2.針重 隅子(はりしげ すみこ)
「ごめん、道が混んでて」
「言い訳はいいから。そんなの聞きたくないし。それがどれだけ周りの迷惑になるか意味分かってんの?」
「だから事前に連絡もしただろ」
「そういうことも想定しないで、動いていることが信じられないって言ってるの」
「まあまあ、そのくらいで。今日は久しぶりに会ったんだし、楽しもうよ」
金崎が助け舟を出してきた。
言い訳なんてみっともない。だいたい健斗は昔からこうだった。学生の頃から変わってないなんて、なんて子供なんだろう。金崎ももうちょっと強く言えばいいのに。
「だいたい、久しぶりに会おうってなったのに遅れるってこと自体がおかしいのよ」
「そういう言い方なくない?」
「ああ、敬子はいつもそうだったね。コロコロ男変えて媚び売ってさ」
「はい、ストップ。そこまで。ひとまず乾杯しよっか」
敬子は私のことを睨みつけているけど、これっぽっちも怖くない。だって、私は本当のことを言っただけだし。
「翔馬は?」
「仕事が長引いてるから、遅くなるってさ」
「大変なんだね。早く来れるといいのに」
「出たよ、翔馬翔馬って、変わってないんだね」
「は? 一緒に頑張った仲間なんだから、気にして当然でしょ」
「まあまあ」
慣れた様子で、金崎が割って入る。
間もなく飲み物が人数分運ばれ、適当に飲み会は始まった。イタリアンバル風の、雰囲気のいい店だ。
「ところで、今年の学祭、行った?」
「行ったけど、全然運営なってなかったよ」
「俺仕事で行けなかったんだよね」
「あんなん行かなくて正解」
「その代ごとにカラーってあるからね」
「それにしてもひどすぎたよ、あれは」
学祭実行委員が縁で付き合うようになった面々だから、自然とこの話になる。
「やっぱうちらの代の方がすごいって。あの学祭を超えるのは、そうそうできないんじゃないかな」
「たまたまセレモニーの年に当たったのも大きかったよね」
「予算も桁違いだったしな」
「お金より、アイディアや組織作りのことを言ってるの、私は」
「まあ、翔馬あっての学祭だったよな」
金崎が懐かしそうに目を細めて思い出している。
「そうそう、翔馬がいなかったらあそこまで大きくできなかったよね」
「組織の輪を乱す人ばっかりだったもんね」
「どいつもこいつも責任をわかってなさすぎて、叱って回るの大変だったんだから」
「そのせいで泣いた子とか、辞める子も多かったよね」
「泣けば済む話じゃないでしょう。あれだけの大きなことをやるんだから。敬子は何が言いたいの?」
「べっつにー」
そっぽを向いて、カシスオレンジなんかを飲んでいる敬子。ああいう男に媚びた甘ったるい酒が、敬子は大好きだった。
面と向かって文句を言う度胸もないくせに、噛みついて来ないで欲しい。鬱陶しい。
「その話、隣の大学の奴にまで言われたことあるわ。外にも漏れるとか、かなり恥ずかしい話だよな」
健斗が話しに乗ってきた。
「何が?」
「いや、だから、関係のない小さくてどうでもいいこととか、自分が気に入らないことに理不尽に怒り倒すって有名だったんだって。大学の外でも噂されるとか、俺だったら恥ずかしくていられないね」
そう言ってにやりとこちらを向いてくる。私のことだ、と言いたいのか。
「へえ~。健斗は私のことだって言いたいのね? 私は違うわよ。ちゃんと理由があって、それを伝えていただけ」
「その理由がどうでもいいことだって言ってんのに、分かんないかなぁ」
低い声で敬子が呟いたのが聞き取れた。カチンときて、言い返そうと思ったら金崎が先に声を上げた。
「あ、翔馬!」
サッとその視線の先に目を向けると、その人、翔馬は疲れた様子もなく爽やかにこちらへ歩み寄ってくるところだった。
「よ、みんな久しぶり。元気してた?」
「遅いじゃんか~。ビールでいい?」
「翔馬、待ってたんだよ~」
「仕事大変だね、お疲れ様」
口々に翔馬へ話しかける。ソファ席、私の隣は空いていたけど、金崎の隣に座るところが翔馬らしい。いつだって、女は眼中にないその姿勢が好感が持てる。
「元気そうで何よりだよ。あの頃みたいで、ちょっと面白いね」
そう言いながらネクタイを緩める姿が、どうしてこんなにサマになるのだろうか。
「さっきまで、隅子と翔馬の話してたんだよ」
「俺の話?」
「そう、隅子は未だに翔馬が大好きなんだって」
翔馬にベタベタと触りながら、敬子が話しかけていた。
目の前のお酒やピザをもくもくと食べていた私は、突然話題を振られて思いっきりむせてしまった。
「ちょ、は? なに」
「隠せてると思ってたの? バレバレだし。男に媚び売るのはバカらしいとか言っておきながら、隅子は翔馬しか見えてないもんね~。だいたい学生の時からずっとそうだった。卒業してからも変わんないとか、まじ大人になれよって感じ。一回フラれてるんだし。そういうところ、私、大っ嫌い」
「おい、敬子」
金崎が慌てた様子で止めに入るが、吐き出された言葉はもう私の耳に届いていた。
「あんたのせいで人は辞めるし、翔馬は苦労するしでホント大変だったんだから。いつか言ってやろうと思ってた。自分は正しいことしてるつもりとか言うのはどの口が言うの? あんたが居なくなれば、万事解決だった」
吐き捨てるように敬子がとめどなく言葉を発していく。
「男に媚びるだけしか能がないのは変わってないね。今だって翔馬が来たからでしょ? そういう後ろ盾がないと言いたいことも言えないなんて可哀想ね。それともなに? チヤホヤしてくれる男たちを私が辞めさせたことを未だに根に持ってるの? 時間が止まってるのはどっち?」
「やめろよ」
翔馬が間に入ったので、私は黙った。
「そのために、今日は隅子を呼んだのか? 文句言うためだけに? バカじゃないの?」
翔馬が私を庇ってくれている。それだけで、私は敬子のことなんて忘れられそうだった。
「そんな時間、勿体ないだろ。わざわざ、俺だって会いたくもない」
……え? 翔馬は今、なんて言ったんだろう。
「そういうわけだから、隅子、帰ってくれないか。お金はいいから」
「あ、うん」
アルコールを急に飲みすぎたかな。思考が上手くハマらない。翔馬はなんて言ったんだろう。どうも頭に入って来ない。
けれど、とにかく翔馬の望む女であるためにはこの場を去るのが賢明だと判断して「それじゃ」と店をあとにした。
そうだ。翔馬はあの場を上手く収めるために、わざと私を悪者に仕立てたんだ。私は嫌われることは慣れているし、好きでもない人から嫌われることをどうとも思わない。翔馬を悪者にするわけにはいかないもんね。私を悪者にすることだって、きっと翔馬は申し訳ないと思っているはず。そういう優しい彼だから。
なんだ、そういうことか。今夜はみんなと飲んでいるだろうし、あとで連絡だけ入れておこう。なんにも変わってない翔馬にホッとする。あの頃から、翔馬はそうだった。私だけに見せる険しい顔も、冷たい言動も、全部愛情の裏返しだって私は分かってるから、大丈夫だよ。
重箱の隅をつつく風紀委員にしたくない度 ★★★★★
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