死ねない男

響ぴあの

スキル再生で俺死なねえええ

 鈍い音が響く。ドゴッ!! バコッ!! ボキッ!!

 この音は、まぎれもなく俺の肉体がやられている音だ。ぶん殴られて胸ぐらをつかまれた俺の体はズタボロの雑巾のようだ。でも、死なない。いや、死ねないのだ。俺のスキルは再生能力。故に、弱いが無敵、不老不死の体らしい。


 頭をかち割られ、激しい流血と頭蓋骨陥没と言ったところだろうか。そして、あばらの骨が10本ほど折れただろうか。どんなに暴力を受けてもどんなに痛い目にあっても俺には無関係だ。一瞬で再生しちまうんだからな。だから基本、やられる瞬間に恐怖を感じることはない。痛みも何も感じないのだから。だから、恐怖に引きつった顔をしないからつまらないと言われることもあるな。常に冷めた顔をしているらしい。たしかに表情は乏しい方だ。


 あぁ、今日の挑戦者の髪の毛は痛んでいるとか、肌の手入れが行き届いていないとか、老化でしみやたるみが出ているなんて冷静に観察するのが常だ。俺の場合、再生能力のおかげなのか、しみやたるみは無縁のようだ。


 蝉が鳴いているな。うるさいと思ってみると、蝉タイプのモンスターだったりする。こういった不意の敵にも何も感じることはなく、平穏な日常が続くだけだ。特に弱点というものもない。虫が苦手だとか、苦手と感じることもない。多分、精神がある意味退化してしまったのかもしれない。感情の起伏を感じることは最近めっきり無くなってしまった。あぁ、今日は5体のモンスターと質の悪い連中3人ほどに絡まれたが、極めて穏やかな日常だと空を見上げる。空も俺の肉体が生まれてから変わることなく続いているから、同類なのかな、どうでもいいことを思いながら、たたずんでみる。無の境地だ。そこに虚しさも悲しみも怒りも何もない。ただ、俺はこの世界に存在しているだけなのだ。


 再生スキルを活かしたゼロ円商売をしている。元手ゼロで金を稼ぐというやり方で旅をして場所を変えながら生きてきた。同じ場所にいると噂を聞いて俺と闘ってみたいとか好奇の目でみるとかそういった奴らがやってくるので面倒だということがまず1つ目の理由だ。そして、固まった人間関係を作りたくないというのも旅をしている2つ目の理由だ。そして、店舗を持つことになると場所を荒らされ近隣に迷惑をかけるということが困ることが3つ目の理由だ。


 さて、今日は死んだ魚が結構浜辺に落ちていたので、再生スキルで新鮮な魚にして売りさばく。そして、稼いだ金は俺の趣味や衣服を買う時に使う。枯れた花を蘇らせて生き生きとした状態で売りさばくことも多い。虫に食われて売り物にならない野菜や果物も俺にとっては商売道具となる。歩いていると、干からびた野菜が落ちている。うまく育たずに畑に捨てられていた野菜を拾って売ることにした。


 俺がなぜ生まれながらゾンビのような能力があるのかは、未だわからないままだ。そして、どうしてそんな宿命なのかもわからない。だから、ある時期から考えることを辞めた。いくら考えても俺の頭ではどうにもわからない。そして、その時間が無駄で無意味に思えてきた。いくら能力があっても、俺は天才脳は持ち合わせていないからな。人生諦めは肝心だ。だからだろうか、いつも諦めと同居している無気力な男になってしまった。


 今日も視線を感じる。人間共もモンスター共も俺を殺そうとする輩は後を絶たない。なぜ俺のことを殺そうとするのか。言っておくが、俺が戦いに強いからではない。俺は腕力も剣力も人並みだ。でも、死なない。いや、死ねないのだ。俺のスキルは再生能力。持って生まれたものは仕方がない。脳をたたきわられようと、眼球を突かれようと、体を燃やされようと、水没しようと再生してしまう。


 結果俺は最強のような形になってしまった。どんなに痛めつけられても、痛みを感じないし、流血しようとすぐに治ってしまう。むしろ、血が一時的についた洋服の洗濯の心配のほうが深刻だ。血の洗い方、しみの取り方には妙に詳しくなってしまった。なるべく防水加工を施した衣服を着衣しておかねばいけないということが留意点だ。


 珍しい体質故、俺を倒そうという輩は後を絶たない。俺はいつも防水仕様の黒のロングコートを着ている。一時的だが、俺の血液が飛んで人様に迷惑をかけないようにするためだ。そして、白だと洗濯が大変なので、結果的に血液がついてもしみになりにくい黒色を着用するということになる。黒いインナーやパンツももちろん防水仕様にしているが、こうもやられてばかりだと血しぶきによって衣服が汚れてしまう。血はすぐに止まるから体には問題はないが、血液のしみは取れにくい。


 そして、形ばかりの剣を背負っているが、まぁこの剣の役割は9割型は格好をつけるためだ。少し強そうに見えるとか、カッコよく見えるとかそんな理由だ。一応、戦いを挑まれたらそれなりの対応をするための武器でもある。相手に敬意を表するためには丸腰では失礼だろうからな。どちらにしても俺は即効やられて即効再生する。何度でもだ。


 再生能力は毛髪にもあてはまる。故に、髪を引き抜かれても結果的に新しい髪の毛がほどよい長さに生えて来るので問題はない。染毛も試みたが、再生能力で金髪にしても黒髪になってしまう。これは、おしゃれをしたいという人間には大変つらい能力でもある。故に、髪の毛のアレンジが全く楽しめない。白髪にも無縁だが、歳相応には見えないから今時の若者はなんて言われてしまう。しかし、俺はこの世に生きている人間の中で最も長生きだ。目の前の年老いた人間は俺が年上なことに気づきもせず、若者だというだけで馬鹿にする。もう慣れたがな。


 今日も、鉄パイプを持って振り回すガラの悪いやつらがやってくる。俺は、はっきり言って弱い。でも、痛みも感じず再生するので、ノーダメージだ。相手もうわさを聞きつけてやってくることが多いのだが、痛みを感じる苦痛の表情が見ることができないととても残念そうな顔をして、最後には諦めて去ってしまう。


 何度再生しても俺は基本的に体力が奪われることはないので、特に問題はない。俺は生まれた時から死ぬことができない体として生まれてきた。だから、幼い頃からどんなにケガをしようと殺されそうになっても、一瞬で治癒する。弱点はないのかって? たしかに脳だとか心臓だとか一般的には弱点があるのが普通なのかもしれないが、俺の場合はどの部分も再生する。故に無敵になってしまった。そして、20歳くらいから歳をとることもなくなってしまった。一番人生の中で体力がある時期から進化することを止めてしまったといったほうがいいだろうか。


 時間の流れに逆らって自然の摂理に逆らって生きることは辛いかって? 別にどうということはない。俺にとってこれは日常で、死にたいとも思わないし、死ねないことに不満もない。だから、周囲の人間のほうが先に死んでしまうという経験は何度もしている。故に、今、家族も友達も親しい者はいない。ただ、毎日生きているというところだ。


 長年猛者共と闘っているので多少は強くなっているのかもしれないが、戦闘力に関して言えば、多く見積もっても人並み程度だろう。鉄パイプで殴られれば、骨折するし、打撲で一時的には赤くなる。しかし、すぐ再生する俺の肉体は、体力を消耗することもなく再生している。


 相手は、体力が消耗して疲れているのに俺の体は疲れない。何故なのかもわからない。ただ、俺は今日も散歩をして食事をする。そして、誰かに体を攻撃されて再生することをもう100年以上行っている。退屈な話だ。


 ちなみに、死ぬ方法を探した時期もあったのだが、食事や水分を摂取しなくても勝手に体が再生するので、生きるために食べているわけでもない。つまり、食は娯楽だ。体を火の中で燃やされたこともあるが、結局ノーダメージだった。色々試したのだが、溺死も俺には無意味らしい。


 肉体が破壊されるときの鈍い音も耳障りではない。生きている証のような気すらしてきた。毎日襲って来る者たちとの対話が唯一の楽しみなのかもしれないと最近は思い始めている。人として終わっている。というかこの体は人なのだろうかと思うが、科学技術が進歩していないこの世界で解明することは不可能だろうと思う。もう何百年と生きて、科学の進歩を見守ってきたが、それでもまだまだのようだ。


 死なない体と付き合うためには飽きるということをうまく回避することが一番だと思う。さびしさとの闘いにも慣れることだ。毎日が退屈で死にそうになるからな……。とは言っても俺の場合はどんなことをしても、本当には死なないけれどな。


 再生スキルを人間のために使えないのかと思うだろうが、残念ながら人間には俺のスキルは通用しないらしい。もっとも、そういったことが可能ならば、唯一心を許した女性であるリリアにいくらでも使ったと俺は断言する。


 昔、大好きになった女性がいた。その人の名前はリリア。いつも優しく笑顔で語り掛けてくれた。異端児である俺に対しても普通の対応をしてくれた。一般的には俺のスキルを知るとみんな化け物扱いをする。この国はまだ飛行技術も医学的な技術も劣る。だから、こんなスキルの研究をするような体制は整っていない。生まれた時からの体質である、再生は自分自身どうすることもできない。好きになった女性の名前はリリアだった。彼女は病弱で若くして亡くなってしまった。ちなみに俺は病気をしたことがない。だから、感染症にも無縁だ。彼女が徐々に弱っていく姿を見るのは辛かった。そして、彼女を知っている者で、この時代に生きている者はいない。今日も、俺の寝床に花を供える。彼女の好きだった赤い花を摘んで、語り掛ける。もしかしたら、これが俺が人間だったと思える感情があった頃の証なのかもしれない。


「世界一素敵な能力を持っているのに、トーヤはいつも表情がないんだから」

 リリアはにこりと笑う。俺とは正反対の表情豊かな性格だ。その面影は今なお消えない。


「笑っても怒っても俺は何も変わらないゾンビのような生き物なんだ。死ぬこともないし、化け物扱いだよ」

「すごいスキルなんだからもっと堂々としてほしいな。そして、この能力を困っている人のために活かしてほしいな」


 彼女の口癖は「世界一素敵な能力だよ」だったな。彼女のスキルは珍しい心音傾聴しんおんけいちょうだった。心の声が聞こえる能力らしい。これによって、俺の考えはまるわかりで、彼女に隠し事は全くできなかった。だから、俺が彼女を好きだということもばればれだっただろう。それでも、死ぬ間際まで俺との時間を大切にしていた彼女は俺のことを好きだったのだろうか。聞く前に彼女は病死してしまった。今思い出しても涙が流れそうになる。体の痛みを感じない俺でも、心の痛みは感じるらしい。


 どこまでもお人好しで無欲な人だった。そして、平等で博愛の精神を持つ女性だった。100年以上生きてきたが滅多にお目にかかれない性格だ。俺が積極的に人に関わらないから、出会わないというのもあるな。深く接したくないと思うようになったのはリリアを失ってからだろうか。いいや、陰気なのは元々の性格かもしれない。


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