星開の奴隷

ヘイ

Beginning Day

「同類だ。仲良くしようぜ」

 薄暗い牢屋の中に、やけに身なりの綺麗な人間が一人入っていた。その者は燻んだ赤色の髪、黄金色の瞳の男性だった。伸び切った髭だけが、違和感を覚えさせる。

「オレと、お前で」

「俺は……」

「残念でならねぇがな、オレたちは生まれた瞬間から運命が決まってんだと」

「…………」

「運命だから仕方ねぇさ。それで納得しとけって話だ」

「あんたはいつからここに?」

「そうだな、俺はお前が来る数千年前からここの住人さ」

「は?」

「人間の物差しで測んな。俺たちには最低、五個の心臓が備わっている。心臓っつうか、核っつうかだな。それはお前もだ」

 笑い話の様に語り聞かせる。

 まるで気にした素振りもない。

「で、新入り。お前は俺が出会った記念すべき五十人目だ。歓迎するぜ、先輩として」

「俺は誰なんだよ……」

「オレたちァ、開拓者。死なねぇ奴隷だ。いや、それだと語弊があるな。何回かは死ねる特別な奴隷だ」

「それは俺たち以外にもいるのか?」

「次にこの檻に来るとするなら百年後だな。会いたきゃ頑張れよ、零歳児。精々、それまでに死なねえようにな」

「…………」

「檻を出るとそこには広大な世界が広がっている。そこには俺たちの何十倍もの大きさのある巨獣がいる。オレたちはそいつらを殺して生存領域を広げる」

「それを続けるとどうなる?」

「知らん。もしかしたら神なんつうモンが出てくるかもしれねぇ」

 ケラケラと笑う男に彼は少しばかりの不信感を覚えた。初めてあった人間に信頼を寄せるのもおかしな話でもある。

「ただ、気を付けろ。世界はお前が産声を上げて間も無くとも容赦なく殺しに来る」

 それが檻の外。

 何よりも厳しく、辛く、壊れてしまいそうな世界。壊れ続ける運命を、彼ら開拓者は背負わされたのだ。

「そこに腕輪があるだろ。腕輪と言うか手錠だがな」

「ああ……」

 一つ台の上に載せられた手錠に手を触れると、脳内に声が響いた。

『ああ、忌々しいクズ共め……』

「声が聞こえたか。それはお前の相棒だ」

『最悪な事をしてくれたな……』

「何とかしろ」

『皆殺しにしてくれる』

「ーー52フィフティーツー

 それが開始の合図だったのかもしれない。

 とぷん。

 そんな音を立てて、体が黒色の中に沈み込む。その先にあったのは燃え上がる世界。その炎は黒く揺らめいている。

 そして、正面には人型が立っている。

 身長は百八十センチメートルほど。目つきが鋭く、黒色の髪が左目を隠している。黒色のコートを身につけた男だ。

『ようこそ、俺の世界に……』

 そう言う男はどこも歓迎していないようだ。

「…………」

『……はっ、ここに来たと言うことは俺を支配しに来たか。安心しろ、俺は人を百も食っておらん』

「何の話だ……」

『お前らが害獣とするあの化け物も、俺も、人間を食い物にする。それは仕方なかろう。知恵あるものを食いたがるのも仕方あるまい。より上位であることを証明したいのであればな。だが、全く貴様らの技術は忌々しい』

 その癖にどこか、愉快げで、それだけではないように思える。

『まあ、俺が何をしなくとも餌を運ぶ貴様らは中々に滑稽だが』

「それで、お前はどうしたら俺の言うことを聞く」

『何、簡単な話だ』

 トンと音が聞こえて、顔に手を被せられて勢いよく地面に叩きつけられた。その速度は音速。顔面が吹き飛んだ。

『ーー力で俺を納得させてみろ』

 ニヤリと笑う黒髪の男にして見れば、これは単なる遊戯であったのかもしれない。

『まあ、零歳児。貴様では話にならんだろうが。それでも持つものもある』

「言ってろ……」

 52は黒に向かって駆け出した。

 初めに繰り出したのは勢いそのままの右ストレート。

 カスっ。

 そんな音がしたがすぐに理解する。右斜めを見れば、そこには悪どい顔を浮かべた男がいたから。

 顎下から迫る右拳に気がつかずノーガードで52はアッパーを喰らう。

 頭が弾けた。

『どうした?』

「ーーっはぁ! はあっ!」

 頭が再生した。それにかかった時間は僅か数秒。再生と破壊の瞬間の言いようのない感触が脳裏に焼き付く。嫌な汗が吹き出しそうだった。

『おいおい、まだ始まったばかりだろう?』

 こうして、地獄の遊戯会が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

『ハーハッハッハ!! おいおい、その程度か!?』

 余裕そうな顔で何度も52を殺してくる。

 首が消える。

 足が消える。

 腕が吹き飛ぶ。

 痛みと、説明のできない感覚が走り続ける。

『もっと、もっとだ!』

「げほっ、うっ……」

 燃えて、燃えて、灰になる。

 ハイになるのは黒だけだ。

 肘と膝をついた52を勢いよく右足で蹴り飛ばす。蹴りの当たった腰部分が達磨落としのようにすっぽりと消えた。

「あ、ぐ……!」

 腕だけで這っていれば傷は数秒で塞がり、足が生えてくる。

 服までは再生せず、先ほどから体の全てに布は存在していない。

『どうした、立て……』

 ぐちゃり。

 再び蹴り飛ばされる。

 その度に高速で男が近づく。

『立て』

 何度も蹴り飛ばされる。

 心が折れそうになる。

 何故、こんなことをしているのか。

「分からない……」

『ほう、分からないか』

 ピタリと52を蹴り飛ばす足が動きを止める。それでも速度があったのか風の刃が生まれて僅かに皮膚を切る。

「お前は何なんだよ……」

『俺か……。俺は、そうだな。……天使だ』

 そう答えられて52は顔を上げた。

 だが、そこにあったのは天使のような顔ではなく、凄惨な笑みを浮かべる黒色の髪の男だ。

『何て言えば満足か? ははっ! 残念だが俺は悪魔でも天使でもない。お前らが害獣と恐る存在の、たった一匹だ!』

 そう言ってその害獣は52に近づき、52の目玉を抉り抜いた。

「っ」

『慣れたか。まあ、喜べ。俺は害獣の中でも最強だ。俺を支配できるとしたらお前は最強だ』

 抉り取った右目を握りつぶしながら、男は告げた。

『ーーあり得んがな』

 嘲笑うかのように歯をむき出しにして、口は弧を描く。

『しかし、お前は特別だ。ここまで殺しても折れないのは珍しい』

「…………」

『貴様と戦うのも退屈だ。どれ、一つ話をしてやろうか。俺たち、害獣が何なのか。そもそもにして起源はどこにあるのか』

「興味ない……」

『独り言だ。聞き流せ。或いは鼓膜を潰せ。すぐ再生するだろうがな』

 などと呑気に笑う。

 どうにも男は52との戦いに飽きたようだ。

「ふっ!」

 その慢心をつくように52は自身の出せる最大の速度で、化物に手刀を向けるがそれは当たる前に掴まれてしまった。

 バキっ。

 骨が砕けた。

『まあ、聞け。俺たちは外来生物だ。その中でも取り分け強力なのが俺を含めて何体かいる』

「くそっ……!」

 距離をとった52は怪物を睨みつける。

『俺ともう三体が裏切られた。そして今は忌々しい人間に利用されている。だが、お前らにつけばそいつらへの復讐も果たせる。だが、それではつまらん。弱い奴に従うほど俺も寛大ではない』

 腕が再生するのを確認もせずに52は飛び蹴りをくらわせようと、害悪に飛びかかるが。

 足の骨を砕かれる。

『だから、遊戯だ。お前は並外れた不死性だが、期待外れの強さだ』

「…………」

『……零歳児がまだ折れぬか。はっ、それが純粋であると言うことか。まあ、ならば良い。俺はここから動かん』

 闇は手招きをする。

『お前を殺すには骨が折れる。次の一撃で納得させて見せろ』

「死んでも知らねぇ」

『死ぬ?』

 ポカンとしたような顔を見せてから、大笑いをあげた。

『馬鹿か、貴様は……。俺も貴様も死なん。お前に“毒”を生み出す技術があるとは思えんからな』

「毒?」

『毒は毒だ。毒にしかならん』

「何のことだ……」

『おかしいとは思わんか? 貴様らのような生物が不死になるのも。俺たちが殺せるのも』

「…………」

『不死になるのは俺たちと同じ。そして俺たちは互いを殺す力を持つ。それが“毒”だ』

 互いの存在が毒となり、互いが生きるために、その毒を禁ずる。彼らに何が起きたか。

 純粋に毒によりダメージを与えられ、捕獲され、利用されることとなったと言うだけのことだ。

『そしてだ。俺はこの原因を知っている。一部の知恵者共が世界を手に入れようとしている。故に俺らは封印された』

 それもどこか古い記憶を辿っているようで、懐古の表情を浮かべる。

『さて、そんな奴らがどこにいるかは……、貴様が知る必要はないな。ほれ、話も飽きた』

 そう言って両腕を広げた黒が圧倒的な感覚を持って立っている。

 それが余裕に見えて、一切の勝ち目も感じない。

 殴り飛ばしても殺すことは不可能だろう。

『ああ、安心しろ。俺の顔をねじ切り飛ばせたら、それで満足してやる。毒も無いからな』

「満足、出来なかったら?」

『力を貸さんだけだ、心配するな』

 その力を貸さないことがどうなるのかを、52は理解できていない。

 それでもやらなければならないことはわかった。

 精一杯に踏み込んで、全力で相手の顔面を殴りつける。

 そして、相手の首が吹っ飛んだ。

 血を撒き散らしながら。

 すぐにその顔は再生して、高らかな笑い声を上げる。

『ハハハハハ! 零歳児にしては中々な拳だ! だが、本当の殴打とはなーー』

 瞬間に、52は詰め寄られたことを理解する。

『こう言ったものを言う!』

 腹に直撃した拳を中心に、52の体は激痛を伴い破裂した。

『ふん。まあ、良いだろう。素質はある。力を貸してやる。流石は俺と言ったところだ。ない方がおかしいがな』

 即座に再生する52を見下しながら、彼はそう告げた。

「待て! どう言うことだ!」

 引っかかったのは彼であると言う事。その言葉の意味を知ろうと怒鳴り、尋ねる。しかし、彼には答える気がなかったのだろう。

『ーー喚くな、零歳児』

 冷ややかな目が52の目を貫いた。

『俺の事は、えんとでも呼べ。貴様は俺だ。上手く使わねば、お前を殺し尽くす。忘れぬ事だ、52』

 その瞬間に再び、52は黒に飲まれた。

 そして、目を開けば檻の中。

 赤髪の男が座っていた。

「どうだ、上手くやれたか?」

「あ、いや、その」

「まあ、無理だろうな。オレも無理だった。言っていただろ? 『俺はお前だ』と。なら、そう言う事だ」

「…………」

 その言葉の意味が理解できない。52もあの、焉という男も別個の存在としてそこにあったはずなのだ。

「いずれ、わかる時が来る。そして納得する。お前はアイツだ。お前もアイツだ。だが、勘違いするな」

「何を……」

「お前はソイツを内包しない」

 手錠を指差しながら、彼は告げた。

 その瞬間に檻が開いた。

「……時間だ。お前は、オレについて来ても意味はないからな。毒の生成は感覚だ。説明できそうにもない。習うより慣れろだ」

「てことは、別行動ってことか………?」

「ああ。もう一つ注意しておく。下手なことをすれば死は連鎖する。呉々も死に時には気を付けろ」

 そう言って彼は先に檻から出て行ってしまった。

 52もその後を追いかけるよにして外に出る。

 その瞬間、明るい光が目を焼いた。

 思わず、手錠で自由に動かせない腕を上げて顔を覆い隠す。

「オレはもう行く……。お前も動け。始まるぞ」

 そういわれて振り返ると、すでに彼の姿が見えなくなっていた。

「……毒の作り方なんて知らねぇぞ」

 そもそも知識として毒の作り方を覚えていないのだから、どうしようもない。

 それでは知識も与えられずに乗ったこともないような乗り物を運転しろと言われているようなものだ。

「おい、焉!」

 自分の手にかけられた手錠に52は叫ぶ。

『……何だ?』

「毒の作り方を教えてくれ!」

『毒の作り方か……。気にしたこともなかったが、それを俺に聞くのは間違いだな。俺たちは生物本来の代謝として毒性を生み出す。まあ、お前も本来的には毒の生成が行われているだろう。分からんのは放出だけだ』

 すでに52の身体の中には毒が溜まっている。

「なら、どうやるんだ?」

『敵が来たら教えてやる』

「……分かった」

『随分と素直だな』

「ここで蟠ってても仕方ないだろ」

 そう言って52は木々の生い茂るその場を歩き始めた。

 人類が切り開くべき世界。未だかつて、この先よりは、開拓者のみが踏み込んだ世界。

 そこは開発が行われていない未開の大地。

 物珍しい、いや、真新しいとでも言うべきか。

 高さ、数十メートルほどもありそうな大木がほぼ全ての面積を占め、一面を覆い尽くす緑と少しばかりの茶色。

 道は整備されておらず、歩きにくい。

「本当に、害獣なんているのか?」

『いる。だが、害獣とは気分が悪い。俺以外をそう呼ぶことは構わんが、俺をあのような下劣と一緒にするな。アイツらは我らが種族の名を名乗るのも烏滸がましい』

 その声はどこまでも冷ややかで、今までのどんなものよりも怒りに満ちていた。目の前にいないはずだと言うのに、その恐ろしさを52は肌で感じていた。

『はっ、来たぞ。三下がノコノコと。初陣だ。精々、気張れよ』

 そう言った、焉はどこまでも観覧者気分の様だった。

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