彼女

太刀山いめ

第1話 彼女

「お前は本当に彼女好きだよな」

仲の良い友人に言われた。


「何だよ、そりゃ好きじゃ無かったら付き合わないよ」

そう言い返す。


「そうじゃなくてさ、二人で住んでるのに家事は大抵お前だからね?

マジで俺なら別れるわ」


「男女逆転でも現代じゃ問題ないでしょうよ」


「それにさ、高々二、三日同棲してる彼女が外泊するだけで彼女の夢を観るなんて…何歳?」


「えーっと」


そうなんです。僕は彼女が外泊だ何だのといなくなるたびに彼女の夢を観るのです。

ただいま~、あー疲れたよ今日も…

って台詞から始まって彼女が話すのです。

僕は夜勤の仕事で早めに寝てるのでこういうすれ違いは良くあります。だからかすれ違いの夢を観ます。


「俺を含めて友人一同は、余り祝福してないんだがね。忘れるなよ?

このままじゃ体壊すからな?」

友人に念をおされるのも毎度の事。

その優しいお節介にお礼を良いながら今日は別れた。


「ご馳走さま。今日も美味しかったよ」

夕食を食べて彼女が言う。

「それは良かった。食器は水に浸けておいてね?

行ってきます」


「行ってらっしゃい」

彼女が片付けながら手を振る。今日も夜勤だ。


職場まで電車賃を浮かせるために歩いていると、


ジャリッ


金属音がする。

足下を見る。

(またかぁ、買ったばかりなのにな)

道路にリュックに下げたお守りが落ちている。

見事にひもが切れていた。

只でさえ夜道だから縁起が悪いのは勘弁してほしい。そう思って早足で職場に向かった。


「何、何回目よ」

職場の同僚にお守りの話をしたらそう言われた。

「三回目…」

「お守りも高いんだから」

そう言いながら同僚は仕事前の腹拵えにハンバーガーを食べる。

「お守りでハンバーガー買えるんだからね?

次は鎖で繋いだら?」

なんて言われる。

「壊れたお守りは縁起が悪いから買い替えます」

「出たよ験担ぎ」

この短い会話の間にハンバーガーを二つ食べる同僚なのでした。



朝の七時。仕事終わり。あー、やっと解放される。

すると携帯がなる。


彼女からだ。


「もしもし」

「あ、もしもし、あたしだけど」

「知ってる」

「あー、今イラついてるからそれはいい。実は弟が轢かれたらしくて…これから実家帰ってお見舞いだわ」

「え、大丈夫なの?」

「わかんないよ。意識無いらしいから、兎に角職場にも電話架けてすぐに出るね

じゃ」

ガチャ…ツーツー



部屋に戻るとあわただしく出掛けたらしい部屋の惨状が見受けられた。会ったことのない弟君には申し訳ないが電話で当たられたので気分が悪かった。

兎に角一息ついたら部屋を片付けなければ。

お守りは急がなくて良いだろう。


お昼過ぎ。もう夜勤に向けて眠る準備がある。起きて食べれるようにお握りも作っておく。

さあ、気分は良くないが仕事は仕事。寝るのも仕事。おやすみなさい。




ガチャガチャ

鍵を開ける音がする。またいつもの彼女の夢。絶対鍵を開ける所から始まる。


ギギー


バタン

扉が閉まる。

「ただいま~、あー疲れた」

また始まった。平和な帰宅。借りてる部屋は台所が大きくそこを通って居間にたどり着く。

ぎしぎしぎし

「はー疲れた」

とすんと俺が寝てる隣の座布団に座る。

「今日も嫌な客来たよ~」

等とたわいない会話をする。

だけど今日の僕はイラついていた。

いつもなら泥のように眠るのだが、今日は少し体が動かせた。首を彼女の方に向けて半目を開ける。




そこには何かがいた。彼女じゃない。真っ黒い人影。

そこで思わず掠れた喉で、

「誰?」

と声が出た。


すると影は立ち上がり巻き戻すように外に出ていった。

するとまた


ガチャガチャ


ギギー


バタン

「ただいま~、あー疲れた」

ぎしぎしぎし、台所を通る。

とすん。座布団に座る。

「今日も嫌な客来たよ~」

また同じことを始めたのだ。

俺の頭は半分覚醒していた。彼女じゃない。黒い影だ。声も良く聞くと違う。誰なんだ。


そしてまた体に力を入れて「彼女」の方を見る。


「誰なんだ」

影は立ち上がりまた逆再生の様に玄関に戻る。


とすん。座布団に座る。三度目。

僕はもう眠気が飛んでいた。


「誰だ…」

半身を起こしながら「彼女」を問い詰める。

はぁ…「彼女」がため息をついた。

そしてゆっくりとこちらを見た。



真っ黒だった。輪郭だけ人間で夜の闇がそこに居るようだった。


「渡れないよ」

「彼女」が言った。

「お前もアイツも渡れないよ?渡れないからね?絶対に」

笑っている様だった。俺は恐ろしさからか幻覚を見た。激流の川、それから広い海。


「渡れないからね」

そう言うと「彼女」は玄関にまた消えた。今度は戻って来なかった。



ピピピピピピピピ…

携帯のアラームがなる。

仕事の時間だ。

もう考える気力もない。僕は靴を履いて部屋を出る。鍵をしっかり閉めて。


今日は話す気分じゃなかった。同僚も何か察したのか何も言わずに仕事してくれた。

朝の七時。仕事からの解放だ。


「ちょっといい?」

同僚が一言言った。


「何?」

「あのさ、信じないのは分かってるんだけど、壊れたお守りさ、緑色の鈴付いてたじゃん?」

「うん」

「俺夢でさ、お前からお守り渡される夢見たんだよ。みどりの。何か気味が悪くて断ったら付き倒されたんだわ夢で。それが気になってなぁ」

「おお」

「お守り早く変えちゃいな、じゃお疲れっす」

そう言って同僚は先に帰っていった。



みどりのお守りは彼女に買って貰ったものだ。断りを入れてから捨てようと思ってたら



ブーブーブーブー

バイブにした携帯がなる。彼女からだ。

「もしもし」

「もしもし!助かったの!助かったの!」

話はこうだ。彼女の弟君がお酒を飲んで道路に横になってしまったそうだ。そこにタイミング悪く新聞を積んだ軽トラが横切り弟君を「一回」轢いた。

そこには弟君の友人も居て、軽トラのドライバーと二人で動転。軽トラをバックしてしまって「二回」弟君を轢いたそうだ。

普通なら死んでいる。

尿道にカテーテルも挿されて、意識も無かった。

だが突然今朝になって起き上がって仕事に行こうとし始めたそうだ。弟君は何故病院に居るのか分からなかったらしい。

レントゲンにも何の異常も無かった。

だが退院させるわけにはいかないからベッドに縛り付けているとの事。


「渡れないからね?」

昨日の「彼女」の言葉はこれだったのではないかと思った。三途の川を渡れない。つまり死なない。


通話を終わったあと、晴れやかな気持ちになった。渡れなくて良いんだと。


午前九時。お守りを買ったお寺があく。彼女の許可はとっていないがお守りをお清めして貰おうとお坊さんを捕まえてお守りを見せると、「此方に」と本殿に通された。

そして本尊の前にパイプ椅子を用意され、そこに座らされる。

三人のお坊さんがお経を唱える。

「大難を中難、中難を小難、小難を無難に過ごさせたまへ」と締めくくった。

そして新しいお守りを持たせてくれた。

「あの、何か良くなかったですか?」

そう訪ねると、一人のお坊さんが、ではと、みどりのお守りに手水の水をかけた。



バチン!


大きな音を立ててお守りが弾けとんだ…



「ひっ!」

「早く来て頂いて良かったです。それではお気をつけて」

お坊さんに見送られ家路についた。



「渡れないからね?」

あれは良いんだと思っていた。

「彼女」は悪くないと思いたかった。




あれから何年経ったろう。渡れていないんです。大病を患い、死を願っても。

最近筆をとることも出来るようになったんですが、やはり渡れていないんです。

未だに彼女と付き合っていますが実家が島なんです。

そう。親族への挨拶に海を渡れていないんです。



もし渡ったら…どうなるんでしょうか。

ちなみにあれからも「彼女」は現れましたが、関わってはいません。

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彼女 太刀山いめ @tachiyamaime

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