第23話 第二段階開始
翌朝。六時を前にして、カイやデアークたち二個大隊は作戦開始時刻に備えていた。
「カイ、客人だ」
午前五時半頃、突如、カイのもとに客が来ているという報告がクレメンテ・イラーリオ少佐から伝えられる。
「今か?……まあ、少しなら大丈夫か。通してくれ」
カイがクレメンテに返答した数分後に彼の前に現れたのは、二人の
「教会の人間が、『悪魔の手先』に何か?」
カイが皮肉を込めて尋ねると、老齢の聖職者が一歩前に出て、口を開く。
「……我々があなた方に頼み事をするというのは虫がいい話である上、受け入れがたいことでもあるというのは承知しています。ですが内々に、お願いしたいことがあるのです……
「……聞きましょう。ただし手短に」
老人の言葉に引っ掛かるものがあったカイは、時計を盗み見るように視線を動かしたあと、聖職者に話の続きを促した。
「感謝します。お願いしたいことというのは単純なことで……コンスタンティノープル総主教を探していただきたいのです」
コンスタンティノープル総主教。
聖ゲオルギウス大聖堂を所在地とするコンスタンティノープル総主教庁のトップにして、百年以上前に「国家」という枠組みがほとんど消滅したこの世界においては、実質的に周辺の正教会を統括する存在だ。
老人の話によると、コンスタンティノープル襲撃の日から消息を絶ったらしい。
「教会は教会で、人を派遣すればいいのでは?」
カイは応える。
「当然、連絡が取れなくなってからすぐに何人も向かわせましたが、連絡は未だ一切なく、誰一人として帰ってきてもおらんのです」
「確かに、それは妙な話だな……ここからあの街までなら、五、六日歩けば着けるはず」
カイたちがケルンを出発してから考えても、既に二週間近く経っている。襲撃直後に往復を考えてもそろそろ帰ってきていい頃であった。
少なくとも、総主教が無事か無事でないか、あるいは本人が無事かどうかぐらいの連絡はしても良いはずだ。
「……なるほど、それで我々ですか」
恐らく、老人とカイの想像が行き着いた所は同じであった――派遣された人間が
カイは老人の目を見ながらうなずくと、言葉を続けた。
「バチカンからの圧力にさらされているという点において、
その言葉に、老人は深い感謝の言葉を返す。
「……聖ゲオルギウス大聖堂とハギア・ソフィア大聖堂の図面です。お役立てください」
それと同時に、老人についてきていた若い聖職者が、そう言って二枚の紙をカイに渡した。
そしてカイがそれを受け取ると、二人の聖職者は人目を避けるようにそそくさと立ち去った。
「……よし、時間だな。スオウ」
それから数分もせずに、カイは時計を見ながら合図を出す。
「了解……アザゼル!」
スオウは彼の宿天武装を抜剣すると、アザゼルの力を解放する。
「リミッターを一段階
宿天武装を起動してすぐに、スオウは五段階ある武装のリミッターを一つ外し、アザゼルの力をより強く放出した。
「――総員、作戦開始!」
同時に、カイが二個大隊全員に指示を飛ばした。
「……アマミヤ。予定通り、まずは俺たちが先行するぞ」
作戦開始の号令からすぐに、エルヴィン・ボスマン軍曹が言う。
「はい……アザゼル、敵情はわかるか?」
――ああ、流石に勘づきやがったよ。近場からワラワラと寄ってきてる。
ひとまず半島内の敵の様子をアザゼルに尋ねると、アザゼルは余裕そうな声で返答する。
一同はそれぞれに悪魔から伝えられているようで、ボスマン班はお互いに頷き合うとすぐに、先陣を切って走り出した。
「やぁあ……ッ!」
「このっ……!」
目論見通りにスオウたちに引き寄せられた天使たちを
『各員、このままプロブディフまで前進し、天使を釘付けにして別働隊から引き離す!』
無線機からカイの指示が入った。
プロブディフはソフィアとエディルネのちょうど中間辺りに位置する都市で、宿天武装を使えば途中の戦闘を考慮しても三時間ほどで到着できる。
プロブディフ到着前後でエディルネ周辺にいる天使たちをできるだけ西方に引き付ければ、バルカン山脈を越えて南下する別働隊の進軍路が開けるのである。
「ボスマン班と
カイはすぐそばを走るエルヴィン・ボスマン軍曹に声をかけた。
「もちろんです」
エルヴィンの返答とともに、スオウたち班の面々もそれぞれうなずく。
「よし。それじゃあ悪いが、少し速度を上げるぞ」
カイはうなずき返すと、そう言って足を早めた。
一団は丘陵地帯を抜け、トラキア平原に足を踏み入れる。
「ッ……アザゼル、状況はどうだ?」
山を越え、一段と高い頻度と密度で迫ってくる天使に対応しつつ、スオウは呟くように尋ねた。
――……まあ、大体予定通りって所か。想定していたよりは
「なっ……⁉」
アザゼルが報告の最中に叫ぶ。
スオウも慌てて意識を戦場に戻し、アザゼルの言う通り後ろに振り向く。
――……危なかったな。
振り向いたスオウの視界の中には、アザゼルの障壁に阻まれて停止した二体の天使がいた。
実際、その天使たちが空中で止まっていた時間は一秒にも満たないが、ワンテンポの隙間ができたことによってスオウは落ち着きを取り戻し、冷静に対処できた。
「はっ!……ああ、ちょっと油断しすぎた」
天使をまとめて切り捨ててから、スオウは反省の言葉を口にする。
「……そろそろ別働隊が動き出す頃か」
そしてスオウは、ふと思い出したように時計を確認してそう呟き、遥か東の大地に視線を向けた。
ほぼ同時刻。
「……どうやら、作戦の経過は概ね良好のようだな」
別働隊である第二遊撃大隊を率いるドナルド・マリアン中佐が、索敵を行いながら呟く。
「中佐、そろそろ作戦開始時刻です」
直後、ドナルドにそう告げる声がした。
ドナルドはその声にうなずくと、通信機を手に取る。
「これより我々は、事前の作戦計画に従い、リートミュラーたちが開けた天使の間隙を縫ってエディルネに向かう。
そこでドナルドは一呼吸の間を置くと、もう一度息を吸ってから強い語気で言葉を発した。
「――総員、行動開始!」
別働隊の目標は単純で、エディルネの早期攻略とコンスタンティノープル方面の警戒・防御、及び西方の挟撃である。
カイたち本隊が天使を引き付けているおかげで、エディルネまでほぼ一直線に大きな空白地帯が生じていた。
「中佐! 先発隊がエディルネに到達したという報告が!」
ほとんど何もない平原を駆け抜けるのであれば、山越えを含めても三時間ほどで目的地に着ける。
「了解。現地の状況はどうなっている?」
「はっ……周辺に天使が残存しているものの、大きな脅威にはならないだろう、と」
報告を聞いたドナルドはうなずくと、すぐに次の言葉を発した。
「よし、ではこちらも急ごう」
先発隊とはそれほど離れていない。
ドナルドたちがエディルネに到着するまで、それほど時間はかからなかった。
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