あ、あんた、あたしに欲情したなら付き合いなさいっ!〜友達以上、でも恋人はおれ的になしの幼馴染女子が日に日に女子力………ではなくヒロイン力を向上させている件について〜
第27話 「覚めないでほしいね……」「覚めないでほしいなあ……」
第27話 「覚めないでほしいね……」「覚めないでほしいなあ……」
店を出る際に店員さんから一つのアドバイスを受けた。
どうやら今日でショッピングモールのオープンからちょうど一年が経つらしく、19時から空中庭園の噴水でライトアップショーがされるそうだ。
それを良かったら二人で見に行かれてはどうかと。
おれと菜々も見にいくことを即決し、今はその時間まであてもなくブラブラ。
小指を繋いで歩き出していた。
「次、どっちに曲がる?」
「左だな」
店でワンピースをプレゼントした後、店員さんが気を利かせてくれたらしく菜々は試着で着ていたワンピースを今もそのまま着ている。
髪を下ろし、小指は繋いだまま、しおらしく隣で歩く菜々は、長年自分の中で必死に押さえつけてきた恋のトキメキが今にも暴れ出しそうなほど可愛い。
有り体に言えば、見惚れている。
「どうかした?」
「いや、その……こうして二人で恋人みたいに歩けるの、夢みたいだなって」
「……そうだね。ほんと夢みたい」
おれはずっと諦めていた。
想いを伝えられないまま一度疎遠になって、そして次に近づけた時に菜々は深い心の傷を負っていて。
男性を怯えるようになっていた。
だから、おれはずっと幼馴染でいることを決意した。
異性ではなく、小さい子供の頃みたいに男女の違いなんて意識させないように、まるで同性と接するように振る舞った。
そしてこの恋心はきっと菜々を傷つけることになるからと、そう自分に言い聞かせて。
「覚めないでほしいなあ……」
「覚めたくないね……」
そう呟いた二人の願いは周囲の喧騒に吸い込まれていった。
それから二人でモール内の色んな店を巡った。
服を見たり、眼鏡をかけあったり、家具を見たり、ペットショップで動物と戯れたり、傍目には付き合っているカップルとしか見えないようなことを思いつく限りやっていった。
短い時間だったけれど、とても充実した時間だった。
ーー18時54分…
空中庭園では多くのカップルが集まっており、互いに適度な距離をとって、ライトアップショーが始まるのを心待ちにしている。
おれと菜々もそんな周囲のカップルに紛れて、互いに無言のまま噴水を眺めていた。
チラリと菜々の様子を窺うと、少しだけ肌を震わせていた。
四月上旬。
今日は割と暖かな日だったとはいえ、夜はいささか冷える。モール内は適温に保たれていたがここは屋外。
ワンピース一枚ではきっと心許ないだろう。
「菜々、これ」
「あ、ありがと……」
奏人は羽織っていたカーディガンを菜々へと差し出す。
けれど菜々は受け取ったまま羽織ろうとせず、じっとカーディガンを見つめたまま何かを考え込んでいる様子だ。
「菜々?」
「えっと、その……」
「どうかした?」
「羽織る前に……ううん、魔法が解けちゃう前に一つだけ」
「魔法?」
「そう魔法…………奏人があたしにかけてくれた……あたしが、奏人の前で女の子のままいられる魔法」
魔法。
菜々はそう言った。
今の、ワンピースを着た女の子らしい姿が魔法なんだって。
おれもそう思った。
確かにこれは魔法だ。
二人の距離が小指の長さだけ近づくことのできる魔法。
内に秘めた想いをほんの少しだけ表に出せる魔法。
菜々が幼馴染ではなくて女の子で、おれが幼馴染ではなくて男の子でいられる勇気をくれた魔法。
そしてやっぱり、夢みたいに儚い魔法……
「お姫様みたいなこの姿なら、いつもより勇気を出せるから……」
潤んだ瞳で、けれど真っ直ぐと菜々はおれを見つめてくる。
「好き。あたしは奏人が好き」
その告白はとても心が舞い踊るもので、
「でもやっぱり、怖い……どうしてもまだ、男の人は怖いの……」
その告白はやはり心を縛るもので、
「優しい奏人でも……怖い……」
「知ってる、痛いほど知ってる。だから、だからおれは……」
……ただの幼馴染のままでいるよ。
おれと菜々の関係はいつまでも変わらないものだと、ずっと幼馴染のままなんだっていつも諦めてしまっていた。
「だから……だからねっ……」
けれど遮られて続いた言葉はいつもと少し違っていた。
「これからは、少しずつ近づいていきたいの」
それは、おれがずっと抱いていた想いに寄り添っていて、
「幼馴染の関係から、少しずつ、少しずつ、男女の関係になっていきたい」
そしてきっと、菜々も抱いてくれた想いにも繋がっていて、
「だめ……かな?」
あの夏の約束を裏切るものだった。
おれは菜々が受け取ったまま着ていなかったカーディガンを手に取り、バサリと広げて菜々の肩にかける。
「おれも好きだよ」
その告白の瞬間だけは自分の顔を見せないで。
「だから、こちらこそよろしく」
おれはいつもの幼馴染みたいな笑みで……いや、菜々を女の子として、好きな子として、照れた笑みを浮かべて菜々に答えた。
菜々の願いに対する答えなどあの夏……いや、きっともっと前から決まっていた答えを。
そしてその笑顔に、菜々も花が咲いたような笑顔で応えてくれた。
噴水が勢いよく水飛沫(みずしぶき)を上げ、水のアーチがブルーライトで鮮やかに彩られた。
1mmだって近づかなかった二人の関係性が変わり始めたことを祝福するかのように、水のアーチは色鮮やかにその輝きを増していく。
魔法が解けた二人は、ほんの少しだけ縮まったその距離にドギマギしながら初めてのデートを終えた。
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