俺の瞳、お前の瞳

太刀山いめ

第1話

山間部の農村ではつい百年位前には農機具は「生きて」いたものだ。


牛や馬や驢馬等の家畜。

畑を耕すのは骨だ。鍬を振るって土を起こし、石を除いて草をとる。

ただその畑を目覚めさせるだけでも苦労だが、そこから更に種をまく。

そこからは繊細だ。

「苗半作」といって、苗になるまでが作物や穀物にとっては重要なのだ。

それまでは我が子の様に繊細に扱う。


その苗以外の田おこしに家畜は欠かせない。



我が家には痩せた牛が一頭いる。

雌の牛だ。

馴れさせるために仔牛の頃に買った。

雌は子供をなせば乳を出す。更に仔牛は祝い事には潰して宴会で食べる。

故に少し高い。

雄牛はもう村に居たので交尾させて乳をとろうとも思った。

だが子供は出来ず、村の雄牛は先に死んだ。

それから村には我が家の牛一頭きりになった。

苗半作。家畜も同じく、馴れて仕事を覚える迄が重要。たとえ馴れても仕事が出来なければ役に立たず、潰さねばならない。

故に仕込みが大切。

幸いに子供が出来なかった以外は合格で一安心だ。


今日は少し畑を拡げる為に牛を出した。

村で管理している林を少し開墾する許可が出たためだ。

樹を切り倒すのは人がやる。

その倒木を運んだり、根を掘り起こすのには牛がいる。牛は遥かに力持ちだからだ。

体に一杯の汗を滲ませて牛は頑張った。





「私」はずっと不思議に思っていた。

お乳をくれた親は四つ足なのに、新しい親は二本足。

でも変わらず愛してくれる。

体を擦ったり、散歩にも連れていってくれる。

食事にも不満はない。

時たま首回りに当て物をつけて重いものを運んだりもする。

そして「私」が親を見上げていた時から、体が育ち親と同じ場所まで顔がのぼってからは、重いものを引くのが仕事だと気づいた。

それに二本足の生き物が親以外にも沢山いる事も知った。

その中にはお尻を痛い棒で叩くのも居る。ソイツは嫌いだ。

でも一際重い荷物を運んだ後は、川原で親が汗を流してくれる。

それが好き。

夕暮れに二人で歩く。

それも好き。

そしてご飯を食べて藁の布団でぐっすり眠る。




「わし」は痩せっぽちの百姓。

時代が過ぎると村から少しずつ人が減った。

若い男は戦争にとられて。器用な娘達は工場に。

働き手は段々と減っていった。

畑仕事にはもう老人ばかり。

人間以外に馬買いが農村の農耕馬迄買い叩きに来た。家畜も貴重な働き手である。馬迄とられた村の田畑は益々荒れてくる。

このご時世、農村は作るばかりで食べ物が口にはなかなか入らない。

地主にたっぷりと納めなければならないからだ。

更に地主も街や軍隊に集めた作物を買い叩かれる。

更に働き手が減った田畑は実りが少ない。なのに納める量は変わらない。故に当時の小作農は「水呑百姓」とも言われた。




「すまないなぁ」

痩せた百姓が痩せた牛を優しく撫でる。

男は牛を大切にしてきた。

餌の飼い葉も塩もけちったりしなかった。

だが飼い葉に充てていた村の藁等も、田んぼが荒れて少なくなった。それに藁はござや草鞋にもなる。

今までは牛を貸した代わりに融通して貰っていたが、今は加工品にして少しでも銭にしようと皆が必死で頑張っている。

故に飼い葉が足りなくなった。

塩もこの山間部には出回りにくくなってきた。

故に牛は痩せた。痩せると力が出ず、貸し出しも出来なくなった。

もうこうなってはにっちもさっちもいかない。

男は村の寄合で、牛を手放すように言われた。

手放して少しでも銭にしないとお前が死ぬと。

前に村に来た馬買いが、軍隊なら荷運びに牛を使うかもしれんと言っていたからだ。



(もうとことんいかんなぁ)

男は牛の目を覗き込んでひとりごちた。




どうも遠くに行くらしい。

「私」はそう感じた。

親が私に草鞋を履かせたからだ。

そんな時は大抵遠くに行く。

前は山を越えて隣村迄行った。

そこで石や土をおこし、沢山ご飯を食べたのを覚えている。

最近ご飯を食べれていない。きっと親はご飯を食べに行くのだ。

そう思った。

親が「私」の目を覗いてくる。「私」も真っ直ぐに見た。




牛は男を乗せて歩む。

痩せているがのしのしと坂道を力強く歩く。

岩場は男が降りて、足場を確かめながらくつわの紐を引く。

牛と男は助け合って山を越えて人里に降りた。



家畜の売り買いの市が立っている。

馬や驢馬や牛。体格はまちまちで、大柄小柄痩せっぽち色々。


「こいつは幾らかね」

仲買人が痩せた牛を連れた男に声をかける。

「金貨一枚」

「金貨!それじゃあ売れないよ。こんな痩せっぽちは銅貨だろうさ」

「買わないならいけ」

「相場を分かってないねぇ」

仲買人は去っていった。


「こいつは幾らかね」

肉屋が声をかける。

「金貨一枚」

「金貨だって?冗談だろう?こいつは潰して売っても銀貨になるかもしらんよ」

「無いなら帰れ」

「売れ残るぞ」

肉屋が去っていった。



「こいつは荷運びにもならんなぁ」

そう言いながら軍服姿の兵隊が値踏みに来た。

「潰して将校に出すにもなぁ。幾らかね」

「金貨一枚」

「馬鹿にしとるのか!軍隊だって今はキツい。お国の為にその「肉」を売れ!」

「あんたにゃ金貨二枚だ」

「けしからん!」

兵隊はカンカンになって去っていった。



他の家畜がポツポツと売れていく中、痩せっぽちの牛は最後まで売れなかった。


「やっぱり残ったなぁ」

肉屋がまたやって来た。

「金貨二枚だ」

「薄々思ってたんだが…」

肉屋が隣に立って言う。

「あんた、売れないじゃなくて「売らないだね」」

「……」

「よしよし。お前は良い親をもったなぁ」

肉屋は痩せた牛を撫でた。




結局ご飯は食べれなかったなぁ。

「私」は親を背負って来た道を歩く。

道々に生えた草をついばみながら。

あちこち止まって食べていると、うつらうつらと親が眠ってしまった。

あらあら寝ちゃった。起こしちゃ悪いよね。

「私」はゆったりゆっくりと歩く。

一度歩いたらそうそう道は忘れない。

だから安心して寝ててね?





「売れなかった」

そう寄合で言った。

皆に呆れられたが、男は気にしなかった。

(売れるものかよ)

寄合の帰り道、男は痩せた牛を撫でて首に軽く抱きつく。

牛は軽く鳴くと大人しく抱かれている。


「お前の中には俺が居るもの」

男は牛の目を見た。

牛も男を見た。


お互いの目にはお互いの姿が鏡の様に映りこんでいる。




貴方は誰かの目を見つめますか?


みつめたらその目には何が映りますか?


そこにはきっと貴方が映ります。

そうしたら相手に是非笑いかけて下さい。

そうしたら笑った自分が映るでしょう。


きっと相手も笑ってくれますよ?



俺の瞳、お前の瞳。いったい何が映り混む?

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俺の瞳、お前の瞳 太刀山いめ @tachiyamaime

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