神のみぞ知る

ー三年後ー


 木村タロウと川町ハナコは医者を連れ、世界で一番ゴミの無い島へ向かっていた。


「私もあの島に住みたいなぁ〜」


 ボソリと呟くハナ。いつか二人で移り住むのもアリだなと思うタロ。


「そうだな、全てかたがついたらあの島で教師でもするか」


 三人は海上自衛隊が保護する海域にて、積荷の検査を受け。長々とした身元確認が終わると又島へ向け出発する。その島は名目上は国の管理下に置かれていた。島から十キロメートルの海域を、グルリと取り囲むように巡視船が配置されている。中のモノを出さない檻では無く、外からの侵入を防ぐ為の檻だった。


 船はドンドンと島に近付き、目視出来る距離まで近くなる。海岸にある渡場とばにて大きく手を振るトットを見つけ、ハナが子供のように手を振り返している。島の中は全域の為、最後の一本をかしていたタバコを灰皿で消す。カカに『禁煙よっ!』と怒鳴られたことを思い出し、笑みが溢れるタロ。


「いや〜遠い所ご足労いただき恐縮です!」


 トットはタロと握手を交わし、次いでハナとも握手する。


「いえいえ、毎回楽しみにしてるんですよ! タロさん何ていつも晩酌して寝るのにココに来る前の日はサッサと寝ちゃいますもん」


 少しバツの悪い顔のタロを尻目にハナが言う。相変わらず二人の仲は良さそうだ。


「お二人が同棲されてもう二年くらい経ちますかね? そろそろ子供の顔が見られますかなっ!」


 中年よろしくセクハラめいた発言で返すトット。その笑顔にいやらしさはなかった。


「子供どころか、この人未だに手も出してこないんですよ!」


 クスクスと笑い、タロの袖口を掴む。


「ばっ! お前そんなこと人様に言うもんじゃねぇだろっ!」


 焦って返すタロ。この二人には身体の繋がりより堅固けんごな想いがあった。


「そちらの方がお願いしていたお医者様ですか?」


 トットはタロにたずねる。話題が変わったことに安堵し答える。


「そうです、医療機器も一通り積んで来ました。荷物の移動をトトさんお願いします」


 あの日を境に親密な関係を気付いていた三人。今では愛称で呼び合っていた。


「勿論です! ホッホいのホイっですよ!」


 嬉しそうに指をタクトのように振る。本当はそんな動作必要なかったが、演出は大切だと思っていたトットは大仰おおぎょう振舞ふるまう。船から積荷が次々とトットの自宅へと飛んでいった。見慣れた光景に反応の薄い二人を見やり寂しく感じるが、「ひっ!」と驚く医者に満足するトット。


「やややっ失敬しっけい! 驚かせてしまいましたね」


 ニヤニヤしながら医者と握手を交わす。少し怯えた様子だったが、オズオズと握手を返す医者。


「いや、映像では何度も拝見していたのですが、いざ目の当たりにすると驚いてしまって。白川と申します」


 若く爽やかな白川が平静を装い返事を返す。


四人は連れ立って海岸から島の中心に移動する。


「こんにちは!」


 時折すれ違う子供達が元気に挨拶してくる。


「随分と増えて来ましたね」


 タロがトットに言う。


「ですね! 今は百人を超えています。段々と賑やかになって楽しい毎日ですよ!」


 トットは世界中を周り、戦争孤児や捨てられた子供達を島に集め保護していた。今では色々な人種の子供がこの島にて生活を送っている。余談だが『雨ニモマケズ』を地で行くトットのこの行動により、世界中の戦争や犯罪は大幅に減少していた。どの国もトットを怒らせることが怖かったのだろう。結果としてトットは世界平和に貢献していた。


「おうっ! おめぇら来てたのか」


 くわを肩に担ぎ、麦わら帽子を被ったジジと会う。


「ご無沙汰してます。今から畑ですか?」


 握手を交わし、質問する。ジジはトットがこの島を国から譲り受けた際、一緒に移住していた。島を譲り受けたと言えば聞こえは良いが、本土に置いておくことが怖かった高官連中が、苦肉の策で思い付いたのがこの島だった。


「おうっ! 今年も良い野菜がいっぱい取れそうだ。昨日取ったよっ! 今晩出すから楽しみにしときな」


 タロの肩をポンポンっと叩き言う。かぁ、凄く良い響きだ。


「それと時寺とうじ、お前も用事が済んだら手伝え!」


 肩に担いだくわをトットに向け言う。


「オケ! オケ! 後でやるよ」


 お前の後ではこねぇじゃねーかとブツブツ言いながら去っていく。


「ここはとても、とても良い場所ですね。私はの小沢さんの印象が強くて……、この島に来るのも少しだけ怖かったです」


 あの日とは、トット達三人が横浜にて戦った日のことだった。戦ったと言ったが勝負はトットの圧勝で終わっている。


 トットは持って来たゴミを使い、何百人と待機する武装した自衛隊員達の視界を遮る。焦った隊員達を端からゴミ鯨が飲み込んでいく。

 

 その戦況に焦り病室から指示を出していたからす。空からその様子に気付いたトットは直様すぐさまこちらも拘束する。色々と準備していたからすも、身動きを封じられてはなす術なく、カーカーと喚き散らしていたが、その鳴き声も巨大なゴミの鯨に飲み込まれると聴こえなくなった。

 

 余談だが、少なからず烏に対して憤りを感じていたトット。烏の衣服を全て破り散らし、テレビ局のカメラに烏のカラスを映し出す仕返しをしている。これで今後悪事が働き難くなったであろう。

 

 結果誰も怪我をすることなく、建物の被害も最小限に留めることが出来た。


 トットの必殺技『一キロトンパンチ』も披露ひろうせずにすみ、無事制圧完了を成し遂げたのだった。

 トットにとってはむしろ、その後の国や組織との話し合いの方が大層面倒だった。タロとハナが居なければ、きっと情報量の多さに頭が弾け飛んだに違いないと思った程だ。組織側のからすを除く二人の幹部も、どうやらからすには手を焼いていたらしく、すんなりと非を認めトットから手を引くことを認めてくれた。


 国側は中々引き下がらなかったが、話し合いがドンドンと長引いた為、結果トットの能力もドンドンと伸びてしまった。泣く泣くトットを利用することを諦め、今の島を明け渡すことを条件に、和平案に同意した。


「気に入っていただけて何よりです! 良ければ永住してもらっても良いんですよ」


 島には医者が必要だった。それに爽やかなイケメンの白川は、自分とは全く似ていないことから、カカさんの好みでは無いだろうと謎の高を括っていた。


「考えてみます。

、本当に良い場所だ……。それで奥様のご様子は?」


 歩きながらである患者の容態をたずねる。


「元気一杯ですよ。家事も子供達の世話も私がやるからやめなさいって言ってるのに聞きゃしない。まぁカカさんらしくて可愛いんですけどね!」


 カカさんのタイプでは無いだろうが、美人のカカさんに白川がれる可能性も考慮し、今でも仲の良い夫婦をアピールしておく。


「あっ! ミーーーちゃーーーん!!」


 ミーを見つけ、ハナが嬉しそうに手を振る。ミーが笑顔で三人のもとへ駆け寄って来た。


「ハナさん! タロさんもこんにちは! えっと……、小沢美井みいです! こんにちは」


 相変わらず父親似の癖っ毛の髪を揺らし、ペコリと頭を下げる。幼い子供に先に自己紹介され、いそいそと返す白川。


「じゃリョウさんね! あかちゃんのことよろしくおねがいします」


 深々と頭を下げる。歳の割に丁寧な敬語を使い挨拶する。トットの言葉遣いに妙に似ているなと感じるタロ。


「じゃ、あたしシュンくんと約束があるから」


 そう言い残し去って行こうとする。


「いやいやいや、またシュンくん?? ちょっと最近二人で遊びすぎじゃ〜ないかな? ほら他にもいっぱい友達いるじゃない! ローラちゃんとかしずくちゃんとかメイちゃんとかさっ! シュンくん良い子だけどね、ほら男の子だし。ねぇタロさん!」


 何故か突然同意を求められるタロ、笑って返事を誤魔化す。


「だってシュンくんオッチョコチョイだからほっとけないの!」


 オロオロする父親を置いて去っていく娘。


 ミーちゃんの好みは、カカさん似のようだと思い大声で笑ってしまうタロ。


「なに笑ってるんですか……」


 ちょっと拗ねてトットが呟く。



 途中四人は様々な夏の花が咲く広場にて休憩する。そこはカカさんお気に入りの場所だ。トットが作った休憩所にて腰を下ろす。


「凄いでしょ! アジサイに向日葵ひまわり、それとアサガオと……、何だっけ? 何回も教えられたのに覚えられなくて!」


 照れ臭そうに頭を掻く。


「月下美人にアガパンサスもありますね、この香りはバジルかな? あっ、私の好きなポーチュラカも咲いてる!」


 トットに代わりハナが説明を続けた。


「そう言えばトトさん、今回持って来たモノのリストにビデオカメラとスマホがありました。カメラは産まれてくる赤ちゃんの為かなと思いましたが、電波の届かないこの島でスマホは何に使われるのですか?」


 タロは小さな疑問をトットに問いかける。


「そうですね! 産まれてくる赤ちゃんや家族、それに島にいる仲間達のことも映像として残していきたいなと思ってます。それにココには電波ありませんが、私はしょっちゅう出掛けてますので、その時にネットに繋げれば良いかなと思っています!」


 成程と納得するタロウ。四人のそばをブーンと音を立て虫がやってくる。


「その……、最後何てカッコつけて終わった手前てまえ恥ずかしいのですが、また動画配信を始めようかと考えています。私の力を使って世の中がちょこっとでも豊かになればなぁ〜何て考えてて」


 何時もの頭をボリボリとかく癖が出る、照れている時に出る癖だった。だが夢を語る四十歳を過ぎた男の瞳は、相変わらずキラキラと幼い少年のようだった。


「良いじゃないですか! だったらタイトルを付けないと……、トトさん程の人が出す動画です。世界中の人が見ますよ!」


 ハナが嬉しそうに賛同してくれる。


「任せて下さいっ! ビシッとカッコいい名前付けちゃいますよ! えーっと……」


 タロとハナは同時に『1キロトンパンチ』を思い出し、あっと思う。トトさんにネーミングセンスは皆無だった。話題を変えようと何度かした質問を投げかける。


「それよりトトさん! 結局トトさんの超能力は、何故使えるようになったのでしょうか?」


 ハナが聞く。三人が揃うと良く論及ろんきゅうする内容だ。


「そうそう! この前ミーが面白い発想をしましてねっ! これが意外にスッと受け入れられたんですよ。夢もあったし私は気に入っています」


 いつもこの話題は答えが出ないままモヤモヤと終わることが多かった。続きが気になり先を促すタロ。


「ミーが言うにはね『かみさまのじっけん』って言うんですよ! それがたまたま私だったと! いやー、あの年で天才かも知れませんね! カカさんの遺伝子多めで良かった」


 ケタケタと大声で笑う。それを聞き確かにスッと受け入れることが出来た、不思議と。だがそれと同時に一抹の不安を感じるタロ。


「成程、神様何て信じていない私でも納得出来る。子供の発想は素晴らしいですね」


 つい不安な気持ちを悟られないように、タバコに手がのびそうになるが思いとどまる。


 先程から四人の周りを飛んでいた虫は、近くに咲いていたバジルの花へと止まる。よく見ると体毛が青いことに気付く。


「あの蜂? 珍しいですね」


 タバコを探していたことを誤魔化すように呟く。


「本当だ、ルリモンハナバチですね。確か他の蜂に労働寄生して、蜜も花粉も集めない種です」


 ハナが豊富な知識で説明してくれる。


「他の蜂がいないとダメって、私みたいな蜂ですね!」


 ケラケラと笑うトット。


「確か日本だとって言われています。通称ブルービーです」


 幸せを呼ぶ。トットは大層その響きに惹かれていた。


「良いですね! 幸せを呼ぶ青い蜂……」


 三人は顔を見合わせ納得する。ピッタリだと思う。


「では次の作品は『Blue Beeブルービー』に決定ですね!」


 ポカポカとさす日差しの中、木陰こかげに腰掛け、次の物語に想いを馳せる。







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自伝であり遺書である とまと @tomatomone

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