第10話
昼ご飯を挟んで訓練から戻ってくれば、珍しく猫たちは寄って来なかった。いや、寄ってこないというよりは、まだ来ていないと言ったほうが正しいか。
まあ、まだエプロンに駐機している状態だしな。
それから点検を終えたじいさんたちは、猫がいないことに不満たらたらだったが、結局空へと上がった。
コックピットから見えた、バズーカに見えるバカデカいカメラを構えたおっさんたちに交じり、同じようなカメラを構えている若い女がいることにも驚きを隠せない。
まあ、迷惑行為さえしなければ特に問題はないので、着陸した時に軽く手を振ると彼らは嬉しそうな顔で手を振り返してきた。ははは……いつもの光景だが、ある意味壮観だな。
訓練を終えて戻ってくると、猫たちが待ち構えていた。とはいえ、今はじいさんを綺麗にしてからハンガーに入れなければならない状態なので、猫たちは寄ってくることはない。
『冷たいのう』
『じゃが、気持ちいいのう』
『綺麗になるのはいいことじゃ』
『あの、痒いところに手が届く感じがいいんじゃ』
鼻歌でも歌い出しそうな声で、『そこ! そこが痒いんじゃ!』とか叫ばないでくれ! つうか、痒いなんてあるのか? それとも、じいさんたちのことだから、適当なことを言っているのか?
ほんっとうに人間臭い
洗浄も終わったのでエプロンの前に戻ると、あとは整備員たちに任せる。途端に猫たちがじいさんたちに近寄り、にゃーにゃー鳴いて話しかけている。
そんな様子に相好を崩し、そうかそうかと頷いている人型のじいさんたちが見える。まあ、相変わらず透けているが。
その時、不意に別のところから嫌な視線を感じた。人間の視線ではない、恨みつらみを持ったまま死んだ霊の視線に似ていたのだ。
実家にいた時、墓場の掃除をしているとたま~に感じた視線と同じなので、間違っていないと思う。その証拠に、隣にいるシェードの眉間も皺が寄っているのだから。
視線が飛んできた方向を見れば、建物の中。しかも、誰もいない場所からだ。
嫌な感じだな~と思っていたら、シェードがなにやら呟くと、『ぎゃあぁぁっ!』と悲鳴があがる。悲鳴が消えると同時に、その場が清浄な空気に包まれた。
「シェード、何をした」
「ん? よくない気配だったから、
「おまっ、そんなこともできるのかよ!」
「できるというか、父に無理やり修行させられたのと、俺はどうも神様に気に入られているらしくて、その神様の加護があるみたいでね。悪しき視線とかモノはわかるんだよ。だから神様クラスの悪しきモノじゃない限り、簡単に消せるよ」
「おおう……」
とんでもねーことをサラッと言いやがったぞ、コイツ。
「んー。さっきの視線はクレヨンに対してってわけじゃないんだけど、どうもお前は悪しきモノに目を付けられやすいみたいだから、気を付けて」
「気を付けてと言われてもなあ……。俺も多少の修行はさせられたけど、親父やじいさんたちみたいに階位を持ってるわけじゃないし。せいぜい、浮遊霊を浄化するくらいの火界呪を唱えることくらいしかできん」
「かかいじゅ?」
「ん? ああ、不動明王の火の呪文のことだ。実家は密教系の寺で、ご本尊が不動明王なんだよ。それもあって火の呪文を覚えさせられたんだが、火界呪はいくつかあってな。一番短いのなら聞いたことあるんじゃないか? そういう系の漫画や小説ではよく出てくる呪文だし」
そう話してから一番短い火界呪を教えると、シェードも納得した顔をした。
その時、遠くで悲鳴が聞こえた気がするが、気にしないことにする。シェードが苦笑して「綺麗に消えたね」とか言っていたとしても、気にしない!
俺にはそこまでの力も霊力もないからな。
こそこそとそんな話をしていると、いつの間にかじいさんたちは定位置に駐機していた。猫たちもたくさん話して満足したのか、俺たちや整備班の人間に甘えたあと、そのまま寝床に帰っていく。
ほんっとに気まぐれだよな、猫って。
そんな中、珍しく来ていたキンタも俺たちに近寄ってきたんだが、なぜか俺の傍から離れない。仕事を終えて営内の寮に帰る時も、なぜか一緒にくっついてきて、離れないのだ。
「キンタ、どうした?」
「にゃあ~」
スリスリと足に甘えるキンタに首を傾げる。マジで意味がわからん。
キンタは人に甘えるということをしないから、その行動が不思議でならないのだ。
面倒だが、キンタのご飯であるカリカリを基地内になる店に寄って買い、自分の部屋に戻る。キンタ用に水とカリカリを用意している晩飯の時間になったので食堂へと行き、帰ってきた。
しっかり食べたらしいキンタ。水以外は綺麗になっていた。毛繕いをしているので、満足したんだろう。
「もうちょい食うか?」
「にゃん」
「いらないのか」
顔を背けて鳴いたキンタ。その行動がいらないと言っているようで、つい笑ってしまう。そのままキンタの頭や顔を撫でると、本当に珍しく触らせてくれた。
滅多なことでは触らせてくれないからな、キンタは。
その柔らかい毛並みに、つい笑みが浮かぶ。外猫のわりには埃がないのも凄い。
とはいえ、相当を気を緩めているのか、あるいは何かあるのか。尻尾が二本になっていることに気づいてないみたいなんだよなあ。
さっきのことといい、キンタの様子といい、なんだか嫌な予感しかしない。
念のため、先日両親から送られてきた御守りを枕元に置いておくことにする。御守りはふたつあり、ひとつは交通安全でもうひとつは健康祈願のものだった。
俺がパイロットだからなのか、交通安全の御守りは毎年送られてきたり、実家に帰った時に渡されているものだ。だが、今回初めて健康祈願が送られてきて、正直戸惑っている。
「まあ、最高位の一歩手前の親父が祈願したものだし、ご利益はあるでしょ」
「にゃん」
「キンタもそう思うか?」
「にゃあ~♪」
相槌のように、絶妙なタイミングで返事をしたキンタに、つい苦笑が浮かぶ。実際に、大丈夫だと言われた気がしたんだよな。
なんとなく金縛りにあいそうな予感がしたが、御守りも猫又になっている状態のキンタもいることだしと、消灯時間にすんなり眠った。
そこまではよかったんだが。
深夜二時過ぎ。所謂、丑三つ時。
「フーッ! シャーッ!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
「に゛ゃーっ!」
ふと目が覚めて時間を見ようと顔を動かそうとしたら、見事に動かなかった。嫌な予感の通り、久しぶりに強烈なのが来たなあと内心で溜息をつき、火界呪でも唱えようかと思った瞬間、キンタの威嚇する声が聞こえたあと、悲鳴が響いた。
しかも、滅多に聞くことのない、とても低い声でキンタが鳴いたのだ。
最後に野太い声が聞こえたと同時に体が軽くなり、動かせるようになったのには驚いた。金縛りが解けるまで、いつも時間がかかっていたからだ。
「ふぅ~。キンタ、助かった。ありがとな」
「にゃん」
――どうということはない。
そんな声が聞こえた気がした。
「本当にありがとう。つうか、尻尾が二本になってるぞ」
「にゃっ!?」
「くくくっ!」
もう一度お礼を言って尻尾のことを指摘すると、すんごく驚いた顔と声をして自分の尻尾を見ると、慌てて猫になりキンタ。普段から考えられないほどの慌てように笑っていると、イラついたように尻尾を床に叩きつける。
そのあと、溜息をついてから俺が寝ているベッドまで飛び乗り、布団に潜り込んでくる。すぐに寝る体勢になると、喉をゴロゴロと鳴らし始めるキンタに、今日は珍しい姿ばかりを見ているなと思うと同時に、嬉しくなる。
そんな落ち着いた様子のキンタの喉の音を聞きながら頭を撫でているうちに、いつの間にか眠っていた。
猫もふあやかしハンガー~爺が空に行かない時は、ハンガーで猫と戯れる~ 饕餮 @glifindole
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