エピローグ

「多田の家はこの辺だろ? 俺らこっちだから。それじゃあ、よいお年を」


「ドゥフフフ、小生はこれから少し忙しくなるので次に会えるのは新学期が始まってからになりますな。多田殿、それまでお達者で」


「うん、皆もよいお年を。また来年」


 友人たちと遊んだ後の帰り道、友人達と別れ家に向けて歩く。

 近くの公園を通る時にサッカーボールを持った兄弟と擦れ違い、ふとアリサと出会った日の事を思い出す。


「……あの時は大変だったな。不良に絡まれた子を助けようとしたら、僕が路地裏に連れ込まれちゃって。……でも、そのおかげでアリサと出会うことができたんだよな」


 アリサ達が元の世界に帰った後、結局僕は彼女達の事を忘れる事はなかった。

 正確に言えば僕と母さんはアリサ達の事を覚えていたのだ。

 あの日、アリサ達が元の世界に帰還して周囲の光が消えた後、僕を除いたその場にいた人達はそれまで何が起きていたのか、何故この場に立ち止まっていたのかを忘れて元の日常へと戻っていった。

 その時は僕だけがアリサ達の事を覚えているのだろうかと思っていたけど、帰宅した後に母さんからアリサの事を聞かれたので母さんも彼女の事を覚えていた事が判明。

 僕や母さんはアリサと関わっていた時間が長かった為に、記憶を失わずに済んだのだろうか?

 ……田倉君は、『小生何か大切な事を忘れている気がするでござる。多田殿に何か心当たりは無いでござろうか?』と言っていた辺り、微妙に違和感が残っている人もいるみたいだけど。


「月日が経つのは早いな。アリサと別れたのがまるで昨日の事のように思えるよ……」


 あの後、アリサとの約束を果たすに図書館やインターネットを使い異世界への行き方を調べてみたが、やはりというか当然のごとく成果は得られない。

 ……副産物として眉唾物の怪しいオカルト知識ばかりが増えていく始末だ。

 そういえば、普段の生活に関しても少しばかり変化が訪れた。

 アリサに言われた通り少しだけ自分に自信を持つようにしたお蔭なのか、あるいは自分から人に話しかける事を増やした為なのか、親しい友人を何人増やす事に成功した。

 お蔭で冬休みは今までと違い、友人達と遊びに行くことが増えて以前に比べると充実した日々を過ごせている……と、思いたい。


「アリサと出会わなければ、僕は今も変われていなかっただろうな……」


 小声でぼやきながら首から下げた紐に通っている指輪に触れ、彼女に思いを馳せる。

 アリサからもらった指輪は僕の指にはサイズが合わなかった為、ネックレスにして肌身離さず持ち歩く事にした。

 こうすれば彼女の事を忘れないし、指輪を無くす事もないだろう。

 ……いや、たとえ指輪が無かったとしても彼女の事を忘れるなどあり得ない。

 指輪を握りしめ、星が輝く夜空を見上げる。


「アリサ、何時になるかわからないけどきっと君に会う。だから僕の事、忘れないでくれよ」


 そう呟いたその時、一筋の流れ星が目に映る。

 縁起が良いし、アリサに会えるようにお願いでもするか?

 ……いや、神頼みなんて駄目かな。

 自分自身の力で、絶対に叶えて見せる。

 僕は、彼女との約束を果たすんだ。

 ……空に向かって決意を固めた所で何が起きる訳でもなく、別の世界にいるアリサに思いが伝わる訳でもない。

 傍から見れば空を見上げて独り言をボヤいている痛い人に見えている事だろう。

 そんな僕に冷たい夜風が吹き付ける。


「さ、寒い。早く家に帰らないと……こんな時『テレポート』なんて使えたらな。家まですぐに――」


 家に帰る為に歩き始めようとした瞬間、握りしめていた指輪が輝いたかと思えば奇妙な浮遊感の後で視界に映る風景が一瞬にして見たことの無い場所へと変化する。


「……え? 一体何が起きたんだ? 何で、こんな森の中にいるんだ」


 急な出来事にしばらく呆然としてしまっていた。

 何とか我に返って、辺りを見まわしてみる。

 周囲に生えている草木はその全てが今まで見た事も無い物ばかり。

 おまけに先ほどまで夜だったというのに、何故か空は夕焼けで赤く染まっている

 ……少なくともここは、僕の住んでいた町で無い事は確かなようだ。

 木々の合間から見える陽の光で何とか視界は確保できているが、それも何時まで持つかわからない。

 陽が完全に落ちる前に何とかしなくては。

 ……とはいえどうするか。

 闇雲に動いても事態は好転しない。

 そんな事を考えていたその時だ。

 ガサガサと草木の擦れる音が聞こえ、思わず身構える。

 ……何かが近くにいる!

 音のした方向をジッと見つめながら身構える。

 人だったらいいのだが、大型の野生動物……例えば熊なんかに遭遇した日には間違いなくお陀仏だ。

 ガサガサと草木を掻き分け、確実にこちらに向かって近づいてくる何か。

 ……今すぐに身を隠せば隠れられるか?

 いや、いっそ逃げた方が良いかも。

 この状況を何とかする方法を考えを巡らせるが時間は有限だ。

 僕が妙案を思い付く前に、何かが草木を掻き分け僕の前に姿を現した。


「――ば、化け物!?」


 僕の目の前に現れたソイツの背丈は人間の子供に近かった。

 しかし、緑色の肌に尖った耳に真っ赤に染まったその瞳は、明らかに人間のそれでは無かった。


「ラタミテキラカタシガイオニナシカオ、カノルイテキデマロコトナンコガンゲンニ。イイアマ、ルケブハガマテクイニイソオヲトヒ」


 掠れた声で知らない言葉を喋ったかと思うと、化け物はこちらに向かって突進してくる。

 ……懐から取り出した鈍く光る刃物を握りしめながら。


「ッ! 話が通じる相手じゃないみたいだ」


 間一髪、化け物の突進を何とか躱してそのまま駆け出す。


「ガァァァッ!」


 逃げ出す僕を見て、化け物はこちらを威嚇するように雄叫びを上げて追いかけてくる。

 ……先程の突進を僕が避ける事ができた辺り、化け物はそこまで素早くは動けないようだ。

 足場は悪いけど、何とか逃げ切れるかもしれない。


「キキィッ!」


 そんな甘い考えを打ち砕くかの様に、目の前に化け物が二匹追加で現れる。

 どうやら先程の雄叫びは仲間を呼ぶ為の物だったらしい。


「痛ッ!」


 目の前に現れた化け物を避ける為に逃げる方向を変えようとするが、足首を捻って転倒してしまう。


「ナダイタミリワオハコッケカイオ」


 転んだ僕を囲う様に三匹の化け物がこちらを見下ろしてくる。


「カクバサママタキイ、カルスニキヤルマ」


「ロダルテッマキニブソアテシンモウゴハズマ」


 何を言っているのかわからないが碌でもない事言っていて、その碌でもない事をされるのが僕だというのを奴らの雰囲気で察してしまう。


「だ、誰か! 助けてくれ!」


 助けを求め、情けなく叫ぶ。

 格好悪くても今はなりふり構っていられる状況ではない。


「ダダム、ナダンルマカツクシナトオ。カウオラモテテッムネシコスラナルスウコイテダマ」


 化け物の内一匹が腕を振りかぶる。

 その手には刃物が握られていた。


「うわぁぁぁ!」


「『マジックブラスト』!」


 僕が情けない悲鳴を上げたその時、光の弾が腕を振り上げていた化け物に当たって爆発する。


「ダンナ! タキオガニナ!」


「お前らが最近近くの村々を襲って回っている魔物だな? 自分達の住処で大人しくしているのならともかく、わざわざ人里まで降りて人間を襲っている以上は覚悟できているな!」


 突然の出来事に取り乱す化け物に対して、突如としてこの場に現れた人影が突っ込んでいく。


「ソク! ルヤテシ二チウリエカ!」


 残りの化け物達が、彼女に飛び掛かる。

 ……化け物から逃げている間にすっかり陽が落ちて暗くなって、あの人がどんな恰好をしているかわからないのになんで僕は人影が女性だとわかった?


「でやぁ!」


 彼女が振るわれた剣によって、化け物たちは一閃の元に薙ぎ払われる。

 ……この声、どこかで聞いたことがある。


「大丈夫かい? 何でこんな所にいるか聞きたい所だけど、この辺りは危険だ。まずは安全な場所まで移動しよう」


 化け物たちを倒した彼女は、此方に振り向き話しかけてくる。

 立ち上がって返事をしようとするが、上手く力が入らず立つことができない。


「あ、ありがとう。君のお蔭で無事だったよ。……すまない、腰が抜けて動けないんだ。手を貸してもらってもいいかい?」


「わかった、今そっちに行くよ」


 彼女が此方に歩いてくる。

 木々の間から月明りが差しこみ、彼女の身に付けているウサギを模ったネックレスに反射して光る。

 彼女が僕に手を差し伸べたその時、風が吹いて木々が揺れ、僕と彼女を月の光が照らしてお互いの姿を明らかにする。


「……聞いた事がある声だとは思っていたよ。何で君がここにいるかとか、他にも色々聞きたい事がたくさんあるけど、とりあえずボクの家に泊まっていきなよ。……君に話したい事も沢山あるんだ」


 月明りに照らされた彼女の綺麗な笑顔を、僕は一生忘れないだろう。

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異世界勇者の現代トリップ! -平凡な男子高校生の僕が勇者を名乗る少年に助けられた恩返しとして、魔王討伐の協力をするはめになった一夏の思い出- 鷹目九助 @hawk_eye_nine

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