第28話 「絶対に欲情させてあげるから、覚悟してね!」






「ん〜疲れた〜」


「ほんと、今日はもう早く風呂入って寝たい」



 初デートを終えたおれと菜々は、互いに小指一本分の距離を保って夜道を歩いている。


 互いに魔法は解けてすでに男女の緊張感は消え失せており、普段の馴染みがありすぎる幼馴染の雰囲気に戻って――



「ワンピース……ありがとね」


「いや別に……誕生日プレゼントは毎年あげてるし菜々だってくれてるし。……それに菜々にめちゃくちゃ似合ってたから」


「っ///……ちゃんと大事にするね」


「お、おう」



 ――いや、ほんの少しだけ甘酸っぱい空気が尾を引いていた。


 互いに今の自分の気持ちを、相手にそのまま伝えられるくらいには。


 このままでは何だか気まずい空気のせいで、二人ともいつものように振る舞えなさそうだ。


 何か、何か他の話題を……



「奏人って、あたしのこと好きだったんだね」



 ここでその話題を振ってくるかぁあああ……


 菜々にそう聞かれて奏人はたっぷり十数秒間時間をとり、



「……好きだけど」



 ぽそりと答えた。



「ふーん、そっかそっか」


「なんだよ」


「べっつにー、ただそうなんだぁって思って」


「……顔がすっげーニヤついてるぞ」


「ふへっ?」



 ニヤつきを指摘された菜々は自分の頰を両手でパッと押さえる。



「それに……それを言うなお前だって、好きだってちゃんと言葉にしてくれたのは今日が初めてだったな」


「そ、それはっ……そうかもしれないけど、奏人だっておんなじ」


「ん゛っ……」



 二人して顔を真っ赤に染め上げて、言葉に詰まって無言の時間ができてしまう。



「こ、この話題、もうやめよっか」


「そうだな。恥ずかしくて死にそうだ」



 冷静さを取り戻した今のおれたちにこの手の話題は耐えられそうにない。


 デートの甘い時間を思い出しては、この場で悶えてたくなる。


 二人一緒にすぅー、はぁーと息を長く吐いて、何とか普段の緩い雰囲気を再現しようと努力しているのはこれまでにない事態だ。



「ねえ、あたしたちの今の関係ってさ。何て呼ぶのかな?」


「うーん、幼馴染は二人でこれからやめるって話になって」


「でも恋人同士はまだ無理だから……」


「幼馴染以上、恋人未満ってところか?」


「その間って存在するの?」


「……二次元の世界でもあんまり聞いたことないかも」


「次元下げても無いんだ……」



 言われてみれば、おれたちの今の関係って物凄く複雑だな。


 互いに好き同士で幼馴染はやめたいけど、恋人同士にはまだなれない。


 菜々のトラウマがそれを許してくれないと、二人とも身に染みて分かっているから。



「デート……とっても楽しかった」


「……そうだな」


「また、二人でしたい。今度は、最初から最後まで」


「ゆっくりでいい。菜々がトラウマ克服するまでいつまでも待ってるから」


「うん……待ってて」



 お預けの日々は変わらない。


 けれど自分の気持ちを伝えて、菜々の気持ちを知れた分だけ確かにおれたちの関係は変わり始めている。


 だから、気落ちすることなんて何一つない。



「よしっ、じゃあ奏人のこと欲情させられるようにまた頑張るか〜」


「ちょっと待て、今の話の流れでどうしてそうなる?」


「? だって奏人があたしに欲情したら付き合うんでしょ?」


「確かにそんなことも言ってたな。言ってたけども今となっては無効じゃないの?」


「奏人はさ、幼馴染のあたしには欲情できないんだよね?」



 そういえば、そんな話もしてたな。


 紛れもない嘘なんだけど。



「けど女の子としてのあたしには欲情してくれてる。違う?」


「……言い方はあれだけど、確かに女の子らしい菜々にはドキドキする」


「なら今のあたしたちの関係を進めるのにピッタリじゃん」


「ごめん、ちょっと言ってる意味が分かんない」



 また菜々が訳の分からない思考回路で導き出された考えを話し始めたぞ。



「幼馴染以上、恋人未満。幼馴染のあたしには欲情しないけど、女の子らしい――恋人に近いあたしなら欲情できる。恋人になるには理想的な方法だと思うんだけど」


「う、う〜ん? 要は『菜々に欲情する』=『恋人らしくいられる』だから、これから菜々はおれを欲情させるように頑張るってことか?」


「そういうこと」


「でもそれだと、菜々のトラウマは克服できないくないか?」


「ふっふっふ〜、この方法ならそれも問題ないの」


「その理由は?」


「奏人を欲情させようって頑張ってる時は、女の子らしい格好しても全然嫌じゃなかったから!」


「あー……」



 そういえばこいつ、家にコスプレしに来た時に『女の子』として見られる嫌悪感を感じてる素振りはなかったな。


 そんな抜け道があっただなんて、夢にも思わなかったが……



「なんで欲情させる時は平気なんだ?」


「えっ、そ、それは……ほら、あれよあれ」


「あれってなんだよ」


「だから、その…………あ、愛の力……的な……」


「愛の力」


「真顔で復唱しないで!」



 いやだって、こいつの口からそんな言葉が出てくるなんて。



「とにかく! 『欲情させる宣言』はあたしの男性苦手のリハビリにもなるし、奏人があたしに欲情できるようになるリハビリにだってなる! 一石二鳥のアイディアなんだよ」



 ドヤ顔でサムズアップを決める菜々を前に、奏人はポツリと。



「別におれは、今のお前に欲情できないわけじゃないけどな」


「え?」


「えっ?」



 何だよその心底驚いたような表情は。



「この、今のあたしに欲情できるの?」


「……好きだって伝えた相手に欲情できないと思うか?」


「え、でも、こんなに可愛い幼馴染がスクール水着を着て家で二人きりだけど何もしてこなかったのに? このこと相談したら男として問題ありだって翠ちゃんはボロクソに言ってたのに?」


「あれはお前のコスプレにだって責任が…………ちょっと待て、あの日の醜態を日向に話したのか?」


「醜態って?」


「家にコスプレしに来た日のこと」


「そりゃもちろん。衣装借りてたし、奏人とのこと色々と相談に乗ってもらってたし」


「……どこまで話した?」


「え、コスプレに着替え覗かれて、ご飯作ってそれから……」


「おっけー把握した。つまり全部話したんだな」


「うん、奏人の反応まで事細かく」


「おっふ……」


「なんかまずかった?」


「まずいも何も、絶対おれのことをゆするネタにされて脅されるっ……」



 去年研究会に入ってから、今までどれほどの恥辱をあいつから受けてきたことか。



「えー、翠ちゃんはそんなことしない……こともないか。あはは」


「あはは、じゃねえよ」


「ドンマイ奏人」


「誰のせいで、誰のせいで」


「あぅ、あぅ。いはい痛いいはい痛い



 両手で軽く菜々のほっぺたをつまんでもてあそぶ。



「あぁもう、今から月曜が憂鬱だ」


「何とかなるって――あ、見送りはここまででいいよ」


「え、ああほんとだ」



 いつの間にか菜々の家の前まで到着していた。



「はいこれ、カーディガン。貸してくれてありがと」


「おう」


「それと……明日のお墓参り、景花さんによろしく伝えておいて」


「分かった。ちゃんと伝えとく」


「それじゃ、おやすみ」


「うん、おやすみ」



 見送ってくれる菜々に背を向けて、おれは月光で明るく照らされた帰り道を歩き出そうと――



「奏人っ!」


「ん? 何……」



――ちゅ……



 振り向きざまに、ほっぺたに柔らかくて、それでいてほんのりと温かい感触を感じた。


 そしておれの目の前には、背伸びして近づいた菜々の顔があって……



「な、なっ……お、おおお前……」



 菜々は不意打ちが成功して嬉しそうに、顔を真っ赤にしながら女の子らしい笑顔を浮かべ、それから――




「絶対に欲情させてあげるから、覚悟してね!」




 ほんのひと時だけ、お姫様の魔法を取り戻したまさにヒロインな幼馴染がそこにはいた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あ、あんた、あたしに欲情したなら付き合いなさいっ!〜友達以上、でも恋人はおれ的になしの幼馴染女子が日に日に女子力………ではなくヒロイン力を向上させている件について〜 雨空 リク @Riku1696732

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ