配達先はあなたへ
ぐいんだー
第1話
「アリーナ、今日の配達物はこれで全部だ。頼んだよ」
帳簿とにらめっこしているガーランドの横を通り過ぎた筋骨隆々のおじさんは抱えてきた荷物をドンっと置く。
さらに別の筋骨隆々のお姉さんがドドンッと山ずみにし、遠慮なく置かれ増える荷物を前に冷や汗を垂らした。
「はい!任せてください!」
それでも元気よく返事をし、大量の荷物を収納宝石に吸い込ませた。靴の先っぽを商会の玄関口に敷いてある石のタイルを使ってトントンとキツめに結んだブーツにつま先まで押し込む。
カラン、涼し気のある冷たい氷水の入った魔法瓶をポーチに入れ準備を終えて、陽射しが照りつける外へと出た。
早朝だが人通りが多く冒険者だったり、商人だったり、様々な人がこの街を盛り上げており、わたしも彼らに混じって通りを歩くのが日常になっている。
慣れたかのように大通りを抜け狭い路地に入るガーランド商会の配達員ことわたしアリーナは、先日誕生日を迎えて17になったばかりだ。この仕事を続けてもう2年の月日が経つが未だに道に迷ったりする半人前のひよっこ配達員。
実はこのここの商会の配達員は人手不足なのでわたしのような使えなさそうな若者でも雇ってくれたりした。一応求人はしているのだが如何せん応募する人間はおらずあくせく連日働いているので元気でわたしの負担を軽くしてくれるような人が入ってくれればと願うばかりだが、芳しくはない。
人が来ない理由はガーランド商会が位置するこの街の区画はかなり複雑でまるで迷路のように入り組んでいるため迷いやすいので仕事をこなすには少々億劫なのだ。
だからベテラン以外は地図が必須である。
もっとも地図自体が雑な作りになっているためなかなか見づらいという欠点がある。
こんな面倒な仕事でもわたしにとっては冒険者という選択肢を捨て、有りつけた事はとても幸運に思えた。立派な冒険者を目指すと意気込んでいたあの頃なんて毎日命からがら手に入れた魔物の素材は少ないお金にしかならず、飢えを凌ぐのが精一杯だった。
そんな時代を考えるに今の配達員という職は安定し幸せである。
色々な人と交流をするため素敵な出会いだって舞い込んでくる。飢え死に寸前のわたしを雇ってくれたガーランド商会に感謝しつつ今日も仕事にめいいっぱい励もう。
一件目の配達は商会から半刻歩いた所にある大きめの館を改装して建てた革細工専門店だ。従業員はガーランド商会に引けを取らないくらい抱えており良い商売相手となっている。
「こんにちはぁー、ガーランド商会のアリーナです」
コンコンと革細工専門店の裏手にある扉をノックし収納宝石から荷物を出す。扉の向こう側からはドタドタと走ってくるのがわかり扉から少し離れた。ガチャリと音が鳴り扉がわたしの身体スレスレを横切り開いた。
「やあやあガーランドの所のお嬢さんか、今日も配達ご苦労さま。日が照りつけてる暑い日に文句もなく運んでくれるのはアリーナ嬢くらいだから助かるよ。」
中から革細工師の髭をたっぷり蓄えた中年のオッターさんが出てきた。どうやら作業中だったらしく汗を垂らしながら荷物を受け取る。
「ちょ、アリーナ嬢って言うのやめてくださいって毎回毎回言ってるじゃないですか!恥ずかしいんですよ…」
ごめんごめんと手を顔の前に立て軽く謝っているが恐らく直す気はないのだろう。
「もう…じゃあこちらにサインをしてください。…ありがとうごさいます。またのご利用を」
水分補給をしつつ次の配達先へ急ぐ。
コンコン、今度は魔術宝石ショップの店、次に冒険者ギルド、花屋等など他にも様々なお店が立ち並ぶこの区画はかなり配達件数が多い。収納宝石に付いている軽量化宝石の魔力徐々に少なくなり、最後の配達場所に行く頃には無くなってしまっていた。この軽量化宝石はある魔法工房の魔術師お手製の便利なものなのだ。名前の通り重量を減らしてくれる魔法が施されている。
他にも天翔石と言う軽量な物を中に吸い込み、指定した地点へ飛んでいく便利な魔法石もある。軽い配達票等はを態々ガーランド商会に届けに行く必要が無くなくるのだ。そして魔力を分けてもらうために今からその魔法工房へ配達も兼ねて訪ねる。
私は人気の少ない細い路地裏に入り、地図を見ながらあるお店を目指す。何回も配達しているわたしでさえメモ書きした地図をしっかり見ないと簡単に迷ってしまう。まるで大迷宮に入るのと同じくらいここは入り組み、そして迷いやすいのだ。
やっとのことで辿り着いた場所は知る人ぞ知る魔法工房だ。ひっそりと隠すように木々が一階建ての家屋を覆っている。
古めかしい木製の扉の前には”フェイルの工房”とミミズがのたうち回ったような文字が書かれている。
コンコンと叩く前に扉が開き、わたしの拳は空を切る。中からはぼさぼさのアッシュグレーで染まったセミロングに鍔の広い真っ黒な魔法使い用の帽子をだらしなく被った綺麗な女性が出てきた。
この工房で特殊な魔術を使い魔法道具を作っている店主のフェイル・メアトリスだ。
「おはようアリー」
寝起きなのかくぁっと欠伸をする。
「おはようございます…と言ってももう夕方ですよ」
呆れ混じりで彼女を見る。まあ入った入ったと手を拱かれ、今日の配達物を取り出し彼女の工房に入った。
中はいつも通り足の踏み場を見つけながら進むしかないほど散らかっており、彼女の辿る道をおっかなびっくり着いて行く。雑多な魔法関連の荷物をを彼女に渡し、最後にとても良質な紙を使ったここらでも有名な貴族の紋章で封蝋をされた便箋を渡す。
「最近多いですね」
配達員があまり口を挟んではいけないが毎回荷物の中にこの貴族の手紙が彼女宛に入っていることが気になった。
「そうだね、まあ私ももうすぐ25だ、そろそろ婚活というものに目を向けた方がいいのかもしれないね」
「婚活…」
彼女の口から今まで聞いたことない言葉が飛び出たことに私はショックで気絶しかけた。
「してこれはどうしたものか…」
とヒラヒラと宙を彷徨う紙には社交界への招待状が同封されていた。アスラー公爵に大層気にいられているのか、よく贈り物も届くらしい。アスラー公爵は面食いで見目麗しい女性と頻繁に寝ている噂は有名だ。
その噂を聞いているが故に私はこの誘いに乗り気なのかは分からないが彼女を止めたい、けどそれは彼女の意志を無視しているのではと悩みに悩んで頭がオーバーヒート寸前だった。そんなわたしの不安を露知らず彼女は何を思いついたのか、両の手でわたしの手を取った。
「そうだ。アリーも一緒に来ないかい?」
「わ、わたしですか?い、いえそんな大層なパーティーなんか行ったこともありませんしドレスだって持ってないんですよ」
「なんだそんなことか。アリーのエスコートは私がするから安心して良い。ドレスなら幾つかあるから貸そう、私のお下がりになってしまうけれど君ならどれでも似合うだろ」
貴族のパーティーなんて呼ばれたことのなど一度も無いので少々臆するが彼女を護衛及び悪い虫を追い払う目的で行くなら別だった。日取りは明後日の宵の刻限にとサインを貰い別れを告げた。別れ際に彼女は早めに工房来てくれると助かると言っていたので、その日の仕事は張り切らなければと地図で最短ルートを確認した。
そして迎えたパーティーの日、いつもの半分の時間で配達を済ませ早めに工房へと向かった。昼時をちょうど過ぎたあたりに来てしまった。ただ早すぎたのかノックしても扉の奥からは音一つもせずシンっと…していた。
不在なのか彼女が出ず、困っていたが彼女の事だからもしかしてと思いドアノブを捻ってみたら案の定開いていた。
ごちゃごちゃ散らかった廊下を進みリビングにやっとの事で着くと、ソファで猫のように丸まって眠っている。些か不用心過ぎないかと思い叩き起そうとも思ったがあまりにも眠っている彼女からは普段の涼しさや静謐さを感じさせず可愛らしく寝息を立てているものなので怒る気が霧散した。
すーすーと寝息を立てる彼女を近くでよく見ると長いまつ毛を時折ピクっとさせている。肌はキメ細かく出来物ひとつも無いのは魔道具によるものではなく天然物なのだろう。相変わらずアッシュグレーの髪は纏まらずぴょんぴょん跳ねているが。
不意に「ん…」と声がし私は「ぴゃっ!」とびっくりして後ろへすっ転んでしまった。
ドタンッと鈍い音を立てて積み上げられた紙束を倒した。ソファーから聞こえていた寝息は消え彼女が目を覚ました気配がする。音に反応して彼女はのっそりと起き上がり不思議そうに私を見てとんちんかんな事を言ってきた。
「アリーも眠いのかい?」
彼女には私が仰向けで倒れて頭を埋めていのが眠そうに見えるらしい。
「いえ…」
彼女のことを近くで見つめていて転んだなんて死んでも言えない。
「すみません散らかしちゃって」
元々しっちゃかめっちゃかに床を埋めていたのもあって彼女は気にする様子は無かった。寧ろ謝っている理由がよく分かっていなさそうだ。
痛みがやっと引き立ち上がると彼女は私の手を引き隣の寝室へ連れてかれた。寝室に入るのは初めてであのリビングと同じように片付いていないと思っていたが予想に反して工房ここは綺麗に整頓されていた。
多分彼女はこの部屋に入ったのが久しぶりなのかもしれない。恐らく寝室を寝室として使っていないのだろう、エンドテーブルにはホコリが積もり、窓際にある花であった物体は化石みたいに水分を微塵も感じさせずに枯れている。
「アリー脱いで」
さらっと言われたがかなり破壊力のある言葉だと思いつつ、いそいそと脱いだ。
ワードローブには高そうなドレスが並べられ、普段工房に閉じこもりきりの彼女には縁が無いものだと思うがよく社交界に誘われるのだろうと納得した。
「どれもこれもアリーに似合うな」
次々に煌びやかなドレスをシーツの上に並べ、彼女は吟味し始める。
わたしは着せ替え人形のように着せられては脱がされ別のドレスを着てまた脱がされを繰り返していた。それも下着姿が恥ずかしく無くなるくらいには。
「あの、メアトリスさん。」
話しかけようにもドレスをわたしに当て比べをし、話を聞いてくれる様子が全く無い。早めに来てくれとはこのことだったのかとうんざりしながら納得した。
夕暮れになり紅茶を飲みながら彼女の悩ましい顔を見ているとやっと決まったのか「アリーにはこれがベストだ」なんて妙な自信を持って渡してきた。
渡されたドレスは白やピンク、赤色などのかわいらしい小さな花が散りばめられたピンク色のドレスで質感だけでわたしのような庶民が一生に一度着れるかどうかぐらいの一級品だとわかる。
メアトリスさんに気付けてもらい、金色のショートカットの髪をサラサラと櫛で梳いて貰う。わたしの準備が終わり「じゃあ行こうか」と玄関に行く。そういえば彼女はドレスを来ておらず普段着で行くのだろうか。
「メアトリスさんはドレスを着ないのですか?」
というと帽子を外し中から黒いステッキがにゅっと出てきた。わたしに振り向き何か企てているイタズラっ子のような顔をしている。そしてそのステッキで床をトンっと強めに叩くと彼女の服は花を散らしドレスへ一瞬で様変わりした。
「わあ!って…凄いですねその魔法。それととても似合ってますよ」
普段の彼女は何処へ行ったのかつい見とれてしまった。
「そうかい?お世辞でも嬉しいね。でもちょっぴり恥ずかしいな」
頬を桃色に染め後ろ手にステッキを持つ。
「いえ、お世辞ではないですよ」
今の彼女がどこかの令嬢と言われても違和感は無いだろう。彼女の目立つ銀髪とは対称的な真っ黒な落ち気のあるドレスだ。 ドレスは身体のラインをなぞるように、そして押し上げられた胸を強調させており、背中は大きく開いて白い肩甲骨が顕になっている。
正直目のやり場に困り目を泳がせてしまう。因みさっき見せてもらった魔法は衣服を花びらにして使い物地ならなくなってしまうので滅多にやらないらしい。目を彷徨わせてるが気付かれるのも嫌なので真っ直ぐ彼女の黒い目を見つめる。ガン見されるのが恥ずかしくなったのか先に外へと行ってしまった。
てっきりまた魔法を使って会場まで行くのかと思ったがどうやら今日は歩きたいらしい。内心緊張していたりするのだろうか。先程までの高揚感は消え、深い悲しみを覚える。彼女を止めることができないか私の小さな脳みそをフル回転させたが、恋に突き動かされる彼女を私のような矮小な存在が止められるはずが無いと諦めた。諦めるしかない。
今日で私の初恋が散るのかもしれない。
せめて月明かりに照らされる綺麗ドレスを纏った彼女を目に収めようと、歩きながら横顔を見つめる。
彼女は一度もこちらに目を向けることはない。
コツコツとパンプスを鳴らしながら、ついに視線は交わらずアスラーの邸宅が見えてきた。
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