夏の想いで。

- 夏の想いで。 -


 先日、強姦魔ごうかんまつかまった。最後の被害者は未遂で終わった。


 被害者とあまり交友のなかった筈の同級生が、加害者として友人が関与している事を知り、止めに殴り込んで最終的には常習犯逮捕に至った。


 だが犯人の外傷が酷く、その同級生は功績と暴行の罪を相殺して、夏休みの間保護観察処分となった。


 被害者は廻堂望叶かいどうまどか

 同級生は氷柱芽射つららめい


 2人とも女性である。


 これはそうして夏休みを

 共に過ごすことになった2人のとある一日。


 ──


「めい…ちゃん。」

「…?」

「私…まだ怖いの…だから…少し一緒に…」


 先日の強姦未遂の恐怖を訴えながら、無意識なのか上目遣いをするマドカに対して、断りを告げる気は、一切と起きなかった。


 どんな要件であろうと受け止めたいとすら思う。


「……うんっ」

「はあ!っと、え、じゃあ…少しだけ…めいちゃんの…」

「の…?」

「お、おふ…布団で…」

「布団で…?」

「っ…」


 一瞬メイの了解で舞い上がったものの、

 そこからはどうもはばかられるようで、

 唇の場所まで出てこない、出せないようだ。

 どうも言葉が引きこもりそうになる。


「っ、あ…あたしの布団は…敷布団しきぶとんだから…硬い…かもよ?ほ、ほらあたしのむ」「だ大丈夫!私いつも本の上に寝てるから!!」

「フォン!?」

「えええとね!!私めいちゃんと寝たいっ!

 っ…の…」

「っ!」

「……」


 妙な勢いに乗せて言えてしまった。


「う、うん、じゃあ一緒に…寝よっか!!」


 ………


 2人はめいの部屋で敷布団を出し、

 枕も2つあったためそれを置いてひとつの敷布団に仰向けになって、一緒に横になる。


 ミーンミンミンミンミンミンミン


 夏場、風を取り入れるために開けた窓から微かに蝉の音が聞こえるが、何故だかその2人にはそのような音は届かなかった。

 一夏限りの生命が奏でる音よりも


 自分の体から鳴り響く音だけで、精一杯だ。


 だが、辛い時間ではなく、

 少しずつ噛み締めたくなるような甘い時間。



 噛み締めて、2分程経った。



 友であった、最近親しくなった両者が

 共に互いをおもっているからこそ、

 静かにささやかに経った時間。


「ねぇ、めいちゃん。」


「…うん。」


「私って気持ち悪いかな。」


 突然とつぜん唐突とうとつ動揺どうようしてしまうような質問。


 マドカが言葉を発する度、喉の奥で何かを我慢しているような音が聞こえる。


 瞳に更なる光沢が浮かぶ。


「え…?」

「いきなり、ごめんなさい。」


「私…なんかが…ごめんなさい…」

「そんなことないよ。」


 自身の返事に並ぶようにメイは徐に起き上がる。


「望叶ちゃん…ちょっと…起きて。」

「……」


 言葉に従うように、

恐れと憂いを孕んでマドカも起き上がる。



 メイはマドカを抱きしめる。

 既に正座になっていたメイと、足がメイから見て右側に流れているマドカ。



「気持ち悪い人を、毎日部屋に上げてずっと話したりしないよ。」

「……」

「気持ち悪いのはカイドウちゃ、さんを傷つけた奴らだよ……あいつらは何回死んでも足りない、足りないんだよ。でもあなたは…貴方は、自分のことをそんなふうに思わないでよ!!」

「うっ…うんっ。」



 抱きしめる力により一層力が入る。



 ドキっとした、その感情が、言葉が、力が、どういう発せられ方をされたのか、受け取ればいいのか分からない。



 でも、高々会って1ヶ月にも満たない自分に、ここまでの感情を移してくれる人なんていただろうか。


 …


 やっぱり、この人が私の唯一の人だ。


 こんな時も何処か冷静に好意を、愛を頭の中で扱ってしまう自分が憎いけれど。


「ズッッありがとう…」


 無意識に鼻が鳴ってしまう。

 声も震えてしまう。


「貴方は…気持ち悪くなんかない。

 優しい子。そしてすっごく可愛いよ。」

「めいちゃんの…うこそ、凄い可愛くて、おかしいくらいに、優しい子…」


 マドカも小さい手で、メイの背中に腕をせる。

 この2人は、同年代であるが、同時に相思相愛の親子のようでもあった。


「か、かかわいいだなんてそんなこと…」


 段々と和んでくるというか、

 馴染んでくる、身体からだに染み込んでくる互いの温もり。



 だが、ずっと変わらず互いの鼓動は止まずに鳴っている。

 その心音に心地良さを覚える。


 ……


「っ、気持ち悪いと思っている人を、抱きしめたりしないよ。」

「……!」

「あ、あたしもいきなり抱きしめちゃってあたしの方こ」「嬉しい」「そ……っ」「ありがとう」


 ……


 マドカは、横に流していた足を立たせる。


「めいちゃん…少し…立って。」

「っこのまま?」

「うん。」


 メイも察していたのだろうか、返事が早い。


 せーのっ


 立ち上がると自分の体の震えが凄まじいことに気づく。まるで綱渡りをしているような感覚。


 抱き合いながら立ってみると、改めて母子のような身長差を痛感する。


 これ以上無く切望していた状態なのに。

 何処か悲しくて、残念。


 マドカの促しで2人は口数少なく立ち位置を変え、最終的にメイの後頭部方面に枕があるような状態になった。


 マドカがメイを強く押す。

「んぇ!?マドカさ──?」


 体幹の強いメイでも、流石に自分よりも遥かに小柄で華奢な相手からの不意打ちで倒れてしまう。



 結果、メイはマドカに押し倒されたのだった。



 マドカはメイが自分の下敷きになっていたんで仕舞わないように、果実を潰さないようにと


 布団に膝を着いて、腰は据えていないものの馬乗り気味になって、メイよりも高い位置にいた。



 お互いの

 小刻みに震える四肢、緊張で漂う汗の匂い

 未知で共鳴する鼓動、荒々しく湧い出る衝動

 どうしようもなく込み上げてくる呼吸

 その全てが愛おしくて、いくら品を欠いてでも貪り尽くしたくなるほどに欲しい。



「めいちゃんが、欲しい。よ……」

「……?」


 泣き震えている声。

 まるで願い事をしているかのような。



 メイにとってその声は、蝉の声よりも

 辿々しく途切れそうで、

 狂おしいほど愛苦しくて、

 勝手に哀れんでしまいそうで、

 それでも必死に響いていて。


「……わた…」


 マドカはその声の続きに人生の、生き甲斐の

 全てを賭けているかのように、声を殺す。


「しも、あなたが欲しい。」


 様々なことを考えながら口を突いてふと出たような言の葉。


 しもがキモと聞こえそうで、名前を呼んでもらえなかったのが悔しくて、嬉しいはずなのに、この上ない劣情になってしまいそう。


 出来るならば全ての記憶を、全ての自分を何度も殺してでもこの瞬間をただただ体験したい。


 我儘だと自分を諌める余裕はない。


 貴女が、女の子じゃなかったらよかったのに。


 もっと力強く、自身のことだけを考えて自己中心的に自分を貪って欲しいだなんて、自分で自分を卑下してしまいそうな感情が浮かぶ。


 貴女が私を肯定してくれる分、

 否定してくれない分だけ、

 初めて私は自己嫌悪出来る。




「メイち……ゃん。」




 でも貴女が女の子じゃなければ、こんな感情は生まれなかった。




 マドカは上半身をかがめて、

 メイに近ずいていく。




 貴女が女の子でなかったのなら、

 命懸けで、決死で、必死に、

 貴女の子を産みたかったけれど。


 そんな矛盾していて馬鹿馬鹿しくてよく分からない思い上がった感情。


 天井に頭をぶつけてしまいそうな程の気持ちも、青天井の中では風船のようにひたすら上に上がっていく。つことも無く舞い上がる。



 マドカが唇を重ねようとした時、

 メイは横顔を向けた。



 マドカの唇はメイの右頬に触れる。



「っ…かいど」「っ……ごめんねっ」「っ」

「いきなり……折角優しくしてくれたのに、私なんか勘違いして……ほんと」「違う」


「違うよ、違うの……そうじゃないの……

 嫌だった訳じゃない。…の。

 ずっとあたしでいいのかって……」


「今ここで受け止めたら、貴女の傷に漬け込んでるみたいでさ、利用してるみたいでさ、」



 怖かったのだ、恐ろしかったのだ、自分が彼女の傷跡に落ちる塩にでもなってしまいそうで。



 ……



「やめてよ!!」「っ、」「私の事なんて漬け込んでも利用してもいいの!!あなたになら……」



「メイになら何でもいい!!あいつが、あ…いつらがやったみたいなことでもなんでも!!」



「貴方にならされたいの!!殴られたって首を絞められたって爪を剥がれたって殺されたって!!!!!」



 マドカはメイの耳元で叫びつける。


 それ以上

 自分の言葉を、聞かせたくないかのように。

 メイの声を聞きたくないかのように。



「だから……私を掴んでよ、握り潰してよ…」


「……かぃ…マドカさ………」


「私を欲しいって言ってくれたなら……さ」



 2人は体制を、姿勢を変えずにいた。



 マドカの目から直ぐに落ちてくる雨が、

 自分の顔をなぞって、くすぐったくて冷たくて、生暖かくて。

 痛いほどに、しょっぱい。



 なのにまるで甘い物かのようにまた欲しくなる。どんなものよりも味わいたい。



 そして、たまに自分の目のところにまで流れてきて、落下と同時に自分の涙に流される。




 ……




 暫くして、2人は静かに

 仰向けになっているメイと、

 それに馬乗りになっているマドカに戻る。


 塩から過ぎて、砂糖をいくら入れていても

 気が不味い。




 ……また、私は死ぬのだろうか。

 このあとこの子に

 話の種にされて、茶化されて、

 私の何も知らないヒトに、

 笑われてしまうのだろうか。

 驚かれて気持ち悪がられてまるで見世物のように物珍しそうに小さい子は性欲が強いだなんて話題に流れていくのだろうか。


 この人に限ってそんなことするはずないと思っているのに、分かっているつもりでいたいのに、勘ぐってしまって、それを許すからと縋りそうになる自分を殺したい。

殺しておきたかった。


 もういい、どうでもいい、この人に、この人の友人にどう思われたっていい。


 私の前でだけ、私の耳に入らないようにだけ、入っても気づかないように……


 貴女が私を可愛いと言ってくれるならば、

 いくら目に入れても痛くないように、

 取りつくろってくれるのなら、

 いつわってくれるのなら、

 何時いつまでも私は生きていける。




 太陽が蛍光灯に変わるだけ。

 光の中に、合間に、陰りがあって闇があったっていい。


 唯一無二の太陽ですら影を作ってしまうのだから、仕方の無いことだ。

 きっと替えは利いてしまうのだろう。




 急に芽射メイは上体を起こし、

 そのまま望叶マドカを、再び腕ごと抱きしめる。



「……!」

「ごめんね……マドカ。」



「……あたしで……いいの?」



「ばか……」

「っ……?」


「ば…か!!ッ本当に馬鹿!!貴女がいいの!!」


「ヒクッあなたじゃなきヒッゃ…嫌なの!!!」


 しゃくりを上げながら、必死に好意を、

伝える。


「……ありがとう。」


 この言葉に続く言葉で、私の好意きもちなんて受け流されてしまうのだろうか。


「私も好き…!!愛してる、ずっと、

 貴女のことだけを見てる、マドカ。」


 そんな不安は瞬きで。

 まるで賭けに勝ったような気分だった。

 それほどまでの勢いで意表を突かれたような、

 欲している返事が、来た。


「……」


 無言ながらに、表情が変わっていく。

 マドカの頭は丁度メイの胸部あたりにあり、


 思わず、相手の母性に圧されて、そのまま顔を擦り付けてしまう。


「好き、好き、めいちゃ…」


 思わずその可愛い背中を、頭を、撫でてしまう。可愛い、愛おしい。欲しい。惜しい。


「まどかちゃん…その………っする?」


 するとマドカは顔をあげる。

 メイは娘のように撫でていた腕をそのままマドカの頭を抑えるようにして相手の唇に、自分の唇を押し当てる。


 キスと言えるほど綺麗に出来たわけではないが、好意を伝えるには十分だった。


 だが、マドカはそれを十二分にしたかったようだ。


 唇を重ねる以上のことを。


 終わったと思いきや、また。


 唇の中に舌が割ってはいってくる。

 それに合わせてメイもまどかの頭を抑える手をよりしっかりとさせる。


 んぷ…

 れ…ら…


 2人にとってはこんなにもロマンチックな瞬間なのに、何故だか自分の口臭が気になってしまって仕方ない。野暮が残る。



 ──



 1分ほどの間、マドカはメイの唇を、舌を、唾液を味わっていた。


 相手の呼吸が続かなすぎて、唇を離して終わると、この上なく恥ずかしいのに嫌ではない、そんな変態のような感覚に、快感の海に放り込まれたようだ。



 恥じらいを隠すかのように今度はメイがマドカを押し倒す。



 そしてマドカの頬にある雫に顔を近ずけて、舐めとる。



 ……何してるんだ!?あたし!???



「マドカ……美味しい。」

「ひ……ゃ……」



 何言ってるんだ!??

マドカ!?マドカ!??



 マドカの下半身はメイに絡めた状態で押し倒されたため、身動きが取れないような体制だった。なんだかまたそれが嬉しくて堪らなくて。



「次は……わかってる?」

「ん……はい…!」



 次!?え!!?いいの!????ん???



 メイは混乱していた。

 自分と相手の言動に、まるで自分の中の女王様が出てきたかのような感覚。


 次と言いながらも、また唇を合わせて、

 舌を絡めさせて、愛情を、友好を示す。


 自分は目を瞑ってしまったが、

 ノールックで出来てしまった。

 本当になにか目覚めたのではないか。


 必死に酸素を取り入れようとする呼吸が、吐息が、歓喜かんきからか含羞がんしゅうからか、又はそのどちらもかからくる声。



 お互いに相手の全てを知れている気がする。



 少なくとも相手には自分の全てを見せている。



 2人ともそう思いながら、

 け合って、とろけ合うような、

 紐解くように、絡めて結び込むようにその時間を、感覚を飴のように、氷菓子アイスクリームのように、甘い甘いと思いながら、舐め回すように過ごす。



 ────



 斯くして、暫くしてその時間も終わった。

 糖質を摂りすぎた、緊張をしすぎた。

 病気になってしまいそうだ。病み付きに。


 何度も同じような気持ちを、感覚を、

 何度も新鮮に、幸せに感じた。


 何度もその気持ちを

 感じていると言う自覚を持ちながら。


 そして2人は眠りに落ちる。



 ────



 腕枕をしてみると、意外と手が痺れる。


「おはよう……あ、もう5時なんだね」

「あら……」


「……マドカ、そろそろ帰る?」

「……うんっ」



 2人は初めての経験……と言ってもキス以上のことはなかったのだが、その後に寝落ちて起きてどのようにすればいいのか、感情の相場が分からなかった。


 少し見つめようとしても、目も合わせられない。


 カラフルで口の中で長持ちするキャンディから、噛めば少しの後味と口当たりを残して消えていく、素朴な曲奇餅クッキーのような時間に戻る。


 急に日常になって、目眩めまいがする。


 またまた少しして、メイは立ち上がり、引き出しから綺麗で肌触りが好きなパイル生地のタオルを取り出し、


 ジャーーッパッパグジュゥゥゥウ


 台所で水に濡らして絞る。


「マドカさ…ごめんね…顔、拭く?」

「拭きたくない!!」

「えっ?」

「一生拭きません!」

「はーい拭いてくださーい……」


 そう言いながら熱でも遊ぼうとする子供をおさめるように、マドカの顔を拭う。


「うぶゅ…」


 ────


「じゃあ…また明日…」

「あ、明日もぉ?!」

「あ、ちが、そうじゃなくて!」

「そうじゃないってどういうことかなあ?」

「えと…ん…もう!明日は……普通に過ごそう?」

「はーい!」


 ────

 ……

 ……

 ……

 ……

 ……

 マドカ…そろそろ帰ったかな。


 5分程立った後、外の空気を吸おうと扉を開ける。


「あ。」「うん。」


 そこには5分前に別れて、

 そこから5分後に再開した

 2人が居たのだった。


[完]

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