第3話

 披露宴の会場に移動した俺と川端は、指定されたテーブルの席に座った。俺は椅子に深くもたれかかり、テーブルにあるコースメニューを眺めていた。

 テーブルには俺と川端の他に、女性が2名、すでに着席していた。川端が二人に軽く会釈をすると、二人はすぐに返してきたので俺も背筋を伸ばして小さく頭を下げた。


「お嬢様方は沙耶さんとどのようなご関係なのですか?」


 川端は定型文のような質問を投げつけた。


「私達は沙耶とは保育園の頃からの付き合いなんです。いわゆる幼馴染ってやつです」


「幼馴染ですか。今でも付き合いがあるとは、本当に中がいいんですね」


「そうですね。もう、仲がいいと言うか、腐れ縁みたいなもんですよ。あなた達は沙耶とどのようなご関係ですか?」


「大学で知り合って以来、仲良くさせていただいてます。いや、しかし、綺麗な人の友人はやはりお美しいのですね」


「こんなとこで口説くなよ。あ、こいつ既婚者なんで」


 川端は女性にだらしがない。初対面の女性はとりあえず口説こうとするのだが、上手くいったことはない。こいつにツッコミを入れるのが俺のいつもの役目だった。今にして思うことは、人見知りで口下手な俺が会話に参加しやすいように、気をまわしていたのかも知れない。

 それから披露宴が始まる少しの間、4人で歓談をした。幼馴染の二人は、小さい頃のエピソードを。泣き虫だったり、今と変わらず頑固だった湖月のことを話していた。川端は入学初日に湖月にフラれた時の話を、落語のように語った。俺は湖月の学校での人気や逸話について幼馴染の二人に教えた。無論、月で戦っていたなんて言えるわけが無い。

 本当に話したいことはたくさんある。クラシックばかり聴いていたあいつに、ジャズの素晴らしさを教えたのは俺だ。犬より猫派だ。梅雨の時期の蒸し暑さが一番苦手だ。ショートケーキの苺は最初に食べる。一度気に入った映画を見つけると、何度も見ては何度も泣いている。機械音痴で携帯電話もろくに使えなかった。好きな小説ジャンルはSFで、ハインラインが一番のお気に入りだった。『夏への扉』を何度か勧められたが、結局、俺は一度も読まなかった。

 



 --湖月は一度決めたら、絶対にやり通す。俺の話なんか聞きやしない。『月末戦争』(レニゲーテ)の時だって、俺はあいつに地球に残れと言った。だけど、あいつは最後まで戦うと答えた。俺が何度説得しても、聞く耳を持たない。


「私は最後まであなたと戦う。もう誰も死なせない。あなただけは絶対、死なせたくない」


 それは俺も同じだった。湖月だけは守りたいと思っていた。だからこそ、あいつが戦いたい気持ちも分かってしまう。結局、死んでしまったのは俺の方だったが。








 披露宴の入場曲が流れる。人前式と違い、ポップで軽快な曲だ。この曲は俺も知っている。日本の男性アイドルグループが歌う、キャッチーでくだらない歌だ。湖月が選曲したとは思えない。新郎がこのグループのファンとも思えなかったのだが、湖月がこの曲をチョイスする可能性を考えれば、新郎が男性グループのファンである可能性のほうがまだ高い。

 二人が入場してくる。新郎は相変わらず薄ら笑いを浮かべている。湖月はいつもどおり美しかった。

 司会の進行に促され、二人は出会いのエピソードを語った。湖月が就職したデパートに、バイトとしてこの新郎が来たことが、二人の出会いだ。新郎は湖月より4つも年下だった。新郎は湖月に一目惚れだったみたいだが、湖月は第一印象を覚えておらず、彼を気にもとめてなかったようだ。

 司会者にお互いの好きなところを1つ、と質問されると、新郎は


「真面目で、しっかりしているので、だらしがない僕のことをしっかり支えてくれる」


 と答えていた。真面目に聞いていなかったのでセリフに間違いがあるかも知れないが、内容は充分理解している。

 一方、湖月は新郎の魅力をこう答えていた。


「正直、何が好きなのかはよくわかりません。強いてあげるとすれば、さっきの入場曲を歌っていた平沢君にちょっと似ているところかな」


 会場に笑い声が溢れた。平沢とは、男性アイドルグループのメインボーカルである。


「沙耶って、昔から平沢君が好きだったもんねー」

「確かに、似てるといえば似てるけど」


 幼馴染の会話が聞こえる。昔からのファンだったのか。そんな事は知らなかった。川端は、他の大学の仲間たちは知っていたのだろうか。いずれにしても、彼女がこのような俗物的なものに興味を示すことがあるとは、にわかに信じがたかった。彼女は高貴な王女なのだから。




 会場が暗くなり、スライドショーが流れる。


 新郎のスライドショーは、いかにも陽キャらしいスライドショーだった。少年時代は柔道をたしなみ、高校生になってからラグビーを始めた。ガタイのいい男が何人も笑顔で写っている。どいつもこいつも川端みたいに見えてきた。


 湖月のスライドショーが流れる。生まれて間もない湖月と、それを抱く今は亡き母親。母の顔を見るのはこれが初めてだった。今の湖月とそっくりで、美しく、写真からでも芯の強さが伝わってくる。幼馴染の二人は母親の顔をみて少し涙を浮かべていた。恐らくこの母親とも交流があったのだろう。湖月の表情は暗くてよく見えない。

 それから、小、中、高と湖月の写真が映されていく。俺はこの時代の湖月のことを何も知らない。吹奏楽部に所属しており、県のコンクールに優勝したことや、中学、高校では生徒会長を努めたこと、大きな犬を飼っていたこと、修学旅行は福岡に行ったこと、たくさんの友だちに囲まれていたこと。

 それから大学時代の写真が映される。入学時の写真、文化祭の写真、そして、卒業式の写真だ。俺は文化祭の写真にしか写っていなかった。そのままスライドは卒業後の職場の写真、新郎とのツーショットを写していった。


 卒業式に俺は参加できなかった。『月末戦争』(レニゲーテ)で一度死んだ俺は、湖月のおかげで一命を取り留める事ができたが、意識が戻らず約半年、病院で眠り続けていた。おかげで出席日数が足りず、卒業論文も完成しなかったので、俺はもう一年、大学生でいることになった。

 授業料や、入院費、俺が借りているアパートの家賃などは全て湖月が支払ってくれていた。湖月は父親から莫大な遺産を受け継いでおり、その殆どは祖父母に譲っていたが、この時ばかりは祖父母に連絡をし、金銭の工面をしたそうだ。


 後に川端から聞かされたのだが、湖月は毎日欠かさず、見舞いに来てくれていたそうだ。湖月が一体どんな表情で、感情で俺のそばにいてくれたのか、意識のなかった俺には知る由もない。

 俺が目覚めたのは、6月の中頃、雨の日だった。初夏にしては肌寒かったことを覚えている。混濁した意識の中、満月を見た。湖に沈んだ、白銀色に輝きを纏うその月が水面の底から浮かび上がってくる。湖は雨に変わり、俺に降り注いだ。不思議と雨は暖かかった。



 


 式もまもなくフィナーレを迎えようとしている。湖月は両親や友人へあてた感謝の手紙を読んでいる。幼馴染の二人は涙を流している。きれいな涙だ。湖月のことを思い、湖月のために泣いている。俺が堪えている涙は違う。俺は自分を憐れみ、その情けのなさを押し殺そうとしているだけだ。俺はただただ、湖月を見つめることしかできなかった。湖月もこちらを見ていた。


 この日初めて、湖月と目があった。湖月は穏やかに微笑んでいた。俺が目を覚ましたときと同じ笑顔だ。湖月は俺に向かって何かをつぶやいた。声は聞こえなかったが、俺はすぐに理解した。読書家の彼女らしい口癖だ。その言葉に深い意味はない。だから俺はいつもこう返していた。





「このまま時が止まればいいな」







式が終わり、俺は立ち上がった。靴紐はほどけなかった。



 

 

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一緒に世界を守るために戦ったあの子の結婚相手が俺じゃない 黒川 月 @napolitan07

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