5章-11

「仁良、君が助けにきてくれたから……応援してくれたからこそ、ボク達は魔王に勝つことができたんだ。心からお礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


「……僕は何もしてないよ。アリサ達が頑張ったから――」


「仁良」


 アリサの言葉を否定しようとする僕を遮り、アリサが僕の手を取り彼女の手で包み込む。


「ア、アリサ!? 急に何を――」


「……前から言いたかったけど、君はもう少し自分に自信を持っても良い。仁良が勇気を出して魔王に立ち向かったからボクは殺されなかったんだ。真っ先に声を上げて応援してくれたから、ボクの力が魔王に届いたんだ。それは誰にでもできる事じゃない……と、ボクは思う。それに、仁良はボクの大事な友人なんだ。あまり自分を卑下されると悲しいよ」


 言いたい事を言い切ったらしいアリサは、悲しそうに俯く。

 ……またやってしまった。

 こんな事でアリサを悲しませてしまうなんて、これじゃあ本当にカオルさんから魔法をかけられてしまうかもしれないな。


「わかった。アリサの言う通りこれからは過度に自分を卑下しないようにするよ。……ただ、僕からも言わせて。アリサは自分の事をもっと大事にしてほしい。他人を思いやれて実際に行動に移せるのは君の凄い所だと思う。でも、それで自分を犠牲にしていたら君の事を大事に思っている人が悲しむよ」


「……わかった。これからは気をつける事にするよ」


 僕の言葉を聞いてアリサは顔を上げる。

 彼女は静かに微笑んでおり、その笑顔に僕は思わずドキリとしてしまう。

 ……やっぱりアリサは笑っていた方が良いな。

 彼女に思わず見とれているうちに、アリサは握っていた僕の手を放すが、掌の中に違和感を覚える。

 ……僕の手の中に何かある?

 手を開いて確認すると、銀色の指輪が確かな存在感を放っており、僅かな重みを感じさせる。

 ……これはたしか、アリサが旅立ちの日に母親から貰ったという幸運を呼ぶ指輪?


「その指輪はボクからのお礼だ。ボクにはもう必要無いだろうし、君に受け取ってほしいんだ」


「いいのかい? この指輪はアリサの思い出の品だって言ってただろ? そんな大切な物を僕に……」


 本当に指輪を貰っても良いのか聞くと、アリサは小さく頷いた後で少しだけ照れ臭そうに話し始める。


「うん、だからこそ仁良に持っていてほしいんだ。……さっきはお礼って言ったけど、本当は仁良にボクの事を忘れてもらいたくないから。ボクの大事な指輪を持ってくれていれば、ひょっとしたらボクの事を忘れないかもしれない。……もし忘れてしまってもその指輪を大事にしてくれれば……それで良いんだ」


「わかった。この指輪は大切にするよ……。だけど、指輪が無くてもアリサの事は絶対に忘れない。もし忘れたとしても、絶対に思い出してみせる。だから、アリサも僕の事を忘れないでくれよ」


「ああ、勿論だ。この世界で君と過ごした事は、絶対に忘れない」


 アリサがそう言い終わると同時に周囲の光は外の様子がわからなくなるほど強くなり、彼女の体が少しずつ透明になっていく。


「どうやら時間みたいだ。本当はもっと仁良と話していたかったし、君のお母さんにもお別れを言いたかったんだけど……」


 その時、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。


「だ、大丈夫? 今ハンカチを――」


「いや、必要ないよ。それよりも、ボクが良いと言うまで目を瞑っててくれないか? 情けない姿を君に見られたくないんだ」


 ……アリサの言う通り目を瞑る。

 別れる時は彼女の笑顔を見て別れたい。

 少しの間、アリサの嗚咽声だけが聞こえた後に静寂が訪れる。

 ……嗚咽声が聞こえなくなったという事は泣き止んだのだろうか?

 まさか、目を閉じている間に元の世界に戻ってしまったんじゃないだろうな!?

 目を開くか悩み始めたその時、何かが僕に近づく気配の後で、僅かな時間だが頬に柔らかい物が触れる。

 その感触に驚いて目を開くと、アリサが僕から数歩ほど後方に下がってこちらの様子を伺っていた。


「アリサ!? 今何を――」


「仁良、ボクの事を好きだって言ってくれた事、嬉しかったよ。あの応援があったから、ボクは魔王に勝てたんだ」


 頬を仄かに赤らめ、はにかむようにアリサが笑いかけてくる。


「ア、アリサ!? き、君に好きだって言ったの? 僕が?」


 アリサの突然の行動に混乱して思考が上手く纏まらない。

 僕がアリサに好きだって伝えた?

 一体いつだ。

 僕はそんな事を言った記憶が無いぞ!?

 アリサの口振りからして彼女の事を応援した時に口を滑らせたみたいだが、いくら無我夢中だったとはいえそんなうっかりをする訳が……。


『僕の好きなアリサは僕なんかより先に諦めたりしないぞ!』


 言っていた。

 しっかりと、口を滑らせていた。

 なんと言って応援していたか思い返してようやく気付く。

 それと同時に顔が熱くなるのがわかる。

 ……アリサは取り乱す僕を見て何を思ったのだろうと彼女の様子を伺うと、少し残念そうな表情をしていた。


「その様子だと覚えてないか。だったら、犬に噛まれたとでも思って忘れてくれ」


 いや、そんな事無理に決まってる……ちがう! それは大事な事じゃない!

 僕が混乱している間も時間は無常にも進んでいく。

 周囲の光はどんどん強くなり、アリサの体は光の強さに比例するかのようにどんどん薄くなっていく。


「お別れだ。仁良の事は絶対に忘れないから。……さようなら」


 寂しそうに俯きながら消えていくアリサを僕は見つめる事しかできない。

 ……待て待て、このままお別れは駄目だ。

 考えるんだ、何か彼女を笑顔にできるような言葉を。

 今、伝えるべき言葉を。

 考えろ考えろ考えろ考えろ、何か気の利いた別れの言葉を何か--やめよう。


「アリサ!」


 僕の声を聞いたアリサが顔を上げる。

 難しい事を考えるな。

 思った事を正直に伝えるんだ。


「僕は泣かない! 暗い顔なんてしないぞ! アリサとは笑って、別れたいから。さよならなんて言わない! 僕は絶対にアリサとまた会うんだ! その時は僕の意志で君に伝えたい事があるから。だから、さよならなんて言わないぞ! アリサ、また会おう!」


 これまで生きてきた中で一番だと思う笑顔を浮かべながら、思いのたけを叫ぶ。

 そんな僕を見てアリサは一瞬呆気にとられたようだが、すぐに気を取り戻して口を開く。


「うん。仁良の言う通りだ……またね!」


 アリサが消えていくのと同時に、閃光によって視界が白く染まっていく。

 最後に見た彼女の顔は、今まで僕が見たなかで一番の笑顔を浮かべていた。

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