできなかっただろう。彼らは後始末もそこそこに、一旦プロブディフに戻って小休止を取ることにした。
簡単に今後の打ち合わせをしたあと、別働隊から派遣されてきた二個中隊の面々は、消耗が比較的軽微なこともあり、本隊よりも先にエディルネに戻ることになった。
「
町の一角の建物の中で地図を広げ、予定を確認したデアークがカイに言う。
「まったくですね。しかし、せめてエディルネまで十分に移動できるだけのエネルギーは回復しておきたい。三時間ほどしたら出発しましょう」
カイの提案にデアークも肯くと、それぞれの部隊に次の指示を伝達するよう、側に控えていた兵士に伝えた。
その言葉通り、三時間の小休止を取った後、カイ達が率いる本隊はプロブディフを発った。
兵士の消耗を回復させつつ、周辺地域の掃討を行いながらの進軍となったため、エディルネまで一八〇キロメートルほどの道のりを進むのに宿天武装を使っても二日ほどかかってしまった。
「……マリアン!」
エディルネで待機していた別動隊を確認し、その指揮官であるドナルドを見つけたカイは、その名前を呼ぶ。
「ああ、リートミュラー。無事に到着できたんだな」
「まあなんとかな。消耗してはいるから、すぐに動くのは難しいが……」
およそ一週間ぶりに顔を合わせた二人は、互いの無事を確認し合った後、デアークも交えて改めて今後の予定について打合せを行うことにした。
「リートミュラー中佐も言っていたように、今の
先ほどのカイの言葉を受ける形で、デアークがそう提言する。
「しかしエンドレ中佐、既に予定から二日ほど遅れています。これ以上の遅延は状況を悪化させる一方でしょう」
ドナルドが反論した。
「……マルマラ地方にあれだけの大軍勢を配置していたのなら、コンスタンティノープル周辺はもっと酷いだろうな。ここから先は、予定通りのペースで進めるとは考えない方がいい」
ふと、カイが言う。ドナルドはそれに首肯して同意すると、再び前進を提言した。
「
「うむ、それは確かに一理ある。モタモタしていては、市内に残る民間人も危ないしな……リートミュラー中佐、現場指揮官は貴官だ。どうする?」
デアークはドナルドの言葉に同意すると、判断をカイに委ねる。
「……俺は、なるべく早くコンスタンティノープルに到達し、諸々のリソースを攻略戦に割きたいと思います。食糧も魔力も無限ではありませんから、足踏みをして
カイは一瞬の思考の後、そう決断を下した。
ドナルドとデアークの両人が、その判断に頷く。
「了解した。では、小休止の後、すぐにここを発てるよう準備に取り掛かろう」
デアークはそう言って、カイとドナルドに次の行動を促した。
天翼の抵抗者(レジスタンス) 鳴門悠 @Yu-Naruto-80
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