あなたの近くに居ませんか?
あるむ
1.足蛇 無粋(あしだ ぶすい)
「ウワバミだって、言われない?」
そう話しかけたら、キョトンとした顔でこちらを見ていた。大学生なのに、そのくらいの教養もないのだろうか。
「ウワバミ?」
「そう、大酒飲みのことさ。君は、さっきから何度もサワーをおかわりしてる。女の子はそんなに酒を飲まない方がカワイイと思うし、大学生ならウワバミの意味くらい知ってた方が良いよ」
「え、あー…、そう、ですね」
彼女はごにょごにょとそう言うと席を立ち、友人とお手洗いへ行ってしまった。
きっと、自分の教養のなさと、女性らしくない振る舞いを指摘されたことが恥ずかしかったんだろう。ちょっと可哀想かなと思うけど、誰も言ってあげないなら俺が言うしかない。
誰も指摘しないことを本人に伝えること。それは時々、損な役回りだなと思う。思うが実のところ、そういう自分も気に入ってたりする。誰も言わないということは、誰も気づいていないということなのだから、俺が言ってあげるしかないんだ。
「じゃ、二次会どうする?」
「まだ時間も早いし、カラオケとかどう?」
会計を済ませながら、次の提案を男性陣があれこれ提案していく。
「ジャズ喫茶なんかいいんじゃない? 良質の音楽を聴きながら、いい時間が過ごせると思うけど」
居酒屋の喧騒は頭痛がする。こんな場所より、落ち着いて話せる喫茶店の方がいいに決まってる。が、俺の話は威勢のいい店員の掛け声でかき消されたのか、届いてはいないようだった。
「ごめんなさい、ちょっと用事を思い出したのでここで」
「明日早いの忘れてて」
「実習の準備しなくちゃいけなくて」
女の子たちは口々にわけを話して、帰ると言う。店前で、幹事の蕪木が必死に引き留めるも、彼女たちの決心は変わらないようだった。
「ごめんね~。俺たち、イケメンすぎて耐性がないと、長時間一緒にいるのしんどいって言われるんだよね」
「お…気遣い、ありがとうございます」
引きつった笑顔で女の子たちの一人に言われてしまった。ほんのジョークのつもりだったんだが、まさか結構本気でイケメンに見えていたんだろうか。
答えた彼女の陰にウワバミの女の子がいたので、声をかけた。
「キツイこと、言っちゃってごめんね。連絡先、交換しよっか?」
「は? ……あー、イケメンの連絡先もらっても、緊張しちゃうんでダイジョーブですぅ」
少し酔っているのか、語尾が伸びていてかわいらしいなと思った。
「電車の時間なんで」
そう言って、女の子たちは足早に駆けて行ってしまった。あんまり遅くまで飲み歩かせるのも、貞操観念にかかわることだし、まぁ仕方のないことだろう。
振り向くと蕪木に高瀬が詰め寄って文句を言っているようだ。女の子たちが消えた方を指差し、何やらごちゃごちゃと言っているらしい。喧嘩は面倒だ。面倒事は嫌いだ。
「おい、お前!」
どうしたもんかなと眺めていたら、高瀬の矛先が俺に向いたようだ。
「なんなん? ずっと女の子たちの神経逆撫でするようなことばっか言って。頭沸いてんの?」
「失礼だな君は。俺がいつ、そういうこと言ったって言うのさ」
「ずっとだよ、ずーっと! 君にはその色は似合わないとか、居酒屋に慣れている女はみっともないとか、ファッションセンスがなってないとか、そりゃ気分悪くなるに決まってんだろ」
「俺は誰も教えてあげないのが可哀想だと思って、親切心で言っただけだろ。それに、そのことを彼女たちも気にしているようだったし、ちゃんと伝えられて良かったと思ってるよ」
「やめろ、落ち着け」
間に蕪木が入ってきた。俺は落ち着いている。酒のせいで意味の分からないことを言っているのは、高瀬の方じゃないか。
「蕪木、なんで今日こんな奴誘ったの? 日本語通じなくて怖ぇんだけど」
「どうしても一人足らなくて、ごめん。こんなに空気が読めない奴だとは、俺も思わなかった」
日本語が通じない? 空気が読めない? 聞き捨てならないな。
「俺がいつ、日本語通じなかったのさ? むしろ、空気はめちゃくちゃ読んでたと思うけど。誰も言わないことをちゃんと気を遣って伝えてただろう?」
まるで新品のスニーカーに鳥の糞を落とされた時くらいのうんざりした顔で、高瀬がこっちを見た。
「もういい。お前、嫌いだわ」
「よく知りもしない相手のことを、好きだの嫌いだの言う方が無粋ですよ」
「足蛇、いいから黙ってて」
「帰るわ」
高瀬はその友人二人と、連れ立って眩いネオンの街へと消えていった。
その後ろ姿をたっぷり見送った後、蕪木は深々とため息をついた。
「幹事、そんなに疲れたか? 嫌なら断ればいいのに」
「……足蛇、なんでお前はそうなの?」
二歳か三歳くらい老けた蕪木が俺を見てゲンナリしている。
「そう、って何が? 俺はいつも通りの俺だけど」
「いや、もういいわ。疲れた」
一体どういうことだろう? やっぱり思ったことは口に出さないと伝わらないな。蕪木が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。
「どうしたんだ? 言ってくれなきゃ分からないだろう」
「じゃあ、言うけどさ」
蕪木は俺を斜めに見ながら言った。
「誰も言わないことを言う俺かっけー!って、足蛇は思ってるのかもしれないけど、それ、すごく余計なことだから。わざわざ言わなくてもいい、いや言う必要のないことをさも得意気になって足蛇は言ってて、正直、めちゃくちゃサムイ。そんでめちゃくちゃイタイし、イライラするんだよね、見てて」
「親切心で教えてあげてるだけで、別に得意気とか」
「ほら、それも。教えて『あげてる』って、すごく上から目線だよね。基本的に周りのこと、全員下に見てるでしょ。そういうの伝わるよね、話してて。暗黙の了解とか、今更説明する必要もないものとか、わざわざ言う必要なくない? あとは俺こんなん知ってるっていうマウントとか、まじでいらないよね」
蕪木が話す一言一言が、悪意に満ちていて俺に対してすごく失礼だ。本人はそのことに気がついているんだろうか。
「そういうのさ、教えてくれる友達とかいなかったわけ? あー、その言動を昔からしてたら嫌われるのがオチだから友達なんていないか。可哀想に。あ、俺、今足蛇の真似して、親切心で教えてあげてるんだからね? そこんとこちゃんと分かってよね」
俺はこんなに人を傷つけるような言い方なんてしないし、もっと慈愛とユーモアに溢れている。
「今日の合コン、足蛇のせいで台無しだわ。もう二度と誘わないから。あと、もう俺に話しかけなくていいから。俺も話したくないし」
言うだけ言うと、蕪木は背中を向けて歩いて行ってしまった。
いつも俺のノートを丸写しの分際で、何を偉そうに。最初に蕪木と話したのだって、教科書を忘れたとかで俺に見せて欲しいと向こうが頼んで来たんじゃないか。
人に話し方や性格をどうこう言う前に、まずは自分の学校生活を正してから言って欲しいものだ。まさか蕪木があんな奴だとは、俺も思いもしなかった。
どうも俺は人を見る目が足りないな。あんなに失礼な奴を友達だと思って、仲良くしていたなんて。全く時間の無駄だった。蕪木に使った時間とお金はどのくらいあっただろう。
また探すしかないか。今までも、友達だと思ってたのに最後はああいうふうに失礼極まりない暴言を吐いて去っていく。今度はちゃんと俺の話を聞いてくれる人を見つけなくちゃな。俺は俺のままでいいんだから。
蛇足で無粋な男度 ★★★★★
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