愛しすぎた男

ShuRi

第1話焦燥感



「東京で大事なコンペがあるから、それが終わったら、必ずキミと僕たちの子どもを抱きしめにいくよ!」


それが最後に聞いたアノ人の声。


産婦人科からの帰りの電話だった。

帰りは3日後、と聞いていた。しかしそれきり失踪をしたアノ人。


季節はまだ肌寒く、私は家のソファの毛布にくるまって静かに茫然としていた。

1週間、2週間、、何度アノ人に電話をしても

「只今、電源が入っていないか、または、電波の届かないばしょにあるか・・・」

という冷たいアナウンスが耳を紡ぐ。

会社の方にも電話をしたが、コンペが終わってそれきり連絡がないそうだ。

東京の会社の方にも電話をしたのだが、同じことだった。


東京へ探しに行こうとも考えたが、臨月だったこともあり、探しには行けなかった。


アノ人の最後の電話の1か月後、私はここ実家の富山で誰に立ち会われることなく、

無事に元気な男の子を出産した。


母は喜んでいた。半面、私を気遣ってかアノ人のことは口にしない。

そして私たちには決定的に普通とは違う道でここまできてしまったから。



私とアノ人は、まだ籍を入れていなかった。一緒に住んではいたが

子どもが出来た時に入れておくべきだったのだろうが、私が

「この子が無事、生まれてきたら籍入れよう!その方がダブルで幸せだし!!」

と言って入れなかった。



・・・嘘だった。まだ母親になる覚悟がなかったから・・・それに・・・


私は退院してからも体調が悪く、同じくシングルマザーである母里美に子どもを看てもらい、頼っていた。

一日に何度も何度も電話して、あのアナウンスが流れる度、涙が止まらなかった。


どうして私だけが・・・

どうしてアノ人が・・・


毎日毎日泣きながら布団にうずくまって小さくなっていた。

まるでこの世の中、私だけが、たった一人ぼっちになってしまったみたいに・・・


「早織、少しでも食べなさい」

母に何度言われても食欲がない。ただ茫然と過ぎ去っていく日々を見送っていた・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛しすぎた男 ShuRi @chichangogo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ