後編

「なんだ、まだ残っている生徒がいたのか」

 ドアの向こうから顔をのぞかせたのは生徒にしては大人びた男性。


梅原うめはら先生!」

うめちゃん!」


日名ひな佐倉さくらに、柚木ゆずきじゃないか。何してるんだ。テスト期間だろう」

 突然の来客に、日名と佐倉の言葉が重なる。柚木が落ち着いた様子で答える。

「すみません。テスト勉強のためにお借りしていました。もうすぐ帰ります」

「おお、そうか! 柚木が居たなら安心だ!」


「梅ちゃん!」


 日名が立ち上がり、梅原の元へ駆け寄る。その頭を梅原が小突く。

「あいたっ」

「梅原先生と呼びなさい」

 日名は小突かれたおでこをさすりながら、梅原を見据えて尋ねた。


「梅ちゃ――、梅原先生は、ボクと佐倉どっちが好きですか!」


「はぁ? なんだいきなり」

「勝負をしてたんです」

 疑問符を浮かべる梅原に説明するため、佐倉も立ち上がった。

「部活の教え子の日名と、数学を頑張っている俺と、梅原先生はどっちが好きかって」

「なんだそりゃ。悪いが――」


「どっち!」


 日名の剣幕に梅原がたじろぐ。さすがに誤魔化せなかったのだろう。腕組みをして、考え始める。

「そうだなぁ、日名は部活で一生懸命頑張っている。佐倉は確かに、授業の質問に来るぐらい一生懸命だ」

「うんうん!」

 目を輝かせる日名。しかし、梅原はだがなぁ、と続ける。

「日名は授業で寝てるしなぁ」

「うっ」

 きまり悪そうに日名が縮こまる。その後ろで佐倉が小さくガッツポーズをした。そんな佐倉を梅原がちらりと見る。

「佐倉は服装が乱れてるんだよなぁ」

「んなっ! これはロックなだけで!」

「校則違反ギリギリだぞ。生活指導の先生が目を付ける前にやめろよ」

 はーい、と佐倉も小さくなる。日名が振り返ってにやりと笑った。

「二人とも、いいところもあるし悪いところもある。よって、どっちかを選ぶことは出来ない! そもそも、俺にもそういう相手がいるしな」


「「ええーっ!」」


 梅原の告白に、日名と佐倉が食い下がる。

「なんで教えてくれなかったの!」

「いつの間に! 一体どこの誰! 」

「なんでお前たちに教える必要があるんだ! 秘密だ秘密!」

 言うんじゃなかったという顔で、梅原はそそくさとドアの向こうへ逃げる。

「話は終わりだ! 下校時間になるから、さっさと帰れよ」

「ちょっと梅ちゃん!」

 日名の静止も空しく、ドアはぴしゃりとしまる。


「梅ちゃんにそんな相手がいたなんて……」

「先生と生徒の壁はやっぱり厚かったのか……」

「いや、そこじゃないと思います」

 柚木の冷静な指摘も耳に入らないようで、日名も佐倉もがっくりとうなだれる。そんな沈黙を破るように、廊下から話し声が飛び込んできた。


『梅ちゃーん!』

指原さしはら! こら、学校ではくっ付くなって――!』

『そんなこと言ったって、最近土日も会えないじゃん!』

『部活で会ってるだろ! ……今度ちゃんと埋め合わせするから!』

『やったー! よろしくね!』


 一連の会話を聞いて日名と佐倉は顔を見合わせる。

「教師と生徒の壁、越えちまったな」

「性別の壁もね」


 二人の開いた口が塞がらないまま、ガラリと教室のドアが開く。

「あれ、日名じゃん。何してんの」

「いや、そっちこそ何してんの指原」

 入れ替わりに教室に入ってきたのは一人の男子生徒。やや長めに切りそろえられた髪は整髪料で固められ、ツンツンと逆立っている。しかしその顔はまだ幼さが残っている。

「俺は図書室で勉強してたよ。もう帰るとこ。それより――」

 指原は教室の中に入り、机の上を片付けていた柚木の手を握った。


「柚木、ありがとう! 柚木のおかげで上手く行ったよ!」

 柚木は照れ臭そうに笑う。

「指原さんの努力があってこそですよ」

「いや、柚木が背中を押してくれたからさ。今度必ずお礼する!」

「お礼なんてとんでもない。もう十分もらいました」

 柚木の言葉の真意まではわからなかったようだが、指原はとにかくありがとう、と笑顔で教室を出ていった。

 日名と佐倉はその姿を見送ったあと、柚木を見る。

「柚木、指原とどういう関係なの?」

「去年同じクラスだったんですよ。さあ、二人とも早く準備をしてください」


 呆けている二人をそっちのけに、柚木は既に学生鞄を手に持っている。

「そ、そうだな。早く帰らないとな」

「何を言ってるんですか。ファミレスに行くんでしょう? 二人のおごりで」

 柚木の言葉に二人は固まる。しかし何かに気付いたように佐倉が顔を上げる。

「待て、柚木。お前、勝てない勝負はしないって言ったよな」

「言いましたね」

「それなのに、この勝負は受けたよな? まるでこうなるのが分かっていたかのように」

「分かってましたよ。だって、指原さんから恋愛相談を受けてましたもの」

 ようやく意味が分かった日名があっ、と声を漏らす。柚木は二人の顔を見て心底楽しそうに笑う。


「言ったでしょう? 私が勝つって」


「ズ、ズルだぁ! 無し! 無し!」

「男らしくないこと言わない、日名さん。覚悟を決めてください」

「ちくしょう。柚木がノってきた時点で疑うべきだった……」

「さあさあ、時間がもったいない。急いで片付けてくださいね」

 二人を急かしながら、柚木は思い出したように付け加えた。



「あ、ファミレスでも勉強の続きをしますよ?」



「「勘弁して!」」



 二人の絶叫が黄昏の空へと響き渡った。

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机上の極論 竜王宮リノ @naara

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