眼球社会

山極 由磨

眼球社会

 朝起きると天井にへばりついている眼球と目が合った。

 白瑪瑙の球に翡翠をはめ込んだ様な実に綺麗な眼球。

 瞼とまつげまでセットになっていて、そいつがベッドの上で起きようか起きまいか逡巡する俺を見つめている。

 時間は朝の六時半。

 起きるか。

 視線を感じながらベッドから降り、洗面に行くと洗面台にへばりついている赤い瞳の眼球が俺を見つめる。

 見られながら顔を歯を磨く。そのまま洗面を出ようとすると眼球は半分瞼を閉じ俺を睨む。いわゆる『ジト目』って奴だ。

 何か忘れてる?

 あ、ひげ剃るの忘れてた。 

 慌てて髭を剃る。その様も眼球は凝視している。

 コーヒーを淹れ、昨日買っておいたクリームパンをそそくさと食べ、さぁ着替えるかと席を立つと、冷蔵庫にへばりつくサファイヤ色の瞳を持つ眼球が切なげに見つめて来た。

 ヨーグルトね、はいはい食べますよ。

 入れる物を入れたら出したくなったのでトイレに行く。

 天井から垂れ下がる琥珀色の瞳の眼球と目が合う。

 気にせず便座に座り用を足す。キッチリ流すまで俺を視線で追って来る。

 スーツに着替え、鞄とゴミ袋を持ち、部屋を出てエレベーターに乗ると上階の住人が乗り込んでいた。

 ファミリー棟に住む一家の娘。高校生と思うがヤケにスカートが短い。

 思わす目が行くと、籠の中の天井に引っ付いている灰色の瞳の眼球が俺を睨む。

 疑り深い奴だな、痴漢なんかしないよ。両手、塞がってるし。

 ゴミ庫にゴミ袋を投げ込むと、そこにも引っ付いてる黒い瞳の眼球が、俺の背後を睨んでる。

 振り向くと学生が生ゴミと一緒に大量のエナジードリンクの缶が入った袋を持ったまま見竦められていた。

 ゴミ出しのルールは守ろうぜ。

 地下鉄に乗ると、つり革と同じ間隔で天井から眼球が垂れ下がっている。そいつが車両の動きに合わせぶらぶら振れながら車内を見つめる。

 妊婦や老人が乗って来ると、眼球は一斉に座席に座る健康そうな若い奴を睨む。視線を避けるように彼らは席を立つ。

 地下鉄を降り、地上に出て通りを歩く。

 街灯、街路樹、信号、そこここに赤や緑や青や黒の瞳を持つ眼球がへばり付き、埋め込まれ、垂れ下がり道行く人や車を眺め、見つめ、睨み、凝視する。

 会社に着くとデスクの上の天井から垂れ下がる鳶色の瞳が俺を見る。隣の同僚のデスクにも、その隣の先輩のデスクにも、係長のデスクにも、課長のデスクにも、部長のデスクにも、その上の天井から眼球が垂れ下がり、デスクの主を見つめている。

 昼休み、社員食堂に行き、ビュッフェスタイルで料理を取る。白身魚のフライ、ご飯、味噌汁。席に戻ろうとすると、配膳代の上の眼球が俺を睨む。

 野菜も食えってか?わかったよ。と、サラダもお盆に乗せた。

 終業時間。タイムカードを押して会社を出る。帰りにスーパーに寄って今夜の夕飯を買う。

 弁当の棚で物色し、ハンバーグ弁当を手に取るが高いので牛カルビ丼にしようかと棚に戻すと、棚に引っ付いている黒い瞳の眼球が俺を睨む。

 一度手に取った物を戻すなって言うんだろ?わかったわかったわかりましたよ。

 そして、ハンバーグ弁当をかごに入れる。

 帰宅しシャワーを浴びる。浴室の天井、換気扇の横にへばりつく青い瞳の眼球が湯気の向こうから俺を眺める。特に腹の辺りに視線を感じ、思わず自分の腹を摘まむ。

 確かに太って来たかも?

 ハンバーグ弁当を温め、冷蔵庫から第三のビールを出し夕食を済ます。もう一缶飲もうと冷蔵庫の扉に手を掛けると、サファイヤ色の瞳と目が合った。

 とがめる様な眼差し。手を引っ込める。

 歯を磨き、ベッドに入る。天井にはあの緑色の瞳。じっと俺を見つめる。

 しばらく睨みあうが、向うは視線を外してこない。しかたなく目をつぶる。




 二十一世紀前半、世界中を襲ったウイルスのパンデミックは、人々の生活様式を一変させてしまった。

 経済活動の停滞により社会は混乱し、外出禁止の閉そく感で人心は荒廃、犯罪が急速に増加し人々の不安は感染の不安と相まって文明社会崩壊の危機さえ叫ばれるようになった。

 それを打開するには人々は生命、財産、自由の次に大切な物を差し出す必要に迫られた。

 プライバシーだ。

 経済活動を再開させ、行動の自由をまもるには、感染防止と治安維持の観点から個々人を完璧に監視する必要がある。しかし既存の監視システムには限界がある。

 その限界を突破したのはしたのは二つのテクノロジーの融合だった。

 一つはips細胞。この技術を応用し一個の生命として最低一年間は無補給で自活する眼球を生産する事が可能になった。

 その眼球には自活機能の他暗視機能や望遠機能まで付加され、高精度で安価で安定供給できる画像監視装置を人類は手にした。

 もう一つのテクノロジーは量子テレポート通信だ。これは量子もつれを応用し情報を瞬時に、いや発進と全く同時に先方に送る技術で、これによって何憶何十億という眼球から送られてくるデータを送り受け取り分析し評価することが可能になった。

 政府は眼球から送られてくる情報を活用する機関として『国民あんぜんあんしんセンター』を設立、最初は眼球の設置を税の低減などの様々な優遇処置とバーターで推し進め、やがて定着すると今度は義務化できる法案を国会に上程。文明社会崩壊寸前まで悪化した状況は反対の声を圧殺し、法案は実にあっさりと可決承認された。

 結果、色とりどりの眼球が街にあふれ、社会は恐ろしい勢いで改善した。

 路地の眼球はすりひったくり強制わいせつなどの路上犯罪を撲滅し、通りの眼球は交通事故や違反、交通犯罪を激減させ、家庭の眼球はVDや児童虐待を根絶し、職場の眼球はパワハラセクハラモラハラを消滅させ、学校の眼球はイジメや学級崩壊、教師の不祥事を一掃した。

 プライバシーを差し出すことで、社会は今までない平安を手にした。




 会社の飲み会の後、会社の先輩、目頭真菜子さんから突然二人だけの家飲みに誘われた。

 真菜子さんと言えば社内の野郎どもから羨望のまなざしを集める社内随一の美人。

 そんな彼女から誘われるとは男冥利に尽きるというもんでしょ?

 スタイル抜群のパンツスーツの後ろ姿についていくと、たどり着いたのは二階建てのアパート。

 スマートで洗練された真菜子さんのイメージとは天と地、砂金とドロほどもかけ離れた住まいだ。

 小首をかしげて案内されるまま部屋に入ると、壁や天井、家電や家具に張り付き垂れさがる無数の眼球からの視線の一斉射撃を喰らう。


「ちょっと待っててね」


 というなり真菜子さんはビジネストートからスプレー缶を取り出すと、室内目掛け中身を噴霧した。 

 しばらくすると、なんと、眼球たちは瞼を重たそうに閉じ始め仕舞には全ての眼球が瞳を閉じてしまった。


「一体何を、したんですか?」

「眼球共に眠ってもらったの。」

「ね、眠ってもらった!」


 俺の質問に答えず、真菜子さんはサッサと部屋に入り、さっさと浴室にはいり、さっさとジャージに着替えて現れた。


「とりあえず飲もう飲もう」


 と、冷蔵庫から缶ビール缶酎ハイ缶ハイボールワンカップを取り出し、コンビニ総菜やポテチやおかきを手早く並べ、俺に缶ビールを押し付けて。


「ハイハイ乾杯乾杯」


 言われるままに缶を開け、一口頂戴する。

 ふと気が付いた。誰の視線も無い。いつもなら酒を飲むたび冷蔵庫や天井の眼球共が俺を咎めるような視線を浴びせてくるのに。

 それが無い。


「どうよ、監視されないで飲むビールの味は?格別っしょ?」


 思わず。


「あ、はい」


 と答えてしまうが、思い直し。


「で、でもこれってヤバいんじゃ無いですか?『国民あんぜんあんしんセンター』から何かされませんか?」


 真菜子さんは一気に500mlの缶ビールを空けると次の缶に手を出して。


「大丈夫大丈夫!そもそも眼球が眠らされるなんて事態を国家は想定して無いもの、それにセンターには膨大なデータが毎日毎日24時間365日送られてくるのよ、ここ一軒くらいデータの送信が無くても単なるトラブルかなんかと思うわよ。あと、眼球を壊してもすぐ再生されるし、器物損壊で刑事告訴されるからマズイけど、眠らせるだけなら壊したわけじゃないから安心。それにね」


 そして二本目に口を付け、泡の鬚を引っ付けた真菜子さんは、そいつを舌を出してペロリと舐めとり。


「このスプレーがこの国中に拡散して、無数の目玉共が眠りに入れば社会は気付くはずよ。自分たち如何に大切なものを売り渡してしまったかと言う事を」


 真菜子さんは幾分頬を上気させていたけど、目は酔った風ではなく実に冴え冴えとしてた。


「あなたも、今飲んだビールを美味しいと感じたでしょ?人にはね、誰にも知られず誰にも見られず誰にも指図されない権利が産まれつき備わっているの。その権利を行使する事こそが人間が生きているって事よ。いまの社会は安全と安心のためにそれを売り渡した。取り戻したいと思わない?」

「でも、今の社会の平和ってあの目玉に見守られているから維持されているんでしょ?」

「見守られていると取るか?監視されていると取るか?でも、誰かに見てもらえないと平和を維持できないいなんてどうよ?って思うけど」

 

 言い返せなくなった。いや、そのつもり失せていた。今こうして誰の視線も感じず居る事の気分良さが身に染みて来た。


「良かったらコレ、つかってみない?会社の何人かにも進めてるんだけど、因みに男性社員はあなたが最初よ」


 缶ビールと缶チューハイの間に置かれたそれは、あの眼球を眠らせるスプレー。


「この眼球社会に対する抵抗組織が製造して配布してるものよ。因みにさっきも言ったけど眼球を眠らせる行為は違法じゃないからこのスプレーの所持も違法じゃないわ。ねぇ、使ってみる?ハマるわよ」


 まるで新しい健康食品を進めるみたいな口調の真菜子さん。思わず手に取り自分の鞄にしまった。




 翌日。会社から帰り自分の部屋に戻ると、何時もの通り何十本もの視線が俺を射抜いて来た。

 昨日からこっち、この視線が不快で不快でたまらない。職場でも電車の中でも街中でもあの眼球共から視線が注がれる度に悪寒が走り身が委縮し憂鬱に襲われる。

 公の場所では我慢してきたが、もう限界、よしこいつを試してやろう。

 鞄からスプレー缶を出し、部屋中に撒く。

 しばらくすると・・・・・・。

 眼球共が瞼を閉じ始め、やがて全部眠りこけてしまった。やった。ついにやってしまった。

 この後トイレや風呂場やクローゼットの眼球も眠らせると、まず風呂に入る。

 考えて見りゃ風呂を四六時中覗かれてたわけだ、こっちの方が異常だ。そりゃ浴室やトイレでの突然死が多いかもしれないが眼球は要らんでしょ眼球は。

 続いて晩飯、とんかつ弁当を食べつつ第三のビールを飲む。飲み足りないもう一個行ってみよう。

 冷蔵庫の扉に手を掛けるが、いつもならとがめる視線を投げて来るサファイヤ色の瞳はすっかり瞼の下だ。好きにやらせてもらうぜ。

 二個目の缶を空け、三個目も飲み干し、まだ足らないので缶チューハイを弁当と一緒に買って来た唐揚げを摘まみに飲む。

 スーパーでは唐揚げをかごに入れた時は総菜棚の茶色い瞳の眼球に驚いたよな目で見られたが、ここでは誰も見て来ない。

 俺の金で買い俺が食うんだ。それで太ろうが脂肪肝になろうが血圧が上がろうが俺の勝手だ。

 なに?それで病気に成れば保険使うんだろ?だと?ウルセェ!それも元はというと俺の金だ!

 さすがに第三のビールと三缶と缶チューハイ一缶を飲むと酔って来た。きょうはこのまま寝ちゃおうぜ、無眼球生活万歳だ。




 その後、俺は真菜子さんから例のスプレー缶を何個か入手し、会社の同僚や学生時代の友人連中に配り、無眼球生活を布教することにした。

 こんな楽しい事を独り占めにするって勿体なさすぎでしょ?

 みんな最初は俺みたいにすこし抵抗感があったみたいだが、試してみるとこれも俺同様、次第に監視されない暮しがクセになり、中には会社や公共の場所でのトイレなんかで使う猛者も現れた。

 そりゃそうだ。排便してるところを人様に凝視されて喜ぶやつなんざぁ筋金入りの変態だ。

 今までの暮らしの方が異常だったんだ。

 そうして布教活動を続けている内に、俺の部屋には反眼球社会組織からダース単位でスプレー缶が届くようになり、俺自身も熱心な活動家に成っていった。

 誰にも見られず排便し入浴し酒を飲むささやかな自由を取り戻そう。




 ある日の休日。組織から届いたスプレー缶の段ボールを開封し、頼まれてたヤツ向けに仕分けしていると、つけっぱなしにしていたテレビ(これも以前はテレビに埋め込まれた空色の瞳の眼球が、観ていないことを察知すると睨みつけて来てたんだが)がニュースをやり始めたんで目が行くと、そこに見慣れた人の写真が映し出されていた。

 真菜子さんだ。

 アナウンサーは無表情にニュース原稿を読み上げる。


「昨夜、午後十時三十分ごろ、・・・区・・・町・・・丁目のアパート『太平荘』の住人から『隣の部屋から女性の悲鳴が聞こえる』との百十番通報があり、駆け付けた警察官が部屋に入ったところ、この部屋の住人で会社員の目頭真菜子さん三十歳が居間で倒れており、救急車で病院に搬送されましたが死亡が確認されました。警察の調べによりますと首にはロープで絞められた跡があり、室内も物色されていたことから強盗殺人とみて・・・署に捜査本部を設置し捜査を開始しております。また、目頭さんの部屋の眼球は何らかの薬剤によりすべて活動が停止しており、警察では事件との関連性を調べています」


 眼球が活動していなかったのは、強盗のせいじゃない、真菜子さんが自分でやってたんだ。

 俺はスプレー缶を握りしめたままテレビのモニターを凝視していた。

 もし、真菜子さんがあのスプレーを使って居なければ、強盗の侵入はすぐさま『国民あんぜんあんしんセンター』が察知し、警察官が駆け付け、真菜子さんは殺されずに済んだはずだ。

 でも、そうは成らなかった。真菜子さんは誰に見守られる事のないまま強盗の手によって無残に殺されてしまった。

 残酷な言い方をすれば、自業自得だ。

 俺はスプレーを全部段ボール箱に戻すと、さっき眠らせた眼球たちを起こそうとおもい、天井にへばりついている翡翠の瞳のヤツを箒でつついたり、冷蔵庫のサファイヤ色の瞳のヤツに水を掛けたりして見たが、目覚める気配はない。このスプレーには十二時間の効能があるのだ。

 いてもたってもいられず、見守ってくれる視線がある街に出ようと玄関口に立った時、突然外からドアノブが回された。 

 施錠してあるからドアは開かない。鍵がかかっていることを確かめてるんだ。でも誰だ?

 ドアスコープを恐る恐る覗くと、外には黒い目出し帽をかぶった三人の人影。

 強盗!?

 スマホを取りに部屋の中に戻ったその時、掛けていたはずの鍵がなぜか開錠されドアが開かれた。

 土足のまま中になだれ込む覆面姿の三人組、俺は手当たり次第に物を投げ追い払おうとするが奴等は器用にすべて除け、瞬く間に俺を取り押さえた。

 悲鳴を上げる前に素早くさるぐつわを噛まされ、頭から黒い袋を被せられる。それと同時に右肩に針を撃ち込まれたような鋭い痛みが走る。

 注射を打たれた!?

 俺は意識を失った。




 目が覚めると、俺は病院の手術室の様な場所に寝かされていた。

 体は完全に台に固定され身動きできない。首だけ動かし辺りを見ると、白い防護服にマスク姿の男が一人。


「おはよう、気分は如何かな?と、聞きたいところだけど、口がきけないから返事のしようがないよねごめんごめん」

 

 そう言って、そいつは俺の傍までくる。


「眼球を眠らせる。じつによく考えたねぇ、潰すわけじゃないから器物破損には問えないし、眼球の設置を拒むことは違法だけど、一時的に活動を停止させる方法が編み出されるとは法は想定していなかったから、君らのやった事には違法性は無い。私たち『国民あんぜんあんしんセンター』としては打つ手なし、お手上げだよ。合法的には、ね」


 と、ここで言葉を切り、奴は俺の目の前に自分の顔を近づけ。


「だからうちも法の外で対処することにした。まず、目頭真菜子、彼女には強盗に殺されたことにして、眼球の必要性を世間に再認識させる材料にさせてもらった。君の失踪もそう言う宣伝材料に使わせてもらうよ。眼球に見守られてさえいれば、あの人も心を病まずに失踪なんかしなくて済んだ。とね。いまあちこちで眼球を眠らせた者達が不幸な目に遭っているころだろう。昔はこんなんだったんだよ。人々は誰にも見守られず、誰にも注目されず、何人にも見とがめられず、体や心を壊し災難に遭い悪事を働いてたんだよ」


 お、俺はこれからどうなるんだ?


「さて、君らの処遇だけどね、まず女性についてはこの世から消えてもらう事にした。別に女性差別じゃないよ、再利用の仕方がないからね。女性の体は皮下脂肪が多いから、アレ《・・》を定着させることが難しいらしいんだ」


 手術室の中に男と同じ防護服を着た奴等が入って来た。

 連中は俺の寝かされている台を何やら操作すると、モーターの唸る音と共に台は起き上がり、俺も立っている状態にされた。

 その時、手術室の窓に俺の姿が映り込むはずだが、そこには『人』の姿は無かった。

 全身くまなく色とりどりの瞳を持つ眼球が埋め込まれた人型のバケモノ。

 頭顔面首両腕両手胸腹両腿両足、そこここに翡翠サファイヤルビー瑪瑙琥珀黒真珠等々、実に美しい瞳を持つ眼球たちが埋め込まれせわしなく瞬きをしている。


「男性はその点、眼球が定着しやすくて、植え付け育てる苗床としては最高らしくてね、今回の事件で捕まえた男連中はみんな君の様に眼球の畑になってもらったよ、今は皮膚組織が人間に近い豚を使っているんだが、質は断然人間由来の眼球の方が良くてね。これからは犯罪者なんかをどんどん苗床にしていこうという方針だ」


 手術室から運ばれていこうとする俺に向かって男は言った。


「これから君は残りの人生死ぬまで社会の安心安全を守る資源を供給し続けてくことになる。実に素晴らしい社会貢献じゃないか。まさに生きるインフラだよ」


 暗くて長い廊下を俺は運ばれてゆく。

 体にある内、二つだけの自分の目で流れてゆくあたりの景色を眺める。

 あ、ここには眼球が無いな。



 END

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眼球社会 山極 由磨 @yuumayamagiwa

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