本音の気持ち

雨世界

1 私の気持ちをあなたに伝えたいんです。

 本音の気持ち


 登場人物


 野中本音 高校生 十六歳 稲穂の親友


 里山稲穂 高校生 十六歳 本音の親友

  

 プロローグ


 ……私らしく生きる。


 本編


 私の気持ちをあなたに伝えたいんです。


 私とあなたが出会ったのは偶然なのかもしれない。

 でも、あなたと私が離れ離れになってしまったことは、……偶然じゃない。

 私はあの日、あなたの手を離してしまったことを後悔している。

 だから今度こそ、絶対にあなたの手を離さない。


「ごめん、稲穂がどこにいるか知ってる?」

 汗だくになって放課後の高校の中を走り回っている(本当は校舎の中を走ってはいけないのだけど)野中本音は隣の教室である里山稲穂の友達にそう聞いた。

「知らない、あ、でもさっき廊下で見かけたって、誰かいってたような気がする。稲穂泣いてたって」と稲穂の友達はいった。

「ありがとう」

 そう言って本音は教室をあとにした。

「本音!」

 教室から顔だけを出して稲穂の友達が言った。

「なに!」

「頑張って!!」

 にっこりと笑って、稲穂の友達は本音に言った。


 でもそれから学校の廊下を探したのだけど、稲穂の姿はどこにも見つからなかった。

 図書室にも、食堂にも、体育館にも、稲穂はどこにもいなかった。

 ……稲穂。どこにいるの? 稲穂。

 本音は息を切らせながら、走る。

 でも、どこにも稲穂は見つからなかった。


 それから、走り続けた本音の頭の中にふと『ある場所の風景』が思い浮かんだ。

 屋上。

 あの日、二人だけで会話をした、あの場所。

 あの場所に、稲穂はいる。


 そう確信した本音は廊下を走り階段を最上階である屋上のドアがある場所まで一気に駆け上がった。

「こら!! 野中!! 廊下を走るんじゃない!! 小学生じゃないんだぞ!!」

 途中で生徒指導の怖い脇谷先生の怒った声が聞こえた。

「すみません!!」

 そう答えながらも、本音は走る足を止めなかった。


 本音はドアを開けて学校の屋上に出た。

 本音と稲穂の通っている都会の真ん中にある都立武蔵野高等学校の屋上にはベンチとバスケットボールができるゴールとボールがあって、それから生徒たちが学校の屋上から落ちないようにしっかりととても高い黄緑色をした大きなフェンスがあった。


「稲穂!!」

 屋上に飛び込むようにして出てきた本音は黄緑色のフェンスのそばに立っている里中稲穂の後ろ姿を見て、(一目でそれが稲穂であると野中本音にはわかった)大きな声でそういった。


「本音? どうしたの? そんなに慌てて」

 いきなり大きな声で自分の名前お呼ばれてびっくりした表情をしながら、後ろを振り返った稲穂は本音を見てそういった。

「はぁ、はぁ」

 と息を整えながら本音はゆっくりと稲穂のいるところまで歩いていく。

 

 ……怖い。

 心臓がすごくどきどきしている。

 稲穂の顔。いつもみたいにちゃんと見れない。(稲穂は私のこと、ちゃんと見てくれているみたいだけど)

 足が震える。

 帰りたい。

 ……言葉にしたくない。

 

 稲穂。

 稲穂お願い。

 ……臆病で卑怯者の弱い私に、あなたの強い勇気を少しだけわけてください。


 そんなことをにっこりと笑った笑顔の後ろで考えながら、本音は稲穂の前にたった。

 自分の意思でこのとき、この瞬間、このタイミングで、この場所に、稲穂のいるところまで、本音はたどり着くことができた。

「どうしたの、本音」

 いつものように、本当に優しい顔で笑って稲穂はいった。 

 そんないつもと全然変わらない稲穂を見て、本音はちょっとだけフライングして、泣きそうになった。


「稲穂」本音は言う。

「うん。なに?」本音を見て稲穂は言う。

 学校の屋上に二人以外の人影はない。

 この場所には今、本音と稲穂。

 二人だけしか、存在していない。


「稲穂。あのね……」

 涙目の本音はそう言うと、それからずっということのできなかった自分の本当の気持ちを、大好きな親友の里山稲穂に告白した。


 その本音の本当の気持ちを聞いて、稲穂は目を丸くして、とても驚いた顔をした。


 それから少しして、夕焼け色の染まる都立武蔵野高等学校の屋上から二人の姿は消えていた。

 二人は今、武蔵野高等学校の正門のところにいる。

  

 しっかりと仲直りをした、お揃いの泣きはらした赤い目をした二人は、仲良く手をつないで、二人で一緒に、いつものように自分たちの家に向かって同じ歩幅で、同じペースで歩き始めていた。


 ……ばいばい。またね。

 

 本音の気持ち 終わり

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