最終話 クッキーの中身

 僕らは急いで服を着て、懐中電灯を持った。


 父の大きなスコップを持ち出し、森に入る。


 千年杉はすぐ解った。掘り始めると、小雨がパラついてきた。急がないと!


 予想より深くまで掘ると、やっとカツンと金属に当たった音がした。土をよけて行くと、フタの部分が見えてきた。エンジンオイル20Lの大きな缶のフタだ。フタは錆びついていて、スコップを差し込んで力まかせに開ける。


 缶の中には色々なガラクタが入っていた。戦闘機の模型、バッジ、野ネズミの頭蓋骨をビンに入れたもの。その下に、ちらりと見えた紫色の箱、これだ。


 取り出すと、間違いなくクッキー箱だった。


 ジグニーに渡し、笑いながら聞いた。


「紫だったっけ?」

「アタシも驚いてる」


 彼女も笑った。


 雨が、いよいよ本格的に振り始めてきた。クッキー箱とスコップだけ持って走る。


 家に入ると両親を起こしてしまいそうなので、車庫にとりあえず入った。息が切れている。年を考えないと。ジグニーも息を切らしていた。


 彼女の白髪まじりの髪が、顔に張り付いている。僕は爪でそっと払った。


「ありがとう」


 彼女は、そう言って笑った。


 僕はポケットから自分のクッキー箱を出す。笑っていた彼女の顔が曇った。


「グラント、それはいいことだとは思わない。少し冷静になってから考えたほうが……」


 僕は首を振った。


「今まで、自分のクッキーがなんだったか、気になってた」

「それは、アタシも覚えているよ」

「でも、今はどうでもいいんだ。ただただ、君の箱を開けたい。だめかい?」


 彼女は満面の笑みを浮かべて言った。


「だめも何も、30年前からオーケーだよ」


 彼女が、僕にクッキー箱を差し出す。僕は彼女にクッキー箱を渡した。


 二人で、箱の側面を合わせる。


 カチリ、と鍵が開く音が聞こえた。ジグニーが思わず、といった感じで息を大きく吸い込む音が聞こえた。


 二人で見つめ合い、僕はうなずく。


 彼女のクッキー箱を開けた。出てきたクッキーはハート型だった。


「意外だ! ジグニーはハート型だったのか!」


 びっくりしてジグニーを見ると、彼女も驚いた顔をしている。ジグニーが僕の箱をくるりとこちらに向けた。


 僕のクッキーもハート型だった。


「ハートなんて作った覚えない!」

「アタシもだよ!」


 二人して、クッキーを見つめた。これはいったい……


「エポートル、奇跡の麦、やっぱり知らなかったか」


 誰かと思えば、車庫の入口に父が立っていた。


「父さん! 起きてたの?」


 父は笑いながら入ってきた。


「物音に目が冷めたら、お前がスコップを持って森に行くのが見えた。待っていると、なにやら、かつての二人が車庫にコソコソ入っていくじゃないか」


 僕とジグニーは、思わず互いを見た。そうだ、昔に開けようとしたのもここだった。


「父さん、これってどういうこと?」


 父は、うーんと少し考えて、静かに話し始めた。


「エポートル、という麦は不思議な成分があってな。さわった人の精神にリンクして形を変える、半永久的に」


 それを聞いて、即座に理解したことがある。


「だから親が横から指示は出すけど、手伝わないのか!」


 父はうなずいた。


「箱の中のクッキーはたえず形を変える」


 父が僕らのクッキー箱を指差した。


「そしてまれに、こういった同じ形になる場合がある」

「父さんたちも?」

「私たちの時は、星型だった。夜空を見て感動した後だったからかもしれない」

「教えてくれればいいのに」


 僕は思わず言った。こんな秘密があるなら、もっと早く知りたかった。しかし父は困った顔で頭をかいた。


「それは難しくてな。同じ型になると本当の恋だという者もいるが、その本当の恋というやつは、なった者にしか解らぬものだしな。海を見たことがない者に、海を説明するように」


 父の言葉は、今なら解る気がする。確かに、若いころの僕に説いても無駄だろう。


「よく、噂が広まらないな」

「そうだな、同じ形になるのは、ひじょうに少なくてな。声高に人に喋る気にはなれん。また違う形になった恋人でも、幸せになった者は多いのでな」


 なるほど、それもそうだ。


 しかし、それでわかった。名前は忘れたけど、昔の彼女で僕のクッキーを見た途端に泣き出した女性がいた。おそらく、僕のクッキーはいびつな形だったのだろう。


「おじさん、このクッキー、食べれます?」


 ジグニーが父に聞く。


「まあ、美味しくはないが、食べれんことはない」


 ジグニーと見合った。考えてることは、おそらく同じ。食べないなんて考えられない。


 父が僕たち二人を見て、ため息をついた。


「まさか、何十年も後にこうなるとはなぁ。私が怒ったのは、余計なことだったのかもしれん」


 ジグニーと僕は苦笑いを浮かべた。


「おお、母さんがな、もしクッキーだったなら、ホットミルクがいるだろうと言ってな。さっき作り始めたところだ。飲むかね?」


 僕もジグニーも大きくうなずいた。


 父の後に付いて、家に帰る。


 雨はやんだようだ。


 少し後ろを歩くジグニーの手を取った時、月明かりに照らされた彼女の顔は、とても綺麗だった。




 終


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【短編】ポロン星のクッキー 代々木夜々一 @yoyoichi

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