第2話

「招待状をお見せ頂けますか?」


 門番に招待状を見せ私達は豪奢な門をを通り大理石の道をコツコツと鳴らしながら進む。わたしが話を切り出せば会話は始まるのが、彼女は二言三言喋ると何かを考えるかの様に黙りこんでしまう。わたしの話題がつまらなかったのかもしれないし予想以上にだったのかもしれない。


 中は綺羅びやかなシャンデリアがいくつもぶら下がり、ビュッフェ形式で普段なら食べれないような高級食材をふんだんに使った料理が取り揃えられている。


「凄いですね、アスラー公爵の舞踏会は」


 広間の豪華さや料理などもそうだが、各地から様々な子爵や侯爵などが集まり皆顔を広げるために交流を交わしている。有力な公爵故にカリスマ性を醸し出す彼は、例え女遊びが激しくてもついていく人はいるだろう。


「彼はこの国を支える立派な政治家としても活躍しているし、物流の面でも私はかなりお世話になっている。有能だよ奴は」


 彼女は嬉しそうに褒めちぎってアスラー公爵の話をし始めた。私は上の空でへーとかほーとか適当な相槌を返す、じゃないと私は端なく泣き叫んでしまいそうだった。


噂をすればなんとやら、私達の方へアスラー公爵が向かってきた。


「やあ、久しいねメア」


 短いブロンドの髪をオールバックで上げた如何にも遊んでそうな見た目をしていて少し抵抗感を感じる。彼女とは親しいのか愛称で呼んでいることに苛立ちを覚えてしまう。


「ええ。ご無沙汰しております、アスラー公」


 彼女は片足を引き膝を曲げてお辞儀をした。流石に貴族の前では砕けた話し方をしないのか、普段の彼女の言動からは想像できないような一面に驚きを隠せない。


「かしこまるなよメア。そういえば見ない顔だがそちらはメアの友人かい?」

「母上と父上は元気にしていますか?」

「ああ、二人とも歳を重ねたせいなのか身を固めろと煩いんだ。たまには顔を出してやってくれ、きっと二人とも喜ぶだろう」

「では近いうちにそうさせてもらいます」


 やはり深い関係にあるのだろうか、父方母方にまで認知されているという事は二人は幼なじみか、それとも考えたくはないが許婚の可能性も浮き上がってくる。


「そういえば見ない顔だがメアの友人か?」


一人で焦っている間に興味の対象がわたしに移り姿勢が固まる。


「その、あ、アリーナと申します」


 私も彼女を見習うようにお辞儀をしたが少し違っていたのか、アスラー公爵は不思議そうに私を見据えた。


「ええ、友人…とは少し違いますが、彼女を同伴させていただきました」

「あぁ…そうか、まあ2人とも今夜はゆっくりしていってくれ。そうだ、後で私と踊らないか?先に取り付けておかないとお前は引っ張りだこなもんだから一緒に踊れそうに無いものでね、では他の者達と話に花を咲かせてくるよ」


そう言い彼は去っていった。


 私は彼女が踊りを取り付けられたことより彼女の”友人とは違う”と言う部分が気になって仕方なかった。もしかして彼女にとって私はただの配達員でしかなく、気まぐれに同伴させてもらったのではないかと勘ぐってしまう。


黙っていると他の貴族令嬢が寄ってきた。

 

 旧知の仲なのか一瞬ちらっと私を見た彼女は迷った末に申し訳無さそうして去っていった。顔が広いのか引っ張りだこの彼女を壁際で遠くから眺め、取り残された私は一人で冷たいケーキをちまちまとつまむ。


 そろそろ社交ダンスが始まるのか男性貴族が一様にして女性にダンスを申し込み始めた。指揮者は指揮棒を振りクラシカルな音楽に合わせペアの男女がくるくると踊る。蕾を開かせ色とりどりの花を咲かせるようにドレスがふわりと舞い、華やかな空間が会場全体を陽気なものへと染める。


 一人寂しく踊る相手のいない私は壁際で眺めること以外にやることも無く、ただ彼女が戻ってくるのをひたすら待っていた。私のような爵位を持たない一般人は誰からも誘われること無く、壁の花になるのは必然でそのことには何も思うところは無い。万が一にも誘われた場合は申し訳ないが断るつもりだ。


「帰ろうかな…」


彼女は一向に戻る気配が無く見失ってしまってから時間がかなり経った。


待っていても迷惑だろうか。


ここにいても壁の花にすらなれずお目汚しになるだけだろう。


 とぼとぼと会場から出ようとしたとき、アスラー公と彼女が楽しげに踊っている姿が目に写った。破裂寸前だった思いはパァンっと弾け、わたしはなりふり構わず外へ走った。会場にいた人は皆驚き道を開け走るわたしをなんだなんだと奥の方から野次馬のように出てくる貴族がチラホラ。


パンプスでは走り辛く何度も何度も転びそうになるが止まることなく走る。


後でいくらでも馬鹿にすればいい、これだから庶民はと蔑まれても構わない。


涙を拭きもせず歪む視界の中を灯りを頼りに逃げるように屋敷から去った。


二人の間に隙があるなんて思っていたわたしはなんて愚かだったのだろう。


一生分の後悔を背負って夜道に溶け込んだ。





 走り疲れて途中で寄った広場のベンチに腰を下ろした。赤く腫らした目で当たりを見渡すと見たくもない名前が目に入った。


「アスラー広場…」


 ここら一帯は彼の出資金によって作られているのでところどころにアスラーアスラーと名付けられているのだ。噴水がサァーと噴き上がり周りを霞ませ涼しい空気が潤う中、わたしは淀んだ顔で辛気臭さを漂わせていた。


 彼女に何も言わず出ていってしまったが大丈夫だっただろうか。せっかく誘ってくれたのに気分を害していないだろうか。心配はすれど彼女に会いたくはなかった、突然走って逃げた理由を聞かれてなんと言えばよいのか。


嫉妬して逃げたなんてみっともなく言えるはずもない。そもそも同性であるわたしが彼女に好きだなんて言えるはずも無い。


 初めて会った2年前、わたしは彼女の配達物を四苦八苦しながら届けたときに彼女に一目惚れしてしまった。あの時の彼女は身だしなみをしっかり整え、できる魔法使いのようだったのだ。はっきり言ってしまえば今の彼女を見ても当時は好きになったりしなかっただろう。


 一目惚れなんて好きになる理由としてはいい加減で、外面しか見ること無く一時のものだろうと思っていた。でも度々会うことが多くなり彼女はどんどん化けの皮剥がれ、如何に適当でだらしなくマイペースな人間であるかがわかった。


けれど日に日に思っていた人物像からかけ離れてく彼女が好きだった。


そんな彼女の一面ですら好きだった。


彼女の全部が好きになっていた。


だがどうだろうこのザマは。


今は負け犬のように逃げ、嫉妬に振り回され満身創痍だ。


「消えたい…この街から」


もうこの街から出て他の場所で新たな自分として生きていきたい。いっその事胸の内を晒して嫌われた方がマシなのかもしれない。

 彼女を忘れて恋愛とは無縁な教会の人間になれば未練を無くせるだろうか、そんな事を頭でぐるぐる巡らせベンチで項垂れてた。すると座っているベンチの後ろから声を掛けられた。


「アリーが消えてしまったら私が困ってしまうよ」


突然の声に私はびっくりして座っているベンチごと転げ落ちそうになる。


間一髪で声の主に支えられわたしはドレスを土埃で汚すことはなかった。


「アリーはよく転げ落ちそうになるね。今日の昼頃だってそうだった」


思い出し笑いをしている彼女は紛れもなくメアトリスだった。


「どうして…」


まだ舞踏化にいるはずだった彼女がいる。


「隣良いかい?」と言われうなずく。


わたしの隣に座った彼女は手を握り、絡めるように指を間に入れてきた。平然とそんなことをやる彼女に憤りすら感じた。


「アリーにサプライズがしたくてあまり構わないようにしてたんだ、けどアリーには申し訳ないことをしたね」


サプライズ、それはアスラー公との婚約なのか。


そんなの聞きたくない。


また涙が溢れ胸が苦しくなる。


わたしは繋いだ手を振り切り逃げようとした、けれど彼女もわたしと同じように立ち、繋いだ手を引いた彼女は腰に手を回し体が密着させてきた。


急に彼女の顔が近づき呼吸が乱れ心臓が煩く暴れだす。


「な、な、なんなんですか!何がしたいんですか!」


声を荒げて彼女を突き放そうとじたばたするが意外にも力があるのか彼女から離れられない。今度は緊張という別の理由で涙が溢れ、彼女の顔が、視界が歪んだ。


「わたしは伝えるのが下手で分かりづらい女かもしれないね。だから…」


「ん…!?」


そう言いわたしと彼女の唇は溶け合うように重なった。


唇が離れると彼女は「ケーキの味がする」なんて言って自分の唇をぺろっと舐めた。


 脳は痺れまともに頭が働かないがファーストキスを唐突に奪われたことだけは唇に未だに残る感触が物語っていた。

 現実なのか夢なのかわけが分からず顔を真っ赤にして放心していると彼女は「もしかして嫌、だった…?」と不安そうな声で私の顔を見てきた。


わたしは我に返りすぐに否定の言葉を出す。


「全然…全然嫌じゃないです」


わたしの返事に安心した彼女は再びキスをしようと迫ってきた。


「ちょっと待ってください!」


ぐいっと顔を押し止める。


「え…やっぱり嫌なんじゃ」


きょとんとした後すぐ眉を下げまた不安そうにする。 


「違います!嫌なわけじゃないんですけど…その、心の準備が…というか節操なさすぎじゃないですか?…」


 彼女の性格上ここまでグイグイと来るとは思わずわたしの心は暴風が吹き荒れている。一応まだ人が通ってもおかしくない時間帯なので周りを気にしたほうが良い気がする。というかこれはわたしのことが好きってことなのか。流石に泣いている人にキスをして慰めるなんてこと無いと思うが…この人なら有り得そうで怖い。


「えっと、わたしにキスしたのって…つまりそういうことなんですよね?」


「そういうことも何も好きでもない人間にキスしたりするような軽い女じゃないぞ」


ムッとした顔をした彼女はまたもや再びキスしようと迫る。


「ストップ!ストップ!落ち着いてください!」


 流石に二度目は止められると思っていなかったのかこの世の終わりを見たような顔をした。これ以上待たせると立ち直れなくなりそうなので捲し立てる様に喋った。


「違うんです!本当に違うんですよ!その、気がかりなことがまだハッキリしてなくて。わたし知りたいんです、アスラー公爵との関係を」


え?みたいな顔をした彼女はさも当たり前かの様にわたしに驚愕の事実を突きつけた。


「彼奴はわたしの兄だ、言ってなかったか?」

「へ?お兄さんだったんですか!?ということは貴族なんですか!?」

「いいや、私はもう貴族ではないよ。爵位はとうの昔に捨てたさ」


彼女は元貴族だったのだ。


本名はフェイル・メアトリス・アスラー。


 アスラー夫妻の末娘で魔法に興味を持ち、自らの爵位を捨てて魔法工房を自営し始めたらしい。わたしは彼女の兄に嫉妬していたと知りへなへなと力が抜け膝から崩れ落ちた。


 彼女は丁度良いタイミングで社交界を開いた兄にわたしへのサプライズを企画し、あの会場でわたしに告白する手筈だったらしい。わたしが逃げ出してしまったのでおじゃんになってしまったが。


「説明してなくてごめんよアリー」


「いえ、わたしも先走って誤解してしまいましたので」


 抱き合って見つめ合いお互いに謝る状況は少しおかしく二人で笑った。彼女は抱えていた私を離し少し距離を取って姿勢を正した。緊張で顔が強張っている彼女を見るのは今日が初めてかもしれない。


少しもじもじした後、彼女は覚悟を決め口を開いた。


「好きだよアリー、結婚しよう」


「はい!わたしも好きでした…って結婚ですかぁ!?」


結婚を前提でわたしに告白しようとしていたらしい。


「もしかしてこの格好って」

「ウェディングドレスだよ」


どうりで私のドレスを選ぶのに時間を掛けていた訳だ。結果として会場から逃げ出して良かったと思うのは彼女に失礼だろうか。


「ちなみにこの会話あっちの会場に繋いであるよ」


彼女の手には青い通信晶石が淡く光動作していることが確認できた。


一瞬彼女が何を言ってるのか理解出来ず固まった。


しかし脳が処理を始めた瞬間私は顔はリンゴより真っ赤に染め叫んだ。


「は?……ちょ、止めてくださいよおおおおおおおおおおおお!!!!」


会場の人に全て筒抜けだったようだ。


これから先、一生のネタにされることを想像しわたしは膝を折り、この世の終わりを見た。






 翌日、ここら一帯では私達の話題が飛び交い暫く家に閉じこもりたかったが、仕事はいつも通り山ずみなのでお届けをしなければならない。


 ガーランド商会の筋肉の人はわたしと顔を合わせるとにこにこと荷物を運び入れ、訪ねる先訪ねる先で「おめでとう」と祝ってくれたり「ヒューお似合いだよ!」なんて冷やかされたりと暫くはわたし達の話で持ちきりになるだろう。


恥ずかしさに身を悶えさせることに慣れ始めるのにはまだ時間が足りなさそうだ。


早足で配達をし残り一件の配達を終えれば家に帰れる。


「さてこれで最後かな」


収納宝石の中身をチェックし地図を片手に進む。


そろそろ地図無しで辿り着けれはいいものだが遠からずその日は来るだろう。


古めかしいドアのノブを回し、散らかった家の中に入る。


奥で魔道具を弄っている彼女は自分の世界に入り込んでわたしに気が付かない。


メアと声を掛けると気がついた彼女は振り向き嬉しそうな顔でわたしを迎えた。


「おかえりアリー」

「ただいまメア」

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