捨て猫

*みなみちゃんの夜*


 ミャー。


 あれ、なんだ? なんか動いてる。げっ! 子猫? うそーん。ちっちゃい。かわいい。こんな寒いとこに捨てられて。死ぬぞ。


 ムサシくんだったら拾ってたよね。捨て猫、捨て犬、あげくはケガした鳩とか……。いろいろ拾ってたなぁ。里親探すの大変だった。夜中にミルクあげるの手伝ったり、動物病院の費用カンパしたりもしたな。


 急に思い出しちゃったな。捨て猫みたから。今ごろは奥さんと交代で、新生児の面倒とかみてんのかな。オムツ変えも、家事も、奥さんのお世話も、黙々とやってそうだな。そういうタイプだよね。いい人ぶらないんだよ。


 もさっとしてダサくて、カッコつけない人だった。モテるフリとか、頭いいフリとか、忙しいフリとかしないから、一緒にいてみんなホッとすんだよね。


 ミャー。


 ムサシくん、私のこと、ちょっと好きだったよね。私、当時モテてたし。こっちから告白するもんかと思って、いろいろがんばったな。


 好きじゃないフリ。会わなくても平気なフリ。他の男の影チラつかせたりして。こっちからいろいろきっかけ作ってあげてたのに、ぜんぜん進展しなくて。


「さすがにムサシはありえないでしょ。」とか言われて、「まっさかー。ないない。」とか言ってるの、聞かれたのがまずかったね。


 あー……。イタい、イタい、イタい。当時の自分、いったーい。いや、今もあんまり変わらないのか。好き。会いたい。寂しい。て直球で言えない。それ、言ったら最後、みたいな気がしない? 楽勝とか思われたら嫌だ。ウザいとか思われたら死亡する。なんか泣きたくなってきた。


 ミャー。


 鳴いてる鳴いてる。いやいやいや。ウチ、ペット禁止だし。今日もう遅いし。明日プレゼンあるのにまだ資料完成してないし。っていうか、今死ぬほど忙しくて猫飼ってるヒマないんだって。


 ごめん。ほんっとごめん。きっと誰か他の人が拾ってくれるよ。私、無理だから。ごめんね。行きます。達者でねー!



 ぜー、はー、ぜー、はー。久しぶりに走った。苦しい。足痛い。パンプス、早く脱ぎたい。


 ミャー。


 まだいる。やっぱ、誰も引き取らなかったか。ああ、死ぬほどめんどくさい。早く家に帰ってお風呂入って寝たい。プレゼンの資料も終わらせないとダメだし。朝イチで動物病院連れてっても、会社に間に合わないよね。 


 ミャー。


 わかった。わかった。連れて行きますよ。明日になったら、会社の人に事情を話して協力してもらおう。経理の小松さんとか、いろいろ助けてくれそう。なんとかなるでしょ。よし、とりあえずお前は連れて行こう。


 ミャー。


 うん、そうだね。やっぱり、今の彼とは別れる。にゃーん。




*ムサシくんの夜*


 オギャー。オギャー。


 はーい。はい。はい。起きましたよ。はい、起きましたー。ミルクはもう作って冷蔵庫に閉まってあるのです。お父さん、エラい? レンジで15秒、チン。このくらいでオッケー? はい、オッケーでーす。


 オギャー。オギャー。


 はい。はい。わかっておりますよ。ミルクの準備は整っております、お姫様。ん? うげ、もしかしてウンチですか? おしめさま? どっちが先? やっぱオムツだよなぁ。


 オギャー。オギャー。オギャー。


 うん、わかっている。君がハングリーなのは承知の助。そんな「もう3日も何も食べてないんです。」みたいな泣き方はやめてくれ。3時間前にミルクあげたよね? はい、オムツかえ、しゅーりょー。きれいになりまちたねぇ。はい、ミルクミルク。


 え? いや、そこは。うん、そこらへんが俺の乳首です。間違ってないよ。間違ってないけど、間違ってるんだなー。服の上からそこ吸っても何もでませんよ。服脱いでも出ないけどね。はい、こっちですよ。ほら、哺乳瓶の乳首吸ってください。はい、それでオッケーでーす。


 お母さんはね、病院に舞い戻りました。胎盤の一部がちょっと残ってたらしいです。明日には退院だってさ。姫、どうでもいいって感じだね。すごい勢いで飲んでるね。


 あー、なんか思い出すね。子猫にミルクをこうやって飲ませたな。ヒトも猫もあんまり変わらんなぁ。あの、ほら、みなみちゃん。みなみちゃんと一緒にやったことがあったね。子猫を一度に6匹くらい拾ったとき。あれは死ぬかと思った。俺の姫が1匹で助かった。


 みなみちゃん、お人好しで、気い使いーだったなぁ。いつも明るくて、がんばり屋さんの人気者で。子猫が1匹死んだとき、ボロボロ泣いてたなー。あれかわいかったなー。うん、かわいかった。みなみちゃん、今ごろどうしてんだろうな。お人好しだからな。またどっかで泣いてたりしてな。彼氏と一緒かな。はは。


 好きだったなぁ。さわりてぇーって思ってたけど、あのころの俺には無理だった。キモって思われるの確実だったから。隠キャの童貞だったからな。みなみちゃん、俺にはハードル高すぎた。頭ん中では、そりゃあもう、いろいろと……。ふっ。情けねぇ……。


 大人はけっこう子どもだってこと、俺は知らなかった。結婚して、子どもができて、住宅ローン払うようになっても、あの頃とあんま中身は変わってねぇ。千賀子はだいぶ変わったけど。


 俺みたいのが、いっちょまえにパパになって、いいんでしょうか。ミラクルだ。千賀子と姫が、世界で一番大切で、どうしようってくらい恵まれてんだけど。「すみません、間違えました。」て逃げたくなるのって、それ絶対ダメだよねー。はは。


 めちゃくちゃ大事なものをどっかに置いてきて、もう二度と取り戻せないような気がするのは、なんでだろうな。


 お。姫が寝た? ミルクで酔っ払って寝落ち? よっしゃ。そーっと。そーっと。起きるなよー。よーし。よーし。


 ………………。


 お、いけた? いけたか? グッジョブ、俺?


 オギャー。オギャー。


 わわわ。わかった。わかった。みなまで言うな。よしよし。あ、ついでにゲップさせとこ。


 ガフー。


 姫、お見事! さて、添い寝しましょうかね。俺も眠いからね。はいはい。よしよし。いや、そこ、乳首。間違ってないんだけどさ。なんかね、おしい。さ、はやく寝なさい。俺も寝たいんだって。いやん、もう、かーわいーな。はい、おやすみー。


(了)




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「かぎ・遠距離恋愛・昼間の月・捨て猫・洗う」

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大人の純愛 短編集 かしこまりこ @onestory

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