殺意のソーシャルディスタンス【後編】
(これまでのあらすじ)
東京都の緊急事態宣言発令によって仇敵を逃した本間結菜だが、返り討ち専門の探偵事務所を設立することで、相談者として仇敵を吊り上げることに成功する。二人は尋常の決闘をすることに同意するが、彼らの前にソーシャルディスタンス維持の壁が立ちふさがった。
2020年7月某日。東京都渋谷区、深夜。
7月末開業予定。旧宮下公園を改装した【MIYASHITA PARK】の目玉施設、白砂を敷き詰めたビーチバレーコート兼用の決闘場で仇敵が対峙していた。
観客はゼロ名。この場にいるのは決闘立会人の堀部探偵と都職員が数名のみ。2mの
ネイビーのスーツに赤いネクタイ、白マスクを装着した佐々木与四郎の得物は朱槍。彼の尋常ならざる肩幅を利用すれば射程は3mを超えるだろう。一方、パンツスーツに黒マスク、コンコルドクリップで髪を束ねた本間結菜は手元で二刀の苦無を回転させている。
「佐々木さん、マスクは外さなくて良いのですか?」
「マスクを外すと身体に障る」
「ふふっ」
「フッ」
結菜は黒マスクを外し放り上げる。
「本間流忍術、本間結菜参る!」
「蛇崩流槍術、佐々木与四郎参る!」
マスクの着地が合図となった。
「はじめッ!」
堀部堀兵衛の掛け声が36m×19mのサンドコートに響き、クールビズ姿の都職員が太鼓が鳴らした。
二人はすぐには動かない。
必殺の一撃を叩き込むために互いの隙を探り合っていた。
決闘では強者の周りを弱者が回るとされている。ゆえに先に動いたのは忍者だった。
全方位から佐々木の隙を探る結菜を狙い牽制の朱槍が繰り出される。
結菜は槍を避け・弾き・間合いを図る。本間流の猛者を皆殺しにした槍術はさすがのもので10年のブランクを感じさせないものだった。これほどの槍をすり抜けて苦無を命中させなければならない。可能だろうか。いや可能だからやるという問題ではない。仇討ちとはそういう問題ではない。殺ると決めたら殺るのだ。
ヒュンッ。ダッキングで突きを避けて間合いを詰める。佐々木が迎撃の石突きを構えるとサークルが重なり合い赤く色を変える。「ピピッ」警告音。これ以上の接近は決闘停止だ。退きながら結菜が苦無を投擲する。佐々木の正中線上、急所が並んだ位置に二発、四発、六発。
「ハイヤーーッ!!」佐々木が槍を引き戻し、節を外して回転させる。全ての苦無を弾き飛ばし、その回転の勢いで蛇行した突きを放つ。【蛇崩流七節槍】!!
結菜はジャケットの袖口から苦無をリロード。逆手持ちで槍の軸を受ける。受け手を中心に槍の節が回り込み、穂先が先が後頭部へ襲い掛かる。結菜は間一髪の前転でコンコルドクリップの破壊と引き換えに斬撃を避けるながら前転の勢いを乗せて苦無を投擲する。
一投目の苦無の真後ろに二投目の苦無を潜ませる【影打ち】によって二投目を被弾した佐々木が態勢を崩す。勝機!結菜はジャケットから苦無を全弾装填。仇敵の全方向へ回り込み
「やったか!?」思わず都職員が声を上げる。
「まだだ!」堀部立会員が決着の太鼓を制止する。
佐々木与四郎は生存していた。急所以外のすべてを捨てた正中線全防御。全身針鼠の与四郎が吼え「イィヤアァアア!!」朱槍の波状攻撃が結菜を襲う。
凄まじい
「佐々木さん」
蛇行する刺突斬打が忍者のパンツスーツを切り裂き、鎖帷子が露出する。
「これ最後の武器です」
結菜が懐から白と黒で縁取られた葉書を取り出し胸の前で構えるも、朱槍は葉書ごと結菜を貫き、忍者は白洲に膝をついた。
引き戻した槍に突き刺さった白黒葉書の文面を佐々木が見やる。
【このたびは、心からお悔やみ申し上げます。ご家族様ご逝去の悲報に接し、まだ信じられない想いでおります。佐々木様には10年間、仇として公私共にお世話になりました。本来ならば心中してでも本懐を果たすべきところ、新しい生活様式に従ったご挨拶となりそれも叶わず、誠に申し訳なく存じております。謹んで佐々木様とご家族のご冥福をお祈り申し上げます。合唱。本間流忍術 コードネーム:ユナ・ボマーより真心と火薬を込めて】
(
ドッグオオオン
くぐもった爆発音。白砂に半径1mの血の花が咲く。
両足首と生首を残して佐々木与四郎は爆発四散した。本来であれば
「 本間流忍術、本間結菜、仇を討ち果たしたり!」
堀部探偵が腕を上げて宣言する。職員が決着の太鼓を打ち、医療班が結菜に駆け寄る。担架に乗せられた結菜が傍ら与四郎の首を見やると、その死に顔はどこか穏やかだった。(私もこの人のように死ねるだろうか)そこまで考えたところで、出血多量の本間結菜は意識を手放した。
エピローグ
いつの間にか夏が終わっていた。
スーツケースを引きながら台風一過の伊皿子坂を登ると懐かしの探偵社が見えてきた。せっかく退院したというのに、またあの忌々しい探偵に復仇の礼を伝えに行かねばならない。今度はどんなトラブルに巻き込まれるのだろう、と考えながら私はその忌々しさを楽しみにしている自分に気が付く。
探偵社の前に着くと魚籃坂下からけたたましいスクーターのエンジン音が聞こえてきた。それを操るのは堀部探偵で、後方に凄まじい台数の殺気だったスパイクベンツやKAWSAKI が追いかけてきている。
帽子を押さえながら探偵が叫ぶ。
「本間ちゃん、全部バレた!!」
「えっ!?」
「逃げるぞ!後ろに乗って!!」
「ちょっと!!」
と叫びながら新調したばかりのピンク色のスーツケースを坂の下に滑らせる。回転によってスーツケースの中身が飛び散り【魚籃坂復仇探偵社】の販促マグネット散らばる。スパイクベンツがマグネットに乗り上げると、次々と連鎖爆発を起こした。
「グワーッ!」「グワーッ!」
「グワーッ!」「グワーッ!」
横転しスーパーマーケットに激突するベンツ集団を尻目にスクーターの荷台に腰かける。
「逃げるぞ!!」
「どこへ行きますか?」
「どこまでもだ!!」
いつになく真剣な堀部ちゃんの横顔に、私は全力で笑った。
《魚籃坂復仇探偵社:殺意のソーシャルディスタンス/おわり》
魚籃坂復仇探偵社 お望月さん @ubmzh
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