せっかちな桜と、緑色のもみじ

矢田川いつき

せっかちな桜と、緑色のもみじ


 ねぇ、そこの君!


 そう! 君だよ! 私の言葉が視える、あなたのことだよ。


 秋の夜長のお供でも、ちょっとした隙間時間の暇つぶしでもいいから、私の話に少しだけ付き合ってくれないかな。


 なんの変哲もない、たった半年だけの思い出話。




 ――イマジナリーフレンドって、知ってる?

 空想の友人。つまりは、他の人からは見えない、想像の中の友達のことなんだけどね。


 私が彼女と出会ったのは、桜がぽつぽつと咲き始めた頃。まだ蕾も多い樹木の下で、せっかちな桃色の花を眺めていた時だったなぁ。


「ねぇ、何してるの?」


 そんなに大きな声でもないのにすっごく驚いて、転びそうになってた。しかもそれを通りがかった人に偶然見られて、顔が赤くなった。そりゃ恥ずかしいよね。

 それがなぜだか可笑しくて、初めて会ったばかりなのに二人で声を出して笑ったの。



 それから私たちは、友達になった。



 他の人から見えないのは、すぐに気がついた。普通にお喋りするみたいに話してると、周りの人から怪訝そうな顔をされたから。


 だから、私たちが気兼ねなくお話しできるのは、周囲に誰もいない時だけだった。


 どうして生まれたのかは、はっきりとはわからない。多分、家族のことでうまくいってなかったり、転校したばかりだったりしたからだと思ってる。

 極度の人見知りだったし、知ってる人もいない土地で、心細かったんだと思う。


 だから、私たちはすぐに仲良くなった。

 一緒に見知らぬ街を散歩したり、小さなショッピングモールで買い物したり。休日は誰もいない公園のベンチで、暗くなるまでお喋りしてた。

 全然飽きなかったし、すっごく楽しかった。心にポッカリと空いた穴を埋めるのに、どうしても必要だったんだろうね。


 梅雨は一緒の傘に入って、雨の中をのんびりお散歩した。


「ねぇ、夏休みはどんな予定立ててるの?」


「んー、特に何も考えてないなぁ。学校の宿題は多いし、夏季補修もある学校だから、結構忙しくなりそう」


「そうなんだ。じゃあお休みの日はたくさん遊ばないとだね!」


 一緒に海に行って、川にも行った。


「あっ! 見て! あれアユじゃない?」


「ほんとだ! 美味しそうっ!」


「え……。私は可愛いって思ったのに……」


「……」


「お腹空いてる?」


「もう! 食い意地そんなに張ってないよっ!」


「アハハっ!」


 近くでやってた小さな夏祭りにも行った。それなりの田舎だったから、人のいない場所を見つけるのは簡単だった。


「熱いから、気をつけてねー」


「はふはふ……このたこ焼き、はふぃけど、おいひぃ!」


「相変わらず張ってるねー、食い意地」


「うるひゃい!」


「その勢いがあれば、人見知りもすぐ良くなると思うけどなー」


 この頃から、なんとなく勘付き始めていた。


「ねぇ、今日は学校どうだったの?」


「あ、そう、聞いて! 隣の席の子とね、初めてお喋りできたの。私がお昼休みに食べてたお菓子を、その子も好きみたいで!」


「また食べ物……」


「も、もうっ!」


 私はそろそろ、いなくても大丈夫なのかなって。


「ごめん! 明日は学校の友達と約束があるから、明後日遊ぼうね!」


「うん、わかった! 楽しみにしてるね!」


 でもそれは、とっても嬉しいこと。


 だって、彼女の心の穴が埋まっていった証だから。

 極度の人見知りを治すための、練習だから。


「あれ? 今日遊ぶ約束だったのに……どこにいるの?」


 そんなに心細そうな顔をしないで。多分、あなたもわかってるはずだから。


「ねぇ、どこ……? ねぇ、ねえってば……!」


 本来生まれるはずのない私。


 でも、私が生きた意味は、あなたの心の中にちゃんとある。


「そっか……。やっぱり、私が変わったから……」


 そうだよ。あなたが、変われたから。


 向き合えたから。


 前に、進めたから。


「ぐす……っ。今まで、ありがとう……! すっごく、楽しかったよっ……!」


 ありがとう。私もだよ。



 木の葉の色が変わる前。

 鮮やかな紅葉が広がる前に、私は彼女とバイバイしたんだ。

 


 ――これが、僅か半年だけの、私の人生の物語。


 彼女の心の中だけじゃなくて、私の声が視えるあなたにも、知っていて欲しくて。


 ちょっとだけ、お話してみました。


 ありがとう。聞いてくれて。


 私の中に、紅葉の思い出はないけれど。


 そこから先は、あなたに託します。


 あなただけの色で、彩らせてください。


 良い秋の一日を――。


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